7章3話(ハーレム編) 看病①
「そ、そちゃですが!」
外装と比較して中は綺麗だと思う。部屋の隅々まで掃除が行き届いていてその住人の清潔に対する意識の高さが伺えた。
そんなアパートの一室のリビング、俺は正座して小さな女の子からお茶をいただいていた。
緊張して手が震えているのがわかる。無事にテーブルにお茶を置けるか心配したが、どうやら中身を溢さずにすんだようだ。よかった。
「ありがとうな。でもそんな気を遣わなくていいぞ?」
その目の前の小さな女の子へ、できるだけ怖がらせないように微笑みかける。そして、その子の不安を少しでも取り除くことができれば思いながら。
「い、いえ! ちょっとお姉ちゃん呼んできますね!」
顔を真っ赤にしながらその女の子はどこかに行ってしまった。……俺の笑顔が悪かったのか? 子供の嫌われるような顔をしていると思って少し落ち込んでしまう。
……さて、状況を確認しよう。
同じクラスの部長……、名前は華が体調を崩して少しの間学校を休んでしまっていた。
だから俺は彼女に配布物を届けるため、部長宅に向かったのだが……
俺の前に出てきたのはロリロリな部長をさらにロリ化したような少女。その子に家の中に入れてもらって、今お茶をいただいているというわけだ。
……先ほどの彼女はどうやら部長の妹さんらしい。
部長に妹なんていたのか。……ま、部長と俺はあまり交流がなかったから知らなかっただけだが、少し驚いた。
外見から予想すると、妹さんの年齢は小学校低学年くらいかな? それにしてもしっかりしてたなぁ。俺のそのころなんて……いや、あまり思い出したくはない。
そんな風に色々なことを思考していると、リビングのドアが開いた。
「あー、ごめんなさい。迷惑をかけてしまったわ」
現れたのは部長。その姿は俺が今まで見たことが無い姿だった。
学校にいるときよりも髪はボサボサ。前の時間軸ではやっていたツインテールがほどけていて、キューティクルも何もない。
そして服装はパジャマの上に丹前を羽織っていた。
何よりも驚いたのが、赤くなった顔と、よろよろとした歩き方。見ただけでわかる、彼女はとても体調が悪いのだと。
……前の時間軸では、ここまで他人に隙を見せていた印象はなかったから、少し驚いた。
「えっと、……和木谷だっけ? ごめんなさいね。特に仲良くもないあんたにこんなことやってもらって。それにみっともない姿も見せて……」
「別にいい。ぶちょ……華はやっぱり体調悪いのか?」
「あー、少し治ったかもだけど、まだきついわ……って、あんた急に馴れ馴れしいわね」
「別にいいだろ? それにお前の家でお前を苗字で呼ぶと紛らわしい」
「……ま、別にいいわ。あ、私の妹が何かあんたに粗相をしてないかしら?」
「大丈夫、妹さんは俺にちゃんと対応してくれたよ。申し訳ないが、突然の来訪なのに、な……。妹さん、しっかりしているな。良い子じゃないか。親御さんの教育がいいことが窺える」
「ありがとう。身内を褒めてくれて嬉しいわ……」
華は、彼女のそばにいた妹さんの頭を撫でた。目を細めて笑みを浮かべる妹さん。本当に仲が良いのだろう。
「……ああ、ちょっとおもてなしもできてなくて悪いけど、ちょっと帰ってもらっていいかしら。……本当に具合が悪いの。それに、うつしたら悪いし」
「ああ、ごめんな長居して。でも最後にこれ。このプリント、提出は来週だから。辛かったら連絡してくれ。俺が訪ねさせてもらって、それを受け取って、代わりに提出するから。……体調悪いのにごめんな、病人に無理に対応させてしまって」
「わかったわ。いやいや、謝らないで。私が悪いのよ。せっかく私のためにプリント持って来てくれた人に対して、早く帰れなんて失礼だわ……」
「だから気にしてない。病人に気遣わせるのも申し訳ないし、早く帰るよ」
「ああ、今日はありがとうね。それじゃ玄関まで…………あ」
彼女が腰を上げようとしたとき、彼女は転んでしまった。
「おいおい大丈夫かよ……って、お前身体熱過ぎだろ」
彼女の体を支えると、彼女の体温が伝わってきた。その体は熱く、健康でないことがすぐにわかる。
彼女の顔を見てみる。球のような汗が額中にあった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
途切れ途切れの息。どうやら本当に苦しそうだ。
彼女は本当に体調が悪くても、来客者のために体調を無理して出てきてくれたんだな。なんだか気軽に来訪した俺の心が痛くなる。
「あー……妹さーん! ちょっといいかー?」
「は、はーい! 何でしょうか?」
自分の部屋に戻っていたらしい妹さんが慌てて出てくる。
「わ、お姉ちゃん大丈夫!?」
「ちょっと彼女をベッドに寝かせてあげたいんだ。だから彼女の部屋まで案内してくれないか?」
「は、はい! わかりました!」
「あはは、そんな無理に敬語使わなくいいぞ? 慣れてないんだろう?」
「い、いえ! お姉ちゃんにいつも言われてますから! 『目上の人には敬語を使いなさい。もしあなたが他人に無礼をしたら、お父さんやお母さんに迷惑がかかるわ』って!」
