6章36話(文化祭) 人形の定義
すみません、後3~4話でこの章は終わります。
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「あ、あはは……。あはははははは!!!」
自然と俺の口から笑い声が出てしまう。一体、何が起こっているんだ? どうしてこうも、思い通りにならないのだ?
海をできるだけ傷つけず、俺から遠ざけようとした。俺なんかに近づいても、彼女にメリットなんてないから。
彼女は、文化祭のあのステージで俺に告白してきた。だから、もう彼女に逃げるという選択肢はなかった。俺に突き進むしかなかった。それは美姫も同じ。だが、海は比較的うたれ弱いと思っていた。美姫は気が強い。だから、俺を嫌ってくれれば、他に興味が移ると思っていたのだ。
最悪、俺が悪者になればいいのだ。というか、それが一番手っ取り早い。もはや美姫と海のことは全校生徒に知られていると思っている。そんな彼女たちをだまして、二股をかけた男だということにしておけば、彼女たちに同情が集まる。周囲が彼女たちの味方になり、フォローしてくれる。というか事実なのだ。本当にこれは俺のせいなのだ。
思春期のひと時の苦い思い出として、俺を次第に悪い思い出として、忘却していてくれればと思っていた。
だが、何故だ? 何故このタイミングで……!
「ああ、和人君も喜んでくれているんですね? 嬉しいです。ありがとうございます!」
海はどうやら、『変身』してしまったようだ。あの時、俺が彼女を攻略した時のような姿に。
これは芋虫から蝶に進化するのではない。これは、蛾になってしまっているのだ。俺という腐った明かりにまとわりつく、美しくもない蛾。自分の意思ない人形。あの美しい人が、俺みたいなカビで汚れてしまったあの頃へ。
……もう、すっとぼけるのはやめよう。時間の無駄だ。
「なあ、お前は思い出したんだよな、海?」
「はい、そうです。ごめんなさい、やっと思い出しました。あなたの、あなただけの海です」
「俺の? お前はいつから俺のものになったんだ?」
「生まれた時からと言いたいですが、あの時の、小学校の時ですかね? あの時から私、本格的に和人君なしでは生きていけないと思っていました」
「今だから言うぞ。それはただの幻想だ。思い込みだ。お前は俺がいなくても生きていける」
「ならば、よろしければその根拠をうかがわせてください。」
「……ほう、言うじゃないか。お前は俺の言うことに反論するような奴だったか?」
上から目線の態度。心苦しいが、それをすることで海が怯えると思った。昔、あれほど高圧的だったのだ。その記憶を利用し、海を無理やり従わせようとした。
だが、海は堂々とした声で持論を俺に伝える。
「申し訳ありません。でも、私も変わりましたから。いえ、変わらなければなりませんから。和人君は、嫌いなのでしょう? 意思がない人形が。だから、ただ思考放棄して、あなたの命令だけに従っていた私を重荷に感じていたのでしょう?」
「……」
「……先ほどは感情が爆発して申し訳ありませんでした。和人君のものである私にふさわしくありませんでしたね。でも、うれしかったのです。ただの人形がその意思をあなたに伝えますか? こうして、考えをもって反論しますか? あの時の、最後の別れの私と、今の私、どちらが和人君にとって面倒ですか?」
……なんだ、こいつは? 思い出しただけなのではないのか?
あの時、俺が捨てた時の海は、ただの人形だった。それがなんだ? 何故こうも思考する。対話を望む?
「……まあ、そうだ。あの時の俺は、ただの人形のお前が面倒だった。というか、見苦しかった。そんな人形など、俺の興味から外れていた」
「だから、それを私は思い出したのです。人形だったならば、そこから変わる必要があると。今度こそ、和人君が私をそばにおいても、目障りに感じないように。
そして……、これまでのことを思い出したからでしょうか。あなたがほかの女の子と付き合っているときのことも思い出しましたよ。その経験が、私に考えなしだといけないと伝えたのでしょうか。」
「……そうやって、お前はもう思考できるようになった。だから一人で生きていけると言った」
「思考できる。……まだまだですよ。和人君の気持ちを、完全に理解できるまでは、まだまだです。それに、私はそもそも思考できるからと言って、私一人で生きていけるとは思いません」
「なぜだ?」
「ありふれた言葉ですが、人は一人では生きてはいけないからでしょうか。」
「……いや、生きていける」
「申し訳ありません。私はそうは思いません。このまま一生孤独なんて、考えたくもありません。だって、和人君なしだったら、こんなにも胸が痛いです。こんなにも死にたくなることなんてありません。和人君の呼吸を感じたい、和人君の体温を感じたい、和人君の笑顔が見たい、和人君の匂いを嗅ぎたい、和人君の、和人君の……。この人生の目的は、もう和人君になってしまいました…。もう、他に目的なんてできません」
「俺がいなくなれば、違う対象ができる」
「そんなことはありえません。だって、これまでの時間で、できませんでした。あなた以上なんて、考えられません」
「それを思考放棄というんだ! それを、……、相手がいないと何もできないやつが、人形だというんだ! 何故わからない?!!」
「いえ、それは今を生きているというと思います。人形ならば、人形と言ってください。私は人形であることを望みます」
感情が爆発する。冷静さなど捨ててしまった。何故、何故こいつらは俺なんかを……!
