CXIX 芸術監督ヘンリー王子
前世でも「絢爛」って言葉をほとんど使ったことがなかったけど、饗宴の間は「絢爛」の一言だった。
「どうだリディントン、狩の途中で横切った美しい小川に着想を得たデザインになっている。」
王子が自慢げに見つめてくるけど、これは素直に頷いてしまう。
「すごい、こんなに豪華な食卓を見るのは初めてです。剥製はちょっとだけやりすぎな気がしますけど、でも素直に素晴らしいです。」
長テーブルの中央に青い布が敷いてあって、その上に乗った木の小さい船に牡蠣とレモンが乗せられている。布の上にはガラスの目を入れたガチョウの剥製もいくつか置かれていて、体の部分にガチョウの包み焼きが入っている。隙間に睡蓮みたいに可愛くセットされたナプキンが並べられていて、所々に細長い小さい皿に乗せられたマスの塩焼きが皮の部分を上にして供されている。
「水辺」に当たる部分に桔梗をあしらったデザインの優雅な燭台が置かれていて、鳥の巣みたいなバスケットにゆで卵が乗せられている。蓮の葉みたいな緑の平たい皿に何かの煮込み料理と白パンが並べられていて、色とりどりの牡丹模様をした小さい皿に香辛料やハーブ、チーズやナッツが添えられている。
前世のちょっとした博物館のジオラマにありそうな感じの、美味しそうに再現された小川の景色があった。ちょっと怖い剥製を差し引いても、かなり感動する景色ではある。
「手元の大皿にあるのは私が仕留めた猪肉のシチューだ。少し硬いかもしれないが、味わって食べて欲しい。」
王子はご機嫌だけど、このレイアウトは確かに大成功だと思う。周りも呆気にとられている。
モーリス君も言葉を失っているみたいだった。
「殿下、この予算はどこから・・・」
「フィリップ大公とフアナ王女がお越しになるとき、この配膳をしようと思いついたのでな。これは練習も兼ねている。」
王子が答えになっていない答えを返したけど、確かに外交の場では相手をびっくりさせる演出が頻繁にあるって聞いている。いくら豊かな低地諸国の大公とはいえ、これにはポジティブにびっくりすると思う。
「これは素晴らしい・・・」
男爵も驚いて動かずにいる。
「さてリディントン、席順についてだが、普段なら私と外の従者の計5人と、中の従者5人が交互に座ることになる。いつも私の両脇に座るのはノリスとフィッツウィリアムだが、今日はフィッツウィリアムが体調不良で来ていないから、リディントンとノリスが私に一番近い席に座るといい。」
普通は男女交互に座るのだけど、「中の従者」はやっぱり女性の代わり扱いなのかもしれない。
そういえば男性目線だと男だらけのパーティーってどうなのかしら。ノリッジの私のお喋り友達だったら、この食卓を見てキャーキャー騒ぎ出すと思うけど、男性従者集団はざわざわするだけでいまひとつ盛り上がりに欠ける気がする。こんなにすごいのに。
「王子様!王子様の隣には俺が座りたいです!俺が先輩です!」
お決まりのように先輩がごねた。
「コンプトン、今日は私の帰還と共にリディントンの着任を祝う会だ。いい席にリディントンが着くのは当然だろう。」
「でも・・・俺は近くに座れたことがないのに、リヴァートンに先をこされるなんて・・・」
王子に諭されてしゅんとする先輩。私より先にファーストネームで呼ばれることにこだわっていたし、年功序列には熱意があるんだと思う。
「コンプトン、フィリップ大公が来るまでにお前のリアルテニスの腕を上げねばならないからな。明日は二人で特訓しよう。」
「はい、王子様!」
コンプトン先輩の機嫌はすぐに直ったようだった。王子は駄々をこねる先輩の扱いに慣れているのかもしれない。
「待ってください殿下、明日こそ政務を再開するはずでは・・・」
モーリス君はさっきからパーティーモードになりきれていない。
「ハル王子、二人っきりはダメだ。万が一のために俺もついていく。」
何が「万が一」なのか分からないけど、ブランドンもリアルテニスがしたいみたい。
「よろしく頼む、チャールズもスキルアップが必要だからな。リディントンとの雪辱戦を楽しみにしている。」
モーリス君を華麗にスルーした王子は、むすっとするブランドンに笑いかけながら席につこうとして、ふと思いとどまったみたいだった。
「そうだな、本来ならばフィッツウィリアムの席にリディントン、その隣のハリーの席にウィンスローが座れば丸く収まるのだが、せっかくだ、チャールズがリディントンの隣に座るといい。」
「えっ!」
「なっ!」
王子の唐突な思いつきに驚いた私とブランドンの声が、饗宴の間の高い天井にこだました。
「ガチョウが冷めちゃうんだ・・・」
ノリス君の心配はすごくもっともだけど、ブランドンの横でパーティーをするなんて拷問は耐えられない。
この場はどうにか切り抜けないといけない。たとえガチョウが冷たくなったとしても。