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6章34話(文化祭) 美姫との『再会』

お待たせして申し訳ありません。

このまま毎日、この章の終了まで投稿し続けることができればと思います。


耐えきれなかった。


ステージから逃げた。後ろで春香が何か観客に対してフォローしているような声が聞こえるが、関係なかった。


逃げる先はどこでもよかった。誰もいない場所へ逃げたかった。いや、逃げるよりも、もはや気力がなかった。体調が、もはや悪すぎるというレベルというのを超えていた。

何とか自宅まで走りきることができた俺。息を整える。救急車を呼ぼうと思った。胃がキリキリするという段階を超えているし、何度この帰路で吐いたかも覚えていない。


だから、春香の言いつけを破って、携帯の電源をつけた。それが間違いだった。

電源をつけると同時に、電話がかかってくる。意識があいまいな俺は、誤って通話ボタンを押してしまう。


「和人! 和人、和人和人かずと!!!!」


「美姫、か……」


「和人! やっと、やっと和人の声が聞けた……和人ぉ。あれから何度も電話したの、メールしたの、メッセージも送ったの。それでも、和人は反応してくれなくて。だから、凄く胸が痛くて。張り裂けそうで…。何でそんないじわるするの? 私に興味がなくなったから? ……海先輩と、付き合うから?」


電話から、女の感情に任せた声が鳴り響いてくる。耳が痛くなるほど、悲痛な声だった。今、一、二位を争うほど、出たくない相手だった。


「いや、いやよ和人っ……! 私以外の人と付き合うなんていや……そんなの嫌」


「……」


何故彼女はそこまで俺にしがみつくのか? こんな俺のどこかいいのか? 怒鳴り散らそうと思った。だが、そこまでの大声を出す気力は俺にはなかった。


「お前が俺のことを好きになるはずがないだろう……」


「勝手に決めつけないで。好きよ、あんたが大好き」


「だから、お前が俺を好きになる理由やきっかけがないだろうが。俺はお前に優しかったか? 何かかっこいいところでも見せたりしたか? 守ってやったりしたか?」


「好きになる理由なんて必要なの? 私はあんたを一目見た時から気になっていたわ。部活の皆以外の全員、バカにしかみえなかった。初めてあんたを見た時は同じようなバカだと思ったけど、でも私の中のあんたは変わっていったわ。誰よりも魅力的に、カッコよくて……。それに、和人は私にすごく優しかった。ほかの男みたいにいやらしい目線じゃなかった。純粋に、私を包もうと、守ろうとしてくれていた」


「……お前が抱いているのは、恋愛感情じゃない。ただ今まで出会った人間の中でまったく違うタイプのやつが現れたから、それに少し興味を抱いただけだ。よくある話だろう、世間知らずのお嬢様が、その辺の不良の少し良い所を見てしまって興味を持った話。お前は今、そんな感じなんだ。目を覚ませ」


そうだ、間違いなく彼女が抱いているのはその感情。そんな世間知らずなお嬢様が進むべき運命は、優しいものではない。ただ知らない世界に憧れを抱いた者の結末は、多くの物語で記されている。……ただの破滅だ。


「馬鹿にしないで。私はそんな馬鹿なお嬢様じゃないわ。それに、その不良だって本当はいい人かもしれないじゃない」


「いいや、違う。現実の不良は違うさ。本当にいい人なら、何故人を傷つけることを良しとできる? 何故他人に迷惑をかけて平然としている? 人を傷つけず、自分の欲を我慢でき、周りに貢献できる人こそ良い人なんだよ。だから、そんな不良の本来の側面見てしまうお嬢様は、きっと後悔する」


そうだ、だから俺は屑なのだ。

俺は出来損ないなのだ。人を傷つけても自分の欲を優先し、傷つけた者のことを何も感じない、そんな屑なのだ。

以前、俺が前世で言われたことを思い出す。美姫の時間軸から俺は、色々なことを思い出してしまった。

『出来損ない』と、『姉や妹に及ばない屑』だと。そう言われた記憶があった。認めるしかない。認めるしかないのだ。あんなことをしでかした俺、こんなことをしている俺は間違いなく屑なのだから。姉さんは違うと言ってくれた。妹も違うと言ってくれた。だけど、彼女達に何も成し遂げることができず、他人に迷惑ばかりかける自分は、ただの出来損ないだ。

美姫は否定を続ける。その否定は次第に感情が籠り、声も大きくなっていた。


「私はそんなことにならないわ! 私は、全部受け入れて見せる。あんたのことをちゃんと見極める。あんたが今間違っているというなら、ちゃんとした道に戻して見せる。後悔なんて絶対にしない!」


「いいや、お前はそんなことなんてできない。……できないんだ。……そうだよ、お前の周りに男があまりいなかったから俺のことが気になっただけであって、決して俺に対して恋愛感情なんてないんだ。ごめんな、勘違いさせて。余計な時間をとらせた。もう俺は大人しくしておくから、早く正気に戻ってくれないか?」


「……じゃあこの気持ちはなんなのよ!!! 和人のことを想うと涙腺が痛むのは何でなの? 和人のことを想うと、寂しくて泣きたくなるのは何でなの?」


「……違う。決してそれは恋愛感情じゃない。よくて友情さ。それじゃあな、俺、もうきるわ


彼女が恋愛感情を抱いているとは認めてはならない。絶対に、ならないのだ。

だが、話が平行線になろうとしたから、俺は切り上げるための別れの言葉を口にした。

涙声で、こう呟いた。


「……和人は、私のこと嫌いなの?」


「……っ!」


「何で、何で私がこんなに好きだって、好きな行動してるのに、わかってくれないの? 認めてくれないの? 本当はわかっているんでしょう? 何で他の女の子に私の前で優しくするの?」


卑怯だ。彼女は卑怯だと感じてしまう。

美姫のことを嫌いになれるわけがないだろうが。俺が汚してしまった彼女。俺が…………一目惚れしてしまった彼女を。


「ねえ、こたえてよ。こたえて、かずと。こたえないと、……和人の家にいくから。行って、キスしにいくから


さあ、言え。言うんだ、俺。

拒絶の言葉を、言うんだ。……言え!!


「……お前に興味がないからだ」


「……え?」


……言えた。


「俺は別にお前のことなんて好きでもなんでもない。どうなろうと、誰を好きになろうと何も感じない」


「う、うそでしょ? じゃあ何で……」


「フォローをしなかったら、部活で気まずくなるからな。それじゃあな。今までのこと、忘れてくれ」


「ま、待って! 和人、待って!」


気持ちを入れ替えることに必死だった。美姫のことを一旦心の中から出そうと、心の中が荒れ狂っていた。

だからだろうか、その言葉を言われて素が出てしまったのは。

ふと細い声が聞こえた。

細い声、風で消えるような声。そう、あの時の、屋上の時と同じ声。

だが、はっきりと、今回もはっきりと聞こえた。


「――――――死ぬわ」


「……は?」


その言葉に俺は歩みを止めてしまった。素が出てしまった。彼女のことを心配してしまう素の俺が。


その言葉に俺は手を止めてしまった。素が出てしまった。彼女のことを心配してしまう素の俺が。


「和人が私のことが嫌いだっていうなら、死ぬわ。こんな私、生きている価値がないもの」


「……ふざけたことを言うな。たかだか一人の男にそう思われただけで死ぬなんて馬鹿だろうが」


「それなら馬鹿で結構よ。和人以外なんて考えられないもの」


「お前には、お前のことを大事に想ってくれる両親がいるだろうが。それに部活の仲間たちだっている。お前のことを大事に想ってくれる人がたくさんいる。それに、お前に相応しい人がちゃんと現れる」


「……でも、和人のことが好きなの。和人なしなんて考えられないわ。だから、そんな人生……」


「だからふざけるなって言ってるだろうが!」


つい、大きな声が出てしまう。みっともないと感じてしまう。

だが、しょうがないじゃないか。彼女がこんなことを言うのだから。今回は汚したくないと決心していた彼女がこんなにも、こんなにもおかしくなってしまったのだ。感情的になっても仕方がないじゃないか。


「……ふふ」


「……何を笑っている?」


「ねえ和人。和人は私のこと嫌いなんでしょ? 興味がないんでしょう?」


「……ああ、そうだ」


「なら、何でそんなこと言いながら、私が『死ぬ』って言っても無視しないの?」


「……っ」


「私のことなんてどうでもいいなら、別に無視できるでしょ? あの時の屋上でもそうだったわね。和人が言う冷たい不良さんなら、無視することくらいできるでしょう?」


……クソが。

俺の心の中を見破られてしまった。こんな世間知らずの女の子に見破られてしまうなんて、俺はどれだけ甘くなったんだ? 自分の意志の脆弱さを憎む。


「やっぱり和人は私のことが好きなのよね? ね、本当はそうなんでしょう?」


「……違う」


「じゃあ私が学校やめて、その辺にいる不良達とつるんだり、付き合ったりしたら、和人はどう思う? どうする?」


「別に。お前の、勝手だろうが」


「ほら、声が上ずっている。可愛いわ、和人」


「からかうのもいい加減にしろ。……ああ、認めるさ。お前のこと、興味がないなんて嘘だ」


「それなら!」


「話は最後まで聞け。部活のメンバーだからだよ。その程度の気持ちだ。後輩の一人を気にかけているだけだよ。だからさっきの不良の件も、後輩が困っていたら助けてあげるだけだ」


