表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/106

3章1話

「俺の同級生が堕ちた」


「何言ってるの、和人♪」


俺――和人かずと、あだ名は『クズ人』。現在、この世界を『また二度』も経験している。『また』……というのも、……もういいか。やり直しだ、やり直し。時間を巻き戻すことができる極めて特異で『悪質』な能力を、この世界に来て身につけていた。

悪質。

だってそうだろう? 人は過去をやり直したいと思う動物である。過去、あの時どうしてああしなかったんだと、数十年前のことを今でも思い悩む人間はいくらでもいる。だが、その想いは正しい。世の理に反していない。人間とはそうして死んでいくのだ。もし、悪意をもった皆その力を手に入れてみろ。すぐさま世界が大変になるだろう。人類が滅びるかもしれない。

しかし、俺という悪人はその力を手に入れたのだ。そうして、前回の時間ではCとDの関係を崩し、壊し、手に入れた。


『先輩、嘘ですよね? そんな………ありえない』


『あの子は、自分を捨ててまで先輩を思いました。だからボクも……」


最後に見た二人の悲痛な顔を思い出す。

彼女達の個性自体は、海とは違い残せることはできた。海のように人格が変化せず、自傷などはしなかったのだ。比較的精神状態は安定していたのだ。……最後あたりまではな。結局、二人とも駄目になってしまった。まあ原因は俺だが。


方法が悪かった。悪辣過ぎた。

3人の世界を作り、片方と関係を持ち、嫉妬心を煽り、結局はもう片方も手に入れる。そこにCの場合は過剰な嫉妬を、Dの場合は耐えられないほどの罪悪感を与えて、もう俺以外の男を考えられないように誘導する。

その方法の失敗した原因は、……いや、そんなことはどうでもいい。


少し、疲れてしまった。それと同時に何故か罪悪感が湧いてきた。

前回までは罪悪感など感じることがなかった。失敗しても次の攻略相手を見つけ、俺好みに育てればよいと楽観的に考え気持ちを上手く切り替えることができていた。だが、もうそのような考えをするための気力が湧いてこなかった。2回続けて失敗したからだろうか? 

しかしその代わり、何故か頭の中が噛みあっている、再構成されているような感覚が湧いていた。心には一つの杯がある。今までは純粋な一色だった。だが今は色々なものが混ざり合っている感じがする。今までただ己の欲望という純粋な衝動だけが心を一色に染め上げていた。だが他の感情が生まれてきたのだ。先ほどの罪悪感、それと自分に対する嫌悪感。他にも色々あるが、その感情が目立ち彩っていた。

また、それと同時に曖昧であった昔の記憶を徐々に取り戻しつつあった。過去……、それはただ暖かい思い出ばかりではないということを思い出した。どうしても思い出せないのだ、両親の、妹の、友達の『笑顔』。

俺は以前の世界では何かとんでもないことをしたのではないのだろうか? この世界のように、ただ誰かを悲しませていただけなのだろうか。悪質で、悪辣なことを行動にうつしてしまっていたのだろうか。

そんな考えが頭から離れなかった。だから『今回』は、今までのようにはいかなかった。


目の前には微笑んでいる美少女がいた。その子は俺をただ優しく抱きしめていた。これまでには見られなかった光景。海のように壊れた笑みではない。C,Dのように血に濡れていない。最後、海、C、Dは涙が顔を濡らしていた。そして彼女達はただ、俺に求めていた。暖かさを、笑顔を、愛を。だが、目の前の人は俺にそれを与えようとしている。

傍から見れば成功の部類に入るかもしれない。だが、俺はこの結果に納得がいかなった。『憤怒』していた。自分の情けなさと、目の前の彼女の行動に対して。ふざけるな、こんな彼女は認めない。認めてなるものか。俺が、俺などが彼女を……。

そんな彼女の名前を呼ぶ。美しい彼女。海に勝るとも劣らない程の『人形』の名を。


「美姫……」


「なーに? 和人♪」


悪質で、悪辣な俺が作り上げた美しい人形の名を。



………

……




今回の時間軸には一つの方針があった。それは積極的に攻略はしないということ。

先程も述べたように、罪悪感、嫌悪感、疲れが頭を占めているのだ。だから冷静な判断などできるとは思えないし、何よりこれ以上自分の失敗を繰り返したくはなかったのだ。……これまでの俺が見れば、男らしくないと嗤うかな。

それにこれまでとは異なる事態が発生していた。なんと今回はC、Dと同い年になってしまっていたから。学校で授業中に教師に指摘され、突然記憶を思い出すことができた。学年は小学6年。それも後半。前回よりも時が進んでいるが、それはひとまず置いておこう。