「違う! 俺は最低なやつなんだ。俺より素晴らしいやつなんて、五万といるんだよ……! 俺に頼るな、俺を……否定してくれ」
「あなたほど頭の回転が速く、かっこよく、強く、そして優しい人を知りません。あなたほど、私を大切にしてくれる人なんていません。」
「違うんだ! 俺は、お前を、お前たちを大切にしたことなんてないんだ……。大切ならば、あんなひどいことはしない……!」
「ひどい、こと……?」
「あの時、お前を落とそうとしたことだ! あの時のお前は、落としやすそうだと思って、俺はさんざんお前に対して、やってはいけないことをした! お前を遠回しにいじめたり、お前の進路を妨害したりした! 好きならば、愛しているならば、やってはいけないことだ!!! 何故これがわからない!?」
「いえ、愛しているから和人君はやったのでしょう」
「何を、……何を言っている?! 違う! 狂っているのか? 愛しているならば、少しでも幸せになるようにすべきだろうが!」
「好きだからこそ、自分のそばにずっと置いておきたいと思ってそうしたのでしょう。結果的に、私はあなたの横にいることができた。私が混乱して、あなたに反抗しなければ、ずっといられた。少しでも考えることができれば、あなたの負担にならなかった。
それに、好きな人をそばに置くことに対して……いえ、恋愛に手段なんて選んでいられないでしょう?」
「お前は……本当に海なのか?」
「はい、あなたの海です。学びました。春香から、あなたからたくさんのことを……。だから、今度こそ、捨てないでください。」
ガチャ。
部屋から音がした。それは俺の部屋のドアから。何事かと思った。そこを見ると、……海が立っていた。
「は……?」
「やっと、やっと和人君に会えた……。和人君、私の愛する人。尽くしたい人。全てをささげたい人。ああ、和人君……」
ベッドに腰をかけていた俺に、抱き着いてくる海。何が起きているのか、混乱している俺にはわけがわからない。呆気にとられ、腰から力が入らない。
「何故、何故お前がここにいる!?」
「ごめんなさい、先ほどから本当は玄関の前で電話してました。耐えられなくて、和人君と距離があるのが辛くて。だから、勝手に入ってしまいました。本当にごめんなさい、和人君の許可がないのに。でも、でも、私、和人君を愛していて、もう抑えられなくて、うれしくて、辛くて、もう、もう……」
「泣いて、いるのか……」
「ずっと、ずっと待ってました。私が一番長く、待っていたはずなんです……。だから、だから少しだけ……」
「う、うああ……、やめ、……やめろ!
俺は最後の気力を振り絞り、拒絶の言葉を発した。発することができた。
海は、俺から離れた。腕だけ離して、俺の方をみた。
「は、はい……。や、やめます。和人君が、命令するなら、やめ、やめます……。……………う、ううぅ。うわあああああん。で、でも………、やめたく、ないです。だって、こんなにも好きなのに、大好きなのに、離したくないですよぉ………。ごめんなさい。ごめんなさい……」
そう言って、また俺に抱き着いてきた海。先ほどよりも強く、強く俺を抱きしめていた。痛いほどに、強く。
もう、……拒否する気力がなかった。
嫌いになれないのだ、海は。いや、海だけでない。美姫も、春香も、みんな。俺は彼女たちが好きだったから攻略したのだ。
そんな彼女たちを俺はつらい目に合わせ、泣かせてきた。
いつか責任をとらなければならない。
だが、実態はどうだ? 逃げ続けていただけだった。
それが今、俺の前に現れているのだ。
俺は、俺の腰に抱き着いている海を見る。弱弱しく俺に抱き着いている海。こんなに小さな女の子が、俺なんかのために、辛い目を我慢して……。
彼女の頭を撫でてしまった。
気づいたときにはもう遅かった。その一撫でに、これまでの愛情を注いでしまった。
「う、うぅぅ。うわあああああん」
海はもっと泣いてしまった。ずっと、ずっと泣いてしまった。
そうして、夜は過ぎていく。一人の女の子のなき声とともに。
そうして、俺は一つの決意をした。




