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6章27話(文化祭)

26話に引き続きですが、あるヒロインを強く否定する描写があります。当ヒロインのファンの方、そして不快に思われた方、申し訳ありません。

「……あ?」


「……」


俺が今いる庭、そこには家の中から聞こえてくる部員たちの楽しんでいるような声が聞こえる。笑い声、そして誰かの喜びの声。だが、俺と目の前のこいつ、アリアの前には一切ない。ただ、この秋の夜空の少し肌寒い空気が流れていた。いつもなら心地よいそれが、今はただ何も感じられなかった。


「何か言ったか、今?」


「……」


家の中に入ろうとしてアリアに背を向けていた俺。こいつを無視したかった。だが、先ほどの消え入りそうだった声が気になり、思わず振り返ってしまった。アリアの様子、それは顔を俯けていたのでわからなかった。だが、いつもの、後輩たちを気遣う様子はまったく見られなかった。


「黙っていたらわからねぇよ。何とか言えよ、会長。……で、何だ? 何で、お前に優しくしないのかって話か?」


「……っ。……」


話が進まないと判断した俺は、要件を速やかに聞こうとした。一瞬後悔したような顔をして面を上げるアリア。だがそれも一瞬で、すぐに顔を伏せる。先ほど、確かにこいつは言った、『何で優しくしないのか』と。俺はそれに強い感情の奔流を、アリアと、そして何より俺自身の胸の中に感じ、振り向いてしまった。


本来ならばアリアの戯言など無視する。だが、その言葉は俺にとって、無視することができなかった。だから振り向いた。

……落ち着け。

あまりこいつに構うな、俺。いつまで俺は感情に流された人間のままでいるのだ? そうやってお前は失敗し続けただろうが。だから、いつも通り、こいつを無視しろ。感情を落ち着ける。そのためにまた煙草の火をつけた。この際、家の中が臭くなってもいい。それよりも、目の前のこいつと一緒の空間にいたくはない。感情を落ち着けたい。最適な答えを探し、速やかに問題を解決したい。


数十秒待ってもアリアは話そうとはしなかった。だから俺は再度背を向け、家の中に戻ろうとした。火事は起きなければよいのだ。このまま無視し、俺はこの先もこいつが何か妄言を吐こうものならば、俺は完全に無視する方針を定めた。それが最適だと信じた。その俺の様子に何かを感じたのか、後ろから切羽詰まったような声が聞こえた。


「……だってっ」


「……は?」


無意識に俺は振り向いてしまった。いけないと頭の中で思いながらも、振り向いてしまった。


―――――――――――――――――このまま立ち去ればよかったのにと、後で、一生、後悔することを確信しながら。


「だって、……だって! 私ばかり無視する! 私ばかり厳しくする! 私ばかり冷たくする! いつも、いつも!」


「……」


振り返って、強い衝撃を受けた。物理的に殴られたような錯覚を抱いた。

アリアはいつの間にか泣いていたのだ。

久しぶりの、女の子の、強く訴えるような泣き顔だった。この時間軸では見ていなかったから、反動で大きく、俺のぼーっとしていた頭を一瞬で覚醒させた。そして、俺の溜まっていた感情のダムが、一気に崩壊した。

そんな俺の様子に気づいているのかわからないが、アリアはただ感情を俺にぶつけた。


「冷たくするのなら、ただみんなに冷たくするのならいい。それが和人君の普通だと思うから。でも、……でもっ! あなたは皆に優しくする! 美姫ちゃんにも、海ちゃんにも、……聖にも! 私の前で、ずっと、ずっと優しくする! 私、いつも苦しんだよ? 心が痛かったんだよ? 何で、何で何で何で、私にだけ厳しいのって。そんな私に構わず、あなたは優しくする。さっきのもそう。海ちゃんに、優しく頭を撫でた。笑いかけた! 私にはしてくれなかったのに!」


頭の中で激しい音が鳴る。ふざけるなと。理性が大声で俺に呼びかける。アリアをなだめるべきだと。そうしないと我慢してきた、そして培ってきた全てが台無しになると。だが、俺はただアリアを見ていることしかできなかった。ひたすらに弱い人間であってしまった。ただの枯れ枝のように軟弱で、すぐ折れそうな胸中だった。目の前の弱い人間に何もすることができなかったのだ。ただ、アリアの様子を目に焼き付けていた。


「私にだけ厳しく当たろうとする! 私にだけ冷たくする! 何で? 私何かした? 和人君に嫌われるようなこと、した? 言って、ねえ、言ってよ……。私、直すよ? 和人君が嫌いなところ直すよ?」


頭の中は熱いマグマで脳を溶かしている。心臓は弱りはて、幼子の腕でも折れそうになっている。その中で、必死に俺は抗うことを止めなかった。

原因を探せ。俺はこいつに今回、何か隙を見せたか? こいつが俺にこんなに執着するようなこと、やったか? 何か大きな見過ごし、ミスをしてしまったのか?

