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CXVIII 勝負師ウィリアム・コンプトン

演奏が終わるまでガヤガヤしていたけど、最後のクレッシェンドで終わったら拍手喝采だった。


「素晴らしかったぞ、リディントン。最後の盛り上がりが特によかった。」


私の演奏を散々妨害した王子が最高の笑顔を向けてくる。代表して感想を言うのが慣例なのかしら。すごく平凡な感想だし多分中盤から聞いてなかったんだろうけど、終わり良ければ全て良しということだと思う。


「お褒めに預かり光栄です、殿下。途中で我を忘れてしまい申し訳ありませんでした。」


「過ぎたことだ。気にしなくて良い。」


良くも悪くも予想通りの反応をくれる王子。男爵と和やかに感想を話している。横で私を追放しようとしていたブランドンが憮然としているけど、いい気味だわ。


感無量って感じの表情をしたモーリス君が駆け寄ってくる。


「聖女様、素晴らしかったです!曲自体も愛らしかったですが、逆境の中最後まで弾き続ける姿勢に感動いたしました!また心が洗われた気分です!よろしければこれでお手をお拭き下さい。」


必死で声を抑えようとしながらリネンを渡してくるモーリス君。リアルテニスの時も「マネージャーか!」と突っ込みたかったけど、甲斐甲斐しい感じが少しくすぐったい。モーリス君の心が洗い過ぎで縮んでしまわないように祈ってあげないと。


「ありがとうモーリス君。真面目に聴いてくれたのはあなたぐらいだったわ。」


照れて青白い肌をほんのり赤くするモーリス君は可愛い。


「美しい曲でしたので、僕もヴィオルで弾いてみたいと思いまして。今度古代の曲を練習したら、ぜひご一緒させていただきたいです。あと、僕だけでなくゲイジも割と聴き入っていたようでしたよ。彼はハープの名手です。」


ヴィオルは6弦のチェロみたいな楽器で、音は前世のバスよりも高いけど、合奏では低音を担当する。木目がきれいな見栄えのいい楽器だし、モーリス君には似合うと思う。トマスがバグパイプを吹けるから、一緒に合奏するのも楽しそう。


ゲイジっていうと、さっきの白い人のことよね。二人で白い人を探して部屋を見回すと、遠くでさくらんぼを食べているのが見えた。白服に白い肌に白っぽいプラチナブロンドだから本当に目につきやすい。さっき「ほう」とか「うむ」とか意味のない発言をしていたのは白い人だったのかしら。


それにしても、さくらんぼ、まだ残っていたのね。ブランドンがひっくり返したから全部なくなったと思っていたけど、食べ尽くされるまえにいただいておかないと。


さくらんぼを探してあたりを見回すと、手前にいたトマスが寄ってきた。


「なんだか悪かったな、レミントン。周りがあんなに騒ぎ出すとは思わなかった。」


「トマス、後で話があるから。」


ぎくっとした様子だったトマスは諦めたように苦笑いした。


「お手柔らかに頼む。」


「あなたの態度次第よ。それと、周りに人がいるときはリディントンにして。」


私が冷たく言い放つと、トマスは困ったように肩を竦めた。


「いいんじゃないか。コンプトンは『リヴァートン』と間違え続けているが誰も気にしていないしな。」


そういえば、「俺だって弾ける」とか言って私の演奏を妨害してくれた先輩はどこかしら。見回すと私と目があったコンプトン先輩は、ピクッとしてそろそろと部屋をでようとしていた。


「殿下、殿下、コンプトン先輩が勝負をしたがっていたので、次はコンプトン先輩のターンということでどうでしょう。」


男爵と一緒にいた王子が、また興味津々とした顔をした。すっかり機嫌は戻っているみたい。


それにしても、男爵と並ぶとやっぱり王子の巨体っぷりを実感させられる。いつもはブランドンとセットだけど、平均的な体格の男性と並ぶと横にも縦にもサイズが違う。


「それは面白そうだ。コンプトン。先ほどの勝負は決着がつかなかったからな、第二戦といくか。」


「ひっ・・・」


コンプトン先輩はビクんと動いて、冷や汗をかいているような顔をした。遠いから実際に冷や汗をかいているかどうか分からないけど。


「ハル王子、先ほどの勝負とはなんのことだ。」


さっきから機嫌が悪そうなブランドンが横槍を入れる。


「ああ、二人のどちらが私をより心地よくさせられるかという勝負があったのだ。」


そういえばそういう趣旨でしたっけね。すごくつまらない勝負だったけど、おかげで王子の肌がツルツルになったから私は満足している。


「なっ、なんだとっ!コンプトンもなのかっ!まさか!」


ブランドンは何をそんなに驚いているのかしら。確かに「心地よくさせる勝負」って響きが悪いけど、男爵もフランシス君も平然と見守っていた。王宮のスタンダードでは普通なんだろうなと勝手に思っていたけど。


狼狽えていたブランドンが急にコンプトン先輩の襟を掴んだ。先輩もわりとしっかりした体をしているけど、ブランドンの前では子供っぽく見える。


「コンプトン、お前もハル王子の純潔を奪ったのか!」


どうやらブランドンは以前の私と同じ勘違いをしているみたい。お前「も」ってことは誰かがもう純潔を奪っていたのかしら。やっぱりノリス君?


「何を言っているんだ、チャールズ。コンプトンはいつものように私の顔剃りをしただけだ。」


困惑した顔の王子が止めに入る。ブランドンは渋々先輩を解放したけど、先輩はゲホゲホ言っている。


「ハル王子、リディントンも顔剃りをしたのか?」


「いや、リディントンの技は未知の領域だった。私も初めてだったが、本当にすごかった。」


照れたような仕草をして、耳に指を入れるジェスチャーをする王子。ブランドンはみるみるうちに青ざめて、目が恐怖に見開かれている。


まさか王子が耳かきにハマったことを心配しているのかしら。


「まさかとは思うが、ハル王子、未知の領域というのは?」


「ああ、十分にほぐして血行を良くしたあと、リディントンの棒を中に・・・」


「もういいっ!!それ以上はいいっ!!言わないでいいっ!!公の場で言わないでくれっ!!やめてくれっ!!頼むからやめてくれっ!!」


周りをキョロキョロしながら狂ったように叫ぶブランドン。挙動不審ここに極まれり。


現世だと耳かきって恥ずかしいことなのかしら。そもそも耳かきが存在しないと思っていたから良く知らないけど。


「どうした?」


白い人がいつの間にか戻ってきていた。ブランドンが叫んだせいでみんなこっちを見ている。


「大丈夫だ、チャールズもリディントンの勝負に敗れたあとで気が立っているのだろう。騒いで済まなかった。」


いろいろ問題はあるけど、王子の部下に謝れるところはいいと思う。みんなはまた談笑ムードに戻った。


「ハル王子、誰にも言っていないな。どれだけ感銘を受けたとしても、くれぐれも誰にも言わないようにな。」


今度は低く抑えた声で呟くブランドン。やっぱり耳かき反対派みたい。私としては大歓迎だけど。


「ああ、言っていない。分かった。約束しよう、チャールズ。」


耳かきが恥ずかしいという自覚はあるのか、あっさり引き下がる王子。見学していた男爵とフランシス君にはバレているけど、言っていないのは確かだし突っ込まないであげようと思う。


「みんな、食卓の準備ができたんだ!」


声がした方を向くと、私の演奏中からお腹に注意が行っていたノリス君が待ちきれない様子でぴょんぴょん跳ねている。


ドアが開け放たれて、きらびやかな食卓とシャンデリアが目に入ってきた。


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