今回の行動は始めから劇的に変えてみた。具体的に言うと、今まで通っていた中学ではなく、受験して私立の進学校に進むことにした。何故か? 第一に、無駄だとわかっていても、思考を停止したかった。内面を見つめず、ただ一人、穏やかになりたかった。疲れ、弱り、混乱している今の俺では何をやっても失敗するのは明白だ。それに悪質な行為をすることで、過去の俺がそのような行為をしたという証拠にしたくはなかった。


頭脳はもう長年勉強していることから簡単に中学受験は成功した。その学校をもう少し説明すると、俺が今住んでいる地域では皆が知っているような超進学校。また、お金持ちのお坊ちゃんたちが通っている学校。

その学校に俺は優秀な成績で入学しながら、一応入学前から良好な人間関係を築くことができていた。勉強についてはまあ当たり前。今までのアドバンテージがある。そして人間関係だが、ここは中高一貫である。後6年は一緒にいるのだ。ここで異端者だと認識されてしまえば、面倒なことが起きる可能性が高まる。疲れたくはないのだ。だから最低限、『良い子』を演じていた。


お粗末な笑顔を振りまきながら内心では、この先のつまらない未来を想像していた。きっと、この学校では面白い出来事など何も起きないだろうと予想した。それはクラスメイト達と話してみて感じたのだ。ただ親の威光で傲慢になっているものが半分を占めていた。また、自分のクラス内での地位や成績にしか興味がない者も。見下した考えのように思えるかもしれないが、そうとしか思えない言動に気が滅入っていた。それとも、気が滅入っているからこそそのように判断したのだろうか。今となってはどうでもいいが。


だが、奇跡的なことがあった。その出来事に震えたのだ。

入学式の日、自分が割り当てられた教室に向かうと、一人の女の子が窓を眺めていた。彼女を見つけてこう思った、まるで白雪姫のようだと。俺の表現が笑えるが、まさしくそうとしか思えなかった。まるで一人で世界が完成しているかのような、そしてそれを他者に認めさせることができるような。そんな美しさを彼女は持っていた。そんな彼女を見て、俺は自身の存在が揺れたことを感じてしまった。


その彼女の名前は、『美姫みき』と言う。

これからクラスメイトとして一緒に勉強するだろう彼女。他のクラスメイトには色々な思惑を抱きながら会話してきた俺。だが……。


「……おい」


「……なに?」


こうして何も考えなしに話し掛けてしまったのだ。後悔した、自分の迂闊さを。今までの俺ならばこんな真似はしない。いつもであればスラスラと頭の中に話題が浮かんでくるのだが、何故か何も浮かんでこない。だから素直に自分が今思っていることを話してしまった。


「……お前、すげーかわいいな。いや、きれいだ」


「なに? ナンパならお断りよ。……うざい」


ぷいっと顔を逸らし、窓を眺めるのを再開した彼女。つい、本音を出してしまった。

これはもしかして、俺は惚れてしまったのか? 話したこともない女に惚れることなどないと思っていたのだが……。姉さんも言っていただろう、『女に惚れられても惚れるな、和人の一番好きなのは姉さんでしょう』と。いや、確かに姉さんは嫌いではないが。……まあ、いい。その教訓を忘れるな、忘れるな。


つまり、初めての会話は失敗だったのだ。今までの俺ならこんな失敗をしてしまったら、距離をとっていただろう。いきなりのマイナススタートからの逆転は大変であるからだ。ほどよく保険になるまで育てるか、そもそも無視するかしか選択肢はなかった。


しかし、彼女という存在があまりにも綺麗過ぎた。名前のように、存在が美し過ぎると身に染みた。だからどうしても彼女と交流したかった。彼女のその美しい赤みがかった長髪が、人形のような顔立ちが、透き通った声が、俺の乾いた心を震えさせた。海と同等か、またはそれ以上の衝撃だった。まるで思春期の男子みたいに単純で笑えた。それでも俺はその時彼女を無視する……、いや目を逸らすことができなかった。自身がまるで電燈の周りを舞っている蛾のように思えた。だが、それでも憐れでも飛んでいたかった。

だからその失敗後も、何度も美姫を構い続けていった。

美姫と話をするためだけに、クラス委員になったりもした。何か提出物をもらう時、彼女が学校をサボった時(彼女はサボり癖があった)、その他の報告事項を伝える時、彼女に積極的に話しかけた。

はじめは面倒に感じていた彼女。だが、徐々に俺との会話を広げてくれるようになった。今までは一言で会話が終わっていたのだ。どのような心境の変化があったのかはわからない。だが、それでも俺は彼女の二言目の言葉を聴いたり、彼女から話しかけたりしてくれるだけで嬉しかった。




………

……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