6章8話
そして皆でビーチに来てしまった。
俺は部長と約束したように全員で遊ぶことになってしまったのだ。海岸の景色はいつみても飽きることがない美しさがある。空のすべてを包むような青。海のすべてを覆うような青。青が散りばめられた空間。ただ綺麗だというしかなかった。その圧倒される景色に、さらに肌を刺激する潮風。どれも、心地良いものであった。
「海って、やっぱりいいなぁ……」
「はい、何でしょうか…?」
「……お前じゃない」
無理矢理ビーチバレーに付き合わされていた俺は、遊び疲れていてピーチパラソルで休憩していた。タバコを吸っていた俺が彼女達についていけるわけがなく、ぜいぜいと息が切れる前に退散した。ていうか何だよ、俺一人対全員って。頭おかしいだろ。
タバコをポケットから取り出し、煙を吸って黄昏ていると、海が話しかけたのだ。
「……何で、お前が俺のそばに座って休憩しているんだ」
「だ、だっていつ和人君が買い出しに行くかわかりませんし……」
「買い出しに行く時間になったら呼ぶ。だから遊んでこいよ。ほら、今からビーチバレー再開するっぽいから行って来たらどうだ?」
他のやつらが楽しくビーチバレーをしているのを眺めながら、海と話す。ビーチバレー……あれはいいものだ。水着を着用した女子があれをやると、色々なものが揺れるからな。そして色々なものが色々なアングルから見れる。
「い、いえ。やっぱりここにいます……」
「……はぁ?」
何でそこまでこいつは俺についてこようとするのだ? 何かこいつに今までやったか? 確かにあの大学生共を追い払ったが、そこまで信頼するか普通?
「俺といてもつまらないだろ? それに、今タバコ吸っているし、臭いだろ? いいぞ、我慢しなくて」
「いえ、つまらなくなんてありません。それに、タバコはちょっと慣れないけれど、慣れてみせます」
埒が明かない。だから単刀直入に聞いてみた。
「何でそんなにここに居ようとするんだよ? お前、俺のこと怖がっていただろ?」
そうだ、こいつは俺を怖がっている。実は、春香と付き合っていた時間軸でも、こいつと初めて会ったときは俺を怖がっていた。何故かは……、おそらく、俺がこいつに『俺に従うべき』という心象を叩き付けたからだ。それも恐怖によって。だからだろう。
海は顔を下に向け、考え始める。だが、数秒経った後、こう答えた。
「最初はそうでした……。でも……」
「でも、何だ?」
「た、ただ、……あなたと、もう少し一緒にいたいから……」
……その言葉は、やばいな。少し来るものがあった。こいつの外見と、こういう仕草に惚れて、最初のターゲットにした過去があるのがここにきて発動した。そうだ、はじめの時間軸では、こいつも俺に惚れたが、俺もこいつに惚れたのだ。こいつが、あまりにも信じられないぐらい、美しかったから。可愛かったから。
『422』
すげーキスしたいし抱きしめたい。こいつのこんな純情な姿なんか最初の時間軸以来だ。
……でも。
「……ふぅ」
タバコを思いっきり肺の中に入れ、一呼吸入れる。そう、冷静になるために。
空気に流されてはいけない。感情に流されてはいけない。その結果どうなったか、俺自身が一番よくわかっているだろう?
『和人君!』『和人!』『いやぁ、私を見てよぉ!』『カズ君先輩!』
俺はこの世界ではただ孤独にいると決めただろうが。こいつらと距離をとると決めただろうが。だから、これ以上こいつと変な空間を持続させるわけにはいかない。
「……それじゃ」
「は、はい……」
瞳を潤ませながらこちらを見つめる海から目を逸らし、こう告げる。
「そろそろ買い出しに行こうと思うから、準備しておけよ。何かと時間かかるだろ?」
「……」
「じゃ、俺はトイレに行ってから向かうわ。後で合流するぞ。それじゃ」
「……はぁ。わかりました……」
そう言って海は着替えるためか駆け足で別荘に戻っていった。……あいつのあの顔は、がっかりした時の顔だ。……気にするな、俺。
さて、俺も準備するかな……。
「……何よ、デレデレしちゃって」
「なんだ、美姫か」
油断しているとすぐにこれである。後ろにはジト目でこちらを睨む美姫がいた。
昨日とは違う水着。だが、それでも魅力では負けないくらいに扇情的な水着だった。というか、これでもかというくらい、美しさと、スタイルの良さをアピールするビキニだ。何で部活の友人達との合宿でこんなの用意しているんだよ?
