CIII 侍女アン・ブラウン
警告1: この章は、直接的な描写は一切無いものの、性的な表現及び強く示唆的な表現を含みます。ご留意ください。飛ばしていただいても、前後の展開及びLXXIIからこの章で何が起きたかは推察できるので、苦手な方はスキップしても問題ありません。なおこの小説は「小説家になろう」のガイドラインを遵守しています。
警告2: チャールズ・ブランドン視点です。
半身だけ体を起こすと、疲れて眠ってしまったアニーにそっとシーツをかけてやった。昼間だったからか今日は一際恥ずかしがっていたが、それだけいっそう可愛かった。マギーのような熟練の技の持ち主も素晴らしいが、やっぱりうぶな反応が一番そそるのだ。
「チャ・・・チャールズ様、乾布とお着替えです。」
顔を真っ赤にしたがシャツを渡してくるアグネス。私とアニーの逢瀬にはいつも控えてもらっているが、考えてみれば昼間は初めてなので、こうしてこの子の反応を観察するのも新鮮だ。
「ありがとうアグネス。」
シーツから出て上から乾布で体を擦る。
「ひゃっ!」
両手で顔を覆うが顔を背けないアグネス。でもちゃんと指の隙間から目がのぞいている。
好きなだけ見ればいい。減るものでもない。今日の水浴びでもニーヴェットあたりは腰回りを布で隠そうとしていたが、感覚がよくわからない。水浴びは開放感を味わう場所ではないのか。そもそもこの体で生まれてきたのだし、なんら恥じることはないだろう。
「アグネス、男物の香水はないか。せっかく水浴びしたのに汗臭くなってしまってはな。」
こちらを横目で見ながら棚を漁り始めるアグネス。私の体はこの宮殿で二番目に立派だと自負しているし、一番立派な体は当分女性の前に晒されそうにないから、私が実質一位だ。
「アン様のものですが、スズランはいかがですか。」
「それでいい。」
いつもは1日の終わりに逢瀬になるから体臭を香水でごまかしていたが、今日は水浴びで体を綺麗にしてきたので何も用意してこなかった。赤ん坊の肌を重ね合わせるような新鮮で純粋な感覚を味わえたので満足だが、最後は汗だくになってしまった。
スズランの香水をさっと体にふりかけると、アグネスの期待の目に応えてゆっくりシャツをかぶる。
「片付けは頼んでおくよ、アグネス。」
「はい、チャールズ様。」
顔をもう一度赤らめるアグネス。タイツを履くと、香水のお礼もかねてアニーの頬にもう一度キスを落として、上着を引っ掛けながら部屋を出る。
心地よい疲れを噛みしめながら廊下を早歩きで歩く。メアリー王女あたりに見つかると色々と問い詰められそうだから、なるべく誰にもすれ違わないルートをとる。
しかし、リディントンの輩は今日のリアルテニスで卑怯な技を度々使い、ついには私を男としての危機に陥れたが、結局杞憂に終わった。一時は絶望に苛まれていたが、改めて心底安堵する。テストしてしまったようで後ろめたいが、アニーに感謝だ。
叔父上に子供ができなかった以上、私はブランドン家最後の生き残り。この世代で血を絶やしてはならない。
血を絶やしてはならないと言えば、我らがハル王子はどうしたら良いだろうか。伯爵のメインの計画は今のところ停滞しているが、私も王子を正しい道に導く密命を帯びているし、とりあえず例のお相手に限らず女性全般に態度を軟化してもらえるよう、地道に頑張るほかあるまい。
考え事をしていると、ちょうど王子の部屋の前を通りかかった。王子の部屋の壁は薄くなっていて、王子の初夜にはこの私が責任を持って控えることになっているが、今の状況では遠い夢と言わざるを得ない。廊下にいても大体聞こえてくる声は詩の披露か何かで・・・
「ダメだっ、気持ちが良すぎるっ!」
何事だ?
王子の言うようなセリフではないが、確かに王子の声だったし、響きからして気持ち良さそうだった。気持ちいいことというと、私とアニーが先ほどしていたことしか思いつかないが、王子の場合なんだろうか。子馬とでも戯れているんだろうか。
気になったので、立ち止まって耳をすます。
「あまり動かないでください、殿下!」
どうやら新入りの憎きリディントンが側に控えているようだ。動かない方がいい、というのは一体どういうことだろうか。
「済まない、心頭滅却すれば耐えられると思っていたが、快感が想像以上だった。」
王子の息が弾んでいるようだ。激しいリアルテニスでも滅多に息を荒くしないあの王子が。
心頭滅却ってなんのことかわからないが、なんの快感だったのだ、気になるじゃないか。
「殿下、今度は仏教徒みたいですね。ではこれくらいにしておきますか。」
仏教徒とはなんのことだ。さっきから専門用語ばかりでついていけない。
「なっ!?・・・やめないでくれ。続けてほしい。」
王子はこの快感を与える何かに夢中になっているようだ。私が言うのもなんだが、なんだか不健全な香りがする。部屋の外から何をしているのか尋ねてみようか。
「王子、石弓から長弓に徐々に移行しないと。」
「今は非常事態だ。」
石弓と長弓?どう使おうと気持ちいいとは思えないが、なんの例えだろうか。非常事態とは?
