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6章38話(文化祭) 悪夢

「いやー、何かちょっとびっくりしちゃったー。海ちゃんも美姫ちゃんもあんな風になるなんてね……。」


「……」



夕陽が照らされて顔は良く見えないが、目の前の春香は苦笑しているのはわかった。

屋上にいるのは俺達二人だけだった。


あの廊下での修羅場、春香がやってきて状況は変わった。

普段の明るい春香はいつものように、優しい笑顔で美姫と海をフォローした。美姫を保健室に連れて行ってくれて、海を説得していったん教室に戻して。


俺はそれに着いて行けない。この惨状の原因である俺が彼女達をここで今すぐに慰めることなど許されないのが、この学校の状況だ。


春香は自分のクラスの信頼をおけるだろうメンバーを呼び、周囲を解散させるよう促した。先生には春香が直接説明と説得しに行った。これでひとまずこの荒れた状況を整理することができた。


春香はその後、部活のメンバーに連絡をとった。ひとまず今日の部活は中止にしようという提案と、部長へ保健室にいるだろう美姫のフォローを依頼。俺と春香は少し話し合い、この場は解散となる。比較的まで精神状態が安定していた海には先に帰るように伝えた。その後、周囲のメンバーが居なくなった後、春香は俺に屋上にくるように言ったのだ。




……何なのだ、俺は?

俺は一人の女すら笑顔にさせることができなかった。俺という人間は何なのだ? 間違ったやり方でしか、彼女達を振り向かせることもできない俺は、何なのだ?


……自分を罵倒しながら、途中で部室に向かう俺。部長は比較的いつも部室にいる。その部長へ、今の状況を説明する必要があると考えたからだ、美姫のフォローをお願いするためには必要だと思ったから。


予想通り部室には部長がいて俺に色々事情を聴いてきた。

素直に俺は事情を話し、俺からも部長に今日の部活の中止を提言。

それに部長は仕方がなく了承。部長は今の彼女たちの状況が信じられないようだった。あんなにこの前まで元気だったのに、と。……その場はこれ以上何もいえず、解散となった。