「……そうか。良いお姉さんだな」
「はい!」
そして妹さんに部屋まで案内してもらい、彼女をベッドに寝かしつける。
その時彼女は……
「だ、だめよ……まだ今日の家事が……」
と言っていたが、無理やり寝かしつけた。彼女の体調が傍から見てもやばいと判断したからだ。
だが、ここは他人の家である。他人である俺が勝手に彼女達の家に介入してはいけない。
彼女を安静にして、妹さんに挨拶をして帰ろうとした。だが、少しおせっかいをしてしまった
「今日はごめんな、いきなりお邪魔しちゃって」
「いえ! こちらこそお姉ちゃんのためにありがとうございました!」
……でも、純粋に心配だ。
攻略云々以前に、人として心配だった。
「……なあ、ちょっと聴いていいかな?」
「はい? 何でしょうか?」
「お姉さんが『家事をしないと』って言っていたけど、親御さん達は今日帰ってこないのかな?」
「えーと、お父さんたちはしばらく帰ってきません!」
「なるほど……それは今日帰ってこないだけかな?」
「ううん、違います。来週か、それとも仕事次第でもっと遅くなるって言ってました!」
「……おいおい、本当なのか……。」
「はい! だから私達のためにいつも頑張ってくれるお姉ちゃんを私は尊敬しているんですよー!」
……少し、読めてきた。それに『いつも』と言っていたな。
彼女は小さな妹のため、両親に代わって家事をする必要があるのだ。
だからあんなにいつも疲れていたのか。だから部活に入っていなかったのか。だからあんなにいつも切羽詰っていたのか。
憶測に過ぎない、彼女の口から直接聞いてはいないのだから。だが、彼女が大変であることはわかる。
……さて。
そのことを聴いてしまうと、今の状況で部長と妹さんだけにすることはできない。さすがに今から出ていくのは少し心が痛む。それに、二人だけにしたらどうなる? もし体調が悪い彼女に問題が出たら、誰が対応するのだ?
……部長は家事と言っていたな。
「妹さん、またちょっと聞いていいかな?」
「はい! 何でしょうか?」
「今日のご飯はどうするつもりだったのかな?」
「えっと、お姉ちゃんが作ってくれる予定だったんですけど……でも、無理はさせられないです」
「そっか。じゃあ今日はどうするんだ?」
「……我慢するしか、ないかもです」
……さすがにそれはダメだ。年長者としてそういうことはさせられない。
年上の役割とは、年下を導くことである。そして先輩達から受けた恩を返すこと。
だから俺は、前の時間軸で部長から受けた恩を返す義務があり、そして妹さん達に辛い思いをさせないことが、俺の役割なのだ。……俺の自分勝手な意地だが。
「なあ、妹さん。今日のご飯は何の予定だったのかな?」
「えっと、何も聞いていないです……」
「……まあ、華は辛そうだったし考える余裕なかったんだろうな。冷蔵庫に残り物があったりする?」
「……いいえ、昨日でもう食べちゃいました」
「……そうか」
……なるほど。お節介かもしれないが、やるべきことは決まった。
「そっか。お兄さんちょっと用事あるから出るけど、またお家に入れてもらってもいいかな? ちょっとお姉さんからお買いもの頼まれてたんだ」
「え? は、はいわかりました。でも、いいんですか? お買いものなら、私が行きますよー……」
もう夜も暗くなっていた。妹さんくらいの年齢の女の子を一人で外に出すわけにはいかない。だから柔らかくお断りした。
「ううん、妹さんはお姉さんの横に居てあげてくれ。体調悪い時って、すごく寂しいから。……それとな、俺はお姉さんにいつもお世話になっているんだ」
「え? お姉ちゃんにですか?」
「ああ、聴いてないか?」
「はい、学校のことはあまり話してくれなくて……」
「そっか。でも俺はお姉さんからたくさん世話になっていたんだ。だから俺は日頃お世話になったお返しがしたい。だから、俺に手伝わせてくれないかな?」
他人同然の奴がここまでよその家に干渉するなんて普通は気持ち悪いだろう。そして、純粋に申し訳ない。だが、気持ち悪いと思われても別にいい。それよりも彼女達が心配なのだ。
「じゃ、じゃあ少しお願いしてもいいでしょうか……?」
「うん、ありがとう!」
「えへへ、こちらこそありがとうございます!」
本当はこんな時、海とか居てくれたら便利なんだけどな。思い出した海は家事全般に関しては完ぺきだし。
あいつの家はとにかく厳しい。旧家のお金持ちっぽい彼女の家は教育に厳しく、なんと花嫁修業といった家事の修行もあるらしい。だからあいつは嫁にするにはもってこいの存在だ。
『いつでも呼んでいいんですよ、和人君。あなたの海はいつでもそばにいます』
……思考の中で勝手に出てくるな。
急いで近くのスーパーまで目的の品物を買いに行った。この近くの地理は把握しておいたのだ。
そして華の家に戻る。インターホンを押すと、思わぬ人が出てきた。
「……え、誰ですか?」
部長によく似た一人の小さな男の子が出てきたんだ。
……おいおい、頭に入れないといけない人達が増えるんだよ。この先の未来に頭が痛くなるのであった。