……イラつく。

先ほどから動悸が激しい。考えが纏まらない。だが必死に頭を回転させようとする。表面的な言葉ではこいつをなだめることができない。飾りの言葉、取り繕う言葉ではこの場を持ち直すことができない。背景を読み取れ。経験から、最適解を導き出せ。

……ふざけるなよ。

吐き気が止まることを知らない。だが舌を噛み無理やりにでも抑える。俺は、こいつを一度攻略したはずだ。背景は全部わかっているはずだ。こいつの好みも、思考も全部わかるはずだ。何を俺は学んできた? 今がそれを活かすときだろうが。


「……お前が嫌いだからだよ」


頭の中で感情と理性がせめぎあい、その結果、感情が優先されてしまった。そして言葉にしてしまった。はっきりと拒絶してしまう言葉。あらゆる火薬と比べ、より恐ろしいものを。


「……っつ!」


とめどなく続いていたアリアの声にストップがかかる。構わず俺は続けた。


「お前の声が嫌だ、お前の姿が嫌だ、お前の顔が嫌だ、お前の心が嫌だ。お前を思い出すだけで嫌だ。全部、お前が嫌いだ」


はっきりと言ってしまった。もう後ろには退けない。ここから挽回する策も思いつくこともできない。何故、何故今なんだ? 何故こいつは俺にそんな言葉を投げつけた? 何故俺は無視しなかった。何故俺は、耐えることができなかった。後悔が俺の言葉を止めようとした。だが、もう止まることができなかった。


「理由なんて、今のお前に言ってもしょうがない。お前に言っても意味がない。ただ、お前が嫌いだ」


「言ってくれないとわからないじゃない! 言ってよ! 直すから!」


感情がさらに高まったのはお互いだった。埒が明かない、そしてこいつとの話を切り、冷静になりたかった俺は、背を向け、家の敷地の外へ向かった。


「待ってよ、どこに行くの!?」


「……」


そのまま無視し、逃げるべきだった。だが最後には感情が優先してしまった。こいつを叩きのめしたいという欲望に負けてしまった。だからこいつが追いつくペースで、しかしながら最低限の理性を残し、目的地まで歩いた。家からすぐの公園。そこに着くと、俺はすぐにアリアの肩を強く握った。

もう止まることはできなかった。


「いたっ……」


「言っても無駄なんだよ……。お前がそれを直せるはずがないんだから。そして……俺がそれを直せるはずがないんだ」


一瞬痛みに顔を歪ませるアリア、だが、俺の言葉を聞くとすぐにこちらをにらみつけた。


「ふざけないでよ……何が、何が無駄なのよ! 言ってくれなきゃわからないじゃない! 話してくれないと納得できないじゃない! その何かを言ってよ! 言わなきゃ絶対に逃がさない!」


「うるさい! お前が何を直せる? お前に何ができる? じゃあお前が時を戻せるか? 俺を叩きのめしてくれるか? 俺を消してくれるか? 俺の腐った性根をぶん殴ってくれるのか? やってみろよ、できるならやってくれよ」


「……何を言っているの?」


困惑するアリアを無視し、俺は話を続ける。もう止まらないのだ。もう、止められないのだ。頭の中で笑い声がする。誰の笑い声だ、これは。誰かの泣いている声がする。誰の声だ、これは。振り払うように、俺は続ける。


「お前を見ていると、昔を思い出すんだよ……お前を見ていると、自分を消したくなるんだよ。俺に似ているお前を見ていると、どうしても嫌いにならないといけないんだよ。嫌いにならないと、俺は許してしまう……。過去のクソだった俺を、そして後悔が薄れそうになっている自分を。だから、俺は俺を許してはダメなんだ……」


「か、……和人君?」


『彼女』と出会わなければ、俺は『彼女』を悲しませることはなかった。俺がいなくなればよかった。できなかった俺をただ殴りたかった。何も良い方向へ導けなかった俺を、俺は誰よりも消したくなる。クソみたいな俺を、誰か殴ってくれ。嫌いだ、嫌いなんだ……。


ただ、俺は情けなく言葉を綴る。もはや、アリアを拒絶する言葉は出てこない。ただ出てくる言葉は、後悔と、自己への怒りだ。

しばらく経った。お互い黙った状態で。俺はただ力が入らなくて、いつの間にかアリアから手を離していて……。そしてアリアはそんな俺を見て、何も言わずに、ただ黙っていた。

このまま、何もなく時が過ぎればいいと思った。もう何もしたくなかったのだ。だがそれを許してくれるわけはなかった。この世界は他者がいるのだ。自分以外の人間が。


「……何よそれ」


目の前の女の子がつぶやく。近くにいて、跪いていた俺。

その言葉を、続きを俺は聞いてはいけなかった。これから先、もう戻れなくなることを確信していた。崖から飛び降りるような感覚。もう駄目だと、諦めを感じた。

……その言葉は。








「結局は、……和人君は、結局。自分のことと、昔のことしか見ていないんじゃないの?」


そして俺は、アリアを、力任せに押し倒してしまった。







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