部長は俺に対してこう言ってくれた。

「あんたも、肩の力を抜きなさいよ」、と。

彼女の思いやりが、胸を痛ませる。俺が、今日の事態を招いた原因なのだから。だから部長の思いやりを受ける資格は俺にはないのだ。


その後、俺は急いで屋上へ向かった。たどり着くと、春香は俺に背を向けて、フェンスの向こう側の景色を眺めていたが、俺が来ると知ると、振り向いて笑顔を向けた。


「それにしても夕陽がきれいだねー。ね、そう思うでしょ和人君も?」


「……」


後処理をしていると、もう夕暮れの時間となっていた。それほどまでに時の流れは早かった。


「今日、大変な日だったね。まさか、あんなことになるなんて……。でも、大丈夫。ゆっくりと、元に戻るように頑張れば……。私も協力するから、……ね?」


春香は俺に近づいて、俺の手を握る。暖かい手だった。彼女の名前の通り、春のような温もりだった。

だが、俺はそんな彼女に言わなければならない。


「……聴きたいことがある」


「ああ、海ちゃんや美姫ちゃんのこと? えっとね……」


「違う。それじゃない」


「え? じゃあ何かな?」


「……何故」


「ん?」




























「何故、そのように笑える?」


「何を言ってるのかな……? いつも私、こんな感じだからわからないよー。変な和人君」


苦笑いを浮かべる彼女。その顔は何度も見てきた。

この時間軸でも、……そして、前の時間軸でも。


「いつも、か……」


「そうだよー。明日からどうなるのかな……海ちゃんも、美姫ちゃんも、それに聖先輩もあんな調子じゃ……。」


「……っ!」


「うん……、でも私達が元気だして頑張るしかないよね! 和人君も一緒に頑張ろうね!」


「……少し、確信がいったよ。もう一度聴く。お前は、何故そのように笑えるんだ?」


「え? だって私は元気しか取り柄がないっていうか……だから笑顔で皆を元気にしようかなって」


「……俺の言い方が悪かったようだな。もう一度言うぞ。何故、そんな『下卑た』笑みを浮かべて『嗤える』んだ?」


「……」


「いつものようじゃないのは、お前もだろうが。いつものお前は綺麗な顔で笑う。俺の知っている春香は、そんな醜悪な笑みを浮かべる人間ではない。……お前は、誰だ?」


「……あはは、何を言っているか、私わからないよ……」


「何度も言うぞ。お前は……きれいだ。そして、優しく笑う女の子だった。……そんなお前が、……お前は、何故そうも『嗤い』をこらえているんだ?」
























「……あはは。ふふ、ふふふふ。ああははははははははははははははははは!!!!!!!! あはははははは、あっはははは!!!!」



……こいつは、誰だ?

俺の知っているこいつは、こうも嗤えるほどの人間ではない。こうも、汚い理性を丸出しにした嗤いを浮かべる女性ではない。……こいつは、誰なのだ?

春香が俺の姿を見ながら、自分自身の体を抱きしめる。笑いを耐える人間が物を叩いたりするように、春香もその衝動を抑えるために自分の体を抱きしめる。


その彼女の顔は。

その顔は、醜悪に染められていた。まるで虫を潰すのを楽しむような子供。まるで弱い者いじめを至高と感じる人間。そんな暴力性のようなものを秘めた笑みだった。


「愉しい……愉し過ぎるよぉ! あはは! ……わかったよ、和人君の気持ちが何なのか、やっとわかったよぉ!」


「……」


「何で和人君が、海ちゃんや1年生たち、それにアリア先輩達にあんなことしてきたのかわからなかった! あんなひどいことをするなんてわからなかった。だけど、だけど今なら和人君の気持ちがわかるよ! こんなに、こんなに! こんなに気持ちが良いからだね! あーははは!! 気持ちいい……とても気持ちいよぉ……和人君がこんなにも近くに感じることができる! 私が一番和人君に近い!」


「……お前は何を言って「もう惚けても無駄だよ!!!」……」


「もうね、いいんじゃないかな? そんな演技をするのは。もう全部あなたのことはわかってるんだよ? 和人君も、もう『思い出している』んだよね? ……いや、この部活に来た時から、もう思い出しているのかな? あなたの様子がある時から、いつもの様じゃないから気になったけど、確信したよ。ふふふ、油断し過ぎなんだよ」


心臓の機能が停止したかと、一瞬思ってしまった。

だが、平静を装う。目の前の彼女に対して一切の弱みを見せてはならない。


……こいつは、思い出していたのだ。

思い出して、それを俺に気付かせないように演技をしていた。俺への感情を隠して、ひっそりと……。

あることを確信できたのは昨日だった。こうも『誰か』の都合のいいように展開が運ばれるわけがないと、違和感を感じていた。これまでの俺の周囲の動きを思い出し、推測していった。


誰かに踊らされていると。自分がこれまでやってきた方法だから、体で理解したのだ。


だから、俺は今日美姫と海に向き合うことを決意していた。もう、これ以上その誰かに振り回されるわけにはいけないと。


そんな彼女に今、これ以上俺の弱さを見せるわけにはいかない。


「……何を言っているんだ?」


「私がわからないと思うの? ふふふ、和人君は本当に……」


「……話にならない。帰らせてもらうぞ。今日のことは礼を言う。本当に助かった、ありがとう。また後日、改めて礼をさせて……」


「いいのかな? 話は最後まで聞かなくても? そんな詰めが甘いから、海ちゃんや美姫ちゃんだって……。それに、聖先輩だって……」


「……なんだって?」


こいつは、今なんといった?

こいつは、彼女達に何かしたのか?


