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CXIV 従者ジョン・ゲイジ

振り返った私の目に入ってきたのは、真っ白な男だった。


とにかく白い。


白い服に白い服を重ねて、白い肌が漆喰の白い壁に溶け込んでしまいそうな感じ。髪は多分割と短めのプラチナブロンドだけど、あんまり光沢がない感じで、松明の色のせいか肌と同化した白髪にも見えてくる。目は薄い水色。全般的に色素が薄いからアルビノ種みたいに見える。


体格は王子やブランドンほどではないけどトマスくらいしっかりしている。でも白いせいか妙に平面的というか立体感がないように見える。


しばらく驚いていたけど、私の方が新入りだから、ちゃんと挨拶をしないと。


「はじめまして。私はルイス・リディントン。ヨーマスの出身です。今日からヘンリー王子殿下の従者の仕事を賜ることになりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします。」


「うん、よろしく。」


白い男が短く返事した。割ときれいな声をしている。


それより名乗ってくれないの?あなた誰なのよ?


なんだかCGアニメーションの世界に手書きのキャラクターが入れ混ざってしまったような、妙に浮いた感じがする。よく見ると眉毛がゲジゲジしていたりするけど、薄い髪の色のせいかあんまり目立たない。服装をとっても、ボタンとブーツは薄いグレーだけど、ジャラジャラした王子達の衣装をみた後だとだいぶ質素な色合い。


「ええと、殿下からお名前を伺ったばかりでうろ覚えですが、ゲイジさん、でよろしかったでしょうか。すみません、まだ慣れなくて名前を覚えられていないので。」


「ああ。」


さっき「すごい人が入ったな」とか言っていたわりには、私に関心がなさそうな感じで返答する白い人。この人は口を最小限しか開かない。唇が限りなく肌の色に近くて、遠目で見たら口がないように見えるかもしれない。


それにしても、今は上の名前を名乗る流れだったでしょう?


この人は色々な面で薄口。よく観察すると目鼻立ちはかなり整っているけど、違和感が先行してしまって、女の子にきゃあきゃあ言われる感じはない。


「モーリス君、ジャック・ゲイジさんでよろしかったかしら。」


横にいたモーリス君に助けを求める。


「いいえ、彼はジョン・ゲイジです、聖女様。」


「ちょっとここで聖女様って言ったら・・・あれ・・・」


私が一人で慌てていると、話題のジョン・ゲイジさんはいつの間にか姿を消していた。周りを見回すとリンゴをピックアップしている白い人が見える。トマスとコンプトン先輩が起こそうとしているブランドンのことは特に気にしている様子がない。


周りが煌びやかな衣装をきていると、ゲイジさんの白装束はかえって目立つ。前世の結婚式で新郎白いタキシードを着ていたのってそんな意図があるのかしら。


「なんだかマイペースというか、凄く淡白な人ね・・・」


モーリス君はキョトンとしている。


「マイペースとはなんでしょうか?淡白といえばまさにその通りですが、ヘンリー王子周辺は暑苦しいですからね、彼がいると場が涼しくなってちょうどいいです。」


特にヘンリー王子に愛着のなさそうなモーリス君だけど、ゲイジさんにはそれほど反感を持っていないみたい。今の挨拶はあんまり宮廷の礼儀にかなっていなかったと思うけど、肌が白い繋がりで共感するのかもしれない。


「それにしても、宮廷ってもう少し礼儀作法にうるさいところだと思っていたわ。」


「聖女様、ゲイジが礼儀しらずなのは確かですが、ブランドンほど酷くはありませんよ。不快になるようなことをしてくる訳ではないので、どうか大目に見てあげてください。」


ブランドンが二人いたら発狂するわね。


「それにしても、モーリス君より白いんじゃないかしら。そういえば、モーリス君は初めてあったときよりも血色がいい気がするわ。」


モーリス君はまた白いほっぺたをピンクにした。


「それは聖女様のおかげで・・・ん・・・よろしければ、頬は触らないでください。」


無意識にフニフニしていたのに気づく。


「ごめんね、つい。モーリス君肌綺麗だから。」


モーリス君のピンク度合いが上がって、恥ずかしそうに顔を背けた。


「そ、そんなことより聖女様、ゲイジの第一印象がよくないのはわかりますが、ヘンリー王子周辺でまともに数字が読めるのは彼だけです。今後、彼の手助けが必要になるかもしれませんから、それなりに交流を持っておくといいかもしれません。ご覧のように、世間話をするのも一苦労ですが。」


