7章5話(ハーレム編) 華との日常
「ふー、……部長、今日は来るか?」
俺が部長の家に訪問してから数日後の朝。
いつものように始業の10分前に来ていた俺。席に座り、教室のドアを期待しながら注目していた。
……お、あれは。
「……おはよう」
「ああ、おはよう」
いつものようにくたびれたような顔。それにおしゃれなど興味がないといったような制服の着こなし。整っていないツインテール。そんな今風とは無縁な今の部長は教室に入ってきた。彼女の席は俺の席と近い。だから自然と顔をあわせることになったのだ。
「体の調子はどうだ?」
「ああ、大分良いわよ。……ありがとね」
「何がだ?」
「あんたが薬くれたんでしょ? 弟から聞いたわ」
「ああ、別にいいよ。それくらい」
「それだけじゃない。弟や妹の夕飯の面倒までみてもらって……」
「俺は特になにもしてない。それにこっちこそごめんな、他人の家に干渉し過ぎた。失礼だった。お前が寝ている間に色々してしまって、勝手なことだった。すまん」
「何言ってるのよ、あんたは私たちを助けるために動いてくれたんでしょ? 何で謝る必要があるのよ? 普通私が感謝する側でしょ!」
「俺がぶちょu……華の立場だったら間違いなく気味が悪くて引くと思う」
「あーもう! 私が良いって言ってるの! だから問題なしよ!! ありがとう!!!」
「……声が少し大きいと思うぞ」
「あ……」
部長の大きな声はクラスのやつらの視線を集めていた。
それに気付いて顔が真っ赤になる彼女。
その姿はとても前の世界の頼れる部長と同じとは思えなかった。前の時間軸では、俺たち後輩の前では凄く堂々としていた。弱みなどみせず、後輩たちの相談にいつものってくれる頼れる存在だったのだ。
こうして同級生になって思ったんだけど、部長って結構可愛く……。それに化粧はしていないが、顔立ちも……。
「……ってもう! 話は後よ! もうすぐ授業が始まっちゃうから」
「ああ、わかったよ」
………
……
…
そして授業が終わり、休み時間となった。
彼女は俺の席の前に駆け寄り、仁王立ちをして話しかけてきた。
「いい? 話、続けるわよ。さっきから言ってるけど、あんたは悪くないわ。だから素直に私に感謝されなさ……」
話は平行線をたどり、長期戦になると予感していた俺。だからその前に一言申し出た。
「あー、ちょっと便所行ってくるわ。その道中で聴いてもいいか?」
「このバカ! 何であんたと連れショ……何言わせてるのよ!」
「……ノリツッコミを俺は促したわけじゃないぞ? それにそこまで言おうとしたわけじゃ……」
「あー! わかった、わかったわよ! これ以上言わないで!」
まさか漫才のようなやり取りをするとは思っていなかった。
便所から帰ってきたとき、華は律儀に俺の席に座って待っていた。そして俺を見つけるや否や、俺を逃がすまいと、俺との距離を詰めて話しかけてきた。獲物を狩る目だった。
「やっと帰ってきたわね? それじゃ話の続きを……」
「お、もうすぐ授業始まりそうだな。席に着こうか」
「バカ! 何でこんな帰ってくるの遅いのよ! どんだけ大きいの……言わせるな!」
「……お前は芸人かよ。さっきから何を言っているんだ……」
そんな感じで、時間帯は昼休みとなった。
昼休み、それは生徒や教師たちの憩いの時間だ。個々人のグループで集まって食事をすると思うが、その時間、俺はいつも色々な場所で一人で食っていた。屋上だったり、教室のベランダだったり。
一人で食べる飯は気楽だ。海を攻略していたころはクラスの奴等と一緒に食べていたが、あの時はホントにだるかった。わざわざ話を興味ないやつに振る必要があったし、そしてどうでもいい他人の話にいちいち相槌を打たなければならない。ま、海を攻略するために仕方がなかったのだけれど。
人間関係を強化しなくていいのかだと? その点は大丈夫だ、ちゃんと対策を考えている。
