CIV 美食家ヘンリー・ノリス
くたっと椅子にもたれかかった王子の巨体を、男爵が楽な姿勢に直そうと頑張っていたけど、やっぱり難しいみたいで諦めて首を振った。
「これはお手上げだね。フランシス、ノリスを捕まえておいてくれ。」
ふと横を見ると、ノリス君がフランシス君に捕まえられたままカタカタ震えている。なんだかかわいそう。だけどほっぺたが赤いままだし、見方によってはハムスターみたいで可愛い。
「王子様・・・そんなっ・・・王子様に・・・なんてことするんだ・・・コンプトンを呼ばなきゃ・・・」
そんな極悪非道みたいな言われ方をしたって、不本意な耳かきしかしてないけど?
「ノリス君、見ていたと思うけど、私は王子様の指令の通りにしただけ。私はやめた方がいいって言ったのに、王子が聴かなかったんだよ?」
それでもカタカタが止まらないノリス君。怖かっただろうし気の毒なんだけど、思い切りカールのかかった茶髪がフルフルしていて、光景としてはなんだか微笑ましい。
「ルイス。」
男爵が近づいて耳打ちする。
「こういう機会ごとにお菓子で釣るのも限界があるだろうし、ここは魔法をかけてノリスも言いなりにするべきだと思うよ?」
「男爵、マッサージを買い被りすぎです。ノリス君が言いなりになる保証は何もないのよ?それにあんなに震えているのを押さえつけてマッサージするの、可哀想じゃない。」
ノリス君に向き直る。この子は説得できる気がするのよね。
「ノリス君、あんまり騒いじゃうと、男爵の差金でノリス君にも王子様と同じ目にあってもらうことになるかも。そして今の王子様みたいにヘロヘロになっちゃうと、悲しいことに約束してあげたパンナコッタが美味しく食べられなくなっちゃうよ。」
ごくんと息を飲むノリス君。
「パンナコッタ、食べられなくなっちゃうの・・・?」
「うん。一方で、王子様が人前で恥ずかしい姿を見せたのを黙っていてくれれば、王子様の名誉も守られるし、パンナコッタも美味しく食べられるよ。」
「パンナコッタ・・・」
「そう、口当たりはふわっとして、舌触りは滑らか。甘い香りが口に広がって、喉をつるんと通り抜ける。想像してみて。」
「パンナコッタ・・・」
ノリス君の震えが止まってきた。
「さあノリス君、パンナコッタのためにも、王子様が自業自得で醜態をさらしたこと、誰にも言わないでくれるよね?」
「うん、王子様のためなんだ。絶対守るんだ!」
元気になったノリス君。
さっきパンナコッタをあげることで合意していたから、私は一切譲歩をしていない。王子にとっても醜聞は広まらない方がいいだろうし、王子本人が耳かきを気に入ってしまった以上、性格を考えても周りからの圧力に反発しそう。王子に不名誉な噂が広がったところでノリス君にメリットもない。
男爵が首を振りながら苦笑して、耳打ちしてきた。
「王子は魔法にかかってしまっていたのだから、あまり酷な言い方をしないでやってくれないか。幸いウィロビーほど惨たらしいことにはならなかったしね。」
確かに見栄えの悪さはアンソニーほどではないけど、言動はアンソニーよりも怪しかった気がする。
男爵はノリス君を向き直った。
「さて、ノリス、美味しくパンタ・レイを食べたい場合は、一旦自分の部屋に戻って気を休めるといいと思うよ。」
「パンナコッタね。」
「そうするんだ!王子様は任せたんだ!」
元気よく部屋を出ていくノリス君。パンナコッタを前にして王子様への愛情ははかなくも敗れ去ったみたい。
それにしても、この宮廷の教育体系どうなっているのかしら。
「さて、邪魔者はいなくなったね、ルイス。」
男爵はさっきから声を抑えている。いつもの黒服だし、すごく悪役らしいセリフ。
これが映画だったら、いかにも正義漢と言った見た目の王子様が「お前たちの好きにはさせない」とか言って立ち向かうところだと思うけど、我らがヒーローはひなたぼっこをするセイウチみたいな状態で、ちょっと映像化にゴーサインが出そうにない。顔はいいのにもったいないわ。