まあ、でもその姿はまさしく完璧と言って他ならない。外国人と日本人の血、両方を持っているアリアにも勝るとも劣らない。海の大和撫子風な純情さをイメージしたものとは違う。美姫の水着にはただただ、美しさを追求したようなものがあった。美しさでいったら、この場の誰よりも秀でていたのだ。
「ふふっ、見とれたかしら?」
「……はぁ? 誰がお前みたいなお子様に見とれるかよ」
「ふふっ、痩せ我慢は体に悪いわよ? だってあんた、さっきから目を逸らしてるじゃない」
「さぁ? 知らないな」
痩せ我慢して心の中とは反対のことを言う。というより、そろそろ限界だ。こいつらが可愛過ぎて、抱きしめたくなるのが我慢できなくなりそうだった。
俺が目を逸らして2本目のタバコに火をつけようとすると、美姫は何やら手渡してきた。
「ほら、これ」
「は? 何だこれ」
「昨日言ったでしょ? オイル塗らせてあげるって」
「あれ、本気だったのかよ……」
「まぁ、少し冗談だったけど、やらせてあげるわ。ご褒美ってところかしら」
「何だよ、ご褒美って?」
「昨日、私たちをかばったじゃない? あのチンピラどもから。少しは感謝してあげるわ。だから、私の肌を触る権利を与えるの」
「どんだけ上から目線なんだよ……」
こいつの生意気な口に懐かしさを憶えつつ、苦笑いをしそうになる。そうだ、こんなやり取りが何よりも懐かしい。美姫はそんな俺の心に構わず、うつ伏せになり、自分のビキニの紐をといていく。その姿に俺は、自分の男としての本能が刺激されるのを否定することができなくなっていた。だから早くいけないと心が焦っていた。
「あー、美姫。悪いけど俺今から海と買い物に行くんだわ」
「……そう。それなら早く塗りなさいよ。そして私もそれについていくわ」
「塗ってからすぐに買い物に行くのかよ?」
「……ばか」
この声の調子でわかってしまう。これは美姫が拗ねているときの雰囲気だ。こいつまで何で俺に構いたがるんだ? ま、別に俺と美姫は付き合ってないからどうでもいいか。距離さえ取れればいい。さて、この状況をどうにかするには……
「おーい、アリア!」
「……え?」 「え? 何かしら?」
比較的近くにいたアリアに声をかける。アリアは何故か期待しているような顔をした。だから何でお前もそんな顔をするんだよ。
「美姫がオイル塗ってほしいってよ。お前の先輩としての腕が見たいってさ」
「ふふっ、何よそれ」
「笑うな、気持ち悪い」
「ひどくない!? ……まぁ、いいわ。美姫、あなたまだオイル塗ってなかったの? しょうがないわね、ほら、横になって」
「ちょ、アリア先輩……! あ、あんた! 助けなさいよ! 和人、和人!!!」
アリアに乗られそうになる美姫を無視し、別荘に着替えをとりに向かう。その姿を見て美姫はさらにギャーギャー喚きだした。
「めんどい。それにいい加減に先輩って呼べよ」
「嫌」
「それじゃあなー」
「ちょっとー!」
ナイスだアリア。そういうところは得意なんだな。ま、アリアのことなどどうでもいい。何かプロレスまがいのことをしている美姫達をしり目に、俺も着替えに行った。
さて、買い出しにそろそろ行くかな。
………
……
…
買い物。
本来俺一人で9人分の食料などを買うのはきつい。それも車など無しでだ。だから昨日までは往復して運ぶ必要があった。面倒なことだが、いい時間つぶしになっていた。
だが、今回は……それも必要ないか。
「和人君ー、何か奢ってもらっても別に罰は当たらないよねー?」
「和人君、何で買い物カゴの中にお酒が入ってるのかしら? 生徒会長として見逃せないわ」
「……おい」
何故か、聖、アリア、2人がいるのであった。
「聖、何でお前までついてくるんだよ」
何故何も約束していないこいつがついてくるのだ? 昨夜の疲れを取るためにゆっくりと休めばいいのに。実際、俺らがビーチバレーしているときは別荘で休んでいただろうが。
「あはは、それはねー」
そう言ってニコニコしながら俺のそばに駆け寄る聖。だが、突然顔を急に近づけた。
「……和人君が、浮気しないか見るためだよー」
「……はぁ? 何だ、それ?」
「何だっていうのはひどいなー。昨日あれだけー……」
「お前と俺は別に付き合ってないだろうが……」
顔を暗くし始める聖。その様子に、何故か俺は心を痛めてしまった。……何故だ? 俺はこいつのことなどどうでもいいだろうが。体を重ねて、こいつに情がうつってしまったのか? だとすれば迂闊なことをした。それに、今、こいつにひどいことを言ってしまった。確かに付き合うとは言っていないが、こいつが俺を想っていることを無視して、他の女を近づけるのは、良手とは言えない。
聖の様子を見てみる。……うん? 何か様子変わってないか?……少し、こいつの背後に鬼がいるような錯覚を抱いた。おい、目のハイライトを無くすな。
「……何かムカついてきたー」
こいつ大分怒っているな、これは。……あー、申し訳ない半分、めんどくさい。女の嫉妬ほど面倒なものもない。これはフォローする必要があるな。
「特に海達とは何もない。ただ海は俺に何か礼をしたいと言ってきただけだし、アリアは……暇つぶしか? だからお前が心配することは何もない」
「……本当かなー?」
「本当だ」
「……」
まだ納得していない様子の聖。……まさかこいつがこんなに嫉妬深かったとはな。少し意外だ。大人びた奴だと思ったが、案外可愛いところがあるじゃないか。嫉妬深いのは確かにめんどくさいが、こいつの場合ギャップで少し可愛いとも思う。
だから、そんな嫉妬を解消してあげるために。
聖の耳元に顔を寄せて……
「わかったよ。今からお前だけを見るからさ、これでいいだろ?」
「え?」
「だから今夜も、な?」
「~~~ッツ!????」
可愛いやつだ。顔を真っ赤にさせて恥ずかしがって。
さて、次は……
「おい、アリア」
「な、何かしら? というか確かに敬語じゃないの許しているけど、何かそれが当然というか、そんな感じが……」
「お前に敬語は使いたくない。それに何でお前までついてきてるんだよ?」
「ひどっ! ……えっと、ついてきたのは……あ、あなたがいけないものを買わないか見張るためよ! お酒とかたばことか買って…………あなた未成年でしょ!」
めんどくさいなこいつ。なんでