7章9話(ハーレム編) 華との日常3
あらすじに記載していた6章の攻略情報を更新しました。
※初めて日刊ランキングに載りました。すごく嬉しいです。読者の皆様、本当にありがとうございました。
※誤字のご報告ありがとうございました。
カキーン! カキーン! ぼてっ……、カキーン!……
住宅街から離れた、ある寂れたバッティングセンター。そこで金属の棒がゴムで包まれた球を飛ばすときの音が鳴り響いていた。まあ、ボールをバットで飛ばしていた。
「……クソが」
俺は額に汗を垂らしながら、現在バッティングセンター打撃練習をしているのであった。
設定球速は時速140km。そのボールが単調に俺の真後ろにあるネットに吸い込まれる。それを俺はただ単に打てばいい。単純なことだ。
快音は時々鳴り響いていた。そのボールはホームランゾーンに吸い込まれるのも存在した。
だが、『時々』なのだ。時々ホームランゾーンに吸い込まれるだけ。俺がめざしているのは全部ホームラン性のあたりを打つことなのだ。
現役時代の俺なら、150kmでもある程度はできた。ストレートが同じコースにしか来ないとわかっているなら、それくらい打てなければ姉さんに満足してもらえないから。
しかし今現在の俺はよくて小さな確率でしかホームラン性の打球を放つことしかできなくなっていた。それはそうだ、野球部のように毎日苦しみながら練習をやっていないのだから。
「……これじゃ、打てるか微妙になってきたな」
両腕で持っている金属棒、バットを睨みつける。現役時代のようなスイングの速さ、スイングの美麗さが失われている。体が最適化されていないからだ。そのことに腹が立つ。
このような無様さを確認しながら、俺はふと、あること一言が頭に過った。
『和人、あなたはその分野の超一流にはなれないわよ?』
……そうだ、俺は一流にはなれない。一流の人間を、俺は尊敬している。その有様をわかりやすく体現しているのが、プロ野球選手を筆頭としたプロスポーツ選手である。
そのスポーツがマイナーであるかどうかなんて関係がない、俺はプロスポーツ選手自体を、一流の人間を尊敬しているのだ。
彼らは毎日血反吐を吐く思いをしながら自分自身の体を痛めつける。食べたいものを抑え、結果が出ない時のファンからの罵声を耐え、そしてファンを満足させるために結果を残す。
俺はそんな彼らを尊敬しつつも、嫉妬していた。
俺には彼らにように才能もなにもかもないからだ。体も、そして精神も。
『姉さん』『妹』。俺の元の世界の家族。彼女らという一流の人間を俺はすぐそばで見ていた。だから俺はいつも思い知らされていた。俺は彼女らのようにはなれないと。ただの凡人に過ぎないと。
そのことを、その羨望を、数多のボールの跡が残った汚いバットを振りながら思い出していた。
『和人君、本当に鈍っていたんだね。前の和人君なら、すぐに気づきそうだったのに。』
前の時間軸、春香に陥れられた際の言葉を思い出す。
そうだ、鈍っているのだ。一流にはなれない。それでもいい。だが、二流や三流が鈍っていてはダメなのだ。その結果が、前の世界の結果なのだ。
『いや、いや! 和人君! 和人君!! 行かないでぇぇぇ!!! いやぁぁぁぁあああああああああ!!!』
聖の最後の泣き顔を思い出す。もう、これ以上、あの人を悲しませてはならない。彼女を喜ばせたい。
そして……。
『和人! そう自分を卑下するのはやめなさい!』
華の顔を思い出す。彼女の元気で、いたずらっぽくて、素直で、優しい笑顔を曇らせたくない。
華の存在が、俺の中で大きくなっていた。
ただ、華のことは部活のメンバーの一人だとしか認識していなかった。
だが、これまで過ごしていくうちに、段々と俺にとってはなくてはならない存在になっていった。
まだ少しの期間しか過ごしていないとか関係ない。それでもだ。
「……そうだ、だから余計なことを思い出すな」
そうだ、今は現役時代の感覚を取り戻すことが大事なのだ。
野球だけじゃない。
攻略の感覚も思い出せ。あの時の、海を攻略した時の、いや、もっと前。俺の前の世界でもいい。最盛期を思い出せ。それならば、切り抜けられるはずだ。
前の世界……この世界に来る前のこと、俺にとって同時攻略など、苦でなかったはずだ。
……だが、取り戻せなかった場合は? それに今度の球技大会の相手はこのマシーンのように同じ球を同じコースに何回も放り投げないぞ?
それに、彼女たちが俺の予想通りに動くとは限らないぞ?
……だから。
「……もう少し、考えてみるか」
俺らしく、俺の望む状況を作れるように少し頭を使ってみるか。
………
……
…
「ほら、起きなさい。朝ご飯できてるんだから」
小鳥の声、そして学校に通う少年たちの話し声が聞こえる。いつもの朝の光景だ。
だが、少し違う。俺はその女性の声で眠りから覚めてしまった。
……誰だ?
