6章13話(文化祭)
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文化祭まで残り数週間となっていた。
校内は慌ただしくその準備をしている。走りまわっている男子生徒、文化祭の話をして盛り上がる女子生徒。どの生徒の顔も充実感にあふれていた。俺はその光景に煩わしいと思いながらも、目的の教室に向かおうとしていた。
「あ、和人君だー! 何か用かな?」
まずはじめの目的の一つである春香の教室。彼女の教室が文化祭の準備をうまくやっているか、その様子を確認するのが任された仕事の一つだった。
聖たち、俺に余計な仕事を増やしやがった。ただ少し確認だけと言っていたはずだが、それが「任せたあの娘たちの文化祭がうまくいくよう「確認」するのもお仕事だからねー」と言いやがった。その時は聖の頬を引っ張って怒りを収めたが、まぁしんどい。
「どうだ、お前らの教室の状況は?」
「うまくいってると思うよ! 材料の発注も問題ないし、衣装も大体できているし!」
「そうか……」
春香の教室の様子を見てみる。その衣装制作班のやつらも、その他のやつらも活き活きとしている。どうやら嘘ではないようだ。ま、心配する必要もなかったな。それはわかっていたことだが……。その理由は春香という人物がいるからである。こいつは、正直に言うとすごい。調整能力というか、交渉術というか、……そう、人心掌握の能力が。
「春香ちゃん。店の装飾もほぼ完成したぜー!」
「うん、かわいいね! ありがとうー! もうちょっとで終わりそうだから頑張ってねー!」
「春香ちゃん、もうすぐ衣装も完成するよー」
「おお、かわいいね! あとは髪飾りだけだと思うから、困ったら何か言ってね。手が少し空いてそうな人に協力頼んでくるからね」
「ありがとー」
クラスメイト達が春香に笑顔で状況報告する様を見て尚更そう思う。彼らの中で一人も不満そうな様子を見せている人物はいなかった。それどころか、春香に褒められ、頼られてうれしそうにしているやつらばかりだった。
「……やっぱり、すごいなお前は」
「え? どうかしたかな?」
「お前は正直すごいよ。誰からも頼られ、好かれ、そして信用されている。そんなやつ、めったにいない」
「えー、そうかな? 私なんてそんなに凄い人じゃないよ」
苦笑いか、照れているのかわからないが否定する春香。そんな彼女に言葉を続ける。
「いや、誰からも好かれるというのは難しいんだよ。やっぱり交友関係って、どうしても自分の感情が入ってしまって、偏りがでてしまう。そうすると、一部の人間とはうまくいくかもしれないが、ほかのやつらとは繋がりが薄く、そして嫌われる可能性がある。でも、お前はそうはならなかった。」
「そうかな、私もこの人は好きーっ、この人は苦手かなーって思う人たちはいるよ?」
「でもお前は表面に出さないだろう? それどころか、みんな平等に接している。……いや、違うな。お前は確かに感情はこもっている。だが、隙を見せないのか。」
「えーっ、私だって隙くらい見せるよ~。それどころか、隙だらけだよ~」
こいつは隙を見せない。一見ドジしているような隙を見せるが、それを愛嬌にしている。成績もよく、そして運動もできる。最近のテレビやファッションの話もできる。自分から話題を振り、それも偏りを見せず。それを八方美人と揶揄されることはなく、誰からも親しまれる。そしてクラスでは建設的な意見を発し、信用を得ている。並大抵のことではない。それは日常の自身の所作に気を配り、そして人間関係を計算し、未来を見据えた発言をする。尋常ではない忍耐力、そして計算力がないとできない。……いや、これが天然でできるやつが人間関係の天才、カリスマというものか。この部分でいえば、姉さんより上かもしれない。……いや、姉さんも人間関係の天才か。あの人は、信奉され、そして敵は容赦なく潰してきた。今は姉さんは関係ないか……。
『……私の可愛い和人。』
……いや、待て。
姉さんはあのとき俺にいった。『和人、人間関係のコツを教えようか』ある時俺が人との付き合い方で悩んでいた時だ。その時彼女は言ったのだ。『誰にも興味を持たないことよ。あなたは優しすぎるの。だから自分の発言で相手が悲しんだり、怒ったりしないか考えすぎなの。それは美点だけど、あなたがつぶれちゃう。だからね、私のように相手なんてどうでもいいと思いなさい。それがあなたを一段上に持っていく方法よ』
姉さんは俺にあの時俺に指導してくれた。だがその時俺は拒否したはずだ。相手を考えないことなんて、俺にはできない。相手を傷つけることなんてできない。それは逆に人間関係を、相手を壊す。そして挙句には俺は人とかかわることができなくなってしまう。
『あなたならできるわ。だって、和人は私の弟なのよ? かわいい和人。まだ悩んでいる。あなたはそんなところでまだ伸び悩んでいる。ま、それも私の母性かな? ……あ、なんかきちゃうわ。』
「どうしたのかな和人君? 急に考え込んじゃって……」
心配そうに俺のほうを見つめる春香。……もし、こいつが『根底』で姉さんと同じ考えならば、それならば……
「あ、……和人君」
そんな考えをしていると一人の女が俺に話しかけてきた。
「あぁ、……海か」
海だ。こいつは春香と同じクラス。だからこいつがいるのは当たり前だった。
「か、和人君、どうしたんですか? 私に何か用がありました?」
「……いや、どうもしていない。ただ生徒会の仕事で来ただけだ」
「……そうでしたか。」
「……」
がっかりとした様子を見せる海。……なんでこいつはそれだけで気を落とす。というか、こいついつの間に俺のこと和人と下の名前で呼ぶようになったんだっけ? ……こいつの好感度、いつの間に俺は稼いだんだ?
