6章31話(文化祭) 告白
お待たせして申し訳ございません。これから更新頻度上げていければと思います。
「ほら、和人。口開けなさい」
「……1人で食えるって」
「わ、私が食べさせたいの! ほら、素直に口開けなさいよ! この私が食べさせるのよ? 光栄に思いなさいっ!」
目の前のいつも口うるさい美姫が、たこ焼きを持ちながら俺に所謂あーんをしてこようとしている。
彼女は恥ずかしいのか、顔を赤らめ、そして時には目線を外しながら、無理やり迫っている。
今は文化祭1日目。その昼頃。俺と美姫は1/3程のクラスの出店や出し物を堪能した。その休憩として、今学校の屋上で二人、出店でかった食い物を食べている。
「……わかったよ」
「そ、そうっ。ほらっ……。もうっ、初めから素直になればいいのよ」
美姫は少し安心していたようだった。それは計算なのかわからない。……今の俺には。
いや、彼女は天然なのだろう。彼女はそんなに計算高いことはないはずだ。だって、前の世界では、そんな計算できていれば、彼女は俺なんかにつかまらない。クラスでうまくやれていた。
……だが、もう自信がない。
確実にアリアとの対応は、失敗した。
絶対に俺は自分を抑えるべきだった。
俺は、今まで何年経験を積み重ねた? それがこの結果か?
「……もう、何をぼーっとしているのよ」
「……こら、頬を抓るな」
「私を無視している和人が悪いのよ、ばーか。……そんなに楽しくなかった」
……だから、やめてくれ。そういう表情をするのは。もう、何を正しい推測ができそうにないんだ。
「……そういうわけじゃない。」
「……そう。なら、もっと楽しそうにして。せ、せっかくの……えっと、……デートなんだから」
「……デート、か」
「そうよ。だから、朝から張り切ってメイクとかしたの。普段、簡単に済ませるから本当に面倒だったのよ? 本当はお弁当とか作りたかったけど、時間なかったの……。一番きれいな私で、デートしたかったから」
……やめろ。やめてくれ。
「今日はまだ半分しか和人と過ごしてないけど、それでもすごく楽しかったわ。全部新鮮で、みんなキラキラ輝いていて。すごく、すごく嬉しくて、胸が締め付けられて……。……ううん、やっぱり違うわね。」
「え……?」
「新鮮だったけど、前から、和人とこうしていた気がする。それくらい、すごく安心した。私らしかった気がした。すごく、和人の横にいると落ち着くの。」
汗が全身から流れるのがわかる。それは嫌な汗。息が浅くなる。美姫が目線を少し外していたからよかった。俺の様子を悟らせることはさせなかった。
美姫は頬を赤らめている。
俺は、顔を歪ませている。
「いつからかしら……和人をずっと、……追っていたのは。はじめは嫌なやつだって思った。でも、それだけじゃないって、段々わかってきたの。そうね、……懐かしい感じが
した。嫌なやつなのは変わらないけど、でも、すごく、こうして話したり、ごはん食べたり、一緒に歩いたりすることが、すごく嬉しくなって。いじわるだけど、……少し優しい和人。」
美姫は、俺に手を重ねてきた。その手は少し震えていた。
美姫の唇。美姫の白い吐息。芸術品のようだった。昔から、そう、俺の彼女だった時から何も変わらなかった。
「……ねぇ、和人。私ね。いつのまにか……、あんたのことがっ」
美姫は俺に向き合ってきた。潤んだ瞳は、宝石よりも輝いていた。いつまでも、見ていたかったこの清廉な女の子を。
そして、そんな美しい彼女に、俺を塗りつぶしてほしかった。
『悪影響を与えるな』
……そう、だったな。
「美姫」
「ちょ、ちょっと和人。何よ、急に立ち上がって。」
「トイレ、行ってくるわ」
「えっ、……いまっ!?」
美姫の手を振りほどいて、俺は彼女を置いてトイレに向かった。
耐えきれなかった。
すぐに彼女を便器に突っ込み、胃の中身をすべて吐き出した。今日の、美姫との思い出をすべて吐き出した。体が寒気を覚える。少しの爽快感とともに、その何倍もの気持ち悪さ。
調子の悪さを隠すために、化粧を持ってきていてよかった。ポケットの中身からそれを取り出す。化粧品を見る。聖が持たせてくれたこれ。罪悪感でさらに吐き気を催した。だが、耐えた。耐えて軽く顔を整える。
十数分した後、屋上に戻る。美姫は少し不機嫌そうだった。
「ほれ」
「……何よ、それ」
「少し肌寒いだろ、だからホットのミルクティー買ってきた。」
「……ふんっ」
「悪かったよ、話の途中で抜け出して」
「……ばかっ。許さない。」
「この缶で許せよ。好きだろう、ミルクティー」
「ブラックのコーヒーがよかったっ」
「それは俺が好きなやつだ。ていうか、お前、ブラック苦手だろうが。」
「あんたが何で知っているのよ。」
「……知り合いから聞いたんだ。カッコつけんな、お嬢様。ほれ、さっきのお詫びでおごりだ」
「……安っぽい味。それに、お嬢様関係ないっ」
「文句言うな」
美姫の横に座り、同じ方向を見つめる。美姫は街を見渡せる景色を、さっきからずっと見つめていた。俺も見つめる。そして、数分経って美姫は口を開いた。
「和人」
「……何だ」
「私たちのクラスの劇から、最後のグランプリ発表まで、ずっと会場にいなさい」