それに、今肝心なのは部長だ。
彼女はこの時間いつも一人で食事をしていた。普段顔が死んでいる彼女のことだ、クラスメイトは彼女に話し掛け辛かったのだろうな。
だから彼女は今日も自分が作ってきたであろう弁当を、自分の席で一人食べようとしていた。
俺はその彼女に近づいていった。彼女は俺のその様子に驚いていたようで、箸を休めてぽかんと口を開けた。
「あー、よかったら一緒に飯食わないか?」
「え?」
「別にいいだろ? 一人で食うのには飽きてきたんだ」
「はぁ? ……ま、別にいいわよ。私も一人で食べるのは飽きてきたしね」
「ありがと。さてそれじゃ食べるか。……お、それ美味そうだな。華が作ってきたのか?」
「ええ、そうよ。……ねえ、華って呼ぶのやめなさいよ」
「すまん、やっぱり嫌だったか?」
「別に嫌じゃないけど……その、恥ずかしいから。私に合ってないでしょ?」
恥ずかしがっているのか、顔を赤らめる彼女。新鮮だった。前の時間軸ではそんな顔を後輩の俺に見せなかったから。
「そんなことないだろ。お前は充分可愛いだろうが。お前に凄く似合っている良い名前だと思う」
彼女は充分可愛い。それこそ今まで攻略してきたメンバーに勝るとも劣らず。綺麗と言えば美姫、海や……言いたくないがアリアなどだが、可愛さで言えば華も負けてはいなかった。春香や聖と同等以上だ。
俺のその言葉に彼女は顔を真っ赤にして否定してきた。
「ば、バカ! 何であんたに口説かれなきゃ……え? 口説いてるの?」
「口説いてない。本当のことを言ったまでだ。それじゃあ何て呼べばいいんだ? 華ちゃんでいいか?」
「何かそれも嫌だわ……。もう華でいいわよ」
「わかったよ、華」
「う、うん……」
顔を赤らめてそっぽ向く彼女。俺は構わず飯を食べ続けた。
………
……
…
華の体調が回復して以降、彼女と話す機会は増えていった。
前の世界で彼女と会話する機会はあまりなかったが、なかなかに楽しい。
一番彼女との会話で気に入っているところは、竹を割ったような清廉で素直な感情を見せてくれている点だ。
前の世界の彼女は、何ていうか俺に対しては後輩として接していたから隙というものをあまり見せてはくれなかったのだ。
確かに昔も気持ちの良い性格をしていたが、後輩の前では、より頼れる先輩でいたいと思っていたんだろうな、……今思うと可愛いな。
何度も言うが彼女との交流は楽しい。だから俺は彼女に構いまくった。まあ、第一目的は彼女を知る必要あるからなのだが。
例えば体育の時。
「おい、ストレッチの相手がいないなら一緒にやろう。俺も一人で寂しいんだ」
女子と男子は運動場の離れたところで体育するのだが、まあ構わず声をかけた。
「はぁ? 何言っているのよ? ……もしかして。こ、この変態! 何考えてるのよ! どこも触らせないわよ!」
「何考えているかわからないが、俺はお前の貧相な身体とかどうでもいいからな」
「それはそれで傷つくわ……って、誰が貧相よ! スレンダーって言いなさい!」
「……落ち込むかツッコむか、どっちかにしろ」
………
……
…
はたまたテスト前の休み時間の時。
「どうしたんだ頭抱えて? わからないところでもあるのか?」
「うるさいわねー、これくらいわかるわよ」
「その割にはさっきからペンが動いてないように見えるが……」
「何? あんたさっきから私を見てたの? こ、この変態!」
「……だから何でいつもお前はそういうツッコミに走るんだよ。もうそれでいいよ」
「ご、ごめんなさい……」
「あはは、謝るなら最初からそんなツッコミするなよ」
「だ、だって男の子とあまり話したことないんだもん……」
恥ずかしそうにシュンとする彼女。心なしか、顔を赤らめたようだった。
しかし、俺はその言葉に少しひっかかるものがあった。
「……ちょっと待て。じゃあ何でお前は後輩とは普通に話せるんだ?」
「え? 何で知ってるのよ?」
