7章12話(ハーレム編) 再会
誤字報告ありがとうございました。
「ほら、何しょぼくれてるのよ。早く行ってきなさい」
「……」
ホームランを打った後、俺はボールを当てた女の子……まあ海だな、彼女に謝りに行こうとした。
行こうとしたのだが……あいつに会う決心がなかなかつかず、……いや、どのように接するか考えをまとめていて、そのまま守備の時間になってしまった。
だって海だぞ? あいつと会ったら何かの拍子で思い出してしまうかもしれないだろう? それにあいつの隣には……『彼女』がいる。そう、春香だ。
これまでの世界、記憶を思い出さなかったら彼女達は親友同士になっていた。だからこの世界でも彼女達は仲が良い。
一人でもリスクが高いのに、二人とも会うなんて……しかも直前の世界で彼女達は思い出しているんだぞ? 危険すぎる。
このままエスケープしようかと思ったのだが……
だけどなぁ……
「あんたが最初に謝りに行くべきだって言ったんじゃない。 何を今さら萎えてるのよ」
「確かにそうだが……」
華が俺を行かせようと促していた。ま、確かにあてた俺が悪いんだけどな。
……あー、くそ。ここで迷ってても、方針を整理するのに、考え過ぎても仕方がない。
「珍しいわね、和人がそんなに迷ってるなんて……。そんなに行きにくいなら、ほら、私も行ってあげるから」
「……あはは、お前は俺の母ちゃんかよ」
「誰が母ちゃんよ! ほら、ビシっとする!」
「……ありがとうな。心配してくれて。嬉しいよ。行ってくるわ」
「そ、そうよ……。って、頭撫でないでよ、みんなの前で恥ずかしいじゃない……。それに、はじめからそうしなさいよね。さぁ、やっぱり一緒に行くから、張り切っていくわよ」
「……わかった。」
守備が終わり、俺たちの攻撃の番になって少し時間ができる。俺と華は海の所へ向かった。
彼女はすぐに見つかった。幸い彼女はまだ俺がホームランを打ったところに座ったままだったからだ。
何か久しぶりにこいつを見たな。相変わらず美人でムカつく。俺達が近くに来ると海はそれに気付いて話しかけてきた。
「あ。あなたはさっきのホームランを打った……」
「そうだ。ごめんな、ボール当ててしまって」
「い、いえ。先輩は悪くありません! 私がボーっとしてたからです……」
プロ野球とかの場合は、客の自己責任になるんだけど、さすがに球技大会でそれを言うのは、何か情けない気もするし、周りの目がなぁ……それに何か結構痛そうにしてたって聞いたし、単純に心配だ。
「当てたのは俺だ。悪いと思っている。ごめんな、痛かっただろう?」
「い、いえ……」
「どこに当たったんだ? 頭とかに当たったりしてないよな? 大丈夫か……?(これを機に多少アホになってくれたら……)」
「あ、頭には当たってません! バカにならないです!」
だから何で俺の考えがわかるんだよ。
……ん? 何か海の様子がおかしいな。
さっきからこいつ、顔を赤らめて俺のことを見つめてくるし。どうしたんだ? 本当に頭に当たったのか? ま、先に聴きだした方が早いか。
「じゃあどこを……って、足怪我してるじゃないか……」
「……あ」
彼女の足から血が出てしまっていた。
……おかしいな。なんでボールが当たっただけで足から血が出るんだ?
