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XCIX 紳士ルイス・リディントン

庭園の迷路は植木の丈が思ったよりも低くて、外から見て私たちがいるのが分かってしまいそうだったけど、周りに人はいないし秘密の話をするにはいいと思う。最初はたわいもない話から始めたほうがいいよね。


「ところで、ご出身はどちらか伺ってもよろしいですか、レディ・グレイ。」


「私はドーセットの方の出身です。今一番大きい街はプールかしら。リディントン様はどちらから?」


ドーセットは南の方の海岸沿いの地方。これといって印象が薄いのだけど。


「ドーセットは美しい、豊かなところとお聞きします。そんなところで育たれたのは羨ましい。私はヨーマスの出身です。」


「ヨーマス、まあ港町ね!大陸からの船が行き来する、賑やかな場所だとお聞きしますわ。」


エリーは楽しそうに目を見開いた。つんとすましている感じも似合うけど、こういう年齢相応の女の子らしい感じもいいなと思う。


「ええ、少しガヤガヤしますが、活気があってとても暮らしやすいところですよ。」


一度も行ったことないけどね。


「さて、歩きながらなら聞かれる心配もないでしょう。よろしければ、お悩みをお聞かせください、レディ・グレイ。」


エリーは悲壮感に満ちた頷き方をした。


「ええ・・・実は私はお慕いしていた殿方がいたのですが・・・真実の愛を見つけられたとかで、先ほど別れを告げられたのです。恥ずかしいですし、家の者の前では泣くにも泣けなくて。」


甘酸っぱい。私にもお慕いできるような男性が現れて欲しい。


初対面の私にここまで話してくれるのはよほど心を開いてくれているんだと思うけど、家の使用人に話すと実家に伝わるから話せる人も少ないのよね。


「そうですか、それはとても残念です。これほどお綺麗で素敵な方なのに、見る目のない男だったのですね。」


エリーは私をキッと睨んだ。顔立ちがクールな感じなのですごく意思が強そうに見える。


「私がお慕い申しあげる方を悪く評されないでください。傷つきますわ。」


なんていい子!お友達になりましょう!?


「大変失礼いたしました。先方にも事情があったのでしょうが、ご様子からレディ・グレイには落ち度がなかったものと察しまして、出過ぎたことを申しました。」


「いえ・・・男の方には分かりづらいのかもしれません。私こそ余計なことを申しました。」


エリーは私には共感ができないと思ったのか、黙ってしまった。女としてこれはちょっと悲しい。


「それで、もしよろしければ確かめたいことは何か、教えていただけませんか。」


さっきまでハキハキした話ぶりだったエリーが少し言い淀む。


「ええ・・・これは噂で、私は信じているわけではないのですが・・・その運命の相手というのが、どうも、男性らしいと聞いたのです。誰とまでは聞き及んでいないのですが・・・」


まさか。


「御相手というのは、もしかすると、アンソニー・ウィロビーですか。」


キョトンとした顔をして、エリーは首を振った。


「いいえ、私がお慕いしているのはジェラルド・フィッツジェラルド様、キルデーン伯爵のご長男ですわ。」


フィッツジェラルドって、確かアンソニーの相棒よね!


「そうですか・・・」


エリーはあの人が好きだったんだ。星室庁での黒装束姿しか見ていないからどうもイメージが湧かないのだけど。


「やはり、何かご存知なのですね。」


まだ赤い目をしているけど、エリーは真剣な顔をしてこちらを向いた。私の複雑な反応を見逃さなかったみたい。


「リディントン様、非礼を承知で申し上げさせていただくと・・・ヘンリー王子周辺はそういう事情に精通していらっしゃると聞いております。・・・また、ジェラルド様の様子がおかしくなる前に、最後にお見かけしたのがこの辺りなのです。・・・ヘンリー王子周辺の誰かに影響されてしまったのではないかと思いまして・・・」


なるほどね。確かに理に適った推論だと思う。


でも、エリーには気の毒だけど、私はアンソニーの恋路を応援してあげたい。それに、まずは王子周辺についての誤解を解かないといけないけど。


「私はジェラルド・フィッツジェラルドを個人的に存じません。一度同席したことはありますが、顔もわかりません。また、王子自身はともかく、ヘンリー王子周辺は必ずしもそうした傾向の持ち主ではありません。特にチャールズ・ブランドンは多くの罪なき少女たちを傷物にしてきましたから、そうだと思って油断していると恐ろしい目に遭います。くれぐれもお気をつけて。」


エリーを見つけたのが私でよかった。ブランドンだったら庭で一人で泣いている女の子を無事では帰さないと思う。


「では、何もご存知ないとおっしゃるのですか。」


エリーは見るからにガッカリしている。どこまで話していいかしら。


でも、もしエリーがフィッツジェラルドを「正そう」と思っているとしたら、それは止めてあげないといけない。


「噂の相手は存じておりますが、無責任に名前を出すことはできません。ヘンリー王子の従者ではないとだけは言うことができます。レディ・グレイ、ただ一つ申し上げたいのは、本人が真実の愛を見つけたと言っている以上、周りがそれは間違いだと言っても意味はないのです。フィッツジェラルドは真実に気づいてしまったのでしょうし、彼が彼自身の心に素直になったのだとしたら、結局は真実かどうかわかるのは本人だけです。」


唇を噛むエリー。


「そんなの・・・この場合は特に自然の摂理に反しますわ!男の方同士だなんて!」


エリーにもこの世界の偏見があるみたいだけど、ちゃんと話せばきっと分かってくれると思う。


「レディ・グレイ、人が何を愛するかをもとに差別をしてはいけません。獣にとっての自然が人間にとっての当然ではないのです。フィッツジェラルドも素敵なレディ・グレイを愛そうとしたのかもしれません。でも彼は気づいてしまったのです、自分の心が向く方向が、他の男とは違うのを。その場合、レディ・グレイと一緒になるのは、社会的には自然であったとしても、むしろ彼にとっては自然でないかもしれません。」


「そんな・・・ジェラルド様・・・」


少し気の強そうなエリーの頬を涙が伝った。足元が少しふらついているみたい。


「レディ・グレイ、さぞお辛いでしょう。このような華奢な肩でよろしければ、お貸しします。」


モーリス君ごめん、この服は洗濯できないウールだよね。でもここにモーリス君がいたらきっと肩を貸していると思うから。


「・・・ありがとうございます。」


レディらしく躊躇したエリーだったけど、人に見える位置で泣くのもマナーに反する。私の肩にそっと頭を乗せて、エリーはさめざめと泣いた。


身長差があんまりないから絵にならないけど、私はハンカチで涙を拭いてあげつつ、傷心のエリーを迷路で慰めた。


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