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CXVI 同郷者トマス・ニーヴェット

少し落ち着いた私は、部屋の角で何やら困ってしまった様子のトマスに諭されていた。


「レミントン、はっきりさせておくが、俺はお前と結婚したいと思ったわけじゃないからな。ムリエルとの仲もうまくいっている。今のは元気付けようと思っただけで、深い意味はないからな、誤解するなよ。」


トマスがサラッと逃げ口上を口にしている。逃すものですか。


「誤解も何も、私がモテないのを嘆いているところに、私のことが好きって言われたら当然そういう意味になるでしょう?大体ね、『誤解だ!』って言う人はやましいことがあるんだから!」


「いや、だからな・・・うーん、何と言えばいいのか・・・」


トマスが困惑したように頭を掻いている。せっかくセットしてあった前髪が崩れているけど、こんな表情のトマスはあまり見ないから新鮮。


「まさかとは思うけど、『いずれ離縁するから俺のところに来てくれ』なんて不倫の常套句を口にしたら、そこにいるモーリス君に誅してもらうから。」


モーリス君は私たちの話が込み入ったプライベートな話題だと思ったのか、一歩離れたところで控えてくれている。


「違う!俺が言いたかったのは、レミントンは自分で思っているほど、男に人気がないわけでもない、といったところだ。実際に、社交の場への招待はひっきりなしだっただろう?俺はトーナメントに夢中でほとんど顔を出さなかったが、聞くところによるとみんなお前がくるのを楽しみにしていて、夕食会でもいい席をあてがっていたらしいな。」


そう言えば、呼ばれた夕食会では割といい席にいた気がする。でもモテたことにはならない。


「私がノリッジの社交界でチヤホヤされていたのはそうだけど、招待もおしゃべりも含めて全部、可愛がってくれたのはお父様かおじいさまの世代よ。」


私はノリッジのおじいちゃんおばあちゃんに根強い人気を誇った。『ほんとにお人形さんみたいに可愛いわね』と言われ続けたから、そのうち格好いい孫が紹介されると思っていたけど、世の中そんなに甘くはなかった。


「それは、レミントンが教養のない男を馬鹿にしすぎるから、同世代の男はみんな萎縮していたんだ。あとノリッジ基準では少し金遣いも荒かったのは、親世代が縁組を躊躇した理由だろうな。ヘンリー王子を見ているとそうでもない気がしてきたが。」


「ちょっと、フォローになっていないじゃない!それにお金は有意義な使い方しかしていないわ。ハーブは言われているほど損してないし、水道だって完成してからは評判も上々なのよ?」


私が主導したハーブ農園への投資は失敗した割に損失は大きくなかったし、レミントン家の水道を改良した工事は思ったよりコストが膨らんで街の皆さんを心配させたけど、レミントン家のみんなを健康にしたと思っているから後悔はない。めぐりめぐって医者や薬にかかるはずだったお金だって節約できたはず。


「まあ確かに、レミントンが化粧材を買い漁っているのを見て最初は俺もどうかと思っていたが、それも社交界むけの投資だと言われればそうかもしれない。」


「そうよ。兄さんの評判だって上がったし、市販の怪しい化粧品を買うことを思ったらむしろ安いくらいよ。将来の旦那さんも喜んでくれると思うわ。」


将来の旦那さん、と自分で言って落ち込みそうになる。


「教養のない男を馬鹿にしていたのは認めるしちょっと反省してるけど、それは女が教養がないと思っている人たちが多かったから一泡吹かせたかっただけだし・・・」


「それだ、レミントン!」


トマスの目が鋭くなった。


「レミントンは自分が優位に立たないと気が済まないだろう。さっきのリアルテニスでも素手の喧嘩でもブランドンをこてんこてんにしていたが、俺がブランドンだったら1ヶ月は立ち直れないぞ。」


