7章15話(ハーレム編_林間学校) つかず離れず、約束
「か、和人先輩!」「かーずと先輩♪」
海と春香、まさに両手に花状態で、林間学校兼臨海学校の会場に向かっていた。
周囲を歩く男子生徒の目が少し気になる。
それもそうだ、学校、いや地域でもトップを争う美貌を持つ二人を侍らせているのだ。俺も彼らの立場だったらイラついていただろう。
そんな彼女たちは、俺に笑顔を向けてくれていて、さらに視線の圧が高まる。春香にいたっては、俺に腕を絡ませてくる。それを気にせず、俺は彼女たちに微笑む。
「嬉しいよ、お前らがこの学校に来てくれて」
柄にもないことを言うのはこの口か。
決めた方針にそった言葉をそのまま口に出すが、その言葉に苛立ちを少し覚える。
苛立ちを覚えたことに、さらに苛立つ。
心を無にすると誓ったのは、誰だ?
「あ、急ですね。でも、私はもとから志望校でしたし……。それに、……いえ、なんでもありません」
「あれー? 海ちゃん、顔が赤いよー?」
「そ、そんなことありません! そ、それに春香も、同じ理由でしょう!?」
「まぁ、そうだね~。私は海ちゃんと和人先輩が大好きだから、この学校来たんだし」
「やっぱり春香も和人先輩のことが……!」
「うん、好きだよ? 先輩として。だから和人先輩、そこの自販機でジュースおごってくれませんか~?」
「……何を冗談言いあっている? 逆に春香、お前が奢れ。さっきから俺に体重かけっぱなしだろうが。疲れるんだよ」
「あはは! ばれました?」
ここまで彼女たちと距離が近くなったのはなぜか?
過程を話すならば、あの球技大会のころから距離を縮めることになっただけ。ただ、彼女たちの受験勉強の相談にのったり、休日に一緒に遊びに行ったりしただけだ。
そこで色々なことを知っていった。海のこと、春香のこと。彼女たちの好きなもの、嫌いなもの。前の世界では、知らなかったものがまだたくさんあった。
どこまでも俺は、表面的なことしか見れていないことがわかったのだ。
「だが、確かに喉が渇いたな……。……そこの自販機で買うか。春香、お前はオレンジジュースでいいだろう? 海はいつもの緑茶でいいか?」
「い、いいですよ。申し訳ないです……「あー!ありがとうございます! ごちそうさまですー!」 ちょっと、春香! あ、先輩もう買ってきてくださって……ごめんなさい、ありがとうございます。いただきます」
こうやって、彼女たちの好きな飲み物も、俺は以前までは知らなかった。
(……一つ一つは意味がない。だが、積み重なれば、見えてくる。道が)
疑問に思うだろう、『何故彼女たちが『思い出す』リスクを背負ってまで、交流をするのか?』か。
この時間軸での目的を達成するためには、必要なのだ。
彼女たちをより知ることが。
「和人先輩、こんなぶっきらぼうな口調って、最初は知らなかったな~。あんなにさわやかで、優しそうだったのにな~?」
春香がくっつきながら、にやついて俺の方を見つめる。こいつのコミュニケーション力は異常だ。こうやって男に媚びる姿を同級生の女たちに見せても、反発させない。それが天性の才能。
「初対面から素を見せると思うか? コミュニケーションを円滑にするためだ。それに、あの時は俺が謝る立場だった。素の姿を見せて、お前らに悪い印象を見せることはできないだけだった」
「なるほどー。まあ、私もあまり初めての人に、がっつくことはできないですし、気持ちは理解できます!」
「幻滅したか?」
「あはは。そんなことないですよ。それに、素の姿を見せてくれて私は嬉しいですよ? 前の先輩の姿もかっこいいなって思ってましたけど、何か今のお姿もワイルドで好きです! 海ちゃんはどう?」
「わ、私ですか? わ、私も……今の姿の方が、何か懐かしくて……」
海が話している途中で、俺は遮る。
距離を詰めすぎない。詰めすぎさせない。
それが、こいつらとのコミュニケーションで最低限順守すべきことだった。
…それも、現時点までだが。
「春香、お前は誰にでもこうやって、手を組むのか?」
「そんなことないですよ! 気を許した相手だけです!」
「自分を安売りするな。それに、お前のその姿は同性から見れば、嫌悪を抱くやつも一定数はいる。やめろ」
「気にしすぎですよー。それに、私―」
「はっきり言うぞ? 春香、そろそろウザい。退け。疲れる」
「あ、……先輩、ごめんなさい」
この暫定対処は必須だった。好感度を下げる必要があるのだ、この世界のルールのために。
だが、これでも足りないくらいだ。
優しさを一定以上見せてはダメだ。
まだ、こいつとは『その時』ではないのだ。
場の雰囲気が悪くなったことを感じ、海と春香に話しかける。
「海、友達はできたか?」
「は、はい! 春香のおかげで、少しは顔見知りの方も……。」
「ああ、それはよかった。何か困ったことがあったら遠慮なく言え。お前たちより一年は長くこの学校にいる。知り合いも、お前らより比較的に多い。だから助けになることができるかもしれない。勉強でもだ。……ああ、『今の』お前に学力面で心配するのは意味がないか」
「はい! ありがとうございます!」
海に気遣う言葉と姿を見せる。
……さあ、ここが確認ポイントだ。
春香の姿を見る。
ちょっと苦笑いを浮かべていた。
「あ、あはは……。いいな、海ちゃん。先輩に気遣ってもらって」
距離を詰めすぎない。
距離を詰めさせない。
だが。
「春香。お前のおかげで海も助かっている。何様かと思うだろうが、これからも海を助けてやってくれ。俺もお前をフォローするし、悩みも聞く。さっきは悪かったな。言い過ぎた」
「は、はい! わかりました! 気にしていないですよ!」
目的のためには、完全にこいつを離すことはダメなのだ。
まあ、悪く言えばDV男の理論だ。
媚びるような姿を見せれば、意志薄弱と相手はみなし、そいつはそんな男かと価値を低く見てしまう。
だが、意思を強く持つ姿を見せ続け、自分を貫く。相手の気持ちを気にしない。
相手は傷つく可能性も高まる。
しかし、最後にその『強い』男がフォローすれば、関係は修復できる。
……こんな手は使いたくなかったんだがな。
ムカつく手だ。ただの手法や理論として認識していたが、使いたくはなかった。
彼女たちを道具のように扱う手法など、本来は捨てるべきだ。
目的のためと言い訳をしつつ、俺はこれを使うしかない。
……しかし。
「海、春香。この林間学校楽しめよ。」
「はい!」「はーい!」
時は実った。
「……そろそろ、相手の好意に気づかない愚鈍な男を演出するのは止めだ。……海!」
「は、はい!」
海の腕を引き寄せ、耳元にささやく。
海は顔を赤らめるが、気にせず約束を取り付けた。
ここから先が、正念場だ。
待ってろよ……、聖。




