6章9話
聖と、そしてその愉快な仲間たちと仲良くなってしまったこの時間軸。それは失敗であったが、まあいい。修正していけばよいだけだ。そっけない態度をとる等、徐々に距離をひらく行為をすればいいだけのこと。聖も、そして海達もそうやって離れる。今までも、そして前の世界でもそうだった。
だが、修正していく中でも、この時間軸では絶対方針が一つあるのだ。
それは、「春香に思い出させない」ことである。
基本的に全員の記憶を呼び起こさないことは決めてあるが、その中で一番注意しているのは春香なのだ。
理由は言うまでもないだろう……あいつが、一番の危険な人物だからだ。
春香は間違いなく頭が良い。普段は明るい元気っ子でアホの子のように振る舞っている。昔の、それこそ海を攻略していた時間軸や、実際に春香と付き合っていた時間軸でも彼女は外向きをそう演じていた。しかしその実、他者を冷静に分析しているのだ。その証拠に、彼女はクラスを掌握していた。今更言うが、彼女は小学校の頃から自身の学年を掌握しているといっても過言ではなかった。春香と付き合っていた時間軸で再確認した。思い出すとそうだった。一人一人の言動を注意深く観察し、憶えておき、全員の弱みを握り、誰に対しても弱みを見せなかった。だからこそ、その片鱗を見せていた春香を俺は海の攻略の時から保険としたのだ。そのような頭が良く、俺に都合よいリーダーを攻略することは俺にとってもメリットになるからな。周りの力を借りることが、攻略の最短の一つの手段だからな。
だが今考えると一番の悪手だった。迂闊な真似をしてしまった。あそこまで俺を愛しているとは思わなかった。あんな他人を傷つける手段を考え付くとは思わなかった。ただ春香の優しさに甘えた、俺の責任だ。ただ頭が良いだけ女ならいい。だがこいつは人を傷つける可能性がある。実際にあの時間軸では海を傷つけたのだ。
だから、そんな春香をもう一度思い出させるわけにはいけない。前の時間軸は、あのクソ転生者野郎を叩きのめすために、春香に近づいた。クソ野郎を壊せばいい、春香は次の時間に移動したらリセットされるだろうと思ったからだ。だが、今の状況はまずい。ここまで部員たちと、春香と近づく環境にいるとは思わなかった。
春香だけは何事があっても見逃してはならない。気を抜いてはならないのだ。
そう思っていた。だが……。
「ねえ、和人君! 少しお話しない?」
買い物から帰り、部屋でゆっくりしていると、微笑みながら春香が話しかけてきたのだった。
………
……
…
美姫の別荘。
そこの立地はかなり良く、ベランダからは海を一望できる。そこからは海に日が沈むのを眺めることができのだ。
そんなベランダで、俺と春香は二人で椅子に腰かけていた。あの買い物から帰った後、俺は春香に呼び出されたからだ。理由はわからない。特に彼女とは今まで話をしてこなかったし、第一こいつの記憶を呼び出したらこの世界は終わりを意味する。だからこいつとは本当に交流しないようにしていた。
「こうして和人君と二人きりで話すなんて初めてだねー」
「……」
にこにこしながらそう話す春香を、俺は信用できなかった。
記憶を思い出したこいつは本当に賢くなる。いや、記憶を思い出さなくても本当は賢いのかもしれない。今までの俺が気が付かなかっただけで。俺がその言葉がブラフかどうか判断するには材料が少なすぎた。
「あはは、そんなに緊張しなくてもいいよー。別に怒ったりとかしないし」
「……なんだよ、用があるなら早く言ってくれ。夕飯の準備とかあるんだ」
前回のアリアを攻略した時には、こいつとある程度交流して記憶を思い出させた。転生者側の爆弾として機能させたのだ。だが、記憶を取り戻すきっかけが何なのかは、はっきりと掴めなかった。ある程度距離を縮めることが手段の一つだと憶測を立てているのだが、それも本当なのか、そしてどの程度距離を縮めればよいのかわかっていない。一番苦しいのが、春香がいつ思い出すかわからない。思い出した条件もはっきりとわからない。それが交流の数なのか、彼女の俺への好感度の高さなのか。明確にまだつかめていないのが、ただ俺の脂汗を加速させた。