「……拒否権は?」
「あるわけないでしょ」
この学校の文化祭は、最後に各クラスの出し物の中で何が一番よかったか、審査員が投票する催しがある。グランプリ発表といい、優勝したクラスはステージに立ち、表彰される。
「……わかったよ。どうせお前たち、最後だしな。」
「そうよ、それくらい我慢しなさい。和人暇でしょ。」
「……」
「ほら、面倒な顔しないっ。そうね……最後に楽しいもの、見れるから期待してた方がいいわよ?」
「楽しいもの? なんだ?」
「それは秘密よ。今言ったら面白くないじゃない」
「それは、そうだが……」
「うん……そろそろ時間ね……。」
美姫が自分の腕時計を確認する。美姫は少し深呼吸した後、俺に抱き着いてきた。幸い、周りには誰もいなくて安心した。そして、自分から吐瀉物の匂いしないか気にしたが、杞憂だったようだ。その心配は瞬間で終わり、猛烈な吐き気と、そして美姫を抱きしめたいという欲が俺に襲い掛かる。だが、耐える。
「どうした、美姫?」
「少し……、こうして気合をいれさせて」
「だめだ、離れろ。」
「……うるさいわね。もういいわよ。十分気合入ったわ」
俺から美姫は離れる。彼女の顔は晴れやかだった。
俺はそれに嬉しさを感じたが、『ここ』で気づくべきだった。その予兆を。
「私、もうすぐ劇が始まるから、もう行くわ。」
「ああ」
「あんたのために予約している席があるんだから、絶対に来なさい。来なかったら……、途中で劇、ボイコットするから」
「お前にそれができるのか? 優しいお前が…」
「……そのいじわるな言い方、むかつく。でもいいわ。特等席で、私の晴れ舞台見てなさい! それじゃあね、和人!」
美姫は期待に胸を膨らませた顔でこの場を離れていった。俺も彼女に続いて、劇の会場に向かおうとして、足を踏み出したその時。
すると俺の頭の中にノイズが走ったような気がした。
それは俺に向かうなといっているような気がした。
だが、俺は向かった。その場では向かうことが最善だと思ったから。ほとんど思考停止に近い。
だが、行かない方が正解だった。
劇が開始される。
その劇は、ある一国の姫の悲恋の物語。ありきたりだが、隣国同士の王子と姫が悲恋の果てに終わるというもの。
もちろん美姫が主役だった。衣装は安っぽかったが、美姫の美貌が、本当にその服がドレスのように感じさせていた。美姫の本気のメイク、そしてその演技が、本当の姫のようだった。
横の席の女の子がつぶやいた、「……本当に同じ女子?」。
後ろの男子がつぶやいた、「モデルより綺麗じゃね?」。
それほどに圧巻だった。場はすべて、美姫が支配していた。
そして俺は気づく。もう、彼女には俺は必要ないのだと。一人で、こうやって誰かの憧れになれると。強く、輝けるんだと。
自然と、胸が軽くなる気がした。寂しさもあったが、うれしさが勝った。
劇が終わる。観客は大きな拍手で祝福した。中には立ち上がって声援をかけた者もいた。
幕は閉じる。残るは集計した後の、結果発表だった。
一応、約束通り結果発表までいることにした。この雰囲気の中、席を立って会場を出るのはすごく目立つのもあったからだ。
審査員長のような女子生徒が興奮したようにステージに上る。
「結果発表します! もう皆さんもお分かりかと思いますが、……グランプリは、1年A組のみなさんです! 代表の方、ステージへお上りください!」
割れんばかりの声援が会場を埋め尽くす。場は熱狂していた。
ステージ裏から一人の女の子が悠々と現れる。美姫だ。その姿は堂々としていた。まるで、グランプリをとることが当たり前のように。美姫が出てきて、場は一層盛り上がりを見せた。芸能人が現れたかのように。
表彰される。美姫は微笑んでいた。
その姿に、俺は彼女と自分は違う世界の人間だと、はっきりと自覚した。そう、もう彼女とは交わることがないだろう。彼女は陽が当たる道を進み、俺はその逆を行く。
「さあ、一言お願いします!」
「わかりました。ええと、皆さん、ありがとうございました。グランプリが取れたのも、皆さんのおかげです。それと、頑張ってくれたクラスのみんなのおかげ。本当にみんな、ありがとう。」
だから。……そう、だから。
「ごめんなさい、この場を借りて少し私事を。私が頑張ってこれたのは、クラスのみんなの支えがあったから。でも、他の人も私を支えてくれた。そう、その人のおかげで、この劇に出ることができた。舞台で演じることと、クラスのみんなと楽しむことができた。だからその人にもお礼を言いたいの。……本当にありがとう。」
俺を、……俺を見るな。
「感謝と、そして……、どうしても一つ言いたいの。」
美姫が俺を向く。その宝石のようなきれいな瞳が、群衆の中にいる、一人のちっぽけな男を見つめる。それにならい、周りが俺を見つめる。
動悸と止まらない。息ができない。場は、誰かの唾をのむ音さえ聞こえるくらい、静寂に包まれていた。この場にいる誰もが、彼女の次の言葉を待っていた。
やめろ……。……やめろ!
「うん……、ありがとう和人。私、和人が好き。大好きよ、和人。」
その言葉と笑顔は、誰もが物語の世界に迷い込んだと錯覚するくらい、美しい姫のようであった。




