6章20話(文化祭)
「……」
「……」
静寂な時間が流れる。それは聖といるような、心地よい静寂ではない。ただ痛みを与え続ける静寂だ。
テーブルの目の前には豪華な食事が並んでいる。いつもは何も並んでいない食卓。コンビニ弁当を置くだけのテーブル。それが今テーブルクロスと華やかな食べ物たちがのっている。これが俺の家の食事用のテーブルだと少し信じられない。この現状を作り出した本人、アリアは少し微妙な苦笑いをしながら俺に話しかけてきた。
「ご、ごめんなさい台所を勝手に借りちゃって……」
「……いや、謝る必要はない。俺がどこでも使っていいと言ったからな」
「うん、ありがとう……」
「感謝を言う必要もない」
「う、うん……わかったわ。でも、勝手に作ってごめんなさい……」
「……謝る必要はない。逆にこっちがお礼を言うべきだ。基本一人でいるときはコンビニ弁当が多いからな」
「そ、そうなの?」
「……ああ」
基本聖が家に来ないときはコンビニ弁当だから嘘は言っていない。
……目の前の料理、食べる必要があるのか? ……食べるべきだろうな。ここまでやってくれたものを無視するのは人間としてどうかとも思うしな。それに、ここで拒否するとますます部活に、そして聖に影響を及ぼす。
「なぁ、食べていいか?」
「え、ええ! どうぞ召し上がれ」
食べてみる。ふと顔を見上げるとアリアがじっと俺を見つめていた。
「……どうした?」
「う、ううんなんでもないの!」
「……そうか」
……なんでもないならいいか。
そしてまた食べ始めると、気配を感じる。またアリアは俺の方を見つめていた。
「どうしたんだよ。何かあるならはっきりと言え」
「え、えっと。聞いてもいいかしら?」
「なんだ?」
「……おいしい?」
……いらつく。何ぶりっ子振ってるんだよ? お前、そんなキャラじゃないだろう? だが、怒りをぶつけるというのも体力を消耗するので、抑えることにした。……まあ、抑えることにも体力と気力がいるけれど。
「……まあ、悪くはない」
「ほ、本当? よかった……」
胸をなでおろすアリア。……何をそんなに心配していたんだが。それから俺たちは食事を続けた。静寂のままで。だが、先ほどまでとはどこか雰囲気が違った。どこか、少し居心地が悪い。目の前のアリアが何か微笑みながら食事をしているからか? ……どうでもいいか。早く自分の部屋に戻りたいから、急いで食べることにした。
「……ご馳走様」
「えっと、食べたら私が洗い物するね。あ、お風呂も用意しているから先に入って。明日のゴミ出しも私の方でやっておくから心配しないで……」
堰を切ったように話し始めるアリア。そんなこいつを面倒だと思いながら俺も話始める。
「おい」
「え、何かしら……」
「お前がしたいことは勝手にやってくれ。初めに言っただろう、お前の好きにしてくれと。あの客室をお前好みにしていいし、今からテレビを好きに観てもいいし、冷蔵庫のものは何でも好きに使ってくれ。」
「あ、ありがとう……」
「ただ……。俺に干渉するな。百歩譲って、お前が俺の家に住むことは許可してやる。だがな、お前が俺の生活を口出しすることは許さない」
アリアをにらみつける。アリアは動揺した様子を少し見せ顔をそらしたが、何かを覚悟したかのように俺を見返してきた。
「……できません。私はあなたが停学にならないようにするために、あなたをサポートしにきたの」
「お前にサポートされるほど俺は落ちぶれていない」
「だけど、前からあなたの生活態度は問題になっているわ。成績は学年でトップだから、先生たちも特に言えないけれど」
「では何故その先生方は俺に説教できなくて、お前は説教するんだ? お前にどんな権利があるんだ?」
「私は生徒会長よ。先生たちがえっと、その……たとえ見放してしまうことがあっても、私だけは見放してはならないの」
「前から言っている。ではなぜ俺だけにつきまとうんだ? 他のやつも指導しろと。生徒会長ならば、贔屓はなしだろうが」
「……確かにそうね。でも、……私は、あなたから……いえ、あなただからそばにいて、支えたいの」
「だから言っているだろうが、お前が俺を特別視する理由は何だと……。もういい。話は平行線だ。お前に何を言っても無駄だろう」
