6章24話(文化祭)
誤字報告ありがとうございます。
「で、……できた! できました、和人君!」
「ああ、よくやったな、海」
「は、はい! ありがとうございます……。和人君のおかげです。」
とうとう文化祭の前日になってしまった。文化祭の準備のために、今学校全体の熱はピークに達している。今日も学校中走り回ったり、大声をあげている生徒がたくさんいた。中には泣いている女子生徒たちの姿も見えるが、それもまた文化祭の趣の一種だろう。泣いているといえば、目の前の海も泣きそうだった。しかし、これはうれしさによる涙だとわかっていた。
「いや、お前の努力の成果だよ。それに、ほかのメンバーのサポートもあってのものだ。俺にお礼を言う前に、みんなにお礼を言ってくれ。」
「そうだよー、海ちゃん! 私もいるんだよー?」
そういいながら海に抱き着く春香。春香も功労者の一人だ。一人でクラスの問題を片付けながら、海のサポートをする。疲れがたまっているのだろう、少し目の隈が浮かび上がっている。そんな春香を微笑みながら抱き返し、バンドのみんなに笑顔を向ける。
「は、はい! 皆さん! これまでご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。そして、ここまでフォローしてくださって、本当にありがとうございました!」
バンドのみんなも笑顔で海を受け入れる。みんなも海の頑張りは知っている。だからこそ、海を我慢強くサポートして、そしてこの笑顔を浮かべていた。ただの美人だけではここまではいかない。それも海の魅力の一つ。逆に海以外であったら、ここまでバンドのメンバーも我慢してはくれなかっただろう。何しろ、もう文化祭前日の前夜だからな。誰もが焦る中、ここまで海を信じてくれたみんなに頭が上がらない。
「はい、じゃあみんな今日の練習ここまでにしようー! 本当にお疲れ! じゃあみんな、また明日ね!」
春香の締めの言葉で、バンドのメンバーは解散する。皆笑顔だった。そしてこの第三音楽室には俺ら3人だけとなった。しかし、すぐに女子生徒たちが入ってきたのだった。
「あ、和人君―。そしてみんなもお疲れー。メンバーの人たち、笑顔だったよー。上手くいってるんだー」
「みんなお疲れ様。すごく笑顔ね」
「……」
聖、アリア、美姫である。どうやら『お迎え』がきたようだ。
「おお、きたか。……じゃあ、『前夜祭』行くか。」
「はい!」「うん!」「了解―!」「ええ」「……ええ」
前夜祭。それは今の俺にとって、本心を言うと、避けたいものであった。その前夜祭発生の要因と、そしての俺の参加の理由を話そう。
………
……
…
文化祭まで1週間をきった帰り道。久しぶりに聖と帰ることができた日だった。この日、聖は珍しく無口だった。
「おい、聖。聞いているか?」
「……」
聖は商店街の服屋の窓ガラスをぼーっとしながら眺めていた。どこか心あらずの状態だった。こんな聖の状況はあまり見たことがなく、少し俺も戸惑いを覚えていた。
「おい、聖。いい加減反応しろ。スカート捲るぞ?」
「……へ? 何でスカート捲っているの? ちょっと! そういうのは帰ってから……」
「お前が調子悪いから心配してるんだろうが」
「何で心配していたらスカート捲るのー……。」
「ほら、早く話せよ」
「え? 何を?」
よくわかっていなさそうな顔をする聖。その額にデコピンしてみる。
「あいたっ! ちょっとー何するのー?」
「惚けるなよ。ほら、早く話せ。お前がこんなに変なの、あまり見ないから心配してやっているんだろうが。」
「……ごめんねー」
「謝ることじゃない。俺のためでもあるんだ」
「和人君のためー?」
「お前がなんか変な様子見せると……どこか、調子が狂うんだよ」
「……和人君―」
「……恥ずかしいこと言わせるなよ。だからほら、話してくれ。俺にできることなら、解決するから」
「……えっと、ごめんね。和人君にこれ以上負担かけられないから。和人君、生徒会の仕事もやってくれて、バンドもしてくれて、そして、私のわがままも聞いてくれている。本当にごめんね」
「だから謝るな。お前の依頼は負担じゃない。俺が言っているんだから本当だ。俺が嘘を言っているように見えるか?」
「……ううん」
「なら、言ってくれ。少しはお前の悩みをわけてくれよ」
「……」
聖は悩んだ。俺に背を向け、数分の時間が経ち、こう言った。
「………和人君、ごめんね。」
「………」
「私、………わがまま言って本当にごめんね? えっと、………私、やりたいことがあるの」
「なんだよ? もったいぶるな」
「えっと………………、「前夜祭」やりたいなって」
「……前夜祭?」