「こ、これは……」
俺の疑問に海はうろたえているところに、『彼女』の声が聞こえてきた。
「おーい、海ちゃーん! 運営本部の人たちから救急セット借りてきたよー!」
その声は聴き覚えがある。どうしても初めて聞くと冷や汗をかいてしまう。
これから先は、ちょっとやそっとのことじゃ忘れられない声。
その声の主は……
「春香、ありがとうございます」
「えへへ、いいんだよ。……前から気になってたんだけど、最近急に丁寧語になったね。……あ、さっきのホームラン打ってた先輩じゃないですか!」
今まで俺に敗北を味あわせてきた、春香である。
彼女の今浮かべている笑顔はまさに純粋な笑顔と言ってよい。思い出していなかったらこんなに純粋な明るい笑顔を彼女は浮かべるのだ。
「ああ、そのことで彼女に謝りに来てたんだ。もしかして君も当ててしまった感じ?」
「いえ、私は当たってませんよ! 海ちゃんしか……って、海ちゃん、ボールが当たったって言えるのかな?」
「は、春香!」
「え?」
「うーん、…………あ、確かに当たったね、ワンバウンドして」
「ちょ、ストップストップです!」
「……どういうことなんだ?」
「えっとですね、海ちゃんボールがこっちに向かってくるのに驚いてですね、避けようとしてたんですけど、すごく慌ててあわあわしてしまって…………その結果転んで怪我しちゃった感じなんですよ」
「うぅ……」
春香の言葉に海を尻目に納得する俺。そして少し苦笑してしまった。
「はい、足出して海ちゃん。 治療するからね」
「はい……」
「……これでよしっと! あ、そういえば先輩! さっきのホームランすごかったですね!」
「あはは、マグレだよマグレ。それに初めにエラーしたからカッコ悪いって」
そうだ、ホームランを打ったはいいが、そのためにエラーをして見せたのだ。完全にかっこいいとは言えないだろう。
「……かっこよかったです」
「え?」
俺が苦笑しながら春香にこたえていると、横から海が呟いてきた。
「あ、え、えっと……先輩かっこよかったです! 先輩のおかげで私、野球がこんな面白いってことに気が付きました! ホームラン打ってる姿、カッコ良かったです……」
「あはは、サンキューな」
無理やり微笑んで彼女の言葉に応えるが、危機感を心の中で忘れない。
そうだ、この世界には潜在好感度的なものがあるのだ。
攻略した世界が近いほど、攻略対象が好きになりやすくなるし、初期好感度の高さも通常よりも上になる。
そうだとすれば納得もいく、普段奥手な海がこんなに顔を赤らめながらも俺のことを褒めているのも。
『現時点』では、そこまで好感度を上げるのは得策ではない。
あの時がくるまでは。
さっさと去った方が賢明だ。
「あーごめんな、次の出番が始まりそうだから行くわ。怪我の件ごめんな、また今度謝らせてくれ」
「は、はい! 次も見に行きます!」
「お、海ちゃん攻めるね~」
「は、春香!」
「……それじゃあな」
さっさと行くとするか。危機感がやばいくらいに感じる。これは直感に素直に従った方が良い。
少し後ろに控えていた華の方を向く。
「すまん、待たせたな。ほれ、行くとするか」
「……ふん」
「何だよ?」
俺から目を逸らしている彼女。どうしたというんだ?
「……和人、デレデレしてた」
「はぁ? 何言ってるんだよ」
「さっきの子達可愛かったもんね! ……というか、何であんなに綺麗な子が近くにいるの? ……そりゃ普通の男の子だったら鼻の下ものびるわよねっ!」
「……はぁ。何を拗ねてるんだ?」
「拗ねてないわよ!」
「はいはい、わかったよ。ほら、早く行こう。次が始まってしまうだろう」
「……うん」
「……ま、可愛さならお前も負けてねえよ」
「……! ふ、ふんっ! ……あ、ありがと」
「……へえ、和人先輩って言うんだ」
………
……
…
この学校の球技大会は他の学校のものと比べて特別である。
通常の学校ならば平日に球技大会が開催されると思うが、この学校は休日に催されていた。
超マンモス高でもあるから、1日じゃ終わらないらしいので、休日も使うと。
そして学校の方針なのだが、それほどこの学校では球技大会やイベント等が特別らしい。貴重な休日をこのような行事に消費されるなんて腹が立つ。ま、休みって言っても華と遊ぶくらいしかないんだけどな、今のところは。
そう、休みの日に開催されるのだ。だから……
「和人さん、さっきすごかったですね!」
「すごかったですー!」
「あはは、ありがとな」
華の弟君たちも来ていた。
普段の休日で彼女は弟君たちの面倒を見るのだが、今回は球技大会があって面倒を見れないときた。だから弟君たちは家にいても暇だから俺達の学校の試合を見にきたというわけだ。
