表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/106

6章14話(文化祭)

夏も終わり秋が来る。暑さも影を潜め、涼しさが勝ってくる。しかし今年は例年よりも寒い気がしてきた。だから今俺は自分のコートを持ってきて、屋上へ向かった。屋上のドアを開く。すると、女のことが一人、景色を見渡すことができるベンチに座って黄昏れていた。そいつの様子に面倒くささと、危機感と、そして懐かしさがこみあげてくる。それを全部苦笑いに変えて、そいつに向かっていった。


「よっ。サボりは楽しいか?」


「……和人」


その彼女、美姫はなぜか嬉しそうな顔を浮かべた。……すぐに無表情に変わったが。そんな彼女に持ってきたコーヒーを渡す。


「ほれっ。」


「……後でお金返すわ」


「別にいい。おごりだ。少しは先輩らしいことさせろ」


「……何それ」


美姫の横に座る。静かな時が少し流れた。それに耐えきれなかったのか、美姫から話始めた。


「……何しにきたの?」


「サボりだ」


「堂々と言うこと?」


「ああ、堂々とサボっていいのは俺の特権だ」


「……そんな特権、私にもほしいわ」


「お前はだめだな。真面目に生きろ、お嬢様」


「……お嬢様でもなんでもいいから、好きに生きたいわ」


美姫の顔はみない。見ると、この静かな空間が終わってしまいそうだから。この空間に、懐かしさを覚えて、俺はもっと楽しみたいと思ってしまった。確かに距離感を縮めることはだめだ。だが、少しくらい、昔を思い出してもいいだろう? 俺も…………疲れたんだ。甘えなのはわかっている。だが、この甘えをもって、美姫の悩みを暴き、解決しなければならない。それが聖に任された仕事だからな。……本当に甘くなってしまったようだ。聖に情でも生まれたのか? まぁ……それでも、このままあの部活、そしてその人間関係を悪化させるのはまずいからな。より面倒さが増す。

だから、美姫に話しかける。


「ほら、早く吐けよ」


「何をよ?」


「教室に戻りたくない理由があるんだろう?」


「……」


「お前が座っているそこは俺の特等席だからな。早く吐いてどいてくれ」


「……何よそれ。それが相談役の態度?」


鼻で笑う美姫。そんな態度も久しぶりに見た気がした。あの時間軸以来かもしれない。


「ああ、そうだな。それが俺なんだよ。暇つぶしにたばこ吸いながら聞いてやるから、早くしろ」


「……いや」


「……は?」


「そんな言い方じゃ、……話したくないわ」


「なんだよそりゃ?」


美姫がそっぽを向いた気がした。あいつの顔は見えないが、昔のあいつはそうしていたからな。今回もそうだろ。……だが、面倒だな。


「じゃあなんていえば話してくれるんだよ?」


「……」


少し時間がたった。俺がコーヒーを二口くらい飲むと、美姫が小さく口にだした。


「……ちゃんと、親身に聞いてくれないと、やだ」


「……」


少し呆気にとられる。そして焦りが出始める。とりあえずたばこを吸った。……どうするか。仕方、……ないよな? そうしないと話が進まない。


「……わかったよ。俺の負けだ」


「負けって何よ」


「負けは負けなんだよ。……なぁ、美姫」


「……うん」


「お前が……、そうだな、一言しか言わないぞ。……ああ、ちょっと待て」


「何をもったいぶってんのよ?」


「待てよ。……美姫。お前が、……心配だからだ。お前が悩んでいるから、ここにきて、わざわざ聞いてやってるんだよ」


「……ぇ」


……顔は見えないが、明らかに空気が変わった。そんな空気から逃げたくて、俺はたばこを取り出した。一旦頭をリセットしたくて煙を吸いたかった。


「……和人、もう一回言って」


「言わねぇよ。一回って言っただろ」


「何よ、減るものじゃないでしょ?」


「俺の中の何かが減るんだよ」


「ふふっ、何よそれ」


「そうなっているんだよ。……ほら、早く言えよ。何か悩んでいるんだろう?」


「はいはい、わかったわ。……そうね。えっと……」


この雰囲気から早く逃げたくて、本題に入ることにした。何から言うのが正しいのか迷っているのだろう、美姫は少し黙ってから口を開いた。


「文化祭のクラスの出し物あるでしょ?」


「ああ。……やっぱりそうか」


春香から相談されたことはこれだ。美姫のクラスが少し文化祭の準備でやばいことになっていると。春香はその美姫のクラスメイトと交流があったそうで、こうして話がきたそうだ。春香が解決しろよとその時は言ったが、どうやら思ったよりクラスの準備等で忙しいらしく、頼まれた次第だ。……なぜ俺に頼んだのだろう? 春香の交友関係ならば、俺に限定する必要はないはずだ。一応俺だという理由を聞いたときは、『部活の友達で話やすかったし、何より生徒会の仕事の一環って聞いたからね』と言っていた。……それだけなのか? ……まあ、今は気にしすぎていてもしょうがない。話を進めるか。


