3章2話
彼女の美しさは、別世界の住人を見ているようだった。
何と言ったらいいか、周りのやつらと美の次元が一つ違う。それくらいに彼女は存在自体が他人とかけ離れていた。一回強く抱きしめたら壊れてしまいそうなほど儚げな存在のように感じた。だが、そんな彼女はその美しい容姿を歪ませて窓を眺めていた。美姫の元に歩み寄り、話しかける。
「美姫、またクラスメイトと喧嘩したのか?」
「気安く名前で呼ばないで。それに……どうでもいいでしょ。あんたには関係ない」
彼女は基本的に他人を拒絶していた。相手から挨拶を無視し、話を無視し、ただずっと窓を眺める。自分だけの世界で満足なのか、それとも他人が自分の世界に入ることが怖いのか。それは彼女にしかわからない。
そんな彼女を周囲の環境が気に食わなかったのか、休み時間中にクラスの女子が彼女と口論しているところを見てしまった。その女子はクラスでもトップカーストに位置している存在。成績、家柄、顔、どれをとってもクラス内では上位に位置していた。それに比例してその女の子の態度も傲慢さが増していた。
そんな彼女と美姫との口論。それはその娘が一方的美姫に怒鳴っているだけだった。美姫はただ上の空で話を聴く様子を見せるだけ。そんなことが多々あったのだ。
俺はいつもより疲れた様子を見せる美姫に更に話しかけた。
「他人と接するのがウザいなら、最低限相手に気を遣ったらどうだ? 拒否する努力をするんだ」
「……何それ。例えばどんな感じに?」
「最低限の会話、会釈、挨拶。輪に加わる必要はない。だが、相手に積極的に嫌悪を抱かせることはデメリットしかない。最低限の礼儀さえ守っていれば、勝手に相手は面白くない奴と判断して離れていってくれるさ」
「……そういうのが面倒なの。ウザい」
「はぁ……。もう少し愛想よくしてくれたらなぁ」
「他人なんて関係ないわ。一人でいいの。……一人でいたいの」
他人を拒絶していると言っても、別にそれが性格の悪さに直結しているというわけではない。何回か話しかけたり、彼女の行動を見るうちに彼女の本質がわかってきた。彼女はとても優しい人だった。偶然見かけたのだが、街で御婆さんが困っているのを助けている彼女を見つけた。また、迷子の子供の親を探している彼女を見つけた。そんなエピソードが多々ある。ストーカーではない。……あー、ストーカーと言われればそんな気がしてきた。
「何でそんなに他人を拒否するんだ……」
だが、疑問があった。何故そのように優しい彼女がこうまで他人を拒絶するのか。それを知りたいのもあって、今こうして話しかけている。
俺のそんな独り言が聴こえたのか……、
「……うるさい」
彼女は窓の外を見つめながら、そう呟いた。
………
……
…
「……そういえば」
「ん? なんだ?」
何か機嫌が良くなることがあったのだろうか? あるとき、美姫から積極的に話を広げようとした時があった。
「どうしてこんなに私に構うのよ? 私と話しても楽しくないでしょ?」
彼女がそんなことを言ってきたのだ。本当に何かあったのではないかと少し心配した。変なものでも食べたのかと。……ま、海じゃないし、そんなことしないか。彼女に何か心境の変化があったのだろうか? まぁ、俺からすれば彼女が話したいと思ってくれているという事実がとても嬉しいのだが。
「……楽しくないって思うか?」
「だって私いつも冷たくしているし………。あんたと話す時も、そっけないでしょ? そんな私と話しても良いことないでしょ?」
「ああ、そんなことか。今更気になったのかよ」
「べ、別にいいでしょ? で、理由を教えなさいよ」
彼女は味わったことがないのだろうか? この瑞々しい感情を。俺は自分が思ったことを、素直に彼女に伝えた。
「会話の内容なんてどうでもいいんだよ。自分が気に入っている相手と話せたら、それだけで楽しい」
「……なにそれ、キモい」
俺は、本当に美姫を好きになり始めている。
今まで美姫のようなタイプ、『孤高』の存在がいなかったからか。孤独ではない、孤高なのだ。彼女はただ完成しているのだ。誰も犯すことなどできないのだ。そんなことは俺が許さない。その存在を消し去りたい。
……俺は何を考えている? こんな感情は生まれたことはない。……ないはずだ。俺がこのような想いを抱いているのは、……俺自身誰かに依存しているからか? 俺は明らかに他者に依存している。過去の家族たちを、そして今ではただ愛してくれる存在を求めている。そんな俺だからこそ、憧れを抱いてしまうのか? 一人で完成している者を。または俺がただ、こんな孤高で綺麗な存在が元々好きだからなのか?
