表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/106

6章17話(文化祭)


「海」


「……はい」


「正直、俺もみんなの前に立つのは怖い」


「……」


海の表情は変わらない。ただずっと俯いていて、泣いていて。それは昔からだ。昔の、前の時間軸で俺がこいつを徹底的に壊していた頃。……いや、それよりも前。こいつが一人ぼっちのころ。そうか、……こいつは一人だったのだ。俺が支配していた頃から、本当の意味では一人だったのだ。


「まぁ、……昔の俺なんだがな。というか今も少し緊張するし。本当は今、俺正直文化祭のステージ立ちたくないし」


「……え?」


俯いていた海が俺を見上げる。

海の問題を解決したいわけではない。ただ、今泣いている海を励ますことに専念したい。こいつのそばにいてあげたい。……恋人になるわけではない。ただ、こいつに一人ではないということをわからせてあげたい。そうすることで、過去の自分のケツをたたきたいのだ。俺の自分勝手な自己満足だ。付き合わせてごめんな、海。


「俺も昔、みんなの前で失敗した。そしてみんなを失望させたんだ」


「……和人君も、なんですか」


「信じてくれるのか?」


「……はい、和人君の言葉なら」


「ありがとうな」


すまないな、海。こんな俺をまだ信じてくれるなんて。


「だけど、少しずつ気にならなくなった。まぁ、昔から鈍感だったからかもしれないが、だんだんと緊張もしなくなったんだ」


「そ、それはどうやって……」


「ただ目の前のことを、自分のできることをだけに集中すること、それしかできなかった」


「……」


「当たり前のことだって思うだろう? だけど、それしかないんだ。いや、……俺にはそれしかできなかったんだ。器用じゃないからな、俺は。……あの人と違って」


「そ、そんな……和人君はなんでも……」


「お前は俺を買いかぶりすぎだよ。俺はそんなすごいやつなんかじゃない。……なぁ、海。」


「はい……」


海を正面から見つめる。泣いていた海。目が赤くはれている。ここまでの状況にした俺が悪い。だから、俺が……。


「正直、苦手意識……いや、トラウマを持っているお前には辛いかもしれない。だけど、……歌うことに集中することから始めてみないか?」


「……」


「ごめんな、何も解決することになってないよな? だけど、……そうだ海。」


「はい……え?」


ギターを取り出す。いつの間にか俺の家においてあったギターだ。俺が自暴自棄の時に買ったものだろう。あの時はなんでもいいから逃避できるものがほしかった。その一環で買ったのだろう。どうでもいいギターだ。だが、今になってこれがあってよかったと思う。


「俺のギターを聞いててくれ。ステージで、俺のへたくそなギターを聞いててくれ。そして、歌いたくなったら歌ってくれよ」


「……」


我ながら気障なことを言ったと自覚している。だが、これでもし、海が……。一人じゃないんだ。お前の周りにはいつもたくさんの人が、今の時間軸にはいるんだと。その中で、過去のクソな俺を消してほしいんだ。


「お互いさ、人前に立つのが苦手なもの同士、助け合おうぜ。俺も緊張するけど、お前がいたら……多分できるからさ」


「……はい、はいっ」


「お前が楽しくなるように、上手くギター弾くからさ。期待しててくれよ?」


「はい!」


海はいつの間にか泣くのをやめていた。そして、俺の手をとっていた。


「ありがとうございます! 私、和人君の役に立てるよう、頑張って歌いますね!」


……ああ。ああ、やっぱり。

やっぱり、海は、泣くよりも笑っていた方が、きれいだな。海のこの顔で思い出した。気づいてしまった。俺は今まで何を悩んでいたんだ? 何に苛立ちを感じていたのだ? 今まで俺が抱えていた問題? それのどこか問題だというのだ? それくらい処理しないで、何が男だ。


「ありがとうな、海」


「お礼を言うのはこっちだよ。なあ、俺の練習に付き合ってくれないか? まだへたくそですまないが、海が横で見てくれると、気合入るんだ」


「はいっ! 横で一つの音も逃さずにヒアリングしますね! ……あっ。ちょっと耳掃除してきますね!」


「……それはやりすぎだ。リラックスして気楽に聞いてくれ」


「はい! 頑張って気楽に聞きますね!」


「……勝手にしてくれ」


………

……


屋上に行く。それは俺にとって恒例と化していることだ。いつもはサボりにいく場所。だが、今回は少し違っていた。


「よっ。またサボってんのか?」


「……」


また同じ場所で悩んでいる女の子がいる。そう、美姫だ。心なしかどこか機嫌が悪そうだ。


「なぁ美姫。……あの話していいか?」


「……ふんっ」


顔を背ける美姫。それにまた懐かしさを感じるも、心の中で押し込める。どこまで俺は女々しんだか。


「答えが遅くなってすまないな。……文化祭当日、一緒に周ろう」


「……えっ」


美姫が驚いた顔をしてこっちを向く。何をそんなに驚いているんだか。思わず苦笑いをしてしまう。


「だめか?」


「それは、……私に劇に出てもらうため?」


不安げに揺れる瞳。そんな顔をするなよ。


「違うよ。……ああ、そうだな。暇つぶしにお前がちょうどいいかなって思っただけだ」


「……ふふっ。何それ。」


一瞬呆気にとられていた美姫。だが、噴き出して笑い始めた。


「いいだろう? お前も暇だから俺を誘ったんだろうが。お嬢様の暇つぶしになる俺の身になってくれ」


「ふふっ。まぁ、今はそれでいいわ。ちゃんとエスコートしなさいよ?」


「ああ。面倒だがな」


そう言って立ち上がる美姫。背中を向けて屋上のドアに向かい始める。


「じゃあね、……ああ、言い忘れていたわ」


「なんだ?」


「私、もう主役の練習やってたわよ? 今は休憩中だったの」


「……は?」


「ちゃんと見に来なさいよ! 面倒臭がってこなかったら許さないから!」


「……あはは」


美姫はもう少しだと思う。こいつにあともう少し、そばにいてあげれば。こいつも気づいてくれるはずだ。俺なんていなくても、こいつは一人で歩いていけるのだと。


笑いながら空を見上げる。

昨日よりも、少し晴れているような気がした。




………

……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