昼休み、俺と華と彼らの4人で昼食をいただいていた。
「ま、当然よね。たかがあんなヒョロヒョロした球、和人が打てないわけないわ」
華が何か得意げに横で語ってみせる。
「何でお前が自慢気なんだ……? それに、お前俺の野球の技術疑ってたじゃないか」
「そ、それは……」
「しかも俺がホームラン打ったときに「よっしゃー!」って叫んでたのは誰だ? どこの華ちゃんだ?」
「……もう! 私よ私! 悪かったわよ!」
「そんなお前には約束守ってもらわないとな」
「約束ですか?」 「やくそくー?」
俺のその言葉に彼女の弟妹達は疑問を抱いているようだ。それもそうか、彼らの前でそのことを話していなかったのだから。
「わ、わかってるわよぉ……で、でもね、次の優勝しなかったら意味がないんだからね! 帳消しよ、帳消し!」
「そうだな……ま、この調子だと決勝に勝ち進むと思うからその時見てろよ」
「う、うん……」
策はまだある。というか策のほとんどは決勝のために用意していたからな。
ま、今は昼飯を楽しもうとするか。
「そうだ、弟君。確か聴きたいことあったんだよな」
「あ、はい! えっと、さっきの和人さんの打席を見て思ったんですけど……」
…………
………
……
…
昼食を食べて後は試合のオンパレードである。
俺達のクラスには経験者がそろっており、学年でもトップの強さを誇ると言われていた。
ピッチャーにはかつて右腕を故障したが、奇跡の復活を遂げたG君という男の子が(彼は野球部だが、今は右腕故障中ということで特例で投手となることが許されている)。そしてキャッチャーには打って守れて、……G君が大好きなS君。彼のG君を見る目は怖い。
野球はピッチャーでゲームが決まる割合が高いと言ってもよい。G君の剛腕、S君の打力とリード、そして野球経験者の数が他クラスよりも多いという利点により俺達は今決勝まで勝ち進んでいた。
現在、俺は決勝前の休憩中に学校の校門のそばのベンチで、考えていたことの整理をしていた。
ここはあまり生徒がよって来ない場所である。だから静かに集中して考え事ができた。
「そろそろデータが集められているころか……」
ここ何試合かを通して感じたことだが、相手チーム達は確実にデータを収集しているなと感じはじめていた。
どうもデータを集められているのは、俺のクラスのピッチャーのG君、キャッチャーのS君、そしてホームランを打ってしまった俺を中心に集められているようだった。彼らや俺がバッターの時にはある一定のコース、そして球種をしつこくせめてきたりするしな。
そして次にある決勝も、俺達は対策されているだろう。
G君たちは大丈夫だ。彼らは天才であるし、ぶっちゃけどのコースを攻められても彼らは打つことはできる。こっちが守備の時でも、S君の配球で抑えてくれるだろう。
だが、俺は彼ら違って野球部でもないし、能力に優れているわけでもないのだ。だから十分に考えて対策を練るしかない。
「だが、それが幸いしたな」
ピンチはチャンスとよく言う。俺の対策をしてきているということは、それを利用すればいいだけだろう?
目標は華の前でもう一度ホームランを打つこと。度肝を抜かしたい。そのために前の試合までは、隙を見せてきた。だが、……できるか? 少し賭けの部分が多いしなぁ。ま、勝負は最終打席か。
「あんた何やってんの? こんなところで一人で……」
試合ももうすぐ始まるからクラスのもとに戻ろうとすると、女の子の声が聞こえてきた。
懐かしい声。だが、その声を聴いて俺は嬉しさよりも、危機感を抱いてしまった。
だって、その声の主は……
「……美姫」
………
……
…
「……美姫」
私は今、誰も知り合いもいない学校に一人で来ていた。
私が通っている学校はここじゃない私立の中学である。中高一貫だ。正直なことを言うと、ここよりもずっとお金持ちが集まるところで、高等部もここと比べて設備がいい。
だけどそれだけ。私は私の学校なんて好きでもなんでもない。周りの女の子は私のこと嫌っているし、男の子も遠巻きでみているだけ。そんな学校なんて楽しくない。
だから私は普段一人でいる。今日も予定がなかったから家で音楽鑑賞でもしてようと思ったんだけど、親から追い出されてしまった。なんでもたまには外に出ろというのだ。
失礼である。私はちゃんと外に出ているというのに。音楽鑑賞のためのCDを買いに行ったり、バイオリンの弦を買いに行ったり、暇つぶしのための小説を買いに行ったりしているというのに……。
あれ? 私って家で時間を潰すためのものを買いにいくためにだけ外に出てない?
