6章14話(文化祭)
夏も終わり秋が来る。暑さも影を潜め、涼しさが勝ってくる。しかし今年は例年よりも寒い気がしてきた。だから今俺は自分のコートを持ってきて、屋上へ向かった。屋上のドアを開く。すると、女のことが一人、景色を見渡すことができるベンチに座って黄昏れていた。そいつの様子に面倒くささと、危機感と、そして懐かしさがこみあげてくる。それを全部苦笑いに変えて、そいつに向かっていった。
「よっ。サボりは楽しいか?」
「……和人」
その彼女、美姫はなぜか嬉しそうな顔を浮かべた。……すぐに無表情に変わったが。そんな彼女に持ってきたコーヒーを渡す。
「ほれっ。」
「……後でお金返すわ」
「別にいい。おごりだ。少しは先輩らしいことさせろ」
「……何それ」
美姫の横に座る。静かな時が少し流れた。それに耐えきれなかったのか、美姫から話始めた。
「……何しにきたの?」
「サボりだ」
「堂々と言うこと?」
「ああ、堂々とサボっていいのは俺の特権だ」
「……そんな特権、私にもほしいわ」
「お前はだめだな。真面目に生きろ、お嬢様」
「……お嬢様でもなんでもいいから、好きに生きたいわ」
美姫の顔はみない。見ると、この静かな空間が終わってしまいそうだから。この空間に、懐かしさを覚えて、俺はもっと楽しみたいと思ってしまった。確かに距離感を縮めることはだめだ。だが、少しくらい、昔を思い出してもいいだろう? 俺も…………疲れたんだ。甘えなのはわかっている。だが、この甘えをもって、美姫の悩みを暴き、解決しなければならない。それが聖に任された仕事だからな。……本当に甘くなってしまったようだ。聖に情でも生まれたのか? まぁ……それでも、このままあの部活、そしてその人間関係を悪化させるのはまずいからな。より面倒さが増す。
だから、美姫に話しかける。
「ほら、早く吐けよ」
「何をよ?」
「教室に戻りたくない理由があるんだろう?」
「……」
「お前が座っているそこは俺の特等席だからな。早く吐いてどいてくれ」
「……何よそれ。それが相談役の態度?」
鼻で笑う美姫。そんな態度も久しぶりに見た気がした。あの時間軸以来かもしれない。
「ああ、そうだな。それが俺なんだよ。暇つぶしにたばこ吸いながら聞いてやるから、早くしろ」
「……いや」
「……は?」
「そんな言い方じゃ、……話したくないわ」
「なんだよそりゃ?」
美姫がそっぽを向いた気がした。あいつの顔は見えないが、昔のあいつはそうしていたからな。今回もそうだろ。……だが、面倒だな。
「じゃあなんていえば話してくれるんだよ?」
「……」
少し時間がたった。俺がコーヒーを二口くらい飲むと、美姫が小さく口にだした。
「……ちゃんと、親身に聞いてくれないと、やだ」
「……」
少し呆気にとられる。そして焦りが出始める。とりあえずたばこを吸った。……どうするか。仕方、……ないよな? そうしないと話が進まない。
「……わかったよ。俺の負けだ」
「負けって何よ」
「負けは負けなんだよ。……なぁ、美姫」
「……うん」
「お前が……、そうだな、一言しか言わないぞ。……ああ、ちょっと待て」
「何をもったいぶってんのよ?」
「待てよ。……美姫。お前が、……心配だからだ。お前が悩んでいるから、ここにきて、わざわざ聞いてやってるんだよ」
「……ぇ」
……顔は見えないが、明らかに空気が変わった。そんな空気から逃げたくて、俺はたばこを取り出した。一旦頭をリセットしたくて煙を吸いたかった。
「……和人、もう一回言って」
「言わねぇよ。一回って言っただろ」
「何よ、減るものじゃないでしょ?」
「俺の中の何かが減るんだよ」
「ふふっ、何よそれ」
「そうなっているんだよ。……ほら、早く言えよ。何か悩んでいるんだろう?」
「はいはい、わかったわ。……そうね。えっと……」
この雰囲気から早く逃げたくて、本題に入ることにした。何から言うのが正しいのか迷っているのだろう、美姫は少し黙ってから口を開いた。
「文化祭のクラスの出し物あるでしょ?」
「ああ。……やっぱりそうか」
