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6章16話(文化祭)

第三音楽室。

この学校の設備は異常と言ってもいいほどよい。それが世界が作り物なのだろうかわからないが、充実した学生生活を送るために用意されている。

吹奏楽部全員を収容できるほどの第一音楽室。軽音楽部等が占拠している第二音楽室。そしてせまく、暗い校舎の隅に隠れているこの第三音楽室。生徒会権限で(まあ聖とアリアの仕業だが)文化祭まで占有することができた。

この部屋で、俺と海は二人きりでいる。


「……あー、くそ。また失敗した。」


「……」


横で小さく俯いている海。その横で俺は一心不乱にギターを弾き続けている。どうも前の世界の時の俺よりも腕が鈍ったらしい。まだ一曲のうちに何度か失敗してしまう。……もとから俺は姉さんと、そして姉さんたちと比べて才能がないのだ。姉さんならば何度か弾いただけで簡単に弾いて見せるだろう。何なら今の俺を指導してくれるだろう。それくらい、姉さんは天才なのだ。

指導、か……今の俺は、海を指導できているのか?


「……やっぱり私になんて無理ですよ、和人君」


「……」


海の弱音を聞きながら、ギターを弾き続ける。どうにも昔の感覚を思い出すのに時間がかかる。というかこの曲難しすぎるだろう。春香はなんて曲を俺に押し付けたんだよ。……まあ、押し付けたというならば、今の海もだが。


「なんで私なんかがボーカルだなんて……皆の前で……。……それも春香と一緒に歌うだなんて」


「……」


弾き続ける。……よし。前よりうまくできた。一回だけミスが減った。


「うぅ……私なんて、私なんて……バンドのみんなの前でも恥ずかしくて歌えないし。みんなに迷惑かけてばかり……」


「……」


さて、そろそろ2曲目を練習するか。あと何回か練習すれば完全に弾けるようになるだろう。……弾けた後は周りが見られるくらいに余裕をもって弾く練習をする必要があるが。今の段階でこれだと、文化祭までにこの2曲をマスターできるかどうか、結構不安になる。それに美姫たちのクラスの監督もある。……仕事を押し付けすぎなんだよ、俺に。……いや、断らなかった俺が悪いか。断ろうと思えばできたはずだ。結局、俺が欲張りすぎただけだな。それと先を見据えなさすぎだ。甘くなった、人に、それと見据える能力が。こんな自分に腹が立つ。……糞が。


「……海」


「は、はい、……なんでしょう和人君」


目の前のウジウジしたやつをどうにかしないといけない。俺が春香から頼まれた頼み事。それはこうして歌うことに抵抗感があり、悩んでいる海をサポートすること。バンドもメンバーは俺、春香、ベース、ドラム、キーボード、そして海だと。あの部活の場では春香は言えなかったが(どうも海から公言するのはやめてほしいと言っていたらしい)、海もボーカルとして出るそうなのだ。どうやら元のバンドの連中は一番文化祭で目立ちたいそうだ。海に押し売りのように依頼をし、この時間軸では押しに弱い海は了承してしまったようだ。うなずいてしまった海は、今更ながらこのように後悔しているようだ。


ん? 春香か? 春香はどうも思ったより文化祭の準備から手が離せないらしい。なんでも一人ですべての指揮をしているそうだ。買い出し、衣装、装飾、生徒会との折衝、すべてをだ。周りのみんなの時間を奪いたくはないらしい、彼女がすべての仕事を引き取った結果だそうだ。それにクラスメイト達の間でもやはり衝突はあるらしい。ほら、よくあっただろう? 合唱コンクールで女子と男子が対立し、女子側で泣くやつがでたなんて。それが現在も小さくだが発生しているそうだ。それも春香が中立として解決に奔走しているそうで、そして苦労していると。疲れたような顔を見せる春香に、少し人間味を感じて安心した。……情けないな、俺は。なぜ一人の女の感情の機微にこうも左右されるのか。


