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6章29話(文化祭)

お待たせして申し訳ありません。引き続きお楽しみいただければ幸いです。

俺が家に帰りついたのは12時を過ぎた頃だった。あの公園から逃げだし、俺は一人になれる場所をみつけ、そこにずっと暗闇を見ながら時間を過ごした。その前、何とか残った理性を振り絞り、メールで聖に連絡しておいた。用事があるから勝手に解散しておいてくれと。彼女のことだから、俺の言うことを聞いてくれるだろう。彼女の優しさに甘えることに少し心が痛んだが、もうそれ以外思いつかなかった、俺の心を保つ手段が。


自宅に着く。そこにはもう明かりはついていなかった。俺の無茶ぶりとも等しい言いつけを守ってくれた彼女に感謝する。そして俺はまた誰かに負担をかけていることに申し訳なさを感じる。


……ただ、疲れた。


心の中にその言葉が浮かぶ。無心になろうと努力し、靴を脱ぎ、自室に向かう。体中汚れていたが、もはや気にならなかった。布団の中に入り、ただぬるま湯のような温かさ中に籠りたかった。自室に入る。電気もつけず、布団の中に入る。体が重い。もうベッドから出れないかというくらい、体が鉛のように感じた。やっと、ベッドの中に逃げることができた。


…だが、覚醒は続いたままだった。

眠りの中に逃げることができなかった。ただ頭の中には後悔しかなかった。この時間軸、俺は何をしていた? ただぬるま湯の中にいて、そして目の前の壁から逃げるしかできなかったばかり。何故俺は甘い考えに逃げるしか能がなかった? 何故俺は疲れたと言い訳した? 逃げること、それは後に自分に圧し掛かってくることはこれまでの経験からわかっていたはずだ。そして何度、何度俺は同じ『後悔』という行為を繰り返すのか?


……姉さんの考えに、従えばよかったのか?

それは違う。断じて違う。俺は他人を物としてみることはできない。逆に何故姉さんはその境地に達することができた? 俺の能力が足りないだけか?


……いや、もういい。疲れた。考えるのも、後悔するのも疲れた。一旦無理やりに思考を止める。だが、それも数秒が限界だった。また、自然と過ちに対する後悔と、胸にヘドロのような苛立ちが湧き始める。地獄のような時間だった。


だが、それも止んだ。一つの感触によって。


「……ごめんねぇ」


その声に驚き目を開く。それは、聖だった。泣きそうで、うるんだ瞳で、……でもそれを我慢してそうに感じる苦笑で。彼女は俺の頭を、撫でていた。


「……何がだ?」


「うん……?」


「何をお前が謝っているんだ? お前、何も悪いことしてないじゃないか」


「……」


俺の問いに聖は黙った。だが、それでも聖は俺の頭を撫で続けることを止めなかった。困ったように、ただ今にも泣きだしそうに笑みを浮かべて。俺はそんな顔でいてほしくなかった。


「聖……」


「ごめんね、和人君。……私が、和人君に無理させちゃったから……。ごめんね……、ごめんねぇ」


「謝るな。お前は何も悪いことはしていないじゃないか。お前が何かしたか? おまえはただ、普通にしてただけじゃないか」


聞き捨てならなかった。聖に何の咎もないのだ。彼女が気にしていることを、全部俺に吐き出してほしかった。


「……私が、和人君に無理させちゃったから」


「無理……?」


「和人君、本当は初めから誰とも話したくなかったでしょ? 誰とも触れ合いたくなかったでしょ? それなのに、私が無理やり、和人君を付き合わせちゃった……。そして、和人君を、こんなに苦しめている……」


「……俺が、お前の前で泣き言なんて言ったか? 苦しいと、悲しいと弱音を吐いたか?」


「言わなくてもわかるよ。だって和人君、こんなにも苦しそうで、……悲しそうで、泣きそうだもん」



「……」


「さっきのメールの時はちょっと戸惑ったけど、……だけどわかった。和人君、何か辛いことがあったんだよね? 無理しちゃったんだよね? きつかったよね、……悲しかったよね」


「……あぁ」


俺は迂闊だった。かえってきたとき、本当に誰もいないか確認すべきだった。こんな顔を誰かに見せるべきではなかった。こうやって、聖にいらない心配をさせる結果になるなんて。いつもの俺ならば、こんな状況に苛立ちを覚えていたと思う。だが、今はただ、聖の言葉に肯定と、そして……すがりたかった。だめだというのに、疲弊した身体と精神は、他者を求めてしまった。