「なんといった? 彼女たちに、お前は何かしたのか……?」


「……ふふふ。くくく。あーははは!」


「何をした! 言え!!!」


春香の胸倉をつかむ。春香はただ笑っていた。俺を見つめるも、空虚な瞳で。


「何もしてないよ? 痛がることとか何もしていない。強いて言うならね……和人君にお仕置きするために手伝ってもらっただけかな?」


「……何を言っている?」


「和人君にはね、お仕置きが必要だと思ったの。私をこんなにも虐めた和人君には」


「俺は、この時間でお前に……」


「やったの!!! 前も……、そして今も! あなたはいつもいつも私の前でやっていたの! 私を、何回も何回も! 私を裏切って! 私を無視して! 許さない……許すもんか」


その顔には憎悪が秘められていた。人を殺せる瞳があるのなら、この瞳のことを言うのだろう。そんな目が、俺を刺し殺そうとしていた。


「……」


「前、和人君がアリア先輩を堕とした時ね。あなたは、その時も私を利用しただけだった! 私の気持ちを無視して、私をただ利用して! こんなにも、こんなにも和人君のことを想っているのに! あなたはただあの男をどうにかするためだけに私を利用した。こんな扱い許せるわけがない……! ふざけないで……、ふざけないでよ!」


「……春香」


「だからね、今回はお仕置きしようとしたの。あの男と同じ目を、和人君に味わってもらおうかなって。そして、私にした仕打ちを反省してもらおうかなって。

どうだった? 愉しかった? ううん、それだったらお仕置きにならないもんね? きつかった? 苦しかった? 逃げたかった? ふふ、……あははは!!! ざまあないね!!」


「……」


何も、言い返すことはできない。

因果応報。

俺はただ、その報いを受けているだけなのだから。


「可哀想な和人君のために説明してあげるね! 何で美姫ちゃんがあんなにも不安定になったと思う? 何で海ちゃんがあんなに簡単に思い出したと思う? 何でアリア先輩があんなに和人君のことが気になるようになったと思う? 何で、……聖先輩があなたの前に現れないようになったと思う? ……ふふ、ふふふ!」


「……お前、だろう?」


「そうだよ、私の仕業! ……くくく。楽しかったな。美姫ちゃんはとても心配していたよ? 『和人が他の人のものになるなんて嫌だ』って。だから私は彼女に言ってあげたの。彼女の恋の味方になってあげるって。完全に信用してくれたね。それから私は彼女を扇動していったんだ。もたもたしていたら、他の女の子が和人君を手に入れるって。何回も、何回も。そして、もう美姫ちゃんはあなたに興味がないって伝えて、諦めてって。……くくく」


そうか、だから……

美姫の精神は外見では強く見えそうだが、実際の所弱い。だから春香はそれを見破って……


「海ちゃんは簡単だったなぁ。だって思い出す前の海ちゃんはあんなに純粋なんだもん。和人君のことを意識させるだけですぐに……くくく。

海ちゃん、可愛かったなぁ。和人君は絶対に海ちゃんのことが好きだって意識させたから。こんなにも優しくしてくれるのは、好き以外ありえないよって。純情だから、すぐにすぐに好きになって……。

あのビーチの3人組は、やっぱり有効だったね。優しい和人君だから、守ってくれるのはわかっていたよ。

そして、海ちゃんは和人君にべったりだもんね。それを美姫ちゃんに見せつければ、物事は加速していくことはわかりきっていたよ」


確かに海と俺はあまり交流していなかった。だから疑問を抱いていた。そうか……春香が。


「アリア先輩も同じだよ。和人君を助けてあげてって最初は言ったっけ。初心な先輩。あのクソみたいな男がいなくなって、男性に免疫がなくなっている。だから、和人君を見せるだけで、意識させることができた。和人君、かっこいいもんね……あはは!

和人君があなたを邪険にしているのは、あなたが好きだから、寂しいからって、先輩をフォローしたのも懐かしいなぁ……。うふふ」


そうだ、俺はアリアに……。


「ふふふ……じゃあ最後の答えを教えるね? 何で、何で聖先輩はあんなにもふさぎ込んでいたと思う? 何で、和人君を拒絶するようになった思う?」


「まさか……お前」


「そうだよ、私が先輩に言ったんだ! 『あなたは和人君に相応しくない』って。『あなたと一緒にいると部は崩壊する』って。だから、実際部の雰囲気が悪くなるにつれてあの人は心を痛めていった。だからあの人はさっき…………あーははは!」


