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CXVII 求道者ヘンリー王子

あっという間にフランシス君がクラヴィコードを運び込んできて、背もたれのない椅子の前に置かれた。前世の電子ピアノくらいのサイズ。


鍵盤を確認していると、王子がクラヴィコードの横まで歩いてきた。演奏を間近で見られるのは恥ずかしいのだけど、間違ってもバレないからまだいいのかも。


「古代の音楽というと、笛や琴などもっと単純な構造の楽器を使うのだと思っていたが、鍵盤でも弾けるとは興味深い。枢機卿にも書くことが増えそうだ。大いに楽しみにしている、リディントン。」


ペンパルに首ったけみたいな王子は熱心に私の手元を見つめている。


「いいですか殿下、古代の音楽はクラヴィコードで演奏されたわけではありませんが、どんな楽器だったのかわからないため便宜上鍵盤で演奏するだけです。伝承の途中で大幅なアレンジまたは改変が加わった可能性もありますから、本来古代の音楽とは遠くなっているかもしれませんが、節はあくまで古代のものです。」


そういうことにしておく。


「では弾きますね。」


トマスを睨みつけてから、手を鍵盤にのせる。


「題名はなんというのだ、リディントン?」


興味が抑えきれなさそうな王子。そういえばオルガンが得意なんだっけ。指が太いけど鍵盤楽器は大丈夫なのかしら。


「きらきら星変奏曲です。」


そう、きらきら星変奏曲はこの世界の音楽と比べても不自然じゃなくて、覚えやすい節がレミントン家でもニーヴェット家でもバーグ家でもパストン家でも好評を博してきた。


ありがとうモーツァルトさん。古代の曲ってことにしちゃったから、現世で著作権を守ってあげられなくてごめんなさい。


「きらきら・・・なんだかおいしそうなんだ。」


ノリス君が呟く。いつの間にか従者集団も近くに寄っているけど、クラヴィコードは前世のピアノほど音が出ないからしょうがないのかな。


息を吸い込んで、跳ねるように主題を弾いていく。


「おお・・・」


今おおって言ったのが誰だかわからないけど、誰かしらに好評だったみたい。


「ふん、これくらい俺だって弾ける・・・」


先輩は黙って聴いていられないらしい。


小刻みな第一変奏に入る。


「16分音符か・・・」


この人たちはコメントしないと気が済まないのかしら。


「可愛くなったんだ、なんだか格好いいんだ。」


でしょう、でしょう。


「すごい。」


今のが誰なのか気になるけど、このクラヴィコードは家のヴァージナルと鍵盤の感覚が違うから、手から目が離せない。


飾り立てた第二変奏から第三変奏。


「これは耳に心地よい、ハープで弾いても綺麗だろうな。」


そうね王子、ハープでポロンポロン演奏するのも似合うかも。


ちょっと気が散ったけど今のところうまくいっていると思う。


「さすがは魔女、こんな特技もあったとはね。」


男爵はなんで危険な発言をするのかしら。男爵はクラヴィコードから向かって王子の反対側にいるから聞こえてないと思うけど。


ちょっとトリッキーな第四変奏に入る。


「へん、今のはリヴァートンのミスじゃないのか。」


ミスじゃないわよ。あとリヴァートンじゃないわよ。


「いやレミントンがミスをすることはまずない。」


レミントンって呼ばないで、レミントンだけど。とりあえず静かにしてトマス。


「さっきの方がよかったんだ。」


誰も「音楽は静かに聴きましょう」って習わなかったのかしら。ほんとに。


「この節も興味深い、オルガンで弾いてみてもきっと面白い。オルガンでも弾けるのか、リディントン・・・」


「いいから黙ってて!ちょっとは大人しく聴いてられないの!?」


思わず口に出しちゃった。手は止めてない。


「リディントン!」


今まで静かだったブランドンが近づいてくる。私は手を止めないで簡単な第五変奏を続けている。


「今の言い方はハル王子に対する不敬に当たる。お前従者失格だ!出ていけ!」


そう言われればそうかもしれない。最後の発言は王子だったのね。さっきまで泡をふいて寝っ転がっていたのに、ブランドンは復活が早いわ。


ピアノを弾いている私を上から巨体が見下ろしてくる。甘いけど低い声が威圧感を増している。


「殿下、申し訳ありませんでした。演奏に夢中で、てっきりブランドンの発言かと勘違いしまして。」


「おい、相手が私ならいいというのか!姑息な言い訳は無用だリディントン!」


私を睨みつけるブランドン。王子よりも目が大きいからか、睨んだときの迫力はこっちの方がすごいと思う。


「ブランドン!ヘンリー王子殿下は聖・・・リディントン君の演奏を邪魔したので、王子以前に観客として失格です。殿下への敬意よりも聖・・・リディントン君への誠意が重要な局面です。」


モーリス君噛みすぎ。今まで静かに聴いてくれてありがとう。


「私としては邪魔したつもりはなかった。こうなったことを不本意に思う。あと聖とは何のことなのだ、モーリス。」


いや、演奏者に質問してる時点でアウトですよ王子。


「今のはレミントンなりの歌詞のアレンジなのでは・・・」


そんなはずないでしょう、トマス。


「酒の席のことだから、ここは無礼講ということで、あまりルイスを責めないでいいのではないかな。」


この場は男爵に任せようかしら。


「この勝負は俺の勝ちだな、リヴァートン。」


いつあなたが勝負したんですか先輩。


「お腹すいたんだ。早くご飯食べたいんだ。」


私も強く同意する。


「ほう。」


何が「ほう」なのよ最後の人!


なんだか収拾がつかなくなった部屋をスルーしつつ、私は第12変奏まで強行して弾き続けた。


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