7章18話(ハーレム編_林間学校) 人形と嘘
「海、……俺は、……お前が一番気になっている」
「え、…?」
「お前が、好きなんだ」
どれくらいの時間が流れたのだろう。数秒か、数分か。
それくらい静寂な時が流れていた。その時間ずっと、海の瞳を見つめていた。
まさしく、海のように澄んでいて、きれいな瞳だった。
初めて彼女と会った時の瞳、そのままだった。
「うそ、うそです……」
その瞳に雫が溜まり始める。構わず続ける。感情が高まっているときがチャンスなのだ。正常な判断が、難しくなるからだ。
「うそじゃない。お前と初めて会った時から、なんて綺麗な女の子だろうと思っていた。そして会話していくうちに、お前の純粋さが可愛いと思ってきた。だから、好意を持っている」
「だって、だって……そんな素振りは…。」
「いくらお前たちに気を許してきたとはいえ、全部ではない。そばにいつも春香がいるのも要因の一つだ。先輩以外の顔をみせることは難しかった。……俺も緊張しているんだ。ほら、手を握ってくれ。すまん、手汗で気持ち悪いだろう?」
「い、いえ、気持ちは悪くないのですが、確かに汗が……。」
手を少し強めに握る。俺が本気だと伝えるために。
「お前が、好きなんだ。俺の気持ち、わかってくれるか?」
「……でも、何で私、私なんですか? 春香や、それに華先輩の方が魅力的で……。」
「他の子なんて関係ない。……証明するぞ。いやだったら引っ叩いてくれ。」
「……え?」
海にキスをした。ほんの少しの間だけのキス。だが、触れ合った事実はある。
ここが、賭けだ。
これから言うことが、俺のやりたかったこと。
「……お前を、俺だけのお前にしたい。他のやつになんかに目をうつすな。俺だけ見てくれ。俺だけ見て、感じて、……俺だけを支えてくれ。」
「あ、あああ……」
感情のパラメータ。そんなのがこの世界にあることは認めたくないが、前の時間軸であることは体感済みだ。
だから、ここで一気に畳みかける。
「俺は孤独だ。誰もいない。誰も俺を支えてくれない。それは、お前も同じはずだ。春香は確かにお前の友達だ。だが、友達ができることは限られている。お前は孤独なはずだ。誰も頼れる人がいないはずだ。」
「……う、うぅぅ」
「だが、俺だけがお前を支えることができる。お前のすべてを理解してやれる。いや、……お前を理解している。お前の家族よりも。……『憶えている』はずだ。俺がお前を理解していたことを。体で覚えているはずだ。お前は、一人でさみしい思いをしていた。俺がそばにいたはずだ。俺も一人だった。お前が俺を支えてくれていたはずだ。」
「……」
「お前を理解し、お前を孤独にしない。それができるのは俺だけのはずだ。お前を愛してやれるのは、俺だ。……ああ、この言葉を言えばよかったな。」
「え……?」
「俺はお前を愛している。」
「……あ」
「それだけを理解できなければ、お前の目の前から俺は消える。」
「……え?」
「お前は俺を愛せ。だが、重すぎるのはダメだ。重すぎたら、俺の目の前から消えろ。」
そう、その言葉は初めの時間軸。海を攻略した時の言葉。
俺の理性が外れていた時の、忌まわしい過去。
静寂に包まれる。
数秒の時が過ぎたか。
海の目に、ある『意思』、いや、『遺志』が宿る。
「あ、ああああああああああああ。何で、何で!!??」
海が俺を抱きしめる。力は女の子と思えない程強かった。
引きはがすことは、力的にも、精神的にもできなかった。
「いいたいことは山ほどあるだろう。だが、俺はお前を覚えている。お前の記憶がある。」
「はい、はい…!私もあります。私も、私も和人君を……! でも、何で何で?何で前、また私を捨てたんですか?!」
「重すぎる女は嫌いだと言ったはずだ」
「う、うぅぅ! でも、でも!」
「今、俺がこうしてお前を覚えていて、お前を愛しているという事実以外、何が必要だ? 俺はお前をこうして今、必要としている。それだけでいいだろうが」
「……でも!」
「二度は言わない。お前がこれ以上言うならば俺は消える。」
「うぅ…!」
悔しそうに、悲しそうに、俺を見つめる海。感情が昂っているのか、先ほどから海の涙は止まっていない。
……心を、鬼にしろ。
そうだ、鬼にしろ。鬼は、少しの希望を持たせるはずだ。
「お前は納得いっていないだろう。俺が前の時間と違い、お前以外の女と仲良くしていたのは、完全に思い出していなかったからだ。」
嘘だ。
「さみしかった。だから春香や、……華にいい顔をしていた。関係を壊してもいいが、お前に迷惑がかかるだろう。だから、表面上は継続する。だが、お前が一番愛している。」
何を上っ面だけで話している。都合が良いことを述べるな、屑が。
「その証拠に、……ほら、『お前だけに』合鍵を渡す。俺の家に入っていい時間帯は俺が指定する。前、お前と一緒にいた時のようにな。他の女の匂いがあっても気にするな。関係を継続するための『作業』に過ぎない。お前の匂いで上書きしろ。」
嘘をつくな。華にも渡しているはずだ。何を、ごまかしている。何を、何を言っている?
「和人先輩、……いえ、和人君。人形だと、そう思っていますか? そんな私を、必要だと言ってくれますか?」
海が不安そうに俺を見つめる。
その顔に、俺は心の中で叫ぶ。俺を、殴ってくれと。
「人形だなんて関係ない。ああ、ただ、お前が必要だ。俺のものになれ。」
「……はい!」
海を抱きしめる俺。何度もキスした。そして何度も抱きしめた。
一つ、ここで助かったことがある。
ぶん殴りたいほどの顔をうつす、鏡がここから見えないことだ。




