6章12話(文化祭)
「はぁ……。じゃあ、私たちのクラスは、この前の社会見学の報告資料の展示にします。今日はみんな、放課後に集まってもらってありがとう」
俺のクラスの委員長がやっと解放されたとでも言うように大きく息を吐きながら片付けにはいる。その一声にクラスメイト達は喜びの声を上げ、各自教室を出る準備を始めた。
今、俺のクラスはクラス会議をしていた。お題は今度の文化祭の出し物についてだ。基本的に俺たちの学校は出し物についてはクラスで自由に決められる。このクラスはどうやら面倒くさがりばかりのようで、適当に委員長に投げられていた。その委員長も面倒ごとは嫌なようで、一番楽な道に逃げた結果がこれだった。まあ、誰もせっかく遊べる時間をクラスで拘束されたくないよな。
俺も委員長の一声で帰宅する準備に入ろうとしていた。一応クラスメイトだし、この会議に参加していたのだ。本当はさぼりたかったのだが、サボったらサボったで、面倒ごとを押し付けられそうな気がして帰れなかった。今の数十分を犠牲にして、未来の何時間を節約できるならそうすべきなのだ。
そんな怠い雰囲気の教室に、一声凛とした音がなった。
「ごめんなさい、和人君はいるかしら?」
クラス中がその声の主の方向へ注目する。そして驚く。このクラスに何の関係もない人物だったからだ。俺は、わかってしまった。振り向かずとも。
「……会長か」
「ええ、そうよ。」
どうやらいつの間にか席に近づいていたアリアが同意する。今、どんな顔をしているのだろうか。いつものようにすました顔をしているのだろうか。それとも、うれしそうな顔をしているのだろう、俺がこいつを認識したから。……なんでこいつが喜んでいると思ったのだ俺は。まだこいつの好感度なんて稼いでないだろうが。
「何か用か? 俺は忙しいんだ」
「そうかしら、忙しそうに見えないけれど?」
「お前の認識で勝手に判断するな。何をもってそう判断している? 人によって忙しいの感じ方は違うだろうが」
「それはそうだけれど、あなたはこれから部活もサボって帰るつもりでしょ?」
「今日はその部活も学校内の清掃活動だ。俺なんて必要ない。それに忙しいから帰るんだよ」
「帰って何するの?」
「なぜおまえに報告する必要がある?」
「……私は先生たちから和人君の監督を任されているの。ちゃんと問題なく学校生活を送っているかどうかを」
「じゃあお前の都合よく報告しとけ。俺は家で黙っているから、お前に迷惑をかけるつもりはない」
「やっぱりあなた暇なんじゃない!」
「……お前、やっぱりうざいな」
いいかげん、こいつのやり取りに苛立ちを抑えられなくなった。早く切り上げようと、敢えて挑発するような発言をして、こいつを黙らせようとしたが、思ったより食いついてきた。……そうか、この手の輩はこうすればよいのか。
……あ。
アリアの胸倉をつかもうとして止める。危なかった。こいつを引っ叩く寸前だった。少し冷静になって周りを見渡す。どうやらクラス中が俺らのやりとりを見ていたようだ。……また、クラスから孤立してしまったようだな。女子を殴ろうとしたのだ。距離を置かれるに決まっている。そのことに疲労感を感じて、早く終わらせるためにアリアに話しかける。
「……要件を言え。お前も俺に用があってきたんだろう?」
「え、……えぇ。そうね」
少し放心していたアリアだったが、通常状態に戻り始める。どうやら俺がこんなことをしようとは思わなかったようだ。
「あなたに今から生徒会室に来てほしいの。時間はあまりとらせないわ」
「いやだ」
「即答!?」
「お前のことだからどうせ面倒ごとだろうが。そんなことに首を突っ込むかよ」
「私、あなたに以前何か押し付けたようなことしたかしら……」
「……失言だった。気にするな。それより、俺は帰るぞ」
「あ、待って! 私のお願いでもあるけれど、聖のお願いでもあるの!」
……なんだと?