「……ねえ、和人。一つ聴いてもいいかしら」


「……何だよ?」


「和人、海先輩と付き合う気でいるの?」


「……」


「だってそうじゃない。これだけ私が好きだって言っても振り向かないんだから誰か他に気になっている人でもいるんでしょう? 彼女のことが大事なんでしょ?」


「……」


海の顔が思い浮かぶ。美姫に勝るとも劣らない美貌。純粋な心。そして、俺がはじめて壊した女。あいつが、もう俺の手で壊れるようなことは、思い浮かべたくなかった。



そして、アリアのことを思い出す。自分を見ているようで、いやだった。だが、忘れることなどできなかった。


そして、……聖の顔を思い出す。

大事な人だった。俺を少しでも暖かく包もうとしてくれた人。安らぎをくれた人。この世界で、誰よりも壊してはいけないと思った人。

今一番距離が近いのは聖だ。俺をこの部活に連れてきた彼女。穏やかなようで、嫉妬深い彼女。彼女のおかげで……。彼女のことをもっとよく知りたいと思っているのだ。これは俺の甘さだ。また俺は同じ失敗をしようとしているのかもしれない。だが、それでも……。


ああ……。

俺は、聖のことも、好きになっていたんだ。


あはは、何で今頃になって、こんなタイミングで気が付くんだろうな…。


そんな俺の思考を止める一言を、美姫はつぶやいた。


「……許せないわ」


「……え?」


「うらやましいわ。妬ましい。私が、私が和人のその位置にいたい。いいえ、私はきっとその位置にいたはずだわ。和人が私だけを見ているのが普通だった世界、そんな世界があったはず」


「…………そんな世界は、ない。あってはならない。俺とお前は、交わってはいけなかったんだ」


……これは。

これ以上は危険だ。これ以上彼女と接近すれば、彼女は。


彼女の雰囲気が変わった。

純粋な彼女から、「何か」を知った彼女へと。今まではまだ瑞々しさを感じていた。彼女の反応、声、笑顔。全部がまだ少女だった。だが、この彼女は……成熟さを感じさせた。












「――――あ。あ、あああ。あはは。そう、そうなのね。そうだったのね」


「……美姫、どうかしたのか?」


「和人、和人。私の和人、やっと、やっと会えたわ。私全部、全部思い出したの」


彼女の顔が思い浮かぶ。それほど、喜びに満ちた声へと変わった。生まれを喜ぶ、赤ん坊のように。


「会いたかったわ、和人。私の大好きな和人。愛している人。私のためになんでもしてくれた和人。私の王子様。私のかけがえのない、大切な人」


「美姫……?」


認めたくはなくて。彼女が思い出したということは、もう普通の日常には戻れないかもしれないということだから。


「和人ぉ……ふふ、何よその狼狽えている感じ? 和人らしくないわよ。でも、可愛いわ」


「……女に可愛いなんて言われて嬉しがる男なんていない」


「何言ってるの? そんなところも含めて私の和人じゃない。カッコよくて、可愛くて、優しい私の大好きな人。ねえ、今からどこかに行きましょう? ゆっくり話したいわ。そうね、『前』に二人で行ったお店なんてどうかしら? まだ開いているはずよ」


「……お前とどこかに行った覚えはないんだけど?」


「ふふ、嘘ついちゃって。わかるわよ、和人のことなら。和人の隣に何年一緒にいたと思ってるの?」


「……」


見破られてしまった。彼女なら、思い出した彼女なら俺のことなんて見破ることができるのも頷ける。

海と美姫の時間軸では、俺の素を見せた時がある。だから彼女達なら俺の状態を見破ることができる。例外は春香だが、彼女は自分の洞察力で俺のことを理解できそうだ。俺が素で弱っていることなどわかりきっているのだろう。


「ねえ、いいでしょう? 和人ぉ」


猫なで声で俺にささやく。周りのボンクラ共ならば、一瞬で落ちるほどの魔性。


「……そんなことは彼氏にやってもらえよ」


「え? だから和人に頼んでいるんじゃない……」


「何を言っているんだ? 俺はお前の彼氏じゃないぞ?」


「え? もう、何をとぼけちゃっているの? ……それとも、ちょっと前の私と同じように、和人も完全に思い出していないのかしら?」


「……」


「そうよね、和人、私と付き合っていたことをまだ完全に思い出していないだけなのよね。だからそう言ってるのね」


「なあ、美姫……」


「だってそうじゃない。和人は私に一杯愛をささやいてくれた。抱きしめてくれた。二人だけでいった別荘。赤い夕焼け。あそこで愛を誓い合った。和人の優しい声とまなざしを覚えているわ。和人のたくましい体が思い出せるわ。和人が、私を思い出していないだけ。和人は、私を守るために、何だってやってくれた。私の、私だけの王子様……。愛しているわ」


「……」


「これから、私が和人に思い出してもらえるように頑張るわ。だから、明日からまたよろしくね? 今日は急ぎ過ぎちゃったわ。それに、こんなダサいファッションとメイクじゃ和人の前に立てない。だから、明日ね!」


電話を切られる。

安心などみじんも感じていなかった。

俺の胸が抱いていたのはただの後悔と、悲しさ。それだけだった。





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