だからこいつとはあまり同じ空間にはいたくはなかった。その俺の心に気付いたのか春香は苦笑いを浮かべた。
「あはは、ごめんね? 私のこと苦手だったのかな?」
「……別にそうじゃない」
「うーん、そうかなぁ? まあいいよ、すぐに終わるよ。えっとね、用件はね、海ちゃんのことなんだけど……」
「ああ、あいつがどうした?」
「海ちゃんね、知っての通り、男の人とあまり会話したことないの」
「まあそうだろうな」
……どうやら思い出したことではないようだ。安心した。椅子に深く腰掛け、春香の話に耳を傾け始める。
……海、か。海のあの純情ぶりからもわかるし、何より海本人もそう言っていた。だが、こいつに何の関係があるのだ?そのような疑問に応えるかのように、こいつは満面の笑みを浮かべた。
「だからね、そこでお願いがあるの!!」
「なんだよ?」
「海ちゃんが男の人平気になるように助けてほしいの!」
……なんだ、そんなことか。
その言葉を聴いて安心した俺がいた。
だってそうだろう、思い出したこいつなら、俺が他の女と交流するのを奨めるなんて考えられない。あの時は俺がC、D達と話しているだけで怒るくらいだし。そして海との約束を実行したで怒り狂うくらいだ。だから安心した。こいつはまだ思い出していないのだ。
「パス、めんどい」
「えー! ひどいよー!」
「何で俺がそんな面倒なことしなきゃならないんだよ」
「ふふーん、そんなこと言って。あんな美人と話せるなんて本当は嬉しいんでしょー?」
確かに海は美人である。俺が攻略相手に選ぶほどだ。だが……。
「別に美人なら他にもいるじゃねえか。美姫にしろ、アリアにしろ。現にお前だって相当の美人だろ」
「へ?」
「スタイルも良いし、服のセンスも良い。合宿で私服のお前を見たが、確信したよ。何より顔もメチャクチャ整ってるしな。何よりそうやって他人を、友人を気遣える。そんな上等な女は滅多にいない。惚れる奴も多いだろ? 彼氏は今いるのか?」
こいつの肩までの長さの髪とこいつの性格は本当に合っている。まるで向日葵の様だと思ったのが初めて会った時だ。
「そ、そんなことないって。私そんなこと男の子に言われたことないもん……海ちゃんの方が可愛いって思うし。それに彼氏もいないよぉ……」
「恥ずかしくて言えないか、それとも周りにいた奴等の見る目がないかのどっちだ。いまどきの草食系、か……。お前も海に負けないくらいに綺麗で可愛いのにな」
「え、えへへ。もう、そんなこと私に言っても意味がないよぉ。…………でも、ありがと。嬉しいな、そんなこと言ってくれて」
……あ。
俺は何を言ってるんだ。安心して何を言ってるんだよ。なんで無意識にわざわざこいつの好感度を上げようとしてるんだ。
姉さんのあの言葉を思い出す。「和人、女の子はね、褒められて嫌なんてことはないのよ。だからその子が可愛いと思ったら素直に褒めなさい。だから私にも褒めなさい」、と。姉さんとの約束を守った結果がこれだ……もう少し自分の言動に気を付けよう。
ここからは自分の一挙一動で運命が決まるのだから。
「ほら、そろそろ中に入るぞ。夕飯の準備もあるし」
「あ、なら私も手伝うよ!」
「別にいいよ。お前、料理苦手だろ?」
こいつは料理が下手である。春香に攻略された世界では、何度も料理の練習をしたのでうまくなった。朝飯とか作ってもらっていたしな。
だが、それは俺という恋人がいたから。そんなきっかけがない限り、こいつは料理を練習する機会がない。だからまだ料理は苦手だろうと判断したのだ。
「え? 何で和人君知ってるの? ……あー、本当は海ちゃんじゃなくて私に興味あるのかなー?」
「……何だかお前、ポンコツそうだからな。だからそう思ったんだよ。別に興味もない」
「……そっか。ひどい、なぁ。……それなら今日の料理は私に任せてよ! 絶対にアッといわせるんだから!」
「はいはい、期待して待ってるよ」
お互い笑いながら別荘の中へと入っていった。
大丈夫だ、これならまだこいつが思い出すのは先だろう。まだ少し、ゆっくりと過ごせるな。ふと、ベランダから外の景色を見てみた。ベランダからの景色が綺麗なことを思い出して。そのベランダから見えた景色は……。
夕日が、沈んだ後だった。
「……」
………
……
…