「聖は、彼女は関係ないだろうが……」


「何を言っているの? 和人君はどの口で言っているのかな?」


「……っ」


「それに許せないよ。私の和人君を奪ったんだから。許せるわけがないよ。完全に思い出すまでは聖先輩のこと、好きだったのになぁ。でもいいよ。もういいの」


俺は、彼女に何も言い返すことはできない。

彼女は俺に裁きを下しただけなのだ。仕返しをしているだけだから。


「和人君、今どんな気持ちかな? やり返された気持ちは? 全部、同じ手だよ? 和人君がやってきた手と同じ。私、いっぱい勉強してきたんだ。今まで無意識でやっていたことを、理論立てて。和人君をもっと知るために。和人君のそばにいるために。和人君がどんなこと思っているか知るために。だから、私が一番あなたを愛しているの。私にこそあなたに相応しい」


「……」


力が、入らない。入れることができない。

彼女は俺が彼女を見ているように、彼女もまた、俺を見ていたのだ。

彼女は学習していた。どうすれば人を操ることをできるか。どうすれば自分の我を通すことができるか。

だからか、だから俺は既知感を感じていたのか。

……彼女を、認めるしかない。


「和人君、本当に鈍っていたんだね。前の和人君なら、すぐに気づきそうだったのに。私はそれでもよかったよ? それだったら、早く和人君が『今』の私に会いに来てくれるだろうから」


「……」


「疲れていたのかな? ……もしかして、前は失敗したの? ……あはは! 私を利用して、裏切った罰だよ!」


……もう、力が入らなかった。

勝手に腰が落ち、頭を垂れた。周りからみると、まるで、春香に懺悔するように見えるだろう。実際にその通りだ。


そんな俺を、春香は優しく、前みたいに抱きしめた。


「ねえ、和人君。……助けてあげようか?」


「……え?」


「みんな仲良く一緒に部活したいんでしょ? なら私がその願いを叶えてあげるよ」


「……できるわけがない」


「ううん、できるよ。私ならできる。和人君が少し協力してくれればね。……ううん、違うなぁ。そうだ、和人君が私のお願いを聴いてくれればね」


「……お前、まさか」


「うん、そうだよ! ねえ和人君、私と付き合ってよ」


「……」


「私と付き合ったら全部思い通りのままになるよ。私があなたの願いを叶える! だから、ね? 」


彼女の願い、それは単純なものだった。

ただ、俺と一緒になりたいという純粋な想い。

だが、ただそれだけのために彼女は……。


ここが別れ道だった。地獄への入り口でもあり、チャンスでもあった。


俺はそれを……


「……だめだ。お前の行いを、簡単には納得することができない。みんなを、聖を傷つけたお前を……。それに、俺は消えようと思っている。どこか遠く、みんながいない土地へ……。俺がいない方が、お前たちは……。」


どの口が言うのかと思う。今まで無関係の者を、そして何人もの人を傷つけた俺が言うには烏滸がましいにも程がある。

でも、俺にはそれしかなかった。自分の我を通したら後で報いが来ると知っていたはずなのに。


助けの手を春香は刺し伸ばしている。だが、だが……言うしかないじゃないか。俺は……、今、この時間軸では、聖が好きだったのだから。

この世界では、聖を泣かせたくなかったのだから……。


「……いいのかな、そんなこと言っても? 状況をもっと悪化させることも私にはできるんだよ?」


「……っ!」


「和人君が完全に私を止めることができるかな? 私に出し抜かれた和人君が」


そうだ、今現在俺は彼女の掌で踊っていると言っても等しい。

彼女の意向に逆らえば、聖をさらに傷つけるかもしれない。

でも、俺は……俺は。


「私はね、和人君を否定するよ。否定して、否定して、壊す。和人君が私を恋人だと認めない限りはね」


「……」


「ここで断ったら、後はどうなるかわかるよね? もっと、もっとひどいことになるよ? それでもいいの?」


……それだけは、だめだ。


「……少し、時間をくれないか?」


「やると思う? どうせ何か策を弄する気でしょ?」


「……」


「ふふ、冗談だよ。いいよ、待ってあげる。待ってあげるのも『彼女』の務めだもんね! でも、そんなに待ってあげられないよ? お別れを言いに行って。……そうだね、まずはあの人に……」


「……ああ、ありがとう」


空を見上げる。春香に抱きしめられながら、

その空は、暗い、暗い黒に染まろうとしていた。




………

……




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