「そんな言い方って……!」
「お前なんかにこれ以上俺の時間と体力を使うつもりはない。じゃあな、部屋に戻るわ。用がないなら部屋に入るなよ」
「待って和人君!」
背を向けて部屋に向かう。こいつと話すと無駄に体力が減って苛立ちが増すから嫌なんだ。……あ、思い出した。
「最後に言っておくが……いつから、そして何でお前は俺を下の名前で呼ぶんだ?」
「……えっと、それは」
「いや、いい。……疲れた。じゃあな」
「和人君っ……」
………
……
…
ギターを弾く。俺の家は結構防音設備が整っていて、外に音がそんなに漏れることがない優れた物件だ。……都合がいいが、これが都合の良い世界だからだろう(誰にとって都合が良いかわからないが)。だから気軽にいつでも練習できる。そして今日も今日とて練習している。
だいぶ昔の感覚も戻ってきたな。だいぶ無理しないで弾けるようになってきた。あと2~3時間程度練習してから寝るかな。
ふと時計を見ると、もう深夜と言ってもいいほどに時間が過ぎていた。……これでは明日も起きれるか不安だ。どうするか。……俺はどちらを優先すべきか。練習と、そして停学回避。まあ、一先ず夜食を食べて考えるか。
ギターを置き、リビングに向かおうとする。ドアに手をかけようとすると、ふと違和感に気が付いた。ドアが半開きになっていたのだ。確かにドアは閉めていたはずだが……。……なるほど。
「おい、アリア」
「あ、はい……」
ドアを開くと面倒な奴がいた。パジャマに着替えていたアリアだった。あわあわと狼狽え、口をモゴモゴしていたアリアは口を開いた。
「えっと、和人君にちゃんと寝るように伝えようとして、そしておやすみって……」
「……」
「えっと、……早く寝ないとだめよ? そうじゃないと、明日早く起きれないわ。遅刻しちゃう……」
「どけよ、夜食食べに行くから」
「う、うん……」
俺の寝室の2階からリビングがある1階へ向かう。後ろの足音から離れないことがわかっているが、無視する。とっておいたカップ麺を取り出す。
「あ、夜にカップ麺は体に……」
「……」
無視してお湯をそそぐ。この3分間を待つ間、アリアは俯いて俺の体面に座っている。嫌な静寂だ。
「……和人君。今日はいつ寝るの?」
「……2時間後くらいだ」
「起きれるの?」
「さあな」
「じゃあ早く寝ないと……」
「無理だ」
「……」
すぐに拒否する。そろそろカップ麺が出来上がったころだ。蓋を開くとうまそうな匂いがしてきた。
「いただきます」
「……」
食べ始める。しかし、また嫌な静寂が入り込んでくる。……このまま、こいつと文化祭まで暮らせるのか? ……はぁ、しょうがない。
「なあ、アリア……」
「う、うん! 何かしら?」
「見逃してくれないか。遅刻することは」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
「文化祭の時までに、もっとギターの練習をしなければならないんだ。そうしないと、俺は失敗……いや、俺は何も成すことはできない」
「……」
「このままの練習時間じゃダメなんだ。絶対に成功しない。だから、俺はもっと、もっと……」
「……和人君」
数分経ったかもしれないし、1時間程すぎたかもしれない。それほど、体感時間が狂うほど時があいまいだったと思う。……だめか。
「……ご馳走様。練習、再開するわ」
「……和人君、いいかしら」
「ああ」
「私は……あなたに遅刻してほしくない。だから、朝が明けるまでの練習は本当は嫌」
「……」
「だから、少し寝る時間を早めてほしいの。でも、私の思いを押し付けるのはダメよね……。だから、私が昼休みに音楽室を貸してくれるよう、先生たちとかに頼んでみて、和人君の練習時間を増やせるようにするから、だから……。私は本当に、あなたのことが心配なの。あなたが学校に来なくなるなんて、本当に嫌なの。……だからっ」
「……わかった」
「えっ……」
「……ありがとうな。」
「か、和人君……」
「二度は言わない。……今日は早めに寝る。お前も早く寝ろよ。そして俺を起こしてくれ。俺を監督するのが、お前の今回の役目だろう?」
「ふふっ。そうね。」
「じゃあ、……おやすみ」
「うん、お休み……」
………
……
…