6章30話(文化祭)
本当に遅くなりすみません。
また、誤字のご報告ありがとうございます。
「……和人君」
「……なんだ?」
制服を着る。こんなに袖を通したくないのは久しぶりだった。
「和人君は文化祭……、今日どうするの?」
「……」
聖は俺を不安げに見つめているだろう。その声色からわかった。
「無理しなくていいよ? 私が何とかするから……」
「……いや、いいよ。行く」
背中に感触があった。後ろから彼女が抱き着いてきたのだ。
暖かい。ずっと、離れてほしくない。
「……」「……」
お互い無言の時間が続く。俺は振り向かない。彼女は俺の背中から顔を離さない。だが、それも長くは続くことはなかった。文化祭が始まる時間が近づいていることをお互いが理解しているからだ。
「……本当? きついなら、頼っていいよ? 無理してる和人君……見たくない」
「……大丈夫だよ」
「和人君、……少しここで座って」
「……? わかった」
考えることがあまりできない俺は、素直に彼女の言葉に従った。
「ほら、……頑張ってね。和人君は、私が……一緒に、そばにいるからね?」
「……」
彼女は俺を後ろから抱きしめた。力強く、ずっと。彼女の温かさと匂いで、少し楽になった。そこにキス等の性欲は湧くはずがなかった。ただ、愛情のみが俺らを支配していた。いや、支配という言葉は適切ではない、……ただ、包んでいた。
………
……
…
やっと学校に着く。その学校の生徒たちの声はいつもよりも喜びや楽しさで熱がこもっていた。そうだ、学生ならば誰もが楽しむ時間が今なのだ。この文化祭というときは。
でも、今の俺にはその時間に耐えることが少しできなかった。
「和人君、……やっぱり」
「いや、……いいよ。じゃあな、……また後で会おう」
「うん。……本当につらい時は言ってね?」
そばには聖が横にいる。だが彼女が離れる。お互いの教室に向かうために。反対方向にお互い、歩みだす。彼女がいないこの場から逃げ出したかった。一人になれるところに走りたかった。早歩きで向かう。
すると、向かい側から一人の女の子が走ってきて、俺の横を通過していった。何か慌てている様子だった。一瞬みただけだったが、汗をかいていて、その顔は焦燥感に満ちていた。
「た、大変です! それが……!」
後ろから大きな騒ぎ声が聞こえるが無視した。……というより、気を遣う余裕がなかった。だから、俺は誰かから逃げるように、この場を後にした。
………
……
…
文化祭は2日開催である。
1日目は、各クラスの出し物を、体育館および各自の教室で実施するのがメインイベント
(ここで出店を出したいクラスは出店を出したりもする)。
そして2日目はほぼ自由行動と言ってもよい。有志が野外ステージでダンス、お笑い、バンド等を実施する。他には出店等も自由に申請&実施だ。
「和人、ほら。早くいくわよ」
「……」
そんな1日目、俺は各クラスの出店を歩き回っていた。横に美姫を連れて歩きながら。
1日目は美姫と一緒に歩きまわる。そう約束していたのだ。
本当は約束など、破りたかった。だけど、それは最後の最後で、俺自身が許すことができなかった。もし破ってしまったら、美姫が悲しむことがわかっていたから。美姫と、そして聖が悲しむのが、予想できていたから。
「和人、和人! ほら、2年のお化け屋敷行きましょう? 楽しそうよ」
「……そうだな」
美姫の様子は、いつもより機嫌がよかった。こんなご機嫌な美姫は久しぶりにみた気がした。力強く、俺の手を引く。そんな美姫に俺は一つ気になったことを聞いてみた。
「もう、何をそんなダルそうな感じ出してるのよ。せっかく私と一緒に歩いているのに……」
「美姫、……お前、クラスはいいのか?」
「あ、そんなこと気にしてたの? 別にいいわよ?」
自信満々な顔をして答える美姫に、俺は少し苛立ちを載せて疑問をぶつけてしまった。
「……そんなこと? お前、約束忘れたのか?」
「何そんなにイライラしてるのよ。ちゃんと覚えているわよ。クラスの劇もちゃんとするってこと」
「じゃあここでこんなこと……」
「クラスの劇の準備は順調なの。クラスメイト、みんなやる気があったから、スムーズにいて。あとは皆で当日を楽しく迎えましょうって段階。ほら、あの子、私のクラスメイトよ。彼氏と今一緒にデートしているでしょ? だから本当に大丈夫なの。」
「……そうか」
「それに、和人がこの日しか空いていないって言ったじゃない。2日目は生徒会の仕事とかバンドが入るから、時間を作るのが難しいって。だから私、頑張ってみんなを手伝ったのよ?」
「ああ、……頑張ったんだな」
確かに見知った顔だった。何度か美姫のクラスに足を運んだことがあったが、その時に見かけた顔だ。美姫のクラスをリーダーシップをもって指揮していた子。だが、……昔からその子を知っていた気がするが、気のせいだろうか?