「そ、それは……この前一緒に帰っただろう? その帰り道でそれっぽいやつと少し話してたじゃないか」
危うくボロがでそうだった。が、華はそこまで気にしていないようであった。
「ああ、あの時の少し挨拶した時のそれね。中学の時の後輩よ。別に後輩は後輩じゃない。変に緊張する必要はないわ」
「なるほどな……。確かにそうだな。後輩だから、あまり気にしないもんだよな」
「そうよ。……ねぇ、ちょっと待ちなさい。というか、あんたが女子に対してチャラ過ぎるのよ! 堂々とし過ぎ」
「そうか? 普通じゃないか? 挙動不審よりマシだろう」
「それはそうだけど……クラスの男子はあんたみたいに女子とばかり話してないじゃない。まあ、前が女子高だったから、女子が多くて話かけにくいオーラがあるのはわかるけど……。……あんた、そのうち女の子周りに侍らすんじゃないの? やめなさいよ、碌なことにならないわ」
「やめてくれ華、その言葉は俺に効く」
「え?」
「……いや、何でもない。それに違うぞ、俺なんて全然チャラくない。現に周りに女の子なんていないし、彼女もいない」
「で、でもあんたこの前女の子に告白されていたじゃない! しかも隣のクラスの女の子に」
「……ああ、それか。別にいいよ」
何故かはわからないが、隣のクラスのまったく知らない女が告白してきた。
怪しんで情報収集をしてみたが、別に春香が後ろにいるわけではなかった。告白してきた理由としては、「かっこいいから」だと。まあ、普通に振ったが。
「何でよ? 可愛い子だと思うわよ。それにあの子まだあんたのこと諦めてない感じだし……。あんたのこと本気で好きなのかしら?」
「……まぁ、俺は彼女と付き合うつもりはないし、恋人を作る予定もないよ。今はそんな余裕がない。」
「それよ。そんなところが余裕の発言なのよ。クラスの男の子達が嫉妬するわよ? ……ねえ、別に付き合っていいんじゃない? この前クラスの島袋君が言ってたけど、彼女が出来たら景色が変わって見えるらしいわよ? それほど今が楽しいって」
「人によるだろう。それに、何で華がそんな気にするんだ?」
「え……?」
何やらびっくりする華。いや、逆に俺が困っているのだが。
「俺が誰と付き合おうが関係ない。どう学校生活を楽しもうが、俺の自由だ。だから、華が気にする理由が気になった」
「え、えっと……。あんたに申し訳ない気持ちがあるから。私に構ってくれるのはわかっている。でも、私と話しても楽しくないでしょう? こんな暗くて、そしてあまり綺麗でもないし……。」
少し落ち込みながら話す華。
……なんだ、そんなことを気にしていたのか。
その意外さに笑いながら、彼女に話しかける。
「あはは、そうか。でも、お前と話してる方が俺は楽しいよ」
「……え?」
「綺麗だけならどこにでもいる。お前は可愛いし、それに綺麗だ。それに話していて楽しい。お前とは、気持ちよく話せる。だから、お前と過ごしている方が俺にとって今は一番だよ」
「そ、そう………こんな時どんな顔すればいいかわからないわ」
「さあ? どうでもいいけど? あー、笑えばいいんじゃね?」
「て、適当すぎるでしょ! で、でもそうね……えへへ。えへへへへへ」
「だらしない顔でニヤニヤするんじゃねぇぞ気持ち悪い。女がそんな顔するんじゃない。ほら、さっきの問題教えてやるからどこがわからないか言えよ」
「あんたひどくない!?」
俺も恥ずかしくなって、少し茶化してしまった。
まあ、こんな感じだ。
こんな感じで彼女と会話して。
楽しかった。気兼ねなく、素を出して話せたから。本当に楽しかった。
いつしか彼女の表情も変わっていた。前の疲れ果てたような顔から今は笑顔の回数が増えたような気がする。
彼女の笑顔が増えて俺も嬉しい。世話になっていた人だ。できるだけ楽しく過ごしていてほしいのだ。
そんな楽しい日々を俺は過ごしていた。
……だが。
………
……
…