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C 従者ルイス・リディントン

泣き止んだ後、恐縮そうにしていたエリーを、私はメアリー王女の区画まで送って行った。エリーの家の人に見られないように部屋までは行かなかったけど、困っていたらまた話を聞いてあげる約束をして別れる。恋バナを聞いてあげただけなのに、エリーは終始ありがとうございます」を連発していた。


部屋に戻ると、男爵とフランシス君が待ち構えていた。


「どこへ行っていたんだいルイス、急がないと。」


「紳士デビューをしていたのよ。さあ行きましょう、男爵、フランシス君。」


もう一人の従者に会うために、例の必要以上に華美な王子の部屋に行かないといけない。モーリス君は王太后様に謁見するらしく同席できないらしいので、男爵とフランシス君が一緒に来てくれることになった。対王子、対ブランドン戦にモーリス君は心強い味方だったから、男爵とフランシス君という陣容はちょっと心許ないところがある。


私の業務内容が決まっていないから、「中の従者」同士で折衝しないといけない。ひとり病気みたいだから今日では全てを決められないけど。


王子の部屋は階段を降りてすぐのところにあって、移動は時間がかからなかった。金色の装飾がついた重い扉を開けると、例のトナカイの頭の剥製が私たちを出迎える。


「椅子には勝手に座ってはいけないのよね、男爵?」


部屋に入ってすぐに、中央に金の王冠の装飾が入った赤い革張りのソファが置いてあって、ちょっと座ってみたくなる。私では足が床につかないかもしれないけど。


「王子はそこまで気にしないと思うが、実験してみてはどうかな、ルイス?」


どうやら男爵は実験が好きみたい。さっきのピタゴラスイッチといい、多分趣味は錬金術か何かだと思う。


結局立ったまま、天井の寄せ木細工をぼおっと見つめていると、王子を出迎えに行っているはずのノリス君が戦々恐々として走り込んできた。


「大変なんだ、王子様がご乱心なんだ、なんとかして欲しいんだ!」


ノリス君自身がご乱心みたいだったから心配したけど、その後ろを見ると原因がすぐにわかった。


部屋に入ってきた王子は頭をブンブン振り回している。赤っぽい金髪のせいか、パンクロックのヘッドバンギングみたいな感じがする。


「どうされましたか、殿下。壺と燭台を倒さないようにお気をつけください。」


派手な燭台は真鍮製だからまだ大丈夫かもしれないけど、陶器やガラスの花瓶は割れそうで怖い。余計なオブジェが多いのよこの部屋。


「気を付ける。」


頭を振るのをやめない王子。水も滴る良い男、って表現があるけど、髪が濡れた王子はなかなか見栄えが良い。しばらくヘッドバンギングしていてほしい。金銀黒の装飾が入ったダークレッドの服も、前世のビジュアル系バンドみたいでイメージとあっている。この際タイツは大目に見よう。


「王子、お具合がわるのですか。」


男爵もさすがに突っ込まざるを得なかったみたい。


「どうやら水浴びで耳に水が溜まってしまったようでな。なかなか抜けずにいる。」


せっかく格好いいのに、すごくくだらない理由だった。王子、もう少しだけ声が低いとしっくりくるんだけど。王子が高速で振る頭で風圧が起きていて、花瓶の百合の花が揺れている。


そういえば、前世のプールで耳に水が入っちゃうときもあった。ジャンプするといいんじゃなかったっけ。


「殿下、ジャンプしてみてください。」


「こうか。」


王子様は軽くジャンプした。腰の短剣や金属の装飾がシャリシャリと音を立てる。これも結構絵になる。


「ダメだ、抜けない。こんなことは今までになかったのだが。」


真面目な顔で悩むヘンリー王子。水浴びと言ってもあまり泳いだりするわけではないのかな。


「これでは気になって政務に集中できない。由々しき事態だ。」


「そうですか。」


それは集中力の問題でもあると思います、王子様。


王子は真剣な顔で私の方を向き直った。


「悪いが、少し見てみてくれないか、リディントン。」


「えっ?」


一応肩書的にも衛生担当を兼ねる見込みだから、ノーとはいえないのだけど、なんだかすごくやりがいのない仕事ね。


耳を覗き込むけど、当然何がわかるわけでもない。


「これなら放っておけば流れますよ。ご心配には及びません。」


水が見えたわけじゃないけど、こう言っておけば安心すると思う。


「なんとかならないのか?」


王子は相変わらず真剣な表情。セリフと顔は格好いいんだけど、場面がシュール。耳が気になって仕方がないみたい。


「しょうがないですね、殿下、ハンカチをお持ちですか。」


「ノリス、ハンカチーフを頼む。」


さっきから王子に怯えて震えていたノリス君がハンカチを戸棚から出して持ってきた。


ハンカチの角を細く丸めるようにして棒状にする。


「水を抜くよう、耳にハンカチを入れていきます。少し痒いかもしれませんが、よろしいですか。」


「構わない。あまり体には触らないで欲しいが、少しは致し方ないだろう。座った方がやりやすいか?」


例の赤い革張りの椅子に座る王子。体格がいい上に服装が豪華だから、椅子負けしない威厳がある。


でも王子様たるものもう少し警戒すべきだと思う。私が暗殺者だったらさっきから5回くらい暗殺に成功している気がする。


耳をそっと抑えて、奥の方に丸めたハンカチの先を差し込んでいく。


「くっ・・・」


「大丈夫ですか。」


「いや、少しむず痒い感覚があるが、辛くはない。」


痛い外科手術に耐えているような表情の王子様。見た目とセリフのギャップをどうにかして欲しい。


しばらく耳の奥にハンカチの先を入れるようにする。王子は触られるのが嫌いと言っていたから、指では最低限しか触れないように気を付ける。


「うあっ」


王子様が驚いたような声をあげて、少し体を動かした。


「流れましたか?」


王子を覗き込むと、ちょっと熱を出して朦朧としているような顔をしていた。


「ああ。なんだ、この感覚は。頭から熱が抜かれるような、ちょっとした爽快感があった。」


いちいち解説しなくても良いのだけど、アンソニーに通じるものがある。身分の高い人は実況する習慣でもあるのかしら。


椅子にどんと構えたまま、困惑と満足が半々みたいな顔をした王子。男爵と違って、にやけても顔のグレードが落ちないのはさすがだけど。


「ご苦労だった、リディントン。この功績は秋の叙勲で・・・」


「謹んでお断りを。」


耳から水を抜いて勲章をもらうなんて、後世のクイズ大会で笑い者になるだけでしょう。勅令も勲章も乱発しすぎですよ王子様。


それにしても、本格的従者デビューを少し楽しみにしていたのだけど、初仕事がこれって職場としてどうなのかしら。

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