それよりも……。


「お前が最終的にはOKしたんだろう?」


「……はい」


「ならいい加減受け入れろや。何度も弱音を吐くんじゃねぇ」


「……うぅ」


心の中で愚痴を吐いてやつが何を言うか。だが、今の俺は冷静さを保てず、口が止まらなかった。


「周りのやつなんか人間と思うな。ただの野菜とか、そのあたりのゴミと認識すればいい。それならば気にせず歌えるだろう」


「む、無理ですよ……」


そうやってこの世界にきた当初で抱いていた視点も現在では持てなくなった俺が、どの口でほざくのだ。


「じゃあどうすれば歌える? いい加減、バンドの連中とセッションできるようになりたい」


「……」


海はこうして恥ずかしがり、バンドの練習も全員でできないくらいだ。だから、はじめに俺と一緒にできるようになってから全員でという段取りになった。春香がその段取りを考えたんだがな。

早く、目の前の問題を一つ一つ解決しなければならない。そうしないとすべてがだめになる。抱え込んで何もできないのは無能だ。くそ野郎だ。姉さんでさえ失笑するぞ。早く、早く解決しないと……。


…………あ。


「うぅ……。ひっく、ひぐ……うぅ……」


……海を泣かせてしまっていたようだ。……糞が。何が問題を解決するだ。焦りすぎて目の前の問題を爆発させてしまっただろうが。どれだけ無能だよ、俺は……。


「……すまん、海」


「い、いいえ…………ひっぐ。わたしが、私が悪いんです。和人君を困らせる私が悪いんです……。う、うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁん」


「本当にすまん。言い過ぎた。お前は悪くない。お前はみんなのためになりたくて、引き受けたんだもんな。優しいよ海は。俺が悪かった。」


「うぅ、……ち、違います。私が悪いんです。こうやって、和人君を困らせている私が、……私が! いつもそう、昔から、私が……。うう、ううううぅぅぅぅ」


海が泣いている。それも泣き止む様子が見当たらないほどに。ここが音楽室でなかったら、校舎中に響くのではないというくらいに。呆気にとられてしまう。ここまで海は泣くやつだったのか? ここまで俺に感情を見せたことがあったか? 初めの時間軸、俺は海を攻略した。だが、こうまで感情を爆発させていたことがあったか? 最後、別れた時海は泣いていた。だが、こうまで大声で、すべてを失ったように泣くのは初めてみた。俺が海を見誤っていたのか? それも……待て。今はそれどころではない。……『昔から』、だと? 


「海……ごめんな。お前の嫌なこと、思いださせちゃったか?」


「そんなこと、ないです……」


「なぁ、話してくれないか? 話してくれたら少しは楽になるかもしれないし。……ごめんな、泣かせてしまった俺が言うのもすまないが……」


「……」


「お前のこと話してくれないか……。無理にとは言わないが」


「……はい。」


非常にまずい……。こいつが思い出してしまったら……俺は、いや、この部活、そして聖は……。海は徐々に泣き止んでくれて、少しずつ話してくれた。


「私、……昔から人前に立つのが苦手で。いつも失敗してしまうんです。うまく話せなかったり。うまく動けなかったり。それで母親に怒られたり……。怖いんです」


「……」


ひとまず安心する。……安心している自分に情けなさを感じるがな。海は話を続ける。


「人前で失敗して、そして怒らせて、悲しませて……。みんなに迷惑かけて、失望させて……。こんな自分が嫌なんです。……いなく、なりたいです。そうやって、昔から、大事な、大切な誰かを、ずっと困らせて、悲しませて……」


「……」


「……ごめんなさい。またおもしろくないこと話しちゃいました。本当にごめんなさい。……私、やっぱり……」


……昔の俺だ。

俺はいつも周りを失望させたくなかった。友人を、親を、そして姉さんたちを……。だから俺も何とかしようとした。みんなを見返そうとした。いろいろなことをやって、そしてみんなの役に立とうとして。……だが、だめだった。全部失敗した。中途半端だった。こんな俺は何もしない方がよかったのだ。

そんな昔の俺が目の前にいる。

海だ。

正直、昔の俺がいたら殴り飛ばしたくなる。何をウジウジしているんだよと、それでも男かと。でも、……海なのだ。昔、俺が…………恥ずかしいな、『一目ぼれ』した海だ。だから、どうしても助けたくなる。

それに、海をこうしたのは俺の責任だしな。昔の嫌な記憶、それは俺が攻略した時の記憶も、覚えていないかもしれないが、確かに心の奥底に残っているのだろう。それがトラウマになっている可能性がある。それに現在。何度も海をフォローする機会があっただろう。それを怠った俺が悪い。これは尻拭いだ、過去の俺の。ここで動かなったならば、それこそ今の自分をぶん殴るぞ。


だから。


「海」




………

……





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