俺を起こしに来るやつなんていたか? 考えてみろ、俺を今まで起こしにきたやつを。
海。海はないな、あいつは何か敬語キャラだし。
春香。彼女はまずないな。あいつが思い出したらこんな穏やかな朝を迎えることができないのだから。
そしてアリアもありえない。あいつは俺がいつも先に起きていたから。あのポンコツが。
そして聖は……彼女もないな。まだ彼女とは会っていない。
……もしかして。
「……いつから思い出していたんだ、美姫」
そうだ、彼女だ。あの綺麗な女の子。そして俺が壊してしまった彼女。
思い出したのも驚きだが、でもあいつが俺にご飯を作るなんてなぁ。驚きだ。あいつは金を出して作ってもらう側だったからな。あのブルジョワが。でも俺の気を引こうとして飯を作ったのか? 可愛いやつに感じてきたが……、え……?
だが、閉じていた瞼を開いた先には、違う人物がいたのだ。
そう、美姫とはくらべものにならないほど、ぺったんこ……スレンダーな彼女。
「……誰よ、美姫って」
「あー、……すまん、華」
エプロン姿の彼女、部長が立っていた。制服の上からエプロンとは何ともポイントが高いなと思う。親父たちの心を鷲掴みだな。
だが、今はそんな戯言は後だ。
目の前には何かオーラを出している女がいる。それに背後から何か変な霊的なものが立っているように見えるぞ。何か似たような貧相な体つきのやつらが。
「で、何でお前が俺の家にいるんだ?」
「昨日の学校の帰り道に言ってたでしょ? あんたが手作りの朝ご飯食べたいって昨日の帰りに言ってたから、私が作りに行きましょうかって? あんた了承したじゃない。それに合鍵もくれたし。『俺が寝てる間にでも家に勝手に入って来てくれてもいいから、作っておいてくれ』って」
「あー、そうだったな……」
華の家でごはんを食べてから、数週間経った。もう華とは親友と言ってもよいほどに仲を深めていた。
もう、大分昔から交流していた気がする。それくらいに、意思疎通もできてきているし、何より、彼女との空間は安らぐ。
だから、彼女に合鍵を渡しても大丈夫だと思ったのだ。
「私のこと信用し過ぎよ……」
「お前は信用できる人だよ。『今まで』の交流から考えても」
「そ、そう……えへへ。……あ! 騙されないわよ! ねえ、さっき話していた子って……」
「それにしてもお前のその恰好ってなんかいいな。制服にエプロン、中々そそるものがある。いつも疲れているサラリーマンの親父さん達も大喜びの姿だと思うぞ」
「そ、そうかしら……えへへ………って、何恥ずかしいこと言ってるのよ!」
「はは、顔が赤いぞ。可愛いやつめ」
「もー! あんたが変なこと言うからでしょ! ……って、え? 今可愛いって……」
「早く飯食いに行こうぜ。楽しみにしてるんだから」
「可愛いって…………えへへ」
自分の頬に両手を添えながら顔を赤らめる彼女。どうやら自分の世界に入っているようだ。
「何自分の世界に入ってるんだ、この脳内ピンク色が」
「誰があのツンデレ魔法使いよ!」
「……お前は漫才師にでも将来なるのか?」
「何言ってるのよ、ならないわよ。…………あー!思い出したわ! あんた何で話をそらしてるのよ!」
気付いたか、押し切れると思ったんだけどな。
「で、ででででで、そ、その子ってあんたの彼女なわけ?」
「……違うよ」
そう、違うな。この世界では関係ないし。
「彼女じゃない人が朝あんたを起こしにくるの?」
「だから違うって……」
「もしかして元カノとか?」
「あー、少し違うな。あっちはまだ俺のこと知らないし」
「何よそれ、意味が分からないわ」
「ま、どうでもいいだろ? 俺の周りには女とかいねぇよ。お前以外な」
「そ、そう……ふん、感謝しなさいよね、あんたの生活に潤いを与えてやってるんだから。あんたに付き合えるのって、私くらいなんだから!」
「だからその取ってつけたようなツンデレはやめろ」
「だからツンデレ言うな! もう……いいわよ。ほら、早く顔洗ってご飯食べてなさい。あんたのために弟たちに了承してもらったんだからね」
「はいはい。何か母ちゃんみたいだなお前」
「何よそれ……それならあんたは手のかかる赤ちゃんみたいね」
「あはは、そうだな。あ、朝食に牛乳はあるか? 俺いつも朝に飲みたいって思ってるんだよなぁ」
「あるわよ。……ん? ……牛乳、赤ちゃん、ミルク、乳…………こ、この変態! 誰が貧乳だから『どうせ乳が出ないだろ』よ! 下ネタ大魔王が!」
「……お前は本当に何を言ってるんだよ」
「ふんっ。もう、これだからこの変態は……ほら、早く食べに行きましょう。今日は球技大会の日でしょ?」
「はいはい」
そうだ、今日は球技大会の日だ。
ま、やれることは尽くした。後は頑張るだけだな。
………
……
…