「えっとね、えっと、文化祭の前夜祭。部活のメンバー呼んでね、やりたいなって。………だめ、かな?」
「……」
「やっぱりだめだよね。ごめんね、わがままいって」
「勝手に決めつけんな。」
「ちょっ、ちょっと、頭ガシガシ……」
聖の頭を乱暴に撫でる。少しこいつが可愛く見えて、恥ずかしさをごまかすために。そして聖に伝えることにした。
「いいよ。前夜祭やろうぜ」
「え……? いいの?」
「こんな時くらいわがまま言え。お前、めったに我儘言わないだろうが」
「ううん、それは絶対に違うよ。生徒会の仕事とか、色々和人君に我儘ばっかり」
「俺が我儘だと思っていないからな。まぁ、そういうことだ。なんだよ、少しは可愛いところあるじゃねぇか」
「す、少しはって……。でも、可愛いって言ってくれてうれしいな」
実を言うと、本当は前夜祭のメンバーを言われて内心少々焦っていた。部活のメンバーとはこれ以上会いたくはないからだ。正確に言うと、この時期に会いたくはない。ここで変に面倒事があると、文化祭当日が危ぶまれるのだ。だからリスクをとることはできるだけ避け、その日は家でおとなしくする予定だった。
だが、聖のために何かしたかった。これまで聖に何もできなかったからな。ほかのやつの面倒ばかりを見て、こいつをここまで疲れさせ、悩ませていたのは俺の責任だ。だからこれは俺がすべきことだ。
それに……。
「さあ、早く家に帰るぞ。腹が減って仕方がねぇ」
「うんー。わかったよー。今日は楽しみにしておいてねー」
聖の、このまぶしい笑顔を見れてよかったと思ったのだ。
………
……
…
というのが前夜祭を了承した理由である。本心は気分が乗らない。わざわざリスクがあるイベントを起こしたくはない。だが、あの時思ったように、俺は聖のために何かしてやりたいのだ。
帰り道、俺と聖、アリア、春香、海、美姫と歩く。後輩たちと部長は後で俺の家で合流する予定だ。住所は言ってあるから大丈夫だろう。今はMAPのアプリがある時代だしな。
その帰り道、俺たちは前夜祭のための食材を買っていた。
「和人君……ごめんね」
皆が和気藹々としながら食材を見繕っている中、辛気臭い顔で謝ってくるのは聖だった。まだ気にしていた様子を見せていた。そんな彼女に向かって、安心させたくて、慣れない笑顔を俺は浮かべる。
「だから気にするなって。むしろお前が我儘言ってくれてうれしいよ。」
「でも……和人君の家まで借りて……」
「しょうがないだろう。自由に使えるスペースがあるのは俺の家しかなかったんだから」
まあ、学生の身で一人暮らしというのが珍しいし、俺の家しか候補はなかった。それも聖は気に病んでいた。
「ありがとう……和人君は優しいね」
「そんなんじゃない。それよりも、この段階まで来たらもう楽しめ。」
「うん……ありがとう……でもっ……」
まだ気に病んでいる聖だった。こいつは何だかんだで気にするタイプだったな。面倒な女だ。だが、そんな聖を可愛く思えた。
「なぁ、聖……だったら、俺からもいいか? 明日から文化祭2日間あるだろう? 最後の一日、俺とちょっと一緒に周ってくれないか?」
「え? そんなことでいいの……?」
俺のお願いに驚いた顔を見せる聖。
「なんだよ、俺のお守りはきついぞ? 我儘言いたい放題だからな。それに、その日はそれだけじゃない。夜まで付き合ってもらうぞ? 久しぶりにお前とゆっくりとした時間を過ごしたいからな。俺を癒してもらうぞ? サービスしろよな」
「……ふふっ。わかったよー。でも、あまり期待しないでねー? 和人君の体力についていけるか、私わからないからー」
「ん? それは文化祭の方か? それとも夜の方か?」
「もう、……えっちー」
そういいながら聖と談笑していた。これまで、最近の近況。ゆっくり話せていなかったから話が弾んだ。聖は徐々に笑顔を、本調子を戻していった。彼女がここまで憔悴している様子を見せるのはあまり、いや、今までなく、何が彼女を悩ませていたのかは、正直聞き出すことはできなかった。だが、彼女は今笑顔を取り戻してくれている。それが大事なのだ。
しばらく聖と談笑していると、春香が大きな声で話しかけてきた。
「おーい、和人君! 早くお会計しようよー! 大体買う予定の物そろえたよー。早くしないと美姫ちゃんが拗ねちゃう!」
「春香先輩! 別にそんなこと……」
「えー? でも、さっきから和人君の方をイライラしながら睨んで……」
「睨んでません! もう、和人のせいよ! 早くレジに向かうわよ!」
俺と聖はお互い顔を見合わせ、笑い、レジに向かった。
「わかったよ。ほら、美姫。チョコ買ってやるから機嫌直せ。え、いらない? わかったよ。それじゃいくぞ」
………
……
…