「では中に入れていきますね。」
「ああ・・・頼む。」
え?
いや、そんなはずはない。そんなことがあるはずがない。
あってはならないし、あるはずもない。落ち着けチャールズ・ブランドン。ハル王子とは長い付き合いだが、私の体に反応したこともないし、念のためノリスを剥いだときもなんともなかった。
そもそもハル王子はプライドの高い征服者だ。中に入れられるだなんて、そんな初対面のリディントン相手にそんなことになるはずが・・・
「・・・つっ・・・ふっ・・・」
「大丈夫ですか?」
「・・・初めてだ・・・いや、こんな感覚は・・・初めてだ・・・ぐっ・・・まるで自分の体じゃ・・・ないようだ・・・」
これは何かの間違いだ。絶対に何かの間違いだ。そうとしか考えられない。
アニーの部屋で私は眠りに落ちてしまって、これは夢なのではないか。頬をつねってみる。痛い。
冗談じゃない、王子の初体験は私が責任を持って聞き届けると約束したのだ。今聞き届けていると言えばその通りだが、そんな・・・こんな悲劇が現実にあっていいものか。いや、あっていいはずがない。
「痛かったら言ってくださいね。」
「・・・自分の・・・体の内側に・・・こんな未知の・・・くふっ・・・部分があったとは・・・うっ・・・知らなかっ・・・くっ・・・」
ああ、王子、ダメだ、その扉を開けては!
おお神よ、なんと言うことだ!
ハル王子には常にその疑惑があったが、伯爵と一緒に第一線で反論してきたのだ。側で一緒に育った私の証言は無視できない重みを持つ。
王子も私がどれだけ苦労して王子を言われのない中傷から守ってきたか知っているはずだ。
しかし王子がこうして初体験を迎えてしまった今、間違っているのは我々ということになってしまう。私の立場はガタガタだ。王子に期待していた多くの人々もお先真っ暗だ。
私との友情はそんなものだったのかハル王子。あのお方への思慕は結局は幻だったのか。
「殿下、そろそろ終わりにしますね。よろしいですか?」
「・・・くはっ・・・体の芯が震えて・・・止まらない・・・うぐっ・・・まるで・・・侵略されているようだ・・・ぐっ・・・だが・・・攻められるのが・・・つふっ・・・不思議と嫌では・・・」
私は廊下の床に膝をついた。天を仰ぐ。
一度も恐れなかったと言えば嘘になる。ハル王子が美少年を側に置きたがったのは確かだ。だが、ここまでは想定していなかった。王子はいつも人の上に立つ者だったはずだった。なんで征服されて喜んでいるのか。こんな軟弱者、私の知っているハル王子ではない。
伯爵に知らせなければ。でもこれは私の責任問題にも発展しかねない。一体どうすれば良いのだ。
「はい、終わりです。やりすぎは健康に良くありませんので、ここまでです。」
やりすぎは健康に良くないのか?初耳だが、男同士だと勝手が違うのかもしれない。
しかし、あの王子を昇天させていると言うのに、リディントンは息の乱れを感じさせない。きっと百戦錬磨の男に違いない。
一体何者なのだ。
確かヨーマスの出身と言っていたか。叔父上は港の女とは寝るなと言っていた。文明の行き交う港街で経験を積んできたとしたら、どんな輩の相手をしてきたのか見当もつかない。ますます危険人物だ。絶対に王子の側に置いてはいけない。
さっきから王子の喘ぎ声が止まっていた。今が扉を叩くチャンスではないだろうか。行為中を私に見られたらスキャンダルになるだろうが、王子が全裸でいるのを見ることは問題ないし日常茶飯事だ。着替え途中でも水浴び気分でも風呂が届かなかったでもなんとでも理由をつければいい。
「リディントン・・・奥もしてくれないのか。」
おい、王子!!!!
ああ、王子!!