春香から相談されたことはこれだ。美姫のクラスが少し文化祭の準備でやばいことになっていると。春香はその美姫のクラスメイトと交流があったそうで、こうして話がきたそうだ。春香が解決しろよとその時は言ったが、どうやら思ったよりクラスの準備等で忙しいらしく、頼まれた次第だ。……なぜ俺に頼んだのだろう? 春香の交友関係ならば、俺に限定する必要はないはずだ。一応俺だという理由を聞いたときは、『部活の友達で話やすかったし、何より生徒会の仕事の一環って聞いたからね』と言っていた。……それだけなのか? ……まあ、今は気にしすぎていてもしょうがない。話を進めるか。
「何よ、何か言った?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
「……はいはい。私のクラス、何か張り切っちゃって、劇するのよ。眠り姫」
「楽しそうだな」
「第三者だから言えるのよ。面倒以外の何物でもないわ」
「そうかもな」
「それでね、……選ばれちゃったの」
「もしかして、……主役か?」
「そうよ。クラスの男子が騒いじゃってね。本当は立候補だったのだけれど、投票形式になった。それで男子が全員私に入れて、……まあ、女子も私に入れたんだけど。私に決定しちゃったの、結局」
「すげえじゃねえか。さすがはお姫様だな」
「……もう、お姫様って言わないでよ。話を続けるわよ。私は断ったのよ? だけど無理やり……。だから、面倒だからこうしてサボっているわけ。」
「そうか……」
美姫らしい理由だ。それに懐かしさを覚える。
……そうか、そういうことか。美姫が劇の練習をサボることで、クラスの劇の準備は進まない。それによって、クラスに焦燥感、そして苛立ちが溜まり、荒れてしまう。……俺が美姫のクラスに赴いて、指揮をするのはだめだな。お前は何様だとなるし、何より美姫の立場がなくなる。
だから……。
「美姫……」
「何よ、責任感がないっていうの?」
「……いや。そうだよな、お前も無理やり決定されたんだもんな」
「……」
「……なあ、美姫。本当のことを言えよ」
「……え?」
美姫が驚いた声を上げる。
「確かに面倒だと思うお前もいると思う。だけど、それだけじゃないだろう? ……当ててやろうか?」
「……何よ、それ。話してみなさいよ」
何年一緒にいたと思っている? それくらい予想つく。
「本当は主役になりたかったやつがいたんだ。だけど、お前が投票でなってしまった。お前は申し訳ないと思っていた。だからこうしてサボって、主役を降ろされるようにして、その子を主役にしようとしているんだろう?」
「……あんた」
美姫のリアクションからすると、どうやら当たっていたようだ。まあ、根は優しい美姫だからな。そう考えていることは予想がついていた。
「美姫、お前は優しいよ」
「……優しくなんてない」
「……美姫。聞いてくれ。お前がそうして彼女に主役を譲ったとしよう。その子はどう思うと思う? 誰かに譲られて、いたたまれない気持ちになるかもしれない。そして劇も失敗したら、代役のその子が責任を感じるかもしれない。だから、お前が主役をやったほうがいい。お前にはちょっときついかもしれないが、もし失敗しても美姫が責任だとお前の口から言える。それに、クラスのみんなが作りたかった劇は、お前が主役の劇だろうが」
「……」
「……すまん、説教臭かったな。ま、考えといてくれ」
静かな空間がまた来た。どこか、気まずい。柄にもなく説教みたいなことをしてしまった。……面倒だ。
「……ねえ、和人」
「なんだよ」
先ほどとは空気が違う美姫。……何を話すんだろうか。
「ちょっと考えるわ。……ありがとう」
「ああ、いいよ」
「……和人、なんだかんだ優しいわよね」
「……なんだよそれ。俺は優しくねえよ」
「ううん、……こうして優しく話を聞いてくれて、アドバイスしてくれる。優しいわ」
「……」
「……和人、お願いがあるのだけれど、いいかしら」
「……了承したら、お前が主役をやってくれるのか?」
「少しは検討を進めるわ」
「はいはい、……で、なんだよ?」
「2つあるの。……文化祭、……えっと、もし私が主役なら見に来てくれる?」
「……」
「そして2つめ。……文化祭の日、一緒に回ってくれないかしら?」
「……美姫」
「返事は後でいいわ。……期待してるから」
やっと、美姫の顔を見る俺。美姫は立ち上がっていた。顔を背けているから、どんな顔をしているかわからない。
「じゃ、……また、この屋上でね」
「……」
美姫は走り、屋上から去っていった。
この屋上には、ずっとたばこの煙が立ち上るのを見上げる、俺一人だった。




