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CXI 大使ダグラス・キンカーディン=グラハム

ドーセットの従者は尾行に慣れていないようだった。見逃さない距離を保って歩いているだけで、私たちに気付かれるのは承知の上なのかもしれない。


侍女の方に振り向く。


「ところでお嬢さん、その様子では恋にお悩みのようですね。」


「ええ、行き詰まってしまって。もしよろしければ相談に乗っていただけますか。」


「お相手は?」


「新人の従者です。コンプトン様が霞むくらいの美男子と聞いています。」


王子は新人に手を出したのか。我々の予想ではコンプトンかノリスだった。節操のなさに驚くが、北に取っては願ったりかなったりだ。


それにしても「聞いています」、か。この子は性別からしてヘンリー王子のそばまで近づけない。視覚的情報があまり入らないのは悔しいところではある。


「それでお悩みと言うのは。」


「彼がある女性と昼間から激しく愛し合っているのを、廊下で聞いてしまったのですわ。」


「それはとても残念だ。しかし一度きりのお遊びということはないだろうか。」


「その女性は耐えがたい快感を訴えておりました。叫ぶほど夢中になっていたようです。残念ですが、おそらくは今後も続くものと思われます。」


我々にはとても好都合だが、そこまで夢中になったのか。その場面は決して見たくはないが、あの巨体の美男子が情けない声で喘ぐところは多くの人に聞いてもらわねばな。


「それは治る見込みがありませんな。ところで、来月に低地諸国のフィリップ大公と、その妻で南の国の王女でもあるフアナ様が大きな使節団と共にこの宮殿を訪れるのだが、間違って一行が鉢合わせるということは起きかねないね。」


「可能性としてはありますわ。宮殿を案内するのはその女性でも新人の従者でもないでしょうし、その女性の寝室の前を通るのはありうるでしょう。ただしその悪いタイミングで二人が愛し合っていると言う保証はありませんの。」


確かに難しい。国際的なスキャンダルになればヘンリー王子即位の芽は確実になくなるのだが。大きな使節なら何回かに分けて案内することもあるだろうが。


媚薬はどうだろうか。


「その女性にデザートを差し上げられないだろうか。」


「その女性には毒味がおりまして、彼がお気に召さないかもしれません。ただその毒味は体調を害しているようで、もし代役が新人の従者だったら、二人はデザートの話で盛り上がってしまいそうですね。」


その線は面白そうだ。男同士に効く媚薬など知らないのだが。


「なるほど、それは大変なことになるようですな。ところで、その噂は伯爵周辺の人間も知っているのかね。」


「ええ、同じ廊下で、私が”お慕い”していた例の色情魔に見つかりそうになりました。私が誰かはバレなかったはずです。残念ながら彼らも存じているかと。」


だとしたら従者は消されるだろうか。だが全てが不都合という訳でもない。


「では、もし噂が流れこの件を皆が知ることになれば、伯爵が流したと思う者も多かろう。従者が後で姿をくらましたら尚更だ。そして、伯爵が自分のために噂を振りまいたということにもなりかねぬ。」


「まあ、大変ですわね。」


しかし、この計画が成功するには、まずこれが悪意のある嘘だと断じられ、国王がサリー伯爵を懲罰した段階で、実は真実だったと披露する二段構えにせねばならない。慎重な舵取りが求められる。


しかし、例え真実だと思っても国王は立場上、噂を振りまいた継承権保持者を罰せずにはいられまい。隠し通せなかった段階で国王からの謝罪があっても、伯爵との間には埋めがたい溝ができるはずだ。


ドーセットの従者がさっきより距離を詰めている。切り上げなければ。


「ところでお嬢さん、お兄さんか弟か、その女性に接触できそうな人はいないのかね。」


「兄が一人おりますが、相変わらず部屋から出ないままで、お嫁さんとも没交渉のようですわ。」


王太子は相変わらずか。この計画で王子とサリー伯爵令息にダメージがあれば、我々のゴールに大幅に近づくことになる。


「お兄様が側室をとられるということは?跡継ぎのために誰かがお兄様の嫁に手を出すこともあるかもしれぬ。」


「あり得ませんわ。お兄様のお嫁様は身分がすごく高いので、子供ができないからとそういう手段を取ってはご実家との縁に問題が起きかねません。」


そうなるだろうな。南の国はそういう道徳観念に厳しい。あそこは女性が王位を継げるから、男児を得るのに必死になるこの国の王族の気持ちがわからないのだろう。


「あら、旦那様、歩いているうちに、先ほどの切り傷が見えなくなってしまいました。もう大丈夫ですわ。」


袖を見せながら、少女はインクで暗号が滲んだ布を渡してくる。


「おや、それは結構なことだ。ではここでお暇しようか。ご機嫌よう。」


「ありがとうございました。旦那様も、ご機嫌麗しゅう。」


少女と別れる。ドーセットの従者は少女ではなく私についてくる。素人だ。




ジェームズ様、近づいてまいりましたぞ。うまくいけば私の目の黒いうちに実現できるかもしれぬ。


連合王国の夢が。


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