「何よ、何か言った?」


「いや、なんでもない。続けてくれ」


「……はいはい。私のクラス、何か張り切っちゃって、劇するのよ。眠り姫」


「楽しそうだな」


「第三者だから言えるのよ。面倒以外の何物でもないわ」


「そうかもな」


「それでね、……選ばれちゃったの」


「もしかして、……主役か?」


「そうよ。クラスの男子が騒いじゃってね。本当は立候補だったのだけれど、投票形式になった。それで男子が全員私に入れて、……まあ、女子も私に入れたんだけど。私に決定しちゃったの、結局」


「すげえじゃねえか。さすがはお姫様だな」


「……もう、お姫様って言わないでよ。話を続けるわよ。私は断ったのよ? だけど無理やり……。だから、面倒だからこうしてサボっているわけ。」


「そうか……」


美姫らしい理由だ。それに懐かしさを覚える。

……そうか、そういうことか。美姫が劇の練習をサボることで、クラスの劇の準備は進まない。それによって、クラスに焦燥感、そして苛立ちが溜まり、荒れてしまう。……俺が美姫のクラスに赴いて、指揮をするのはだめだな。お前は何様だとなるし、何より美姫の立場がなくなる。


だから……。


「美姫……」


「何よ、責任感がないっていうの?」


「……いや。そうだよな、お前も無理やり決定されたんだもんな」


「……」


「……なあ、美姫。本当のことを言えよ」


「……え?」


美姫が驚いた声を上げる。


「確かに面倒だと思うお前もいると思う。だけど、それだけじゃないだろう? ……当ててやろうか?」


「……何よ、それ。話してみなさいよ」


何年一緒にいたと思っている? それくらい予想つく。


「本当は主役になりたかったやつがいたんだ。だけど、お前が投票でなってしまった。お前は申し訳ないと思っていた。だからこうしてサボって、主役を降ろされるようにして、その子を主役にしようとしているんだろう?」


「……あんた」


美姫のリアクションからすると、どうやら当たっていたようだ。まあ、根は優しい美姫だからな。そう考えていることは予想がついていた。


「美姫、お前は優しいよ」


「……優しくなんてない」


「……美姫。聞いてくれ。お前がそうして彼女に主役を譲ったとしよう。その子はどう思うと思う? 誰かに譲られて、いたたまれない気持ちになるかもしれない。そして劇も失敗したら、代役のその子が責任を感じるかもしれない。だから、お前が主役をやったほうがいい。お前にはちょっときついかもしれないが、もし失敗しても美姫が責任だとお前の口から言える。それに、クラスのみんなが作りたかった劇は、お前が主役の劇だろうが」


「……」


「……すまん、説教臭かったな。ま、考えといてくれ」


静かな空間がまた来た。どこか、気まずい。柄にもなく説教みたいなことをしてしまった。……面倒だ。


「……ねえ、和人」


「なんだよ」


先ほどとは空気が違う美姫。……何を話すんだろうか。


「ちょっと考えるわ。……ありがとう」


「ああ、いいよ」


「……和人、なんだかんだ優しいわよね」


「……なんだよそれ。俺は優しくねえよ」


「ううん、……こうして優しく話を聞いてくれて、アドバイスしてくれる。優しいわ」


「……」


「……和人、お願いがあるのだけれど、いいかしら」


「……了承したら、お前が主役をやってくれるのか?」


「少しは検討を進めるわ」


「はいはい、……で、なんだよ?」


「2つあるの。……文化祭、……えっと、もし私が主役なら見に来てくれる?」


「……」


「そして2つめ。……文化祭の日、一緒に回ってくれないかしら?」


「……美姫」


「返事は後でいいわ。……期待してるから」


やっと、美姫の顔を見る俺。美姫は立ち上がっていた。顔を背けているから、どんな顔をしているかわからない。


「じゃ、……また、この屋上でね」


「……」


美姫は走り、屋上から去っていった。

この屋上には、ずっとたばこの煙が立ち上るのを見上げる、俺一人だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