彼女も、俺のことが嫌いではないはずだ。嫌いだったら話しかけてはこないだろうし、何より他のクラスメイト達と同じ扱いをするだろう。
そして今は、俺から目を逸らして頬を染めている彼女が可愛いという事実だけが、とても胸を焦がしていた。
………
……
…
彼女はクラスで孤立していた。
女子は彼女の美貌に嫉妬し、そしてその性格で遠ざける。女性と言うのはどうも自分より可愛い子、上位の存在を排除する傾向があるからな(俺の持論だ)。それが自分達の気に食わない相手だと尚更。ま、それを否定する気はないが。
男子の中でも最初はアタックする者もいたが、彼女の無反応さ、キツさで断念するものが続出。というかこの学校に入ってきた男子は勉強ばかりしてきた奴等や、親から何でも与えてもらった者達の集まりだ。そんなやつらが根性を見せることなどできないだろう。まあ、例外もいるが、それは少数派だ。その中で俺みたいなやつが特殊だった。まぁ過去の経験でズルをしているだけだが。自分で言って笑える。
……俺の話はどうでもいい。
まあ、美姫は友達を作ろうとしなかった。そしてクラスの誰にも媚びようとはせず、ただ孤高であり続けた。そんな彼女に一つの呼び名がついた。
『お姫様』
プラスにもマイナスにも聞こえるもの。だが、確実に女子たちの間では悪意が伝染していた。
「ちょっとあの”お姫様”、ウザくない? ちょっと可愛いからって調子に乗り過ぎだし」
「そうだよねー」
クラスで、彼女がいない時にこんな話が上がった。
このクラスは女子が男子より権力強くて、だから女子の不満を男子が肯定するしかない。情けない男共だ。だから草食系男子なんて言葉ができるんだ。このままいけば、必ず美姫を排除する流れがくる。いじめという排除が。……というか、この世界虐めが多すぎるんじゃないか?
「ねえ、和人君もそう思うでしょ?」
媚びるような声。この声を出したのは、ついこの間美姫と口論した女の子だ。その娘の笑顔は俺の答えが賛同だと確信していたから生じたものだろう。
「………俺は彼女のこと気に入っているよ。それにクラスメイトをそんな言わない方がいいと思うな(お前らより100倍は上等な人間だよ)」
「……」
頭の中の血が沸騰していた。彼女の世界を壊すな、お前らの汚い言動で世界を汚すな。ただそのような黒い感情が頭と、胸と、視界を黒に染めていた。
「もういいや、……えーっと、名前なんだっけ? まあいいや、君がそんなこというなんて思わなかった。これから話しかけるなよ。それじゃ、俺もう帰るわ」
「え、待って! 和人君!」
「気安くお前が和人と呼ぶな」
「………うわぁぁああん!」
俺がいる。
俺という存在が、それを邪魔してみせる。まあ、クラスの中心人物を泣かせたから、俺も孤立するかな。今回は俺が女子を泣かせたという言い逃れができない点があるからな。女の子を泣かせたら自然と男が悪くなるという社会に少し疑問を持ってしまう(これも俺の持論だが)。そして一つの失敗が頭の中に過った。俺の役目の一つは美姫とクラスメイトとの距離を少しでも縮めること。それがこの出来事でより困難になってしまったのだ。……まあ、いい。美姫を排除するのを見逃したのなら、それは俺ではない。それに俺を孤立させてくれた方がちょうどいい。動きやすくなる。彼らに気を使わずに美姫ともっと話せるのだから。
「………」
………
……
…