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6章22話(文化祭)

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

「あー、また失敗したわ。何度もここ間違えるわ。春香も難しい曲を選曲しすぎなんだよ」


「「「……」」」


「どうするか……コーヒーでも買いに行くか」


「「「……」」」


「……お前らそんなに睨むなよ。冗談だろ、冗談」


この音楽室には今、俺を含め4人いる。俺、そして……。


「なんか説明する必要があるんじゃないの、和人?」


一番圧をもってにらみつける美姫。


「うぅ……」


俺を少し恨みがましい目で見たり、そして俯いたりする海。


「え、ええっと、ごめんね和人君……」


この状況にいたたまれないのか、苦笑いして逃れようとするアリア。


この3人が俺の目の前に居る。美姫は俺の向かい側の机で肘をつきながら俺をにらむ。海は俺の横でじっと猫みたいにいる。アリアは美姫の横で苦笑いを浮かべている。


この状況になった理由、それは俺にある。昼休みに練習しようとして海を呼び出した。まあ、練習のためであって、それ以上の思いはない。ないったらない。そんな俺たちに美姫が割り込んできたのだ、突然。……いや、突然じゃないか。こいつは不定期に俺を飯に誘いにきていた。まあいつも断っていたが。それを今回も予想して動くべきだったのだ。そしてアリアがやってきたと。都合が悪すぎだろう。

そんな彼女たちが一堂に会してしまった。教室の様子は最悪だった。噂をする女生徒、何か恨みがましい目をする男子。ただ面倒だった。だがそこで昼休みまでいることはベターではないことは理解していたので、ひとまずは音楽室に連れてきたのだった。連れてきたのはいいのだけれど……それから先は考えていなかった。


「和人……私、学食行きたいのだけれど」


静寂を最初にやぶったのは美姫だった。だが、いやな雰囲気は続いたままだった。


「だから言っているだろう、行かないって」


「……お腹すいた」


「学校で買い溜めしておいたカップ麺でいいか?」


「……そんな安い味、食べられない」


「文句言うな。ほら、お湯は音楽室にあるから自分で用意しろ」


夜まで練習するために用意していたボトルを指さす。美姫は一瞬そちらに目を向けるが、こちらをまたにらみつける。


「……和人は何を食べるのよ?」


「あ、俺は……」


「あ、和人君お箸これ使って」


「……ああ」


アリアが待ってましたというように俺に箸を渡す。……こいつはなんて間が悪い。ほら、美姫の睨みがまた深くなった。


「何で会長が和人にお箸を……」


「え? だって私が和人君のご飯を作ってきたのだからよ」


「「え?」」


美姫と海がこちらを驚いたような顔で見上げる。……だからアリア、空気を読め。


「なんで会長が和人のご飯を作ってきたの?」


今にも殴りかかりそうな表情を見せる美姫。海は泣きそうになっている。


「それは私が和人君の家で「いや、俺がだらしない生活しているから、会長と聖が心配していたんだよ。そして一時体調を崩したときがあってな。それで聖と会長が気を遣ってくれて、食事をサポートしてくれるようになったんだ」……え? ちょっと和人君「そうだよな、アリア?」 ……えぇそうね。」