「1ヶ月だけなの?ブランドンはそのまま二度と立ち直らないでほしいわ。」


横目でブランドンの方を見るといつの間にか起き上がっていて、茫然とした顔で宙を見つめている。


「・・・確かにブランドンの例えはちょっと間違っていたが、それでもレミントンが男を負かすのに夢中になっていると、いくら可愛くても地主からは縁談がこないぞ。」


「ちょっと、夫を立てろ、半歩後ろを歩け、なんて考えが古いわ!内戦前の社会みたいよ!」


私が生まれる前の内戦で貴族の男がバタバタと倒れて、家を預かっていた女性の地位がだいぶよくなったらしい。私がお父様の秘書みたいなことをしていても文句は出なかったし、ハーバート男爵のように正式には奥様が爵位を持っている場合もある。


「まあ、地主はどうしても保守的だから、男がいばるかもしれないな。頼りない跡取りを持った商家や銀行家あたりには、レミントンみたいな女将さんは一定の需要があるだろうが・・・とりあえず俺が言いたかったこととしては、レミントンが思っているほど周りはささやかな体型を気にしてなかったってことだ。それが結論だ。」


「結論になってないし、最後に痛いところをつかないでよ!」


言いたいだけ言ってスッキリしているトマスがちょっと憎い。


トマスの観察は的を射ているだけに悔しい。能無しな息子に呆れた親御さんが藁にもすがる思いで私に嫁入りを頼んでくるかもしれないけど、そんな呆けた男の人なんて好きになれそうにない。あと体型に言及するのはレッドラインよ、トマス。


「いいたい放題言っちゃって!ふん、トマスなんか、奥様に『前髪が薄くなられましたか』って言われて1ヶ月再起不能になっちゃえ!」


トマスって色々と無難だからあんまり反撃する材料がない。もしサリー伯爵に二股疑惑を言いつけたら、処分されるのはきっと私の方だし。


「まあ時々そうやって歳相応になるのは・・・いいと思うけどな。」


年齢はほとんど変わらないのにこうやって大人ぶるのはトマスの悪い癖。


「じゃあ、例えばだけど、トマスは私がエドマンド・ジュニアのお嫁さんになったらどう思う?」


方向性を変えてみる。エドマンド・ジュニアは良くもも悪くも真面目な人で、私にも慇懃というか丁寧だった。まだお嫁さんはいない。


「そりゃあ、兄貴の嫁にレミントンが来たら、何と言うか複雑な気分になるかもしれないが・・・いやむしろ・・・そんなことは・・・悪い、何でもない。」


トマスの歯切れがどんどん悪くなって目がうろうろする。エドマンド・ジュニアと私がお似合いか聞いたつもりだったけど、パーソナルに受け取られたみたい。


「何なの!気になるじゃない!」


ひょっとして・・・?


「ええい、殿下!殿下!」


あろうことかトマスは主人に逃げた。


男爵に付き添われてブランドンの様子を見ていた殿下がこっちを向く。あんまり気分が良さそうではないけど。


「ルイスはヴァージナルで古代の音楽を演奏できるんです、聞いてみたくはありませんか。」


必要以上に大きな声で宣言するトマス。


しまったわ。


ニーヴェット家の皆さんは楽しい人たちだったから、合奏の合間に前世で習った曲を弾いたことがある。好評だったけど、王子の前で披露できる代物じゃない。


でも古代の音楽を弾ける新人の従者がいたら、物珍しさで演奏させる展開になると思う。現に、浮かない様子だった王子の顔がぱあっと明るくなっている。


「古代の音楽か、それは興味深い。ちょうど枢機卿と音楽の歴史について手紙で語り合っていたところなのだ。良かったら演奏してみてくれ。そこにクラヴィコードがあったはずだ。」


ほっとしているトマスとにこやかな王子を交互に見て、私は気づかれないような小さいため息をはいた。




スタンリー卿といいトマスといい、私に気があるのはなんでみんな既婚者なのかしら。


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