……ああ、そうか。
合宿の時。あいつを不本意ながらも庇う形となった。また合宿の時、春香に依頼されたんだった。海の男友達として話相手の練習になれと。あまり距離を詰めたくはなかったが、春香の信頼を得ることが今後のメリットになると思い、俺は多少海に付き合った。春香に恩を売れるのはでかい。人間関係が充実しているやつに恩を売ると、その人間関係を利用できるというメリットがある。だから俺は渋々ながらもこうして海と話す機会を作っていった。……それに、人間関係が広いやつに嫌われると、そいつらを敵に回すというデメリットを生むからな。
その結果が、こうだ。もともと男に対して免疫がない海。少し話すだけで好感度が高まるだろう。俺は自分で言うが顔が良いからな。それも補助になったと思う。そこは姉さんと似ていてよかったと思うところの一つだ。……それだけじゃないかもな。過去の時間軸での好感度が、現在に影響を及ぼしているかもしれない。距離を縮めないようしたが、今ではもう遅かった。そうすると、今の人間関係をもっと悪化させてしまう。俺だけならばよい。だが、あの部活にまで影響が及ぶ。……聖にまで。人間関係とはこうまでややこしく、難しいのだ。だから、俺はいいように使われている。前の時間軸ではただ利用することしか考えていなかった、人間関係に。
「もう、和人君冷たい! 違うよ海ちゃん~。和人君ね、海ちゃんが心配で見に来てくれただんだって~」
「えっそうなんですか……うれしいです」
「……違う。勝手に捏造するな」
「えー嘘じゃないよー! だって、お仕事って、私たちのクラスの様子がうまくいっているかの確認でしょ? だったら、海ちゃんの様子の確認も入るよね」
「……海個人だけを確認しにきたわけじゃない。全体をだ」
「ふふっ和人君、海ちゃんはもうみんなの人気者だよ? あ、ちょっと……ごめんこれ借りるね」
横で作業をしていた衣装班がそばに置いていた衣装のリボンを持ち出す春香。それを春香は海の頭につけだした。
「は、春香っ」
「ほら、かわいい。ねー、みんなー! 海ちゃんかわいいよねー!?」
「「「かわいいよー!!!」」」
「うぅ……」
クラスメイト達の大きな声援に赤くなって縮こまる海。確かにかわいい。というかこいつが可愛いのは知っていたがな。そうでなければこいつをはじめのターゲットにするわけはない。周りの面子が海を褒めている様を横でみていると、ふと海がみつめてきた。
「なんだ、海」
「えっと……、和人君は、どう思いますか?」
「……」
黙っていると春香が背中をつねってきた。
「和人君~?」
「……ああ、可愛いよ。さすが海だな」
「あ、ありがとうございます! 和人君に言われると、すごくうれしいです!」
やめろ、その発言は注目を集める。現にこのクラスのやつらだって俺を何か親の仇を見つめる目でみているじゃないか。春香なんてニヤニヤしながらこっちをみてるし。
「か、和人君。……あの、もう一度言っていただけますか?」
「……あ?」
「えっと、可愛いって…………ううん、違う。あの、……『さすが海だな」って」
「……ああ、さすが海だな」
「あ、ありがとうございます! ……あれ、なんでこんなにうれしいんだろう? 私、和人君に褒めてもらって、こんなにも、……こんなにも……ちょっと、ごめんなさい。トイレに行ってきます。」
……なんだ、どうしたんだ海のやつ? 足早に教室を出ていくし。
…………ん? あいつ、横目で見えたが、なんで泣いているんだ?
……いや、待て。大事なものはそれだけではない。……なぜ、海がこんなにも人気なのだ? いや、誰からも受け入れられているのだ? こいつははっきり言って引っ込み思案だ。そして、女子からは嫌われそうなタイプだ。地味だが、素材は超一級にいい女。派手な女子から嫌われそうなタイプなのだ。そいつが受け入れられている。……春香か。そこまでこいつは周りから信頼されているのか? クラスメイト達が海と春香を中心に和気藹々としている様子を見て、俺は教室を出ようとする。ここにいても、俺にできることはない。このクラスは春香によって成功に導かれるだろう。俺は、そんな彼女を尻目に退散しようとしていたが、その春香に呼び止められた。
「あ、和人君。ちょっといいかな? 相談があるんだ……」
「なんだよ、相談って……。このクラスのことか?」
悩みなどこいつにはないと思った。今のこいつの現状を見るとすべてがうまくいっていると思われるからだ。
「ううん、……えっとね。私のことじゃないの……。……美姫ちゃんのこと」
「……美姫のこと?」
「……うん。それともう一つ。これは私のわがままなんだけれど」
………
……
…




