CVII 従者ウィリアム・コンプトン
「コンプトンです。物音がしましたが、不都合なことはありませんでしたか?」
扉が開いて、また一人の従者が登場した。そして、王子の好みが分かってしまった。
コンプトンと名乗った青年は、ノリス君を成長させたみたいな風貌だった。王子の寵愛を得るには赤いほっぺたとくるくるカールの髪がキーポイントみたい。
男爵の耳元にささやく。
「男爵、私のウィッグ、ストレートにできないかしら。」
「今更何を言っているんだい、ルイス。もうお披露目してしまったし、それこそルイザとの差別化ができなくなるよ。」
男爵があまり口を動かさずに小声で答える。
コンプトン君が私と似ているわけでもない。ノリス君と共通するくるくるパーマの髪に赤みが目立つほっぺた、大きな水色の目。ただし茶髪のノリス君に比べてコンプトン君は黄土色の髪をしていて、ほっぺたがふっくらしたノリス君に比べればスッとした顔のライン。ちょっと顎が尖っているけど、やっぱり格好いいというよりは可愛い感じの雰囲気がある。声は年齢相応というか、校庭で声出しをしている高校球児みたいな声で、そこまで可愛くないけど。
もし天然パーマと大きな目と可愛い系統の顔が王子の好みだとすると、ウィッグ姿の私は割とストライクゾーンに入ってしまう可能性が出てくる。ほっぺたはここまで赤くないけど。
「コンプトン、何も問題ない。楽にしていい。」
王子の声に合わせて、恭しく顔を下げていたコンプトン君は顔をあげると、心底驚いたような表情を浮かべた。もともと大きな目が見開いていて、なんだか魚類みたい。
「王子様!?どうしたんですか、そんなに緩んだ顔をされて。」
緩んだ顔、と言われて王子様の方をみたけど、ご機嫌そうではあるものの緩んだ感じはしない。肌の張りがいいからか、目が小さいからか、ニヤついてもあんまり弛んだ印象にはならないけど。
コンプトン君は王子様の観察眼に優れているみたい。王子は顔色を変えないまま照れたような仕草をする。
「顔に出てしまったか。なに、大したことはないさ。ここにいる新任のリディントンが、先ほど耳掃除をしてくれてな、端的に言って凄かった。まだ余韻が残ってしまっている。」
コンプトン君はギョッとした目のまま、上機嫌の王子を見つめている。顔に気を取られていたけど服装は結構地味で、白いシャツの上にこっちでは珍しいVネックのダークブラウンのジャケットを着て、上から髪と同じ黄土色のレースの首飾りを下げている。タイツもブーツもこげ茶で統一していて、センスは割といいと思う。少なくともノリス君とは雲泥の差がある。
「王子様、すごいというのは、まさか・・・」
「ああ、未だ嘗て経験したことのない心地よさだったと言っても過言ではない。」
王子は「未だ嘗て」とか「端的に言って」とか余計な修飾語をつける傾向にある。
信じられない様子だったコンプトン君が、キッと私の方を睨んだ。
「やいリヴァートン!」
「リディントンです。」
「そうだ、やい、リディントン!」
コンプトン君はわざわざ言い直した。
「王子様を気持ち良くさせるのは俺の仕事だ!先輩の仕事を奪うな!」
「えっ!?」
結構な爆弾発言だけど、公に言っちゃっていいの?男爵もフランシス君もいるよ?
同系統のキャラクターだし、ノリス君とコンプトン先輩は王子のお相手をしている可能性が濃厚になってきた。
「分かりました、コンプトン先輩。殿下を気持ち良くさせるのはお任せします。その他諸々も、コンプトン先輩のお仕事を奪う気はさらさらありません。」
心からそう思っております。
「わかればいいんだ。」
コンプトン先輩はふんぞり返った。色々な嗜好も含めてアンソニーと同系統なのかしら。
「コンプトン、私がリディントンに無理に頼んだのだ。リディントンを悪くいうべきではない。」
王子、せっかく場が治まりそうだったのに余計なことを。
「ぐぬぬ・・・」
私の方を怨嗟の目で見てくるコンプトン先輩。こういう男の三角関係みたいなのに巻き込まないで欲しい。あと私女です!
「リディントン、この術は一体どこで身につけたのだ。」
王子が興味津々と言った感じで聞いてくる。ここはコンプトン先輩を構ってあげて欲しいんだけど。
「術というほどのことはありません。医師だった母方の祖父が鼻や耳の構造に詳しく、私も耳の構造と耳かきの危険性について習ったのです。」
ルイスの公式設定を活用する。ついでに耳かきは危ない、と念を押しておく。
「そうか、耳の水を抜いてくれたのもその知識があってこそなのだな。リディントンが隣にいると心強い。」
王子の言葉に、悔しいのか震え始めているコンプトン先輩。
「いえ、コンプトン先輩と違って、私は殿下の好き嫌いも知りませんし、まだまだ修行がたりません。」
「ははっ、謙虚なのは良いことだ。これからもどんな驚きの特技を見せてくれるのか、楽しみにしているぞ。」
とってもご機嫌な王子。もともと赤いのに更に赤くなっているコンプトン君の様子に気づいてないのかしら?耳かき廃止よりもよっぽど体制の動揺に直結すると思うけど?
「リディントン。」
王子がふと真剣な顔で私に呼びかけた。
「なんでしょうか、殿下。」
「リアルテニスといい耳の世話といい、今日はお前のおかげで素晴らしい1日を過ごせた。もし良ければ、ルイスと呼んでいいか。」
ダメです王子。文章がつながってないし、色々ダメです。そもそもコンプトン先輩のこと、コンプトン呼びのままでしょう。さては王子、コンプトン先輩を挑発しているのかしら。
「俺だってウィリアムって呼ばれたいのに・・・ええい、いまいましい!」
傷ついた様子だったコンプトン先輩ツカツカ歩き寄ってきて、私に手袋を投げ捨てた。ファーストネームはウィリアムらしい。
「決闘だ、リヴァートン!」
リディントンです、先輩。