「……い、一度だけしか言わないわ。か、和人の……おかげよ。和人が私の背中を押したから。……ありがとう」
「……」
美姫が顔を赤らめながらこちらを見上げる。
その顔を俺は、素直に見つめ返すことができなかった。
見つめることが、今の俺には苦しかった。
「……昨日のことは、聞いていないのか?」
「え? 何それ? 和人、少し用事が入ったから抜けたんでしょ? 会長も何か私用があるって。聖副会長から聞いたわよ?」
「……そうだよ」
「あ! あんたたち、どこかで二人でデートとか「美姫、行くぞ」……って、和人、急に引っ張らないでよ」
聞かれたくなかった。そのことはもう思い出したくはなかった。だから、美姫の手を握り、美姫が入りたいといったお化け屋敷に向かった。
「あ、……手、握って」
「……」
聞こえないふりをした。美姫の手が汗ばむのを感じた。
そしてお化け屋敷の受付につく。受付の女の子が何も知らないだろう、にこやかな顔で「あ、カップルさんですか? 今お客さん少ないですからどうぞー」と言った。
「か、カップルって……」
美姫は強く俺の手を握り、顔を赤らめてこちらを見上げる。
俺はそんな美姫の様子を無視し、受付に「ありがとうございます。二人、お願いしますね。失礼します」と手短に済ませた。
お化け屋敷は、終始美姫の色々な表情が見れた。最初は自信満々な顔をしていた美姫。「ま、いい文化祭のアクセントね」と。しかし、意外と怖がりだっだようで、すぐに俺の左腕を抱きしめ、終始俺に先導するよう求めてきた。
「ま、まぁ、楽しかったわ。中々興味深かったじゃない。」
「……そうだな」
「何よ、そんな『俺、全然怖くなかったから』みたいな顔は」
「……いや、お前って、お化け屋敷、経験ないのか?」
「な、ないわよ! 悪かったわね! 昔から一度も、なかったわよ!」
頬を膨らませてそっぽを向く美姫。
その一言に俺は驚きを隠せなかった。彼女がお化け屋敷の経験がないことを、俺は知らなかったのだ。
俺は、彼女の何を知っていたのだ?
彼女とは、前の時間軸で数年一緒に過ごした。それで俺は彼女を知った気でいた。彼女の心をすべて理解した気でいた。
そんなことも知らなかった俺は、彼女をどこまで知って。
そして愛して。
そして拒絶したのか。
「ちょっと、なに気分悪そうにしているのよ? ……本当に大丈夫?」
「……いや、いい。すまない、気を遣わせたな。」
「そ、そう……。それより、早くいくわよ。まだ始まったばかりなんだから! 劇が始まるのが、夕方だから、それまでちゃんと楽しむわよ!」
美姫は本当に嬉しそうに笑った。彼女の素直な笑顔が、こんなにも輝いていて。俺は、その彼女の前で、どうしても顔を輝かせることができない。
逃げたかった。その、花から零れ落ちる雫のような純粋さから。
でも、逃げる力はなかった。俺は、ただ手を引かれるまま、花を咲かせ続けさせたいがため。
連休で少し時間ができ、投稿する余裕もできました。お待たせしてすみません。
完結はさせます。お待たせしてすみませんが、これからもよろしくお願いします。