相手がやめようと言っているのに、ねだってはいけない。百歩譲って男性経験が人生の幅を広げるとしても、今の発言はアウトだ。
もうダメだ、この国はおしまいだ。私にとっては特に。
そう言えばメアリー王女が東の国の国王に嫁ぐのを、ドーセット侯爵が交渉しているらしい。あの子はやたらと私を気に入っているから、亡命がてら従者に志願しようか。あの王女のおもちゃになるのは少し怖いが、このまま王子とスキャンダルの嵐をくぐり抜けるのに比べればマシなはずだ。
「奥は神経が集中していて、気持ちいいような錯覚があるかもしれませんが、目的を踏まえれば浅い部分だけで充分なんです。」
どうやらリディントンは理論にも実践にも通じているようだ。それにしても、知らなかったがそういうものなのか?しかし男二人では子供を作れないはずだが、この文脈で目的とはなんなのだ、一体。
「リディントン、これは神話の一節に依拠するのだが・・・いや、頼むから、奥もつついてくれないか。」
ゾッとする。王子のお伽話がカットされた。ここまで自分のペースを失っている王子は見たことがない。幸い今も見てはいないのだが、聞いたことだってない。まさかこんなに他人におもねるとは。
早く、ここから、去らねば。私までおかしくなりそうだ。
しかし足の力が抜けて、膝を廊下についたまま動けない。金縛りにあったようだ。
おお神よ、これはなんの呪いですか。こんな罰に値することを私は何もしていないと言うのに。
「なんなら勅令を・・・」
ダメだハル王子、そもそもダメだが、文書に残してはなおダメだ。その程度の常識も失ったのか。
「殿下、権力の濫用はおやめください。わかりました、奥もしてあげますから。」
「素晴らしい・・・そうこなくてはな。」
船旅をしたことはないが、私がどれだけ船酔いをしても今ほど辛くはないだろう。メアリー王女が行くならアニーも同伴するはず。きっと楽しいものになる。そう言えばドーセット侯爵が第二回交渉に向かう船が来月出るようだったが、使節団に空きがあったら教えてもらおう。亡命先を視察できる機会なんて滅多にないからな。
旅にでよう。うん、そうしよう。
「・・・くはっ・・・快感の波に・・・飲まれ・・・る・・・」
涙で目が潤んできた。膝立ちのまま両腕を床につく。
私の知っている愛すべき童貞王子はいなくなってしまったのだ。そしてもう永遠に戻ってこない。
東の国へ行く前に、ハル王子への感謝状をしたためよう。裁判になったら味方をしてあげられないが、違う道を辿ろうと私たちの友情は不滅だ。
「・・・うっ・・・そこは・・・弱点が・・・くうっ・・・」
凄腕のリディントンに開発されていくハル王子。初めての相手をここまでにするとは、どれだけ無駄な才能があるのだ。
国家的な危機だというのに近衛連隊はどこにいるのだ。今更きても危機が悪化するだけだが。
「・・・つっ・・・自分でも・・・知らなかった・・・ううっ・・・弱い・・・そこは・・・もう・・・耐えられ・・・」
弱点を発見されたらしく、さっきまで気持ち良さそうだった声が必死になってきている王子。
王子は昔から弱点のない超人だった。私は王子の弱点を知りたくて仕方がなかった。探そうとは思わなかったが。
初めて知る弱点が、これほど知って後悔するようなものだとは、思いもしなかった。
「・・・うくっ・・・ダメだ・・・悪魔に・・・魂を・・・持っていかれる・・・うっ・・・気分だ・・・」
そうだ、ハル王子、リディントンは悪魔だ。消さねばならないのはもちろんだ。
でももう王子は男の快感に目覚めてしまった。奴を倒しても第二第三のリディントンが現れるに違いない。
王子の高貴な魂が、こんな形で汚されてしまうとは・・・
「・・・我慢が・・・でき・・・つはああっ!!」
どさっと音がして、ギシギシという家具の音がしなくなった。王子が失神したのだろうか。
さらばだ、私の美しい思い出。
そしてさらばだ祖国よ。
さて、これからどうするかだ。王子が開いてしまった扉を永遠に秘密にするのは無理だろうが、私が無事亡命するまでは秘密にせねばならない。誰かが室内にいたとしたら必ず止めに入るはずだから、室内にいたのは王子とリディントンだけなはずだ。
つまり第三者として知っているのは私だけ。さっき王子は初体験だと言っていたし、今のところ先例は無いはず。リディントンを早急に処分すれば、失意の王子が次の相手を見つけるまでの間、この一件を秘密にするのは不可能ではない。
膝立ちのままだが、前を向く元気がでた。
だが祝うのは早すぎた。
階段の影で誰かが動くのが見えたのだ。
何者かがいる。
「待てっ!!」
全速力で駆け出す、つもりだったが、足が痺れてスピードが出ない。
おお神よ。
夢中で追いかけたが見失ってしまった。
私から逃げるということは、こちらの味方では無いはず。一体誰が、なんの目的で、どこまで聞いていたのだ。
国家の枠組みを揺るがす事態に直面して、私は戦慄するばかりだった。
リッチモンド伯爵(故人) |ーーアーサー王太子
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|ーーーーーーー現国王 | キャサリン王太子妃
| | | (南の国の王女)
マーガレット王太后 |ーーー|
| |ーーマーガレット王女
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| | |ージェームズ王子
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| | ジェームズ王
| | (北の国の国王)
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| |ーーヘンリー王子
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| |ーーメアリー王女
先先先代国王(故人) |
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| |ーーエリザベス王妃(故人)
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| |ーー先先代国王(故人)
|ーーー|
| |ーーアン王女
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| |ートマス・ハワード・ジュニア
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| サリー伯爵
|
エリザベス王太后(故人)




