6章21話(文化祭)
今年最後の投稿となります。皆様、よいお年を。
「和人君、起きて」
「……あぁ。アリア、か……」
朝一で聞きたくない声で覚醒する。目を開くと、俺の罪の象徴たる彼女がいた。だが、それも見間違いだった。その姉だった。それで安心を抱いた、そしてがっかりしてしまった自分に腹が立った。最悪の朝だ。
「ほら、早く準備して。学校に遅れちゃう。顔を洗ってリビングにいってね。ごはん用意しているから」
「……わかった」
俺が脱いだパジャマを赤らめた顔で畳むアリア。そいつに向かって声をかける。
「……おはよう」
「え、えぇ! おはよう、和人君!」
……胸糞悪いったらありゃしない。どこまで俺は甘くなっているんだよ、くそ野郎が。
………
……
…
通学路を歩く。いつもと変わらない通学路。しかしいつもより早い時間帯で通っているせいか、通勤中のサラリーマンや小学生たちがたくさんいた。俺もその一団となっていた。怠い……そして何より怠いのが、俺のそばでニコニコしながら歩いているこいつだ。
「和人君、清々しい朝ね。いいでしょ、こんな時間に登校するなんて。気分がいいでしょう?」
「……そうだな」
お前がいなければな。……まあ、こいつがいなければ、こんな時間に登校することもなかただろうが。
「ちゃんと1限目から授業受けてね? そのために朝ごはん気合入れたんだから。あ、お昼ご飯も期待していてね? 昨日の残り物も少しあるけれど、それでも頑張って作ったんだから。」
「……はいはい」
「あ、ちゃんと襟を正して。和人君、カッコイイんだから小さいところから気をつけないと。……あ、寝ぐせも少しあるわ。おかしいわね、朝見たときは見つからなかったのだけれど……待ってて、ワックスあるか探してみるから」
……何なんだ、こいつは? 面倒を見すぎて逆にうざい。こいつ、こんな世話を焼きたがるやつだったか? 前の時間軸ではそこまで見抜けなかったのか? いや……そこまで見抜く必要はなかったからな。
アリアの相手を適当にしていると、向こう側でニコニコしながら待っている、よく見知った相手がいた。……あいつ。小走りでそいつに近づく。そいつはより笑みを深めてこっちに手を振ってきたが、それに構わず、チョップする。
「あいたっ! なんでチョップするの~。痛いよ和人君―」
「うるせぇ! わかってるだろうが、聖」
涙目でこちらをにらんでくる聖、こいつに向かって昨日から言いたいことをあたためてきた。
「お前、何勝手に決めてんだよ。聞いてねぇぞ、アリアが泊まるなんて」
「だって言ってなかったもん~……いたっ! デコピンしないでよー」
「別にお前が泊まるなら俺は何も言わなかった。だが、なんでアリアなんだ? お前、俺がアリアのこと……」
「ちょっと、本人がいる前で何言おうとしているのー。だめだよー、みんな仲良くだよー」
「……ちょっと、デリカシーがなかったな。だが、理由を説明してもらうぞ」
「だって、みんな仲良くが一番でしょー? 会長は仲良くなりたがっているのに、和人君が拒否しているから、ちょっと部活の雰囲気も悪くなってるんだよー。フォローするのも大変なんだからー」
「だったらアリアが俺を無視すればいいだろうが」
「それやったら余計に雰囲気悪くなるでしょー。……もう、昔何があったのー?」
「……お前でも言うことはできない。」
「……そっか。ごめんね。こっちこそデリカシーなかったねー。でも、仲良くなってほしかったのは本当だよー。会長も、自分から和人君の家に泊まることを立候補してくれたしー。……まあ、本当は私が泊まりたかったけどー。あんまり仲良いところを見せると、疑われちゃうからねー」
「……」
そうだ、聖との仲は秘密にしようとしていた。俺が言い始めたことだ。あまり聖と仲良いところを見せると、雰囲気が悪くなる周囲の姿を思い浮かべることは簡単だった。だからこその秘密だ。