有無を言わせないようにらみつけてアリアを黙らせる。こいつにこれ以上場を荒らさせるわけにはいけない。


「……本当でしょうね、和人?」


「ああ、嘘は言っていない」


嘘は言っていない。サポートの一環だからな、弁当は。にらみつける美姫の視線にしばらく耐える。そうしていると、誰かが俺の袖をつかんできた。


「あ、あの和人君……」


「ん? なんだ海?」


海だった。どこか寂し気な表情を見せている。そういえば放置しすぎていたな。


「あの……言っていただければ、私が作ってきますよ? 和洋中、なんでもお申し付けください。あなたの好きなもの、用意しますよ」


「……ありがたいが、遠慮しておくよ」


「ゲテモノでも準備します!」


「そういう問題じゃない。というか、ゲテモノは嫌いだ。勘違いするな」


「じゃ、じゃあ、恥かしいですけれど、女体盛りですか!? は、恥ずかしいです……、それは二人のときと、特別な場所で……」


「そういう話じゃない! なんの話をしているんだ海……」


「え? だって昔和人君が私に……。あれ? そんなこと言いましたっけ?」


「……言っていない。絶対に言っていない。だからにらむな、美姫、アリア」


今の時間軸の俺は決していっていないはずだ。……あれ? こいつ思い出しているの? ……勘違いであってくれ。というか思い出していたら勝手に俺の家の玄関開けて待っているだろう。俺がそういう風に、前の時間軸で調教してしまったからな。勘違いか。でもギャグ空間に持っていくな、それはそれで頭が痛くなる。お前、そんなキャラじゃなかっただろう?


「あ、そんな話じゃなくて……和人君、その、練習……」


「ああ、そうだな……」


海のおかげで思い出した。そうだ、今回の本題は練習だ。そのためにアリアに用意してもらっていたのだ、この音楽室を。


「えっと、でも、和人君……まだ私……」


「……そうか」


そうだ、後文化祭までわずかになったのだが、海はまだバンドメンバーの前しか歌えない。少し前に春香と練習でデュエットしたときは、泣き笑いを浮かべながらこちらに微笑んでくれた。そんな海だが、まだほかのメンバーの前ではきびしいものがあった。


「美姫、アリア。そういうわけだから……」


「和人、私はまだ納得していないわ。それを説明してくれないと、出ていかない。」


「……だから言っているだろうが。弁当の理由も、練習の理由も。これ以上何の説明が……」


「……和人、あんた何で私に、いえ、私たちに優しく今してくれているの?」


「……え?」


今、なんと言った? 優しく、だと……?


「昔のあんたはそんなじゃなかったわ。この部に入部したとき、ほかの人なんて眼中になかったじゃない。それどころか、嫌がってさえいた。そんなあんたが……何で先輩たちに優しくなったの?」


「……」


予想していないことだった。それは確実に俺の急所を抉る質問であった。美姫からこんな質問がくるとは思ってもいないことであった。……いや、美姫は昔から人の悪意には敏感だった。敏感であり、人の指摘されたくない一面を突くのがうまかった。だから、その一面を突くことで、多くの敵を作ったのだが。それを俺に向けられるのは意外だった。甘く見ていた。……そうだ、こいつを甘く見すぎていた。守る対象だと思い込んでいた。悪く言うと、まだまだ扱いやすい相手でありコントロールしやすい女だと思っていた。

……俺の失態だ。予測しておくべきだった。最適な答えを。そして平穏に切り抜ける術を。俺はいつも用意してきたじゃないか、最善を。だが、……今は用意していなかった。本当に失態だ。この場を正直に答えたとする。それではどうなる? 美姫の反応は予想できる。確実に怒りを抱くだろう。海も、調子を崩す。アリアは絶対に彼女との距離を作る。彼女に、そして部活に影響を与えてしまう。


「……和人君?」


海が俺を見上げている。俺が黙るのがそんなに不思議なのだろう。俺は海の前ではいつも堂々としていた。そうしなければこいつを導けないからだ。そして、こいつになめられるからだ。それはどうしても許容できなかった。


「早く答えなさいよ、和人。……何? そんなに答えにくい質問だった?」


どうする……? 俺はどうすればいい? ……くそが。俺はどこまで弱くなったんだ? 前までの時間軸、いや、この世界に来る前の俺はこんなことで悩んでいなかったはずだ。もっと強欲で、冷徹で、そして硬かったはずだ。誰にも近づけさせなかったはずだ。あの人に近かったはずだ。それが今の俺はどうだ? こんな弱く、そして誰にも崩せそうな、堕落した生物。俺が一番嫌いな人間に、俺は今なっている。


悩んでいた。だが、そんなとき、ある人がこの音楽室に入ってきた。その人物をみて、一瞬安心する。彼女ならばこの状況を何とかしてくれるという安心感がある。しかし、その逆の思いもある。とんでもないことが起こるかもしれないという不安。その彼女は、いつもと同じ笑顔で俺たちに話かけてきた。


「あのー、私お邪魔だったかな? あはは……」


……春香、だ。




………

……





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