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6章33話(文化祭) 「最後」のキス

遅くなり申し訳ありません。

もう少し、後数話でこの章は終了いたします。

これほど起床したくない朝は久しぶりだった。

この太陽が恨めしい。そして、満足に力が入らないこの体が憎い。学校に行きたくないとか、俺はどこの不登校児だ。


時計を見る。もうじき昼頃になりそうだった。

俺のクラスは文化祭ではただの展示会だ。だから、クラスの大半はほぼ自由登校になっている。一部の生徒は部活の出し物とかあって学校に出ているが。

そう、俺はその一部の生徒に当てはまる。


今日の夕方に、俺は用事がある。それは、海と春香たちとのライブだ。文化祭で俺はこのために用意してきたといっても過言ではない。


ギターを持って、学校に向かう準備をする。服を着替えるのも億劫だった。最後に携帯を持つ。電源は昨日から消しっぱなしだった。誰かが、俺に何かを発信するのがつらいから。


昨日、春香と帰るときにこう約束していた。


「和人君、明日はライブが始まる前に学校に来た方がいいよ」


「どうして、だ……?」


「今の和人君は結構きつい状況だよ? 美姫ちゃんのこと、結構学校で話題になっているよ? あの、『お姫様』を手なずけた男の子がいるって。今の和人君に、周囲からの目線と、それで絡んでくる人たちを相手にできる?」


「……それくらいなら、俺は」


「ちょっと遠回しだったね……。美姫ちゃんに、今の和人君は答えを出せるの?」


「……っ」


「ごめんね、きついこと言って。でも、やっぱり和人君きつそうだから。だから、なるべく出会わないようにした方がいい。最低限、外出するように。本当はバンドも出ない方がいいけど、それは嫌なんでしょ?」


「……ああ」


「それだったら、夕方から学校に来た方がいいね。ああ、周囲のフォローは任せて。美姫ちゃんだけでなく、海ちゃんも、聖先輩も、みんなフォローしておくから」


「……ああ、ありがとう」


「ううん、和人君が私を頼ってくれて嬉しいよ。ほら、もう寝よう?」


春香は俺を心配し、俺の家にまで来てくれていた。俺がベッドに入り、眠るのを見届けるようとするために。なんでも、俺が一人で突っ走らないか心配だそうだ。


「おやすみ、和人君……。きっと、上手くいくよ……。」


目を閉じていた俺は、額に何か当たるのを感じ、意識を落とした。




………

……




そして今に至る。

体は鉛、内臓には毒が満たされている感覚だった。

手に取るギターの重さ、いつもより重い。ギターを弾く感覚は残っているだろうか。


重い足取りで学校へ向かう。

門へ近づくにつれて、生徒たちの声が大きくなる。文化祭は終盤でもあり、最高潮であった。有志の学生たちが特設ステージで歌って、踊っている。それを大半の生徒たちは観に来ている。


俺は裏の準備室に入る。もうそろそろ、俺たちの出番だからだ。


「和人君!」「和人君!」


二人の女子が俺の方へ走り寄ってくる。

一人は満面の笑み、そしてもう一人はどこか安心したような笑み。

海と、春香だ。


「よかったです、和人君に会えて…」


「……あはは、なんだよそれ。今生の別れみたいに」


「えへへ、そうですね。でも、もう和人君に会えない気がなぜかして…。いえ、なんでもありません……」


「……どうだ? 大丈夫か、調子は?」


「はい、万全です! ドキドキしてますが、頑張って歌います!」


「そうか……」


その目は確かに気力にあふれていた。不安も入っていたが、何よりも楽しみという感情があふれていた。


「はい! だから、だから……私をちゃんと見ていてくださいね! ちゃんと頑張って、歌いますから!」


海は俺を赤い顔で見つめる。それを直視するのは今の俺にはきつかった。


「もう、何が『調子は?』だよー! そっちこそ大丈夫―?」


何かを察したのか、春香が会話に入ってくれた。俺の背中に抱き着きながら。その体温に少し安心感の覚え、少し余裕を持つことができた。


「大丈夫だ。体にもうギターの感覚はしみ込んでいる」


「まあ、それもあるけど、……まあいっか。ちゃんとご飯たべた? ちゃんと眠れた? 顔も洗った? かっこいい顔が台無しになるよ?」


「あはは、お前は俺の母親かよ」


俺の顔をぺたぺたと触ってくる春香。それに少しこそばゆさを感じながらも、うれしかった。久しぶりの感覚。暖かい、ふれあい。


「うぅ、…春香! 和人君に触りすぎですよ!」


海が俺と春香を引き離す。春香はいたずら心があふれたのか、ニヤニヤしながら海に話かけた。


「あ―海ちゃんかわいい~。もう、海ちゃんも和人君に抱き着いたら~?」


「い、いえ、そんな大胆なこと、私……」


「いいのかな~私が和人君とっちゃうよー?」


「だ、だめです! 和人君は、和人君は……!」


「あはは、ごめんね。……あ、もう始まりそうだね。じゃあ、行こうか」


春香が言うように、俺たちの前のグループが終わりに近づいていた。

俺たちのライブは、このステージのトリ。春香の交渉力のおかげか、そう決まっていた。そのトリの歌手を任せられる海には、凄くプレッシャーがかかったと思う。よく耐えたと本当に思う。あとは、彼女が楽しんでくれることを祈る。