そうね、交流って言っても一方通行になってしまいそう。リンゴを食べたあとシェリー酒の方向に移動している白い人を目で追いながら、どう交流したらいいのか考える。


それより、「まともに数字が読める」っていうのはどの程度なのかしら。なんだか嫌な予感がする。


「コンプトン先輩!コンプトン先輩!」


相変わらず茶系統の服を着ているコンプトン先輩を呼ぶ。


「なんだ、リヴァートン、また勝負するのか!?そんなに可愛く名前を呼んだって俺は油断しないぞ!ブランドンを一撃でやっつけたからって調子に乗るな!」


なんだか戦闘態勢のコンプトン先輩だけど、顔が可愛いからあんまり迫力がない。さっき運んでいたブランドンが重かったのか、息が荒くなっている。


「勝負ではありません。あと、リディントンです。そんなことより、2の4乗はなんですか。」


指をおるコンプトン先輩。


「8だ!」


大きな青い目を嬉しそうに輝かせて、自信満々に宣言するコンプトン先輩。くるくるパーマと赤いほっぺたも合わせて、先輩は楽しそうな表情が似合う。


これはダメだわ。


「50を4で割ると?」


指を追っていくコンプトン先輩。しばらく悩んだ後、思い詰めたように私を見つめ直した。


「ずるいぞっ、割り切れないじゃないか!図ったなリヴァートン!」


ずるいも何も・・・


「モーリス君、ここまでひどいとは聞いていないわ・・・」


ヨタヨタとモーリス君の肩に寄りかかる。


「彼らに利子の説明をしないといけない僕の苦労がわかっていただけたでしょうか。」


遠い目をするモーリス君。それはさぞ大変だったでしょうね。


利子?


「利子!?ちょっと!ひょっとして王子は借金しているの?」


モーリス君はその美しい顔を苦そうに歪めた。


「はい、大部分は僕が赴任する前のことですが、そこそこの額になります。残念ながら王子はケルノウ公爵として、陛下や政府を通さずに銀行と交渉ができるんです。両替商や金融業者たちも、陛下が王子を破産させることはないだろうと踏んだのか、領地の収入に比して大きな額を貸し付けています。王子は利子や満期といった細かい話は好きではありませんし、王子側に数字が読める人間がほとんどいなかったので、条件はあまりよくありません。」


王子は教養があるって聞いていたけど、やたら例え話を持ち出すあたり根っからの文系っぽいもんね。おまけにブランドンやコンプトン先輩に囲まれていたら、まともにリスク管理できないのも納得する。


「大人たちは何をしているの?」


「第二王子の所領は貧しい上に交通の便も治安も良くないので、誰も代官になりたがりません。現にアーサー様のご病気まで、色々と噂のあるヘンリー王子に近づこうとする貴族などいませんでした。借金はよく監査されていて国を揺るがす額でないことは確かですが、単に王子の収入が少ないので未払いのまま利子が膨らんでいるのです。」


なるほどね。体格は良くて健康でも、所領を破綻させるような王子に国をついで欲しくない。女嫌いよりもまずそっちをどうにかできないのかしら。


「それで、王子は借金までして何をしているの?」


「そうですね、そもそも領地経営の赤字補填が主だった使い道ですが、王子は水泳大会を主催したり、少年合唱団のパトロンになったりしていますから、そうした催し物の経費にも当てられていたようです。今回の狩猟も、林道候補地の視察という名目で、会計上は領地経営の経費扱いになりましたが・・・」


実は遊んでいたと。昼にモーリス君が怒っていた文脈がわかってきた。


そして水泳大会と少年合唱団って怪しすぎる組み合わせ、監査官はどう思ったのかしら。王子のことだから歴史に残る水泳大会を目指したんだろうけど、見る人によっては酒池肉林、男性オンリー版に見えたかもしれない。


なんだかモーリス君が気の毒すぎて涙が出そうになる。


「モーリス君、大変だったわね。もう一人で辛い思いはさせないわ。二人で頑張りましょう!」


私の決意表明に、モーリス君も緑の目を潤める。


「聖女様、僕は幸せ者です。」


ハグしていいかしら。私よりもモーリス君の方が若干背は高いけど、ベージュの髪を撫でつけたい衝動に駆られる。


同志モーリス君の肩に手を当てながら部屋を見回すと、王子がまだ唖然とした感じで男爵と何か話している。私の話かもしれない。


フランシス君は珍しくノリス君と話している。ノリス君はさっきいなかったけど、昼と同じピンクのピエロみたいな格好。


白い人は食べ物を物色しながら歩いていて、特に他の参加者と話す様子はなかった。ブランドンは寝っ転がったまま放置されているけど、意識はありそう。


トマスが私と話したそうにこっちの様子を伺っている。銀の縁取りの黒服は格好いいけど、一体何の話かしら。


「おいリヴァートン、15だ!違うか?」


そしてまだ計算していたのね、コンプトン先輩。


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