弱さを、さらけ出してしまった。


「アリアを……傷つけてしまったんだ。」


「……」


「あいつは何も悪くはなかった。ただ、俺はあいつを勝手に決めつけて、そしてあいつを否定した。自分勝手だった。ただ、俺はガキだった。アリアの方が大人だった。」


「うん、うん……」


話すと、自然と涙が出てきた。聖にカッコ悪いところを見せたくなくて我慢しようとしたが、それでも止めることができなかった。


「だけど、それでもあいつを許せそうにないんだ。……俺が悪いのはわかっている。だけど、どうしても、どうしても。俺に似ているあいつを……。そんな自分が嫌なんだ。誰も許せない、許そうとしない、そして過去ばかりを見つめている。そんな俺が、何よりも腹が立つんだ。……誰か、俺を消してほしいんだ」


「……うん。」


「……ああ、そうさ。……俺は、アリアだけじゃなくて、みんなを理不尽に傷つけたんだ。海も、春香も、美姫も。そしてみんなを。そして……、俺が一番大事だと思っていたあの子も! それにお前だって! 俺は、傷つけてばかりだ。だから近づきたくなかった。謝りたかった……。でも、謝ることさえできないくらい、俺は臆病だった……。そんな俺が嫌で、消えたかった」


「……そうだったんだ」


「聖……俺を否定してくれ」


「……え?」


聖は驚いた顔をしていた。そんな聖を気遣うことができず、俺は言葉を続けた。


「こんな俺が、お前に優しくしてもらう資格なんてない。こんな情けなく、弱く、そして卑怯で男らしくない俺なんて。だから……」


「……」


聖は少し黙った。黙って、黙って……。そして彼女は笑顔を浮かべた、……涙を浮かべながら。


「私は………。わ、私は……、和人君を、絶対……、否定なんてできないよ」


……。

俺はその言葉を聞いて吐き気がした。だって、いつもそうだ。美姫も、海も、春香も、アリアも、全員が俺に好意しか向けなかった。誰もが好きという感情で俺を地獄へ落としてきた。いや、地獄にしたのは俺だ。それがまた続くのかと俺はただストレスで内臓が痛みを生み出したのを実感した。


「否定なんて、……できないよぉ」


「……」


それは重い言葉だった。彼女の瞳から大粒の涙がとめどなく流れる。俺の顔へその涙は落ちる。感触がずっと消えないくらい、重たい涙だった。


「和人君、優しいもん。和人君、いつだって私のこと、大事にしてくれるもん。そんな和人君を否定なんて、嫌うなんて、突き放すなんて、……できっこないよぉ」


「聖……」


「私を嫌ってもいい。私のせいなの、和人君が苦しんでいるのは。だからね、和人君、いっぱい泣いて? そしていっぱい頼って? いっぱい、いっぱい、私に頼って、甘えて? もう、私のためにそんなに頑張らなくて、……苦しまなくて、いいんだよ? よく頑張ったんだよね、和人君……。こんなに傷ついて……。気づけなくてごめんね」


そう言いながら聖は俺の頭を抱きしめる。彼女の温かさが、少し俺を安心させた。その温かさが、今までの時間では味わえなかったものだと自覚することができた。そうか、彼女はただ……。


「和人君……」


「……聖」


聖は抱きしめるのをやめ、俺の顔を見つめる。彼女の顔は涙でぬれていた。そうさせたのは俺だ。罪悪感と、もうこれ以上どうすればいいのだという漠然とした不安が押し寄せる。


そんな俺に彼女はキスをした。

そのキスは唇、そして俺の額、どこにでも。ただ愛を与えるようなキスだった。ただ俺は、心地よさを感じた。その思いは、俺を押しつぶさない。ただ、包み込むように、そして解きほぐすようだった。彼女が泣いている手前、申し訳なさを感じたが、それでも、確かに俺はその聖の体の温もりに、今まで感じたことがないような、表現したことがない何かを感じた。


「……ごめんね、ごめんね。」


彼女は、そう言って、また俺の頭を抱きしめ続けた。長く、そして俺を壊さないよう優しく。俺は聖の頭を撫で続けた。それ以外に彼女に報いる方法がわからなかったのだ。


そうして、長い夜は明けていった。





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