「和人君、海ちゃん……最高のステージにしようね!」




………

……




ステージに立つ。客席は超満員だった。生徒もいれば、教師たちもいる。その辺の近所の住民もいるようだ。


「わぁ、……めっちゃ可愛い」「本当に同じ女子?」「女優か何かか?」


観客から聞こえてくる声。それは海と春香に対してのものだろう。

海と春香は完璧なメイクと衣装で臨んでいた。ライブ用の衣装を用意し、メイクにも時間をかけて。それは確かに、美姫にも劣らない程の美貌だった。彼女たちと一緒のステージに立つ俺が、分不相応さを感じるほど。


そんな春香が、観客に声をかける。


「皆―! こんにちはー!! 盛り上がってるー?」


「「「いえーい!」」」


「ありがとうー! 最後だけど、凄く盛り上がってね! ほら、海ちゃん。歌手なんだから、何か言ってあげて」


「は、はい……。み、みなさーん! が、頑張りましょう!」


「あはは、お客さんが何を頑張るの!」


観客も笑っていた。暖かい雰囲気に会場が包まれていた。春香のフォローのおかげもあるが、海の純粋な姿が観客の心をつかんだのだろう。これが、彼女たちの魅力の証だ。


「あ、海ちゃん! ライブの最後に、発表したいことがあるんだよね?」


「は、はい……」


何―? と観客が一斉に言い出す。


「あはは、それは最後のお楽しみ! それじゃ海ちゃん! 始めようか!」


「はい!」


春香が目配せを送る。それと同時に俺たちメンバーは曲を始める。


はじめは観客のテンション合わせ、明るく騒げる曲だ。

海が歌う。楽しそうに歌う。その声は、そこらのアイドルとは比較にならない程に、洗練されていた。ちゃちな言い方だが、きれいで、愛らしかった。

それが観客の心を完全につかんだのだろう。歓声が怒号のように響く。歌に対して、負けないくらいに。


……くるぞ。


この曲の間には、ギターソロがあった。それは周りのバンドメンバーが曲の選択を止めるほどのもの。

だが、海はこの歌が好きだった。だから、この曲を俺は押した。海が、気持ちよく歌えるように。

そのソロの順番が来たのだ。俺にスポットライトが当たる。俺は、ただ体に任せてギターを弾く。


「……すごっ」


周りの声など耳に入らない。純粋に、弾く。海が、最後まで楽しんでくれるように。

……よし。

俺は、完璧に弾き切った。

目線をギターから海に向ける。海はずっと俺を見ていた。

海は、満面の笑みだった。


最後のサビも海が歌いきる。観客からの声援が、地震のように俺らに響く。最高だ、きれいだ、可愛いだ、愛しているだ。もう、この文化祭は海のものだった。


「最後、歌います!」


観客の残念がる声が聞こえる。それほどまでに海との時間を皆共有していたかった。海は満面の笑みで、次の曲に臨む。


最後の曲は、ラブソングだった。

先ほどと比べ、しっとりとした曲。だが、さっきと比べ、観客の目は海に釘付けだった。それほど、今の海は魅力的な女の子だった。

その一瞬だけ、美姫の美貌を完全に上回るほどに、魔性の姿だった。


曲が終わる。観客からの声援、そして拍手が鳴りやまない。海と春香は、みんなに感謝の言葉を贈る。有志のこのステージにもグランプリがあるのだが、完全にグランプリは、彼女たちのものと確信した。


「皆さん、本当にありがとうございました!」


海が満面の笑みを観客に向ける。皆が海の名前を呼ぶ。誰もが終わりを惜しんで。

もう、あの頃の不安で怯えていた彼女はいない。ただの、自信いっぱいで、魅力的な女の子がいた。俺は純粋に嬉しくて、そして安心した。もう、俺が壊した彼女はいないのだと思ったから。ただ、この場に入れたことが幸せだった。


「私、この場で、み、皆さんの前で伝えたいことがあります! あるんです!」


皆が期待を込めた目でステージを見つめている。誰もが、この先の展開を気になった。

海が俺の方を見つめる。そして俺に近づいてくる。

海の頬は、この会場の熱気以上に、赤い色をしていた。


「か、和人君……。」


純粋に俺は気になっていた。海が何をしようとしているか。ただ海の顔を見つめていた。その目は、うるんでいた。このステージを成功させた喜びなんだろう。


……なんだ、この距離の近さは? 海の顔が目の前に一瞬で近づいた。












「……っ」

「えっ……?」


唇に、感触が残った。

懐かしい感触と、味だった。

それは、何度も彼女と経験していた、キスだった。


会場が一瞬静まった。そして、歓声と、怒号が鳴り響いた。その振動が俺と海を包む。だが、俺たちは一つの空間、いや、二人だけの空間に包まれていた。






「和人君……大好き、です。愛してます」




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[一言] 流石にもう切ったわ
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