「これを機会に仲良くなってねー。……でも、本当に耐えきれなかったときは言ってねー」
「……わかったよ。文化祭まで我慢すればいいんだろう?」
「もう、そういう言い方だめだよー」
「わかったよ。……ほら、行くぞ聖。……おい、アリア。棒立ちしていないでお前もこいよ」
「えっ、ええ。わかったわ」
………
……
…
「……さて、これで午前の授業は終わりだ。各自、宿題を忘れないようになー」
早く昼休みを満喫したいと言っているような先生を無視し、クラスメイト達はいつものメンバーと合流し、昼食をとろうとする。
そんな中で俺は、昼の練習をしようと、アリアが予約しておいた音楽室に向かおうとしていた。ま、仕事の早い聖とアリアのことだ。もう予約は済んでいるだろう。スマホを確認すると、どうやら2通来ていた。アリアと、そしてあいつ。よし、順調だ。
鞄の中から財布をとって音楽室に向かおうとする。……あぁ、そうだった。弁当をアリアが用意していたのだった。鞄の中に眠っている弁当箱を見て思い出す。……食べなきゃいけないよな? 面倒くさっ。……そのまま鞄ごと音楽室に持っていくか。
「和人、お昼暇でしょ」
「……あん?」
顔を見上げると、いつの間にか今一番見たくないやつがいた。……美姫だ。なんでこいつはいつもタイミングってもん……。
どうやら美姫が来たことでクラス中の注目を浴びたようだ。美姫はこの学校では、いや、地域では有名だからな。……俺が誇ることでもないが。
「ほら、一緒に学食行くわよ。あんたにたくさん愚痴を言いたいんだから」
「何を言ってるんだ。俺に何の愚痴があるんだよ」
「あんたにじゃないわよ。もう、劇の練習がうまくいかなくてイライラするの。あの子たち、劇場で劇を見たことないのかしら? もっとあそこは激しくいかないと……」
「お前が求めるレベルが高すぎるんだよ……」
「教養として最低限劇場に行くべきだわ。それかDVD見て勉強するか。私が言いたいのは、なんで劇をしようというのに誰も事前に劇というものを学んでいないのかについてよ。ほら、いっぱい話したいことあるのだから、早くきなさい。」
「おい、待てよ。手を引っ張るな」
「なんでよ。私が誘っているのよ? 昼食代なら心配いらないわ。おごってあげる。」
「……だからお前は突然お姫様になるな。というかな、俺、今日は飯持ってきてるんだよ」
強く引っ張ってくる美姫を押しとどめる。美姫は俺のその言葉を聞いてにらんできた。
「……あんた、お弁当作ってきたの」
「なんでそうなるんだよ。テキトーにパンかもしれないだろう?」
「確かにそうだけれど……」
「じゃあ俺は学食行かないから。お前ひとりで行ってくれ」
「……私も売店で何か買ってくる」
「じゃあ俺は学食行くわ」
「なんでそうなるのよ! ほら、やっぱり弁当なんてもってないんじゃない! 早く学食行くわよ!」
「まて、本当に弁当は……」
さっきより強い力でひいてくる美姫を引きはがそうとする。早く音楽室に行かないと、あいつが……。そんな中、一人の女が教室に入ってきた。
「あ、あの……和人君! 一緒に音楽室に行きませんか!?」
……やっぱりきた。海だ。メールの相手をしていたのは海だ。昼休み、海を練習に付き合わせようとしていた。文化祭まで残り少なく、スパートをかけようとしていたのだ。……失態だ。音楽室で待ち合わせをするよう、しっかりとメールに書くべきだった。
「……海先輩?」
胃が痛い。打開策を見つけようとすると、もう一人女が入ってきた。
「えっと、和人君いるかしら? 突然お邪魔して悪いのだけれど、お箸つけるの忘れていたから……」
……アリア。
美姫は俺とその二人をにらみつけ、海は少し怯え、アリアは困惑している。そんな中で俺は頭を抱えるのであった。
………
……
…