「来てくれる、かしら?」
「それを早く言え。ほら、行くぞ」
「え、ちょ、ちょっと。きゃっ! ひ、引っ張らないで! ……聖には、優しんだ」
「何か言ったか?」
「い、いえ。なんでもないわ……」
こいつの言動にいちいち構っていられない。だから俺は、こいつの歩幅など気遣わず、自分のスピードで歩き始めた。
そうだ、こいつになど、一度も合わせる必要ないのだ。……今までも、これからも。
………
……
…
アリアの要求で煩わしいながらも生徒会室にきた俺。ドアを開けると、一人の柔らかい物体が俺に抱き付いてきた。
「和人君だー。来てくれたんだねー」
「はいはい、きてやったよ」
こいつは最近やけに俺に対するボディタッチが多くなった気がする。あの合宿から少し日は経ったが、徐々に俺に対する距離を確実に詰めてきている。まぁ、その状況に慣れてきている俺がいるのも確かだ。思わず苦笑いが出てしまう。
「和人君ー。お願いがあるのー」
間延びした声で俺の腕に抱き着付いてくるやつがいる。そいつの名前は聖。そいつが俺に猫を撫でるような声で俺にお願いをしてきた。
「ひ、聖……あなた、結構簡単に和人君に甘えられるのね……」
生徒会室で俺と聖とアリア三人。こんな空間で聖はアリアに構わず俺に抱き付いてきた。そんな聖にアリアは少し驚いて……いや、引いているのだろう。
「んー? そうだよー。だって和人君、優しいもんー」
「そ、そうなのね……私にはしてくれたことないのに……」
こいつらのやり取りに面倒臭くなって、無視する。どうでもいい。無になろうとする。
聖はあの合宿から一段と俺に甘えるようになっていた。町でも、通学路でも、俺の家でも、そして学校でも。面倒だが、好きにさせる。可愛い女から抱き付かれるのは、いやではないからな。それにいい具合に性欲も高められるから。
「で、なんだよ。そのお願いって」
「えー。聞いてくれるのー?」
何故か驚いたような顔をする聖だった。
「何をそんなに驚いているんだよ」
「だって基本的に和人君って面倒くさがりだからー……」
「別にいいよ。お前のことだから何か褒美があるんだろ?」
「………んーっとねー。あはは。あまり考えてなかった。って、痛い痛いー! 頬を引っ張らないでー」
「珍しいな、お前が何も考えていないなんて」
そう、珍しいのだ。こいつは基本的に頭がいい。そして俺を気遣ってくれる。だからこんな頼みごとをしてくる際は基本的に何か俺にやってくれていた。というか、俺が何か自発的にこいつのために何かやろうとしたら、絶対に嫌がって、無理やりにでも何か返そうとしてくれていた。
聖は一瞬考え、そして顔を赤らめて苦笑いしながらこう答えた。
「えっとねー……あはは。ちょっとねー、自然とお願いしたかったのかもー。和人君に甘えたかったのかなー?」
………少し、ぐっと来た。
「か、和人君………顔近いよー。目の前に会長がいるんだよー」
「気にするな……」
「って、気にして!」
せっかく聖にキスしようとしたのに、横にいたアリアに引き離される。
「お前じゃまだな」
「ひどい! って聖! ほら、本題に入って!」
「はーい。」
何も気にしていないように努める聖。少し顔が赤くなっているから、どうやら恥ずかしがっているらしい。最近やっとこいつのことがわかりはじめてきた。
「えっとねー和人君ーお願いっていうのはねー。文化祭の日、生徒会の一員として各クラスの見回りしてほしいのー」
「……なんだそれ。面倒だな」
「あはは……。各クラスがちゃんと真面目にやっているか、少し確認するくらいでいいんだよー。売店とかで買うお金も生徒会の予算から出すからー、ね? お願いー」
「……ま、いいよ。お前の可愛いお願い聞けたしな」
「も、もうー。思い出させないでー」
聖に免じて許してやる。ま、ただで飯を食えるならいいだろう。
「和人君に担当をお願いしたいクラスはねー、このクラスとこのクラスなんだー」
「……おい、このクラスって」
「そうだよー、春香ちゃんと、美姫ちゃんのクラスー。 ……ごめん、やっぱり嫌だった?」
「……いや、いい。やっておく」
「ありがとー。それとごめんねー……あ、思い出した。またお願いしたいことが1、2個あるんだけどー……」
「……」
「痛い痛いー! グリグリしないでー!」
「……わかったよ。こうなったら何個でも一緒だ。いってみろよ」
「……ごめんねー」
「気にするなよ。その代わり……」
「ちょっとー、それは二人の時に……。こ、こらー! 」
「はいはい。じゃあ、帰ってからな」
聖と戯れて、生徒会室を出る。アリアの横をすり抜ける。その時、何か声が聞こえたような気がした。
「……和人、君」
………
……
…