ま、それは置いておこう。
親から追い出された私は、小説を買いに行った帰りにこの学校が目にとまったというわけだ。なんでも今日は球技大会があるらしいので校門に看板が立っていた。
いい暇つぶしになるだろうと思って中に入った私。部外者も結構来ているらしく、私も目立つことはないだろう。
校門をくぐって試合を見ようとした私だが、試合の会場がどこにあるかわからなかった。なによここ、何で運動場が何個もあるのよ。
だからここの生徒を適当に見つけて聞こうと思ったのだが……
「だが、それが幸いしたな」
一人の男の子がベンチに座って考え事をしていた。
どうしたというのだろう? こんなところで一人で考え事をしているなんて。
ま、別にいいか。早く場所を聴きましょうと思ったのだが……
心臓が飛び出そうだった。
その男の子の顔を見た時、心が跳ねる錯覚を抱いてしまった。
どうしてだろう? 確かに彼は顔はいい。だけど、ただ顔が良い男の子に私がこんなに動揺するわけがないはずなのに……
だからだろうか。
だから、私は動揺してこんなことを聴いてしまったのだろうか?
「あんた何やってんの? こんなところで一人で……」
初対面の相手にこんなことを聴くのは少し失礼だと思う。
だけど、失礼だと思うけど、身体が、口が勝手に動いてしまった。
「……美姫」
私が話しかけた男の子は私の存在に気づき、私の方を見てくる。
その顔は喜んでいるようにも見えるし、驚いているように見えるし、悲しんでいるようにも見えた。
そんな顔、そして彼の言った言葉に私は疑問を抱いてしまう。
「……何であんたが私の名前を知ってるのよ」
敬語を使おうとしたが、やめた。何か体が彼に敬語を使うことを拒否しているような感じがしたからだ。
「……そうだな。君が有名だからだよ。なんでも近くの学校にすごい美人がいるって話だから。君じゃないかなって思ったんだ」
「……何よそれ」
遠回しに口説いているのかしら?
私は昔から誉められることに慣れている。成績もちゃんといい成績をとってきたし、何より私は綺麗だから! 街でも可愛いって言われてナンパされたりするし。
いつもなら何とも思わないその賞賛。だけど……
だけど、その言葉に少し嬉しさを感じてしまった。
少し胸の高鳴りを感じつつ、彼の顔を再度確認すると、彼は何かばつの悪そうな顔をしていた。
なによこいつ、そっちから口説いてきたくせにそんな顔して……
「……じゃ、俺行くわ。そろそろ試合始まるし。早く行かないと怒られてしまう」
「何よ、あんた出るの?」
「ああ」
「ちょうどよかったわ、試合の場所教えてくれないかしら。私、見に来たんだけど場所わからなくて……」
「……他のやつに教えてもらえよ」
「な、なによ。嫌なの? あんた以外にこの辺にいる人いないんだからいいじゃない……」
少し傷つく。なんでだろう、失礼な言葉使ってるからそう言われるのも当然だけど……
そんな私の心に気付いてかどうかはわからないが、彼は私に言葉をかけてくれた。
「……はぁ。しょうがない」
「え?」
「途中までだからな」
「……ありがと。試合始まるんだったっけ? それなら早く行きましょう」
「機嫌が直るの早いな。……はいはい」
うるさいわね。別にいいじゃない。……あ。
「……あ。あんたの名前なんて言うの? 私だけ知られてるなんて不公平だわ」
「……なんだよそれ。」
「だ、だってそうでしょ! 早く教えなさいよ」
「……和木谷」
「下の名前は?」
「下もかよ?」
「だって私ばかり……」
「わかったよ。……和人だ」
「和人……うん、和人ね。わかったわ。ほら、早く行きましょう和人!」
「……あはは、馴れ馴れしいやつだなお前」
「別にいいでしょ? あんたが口説いた女の子が名前呼んであげてるんだから感謝しなさいよね」
「はいはい、わかったよ。……前とは、逆だな。」
「え?何か言ったかしら?」
「なんでもない。さっさと行くぞ。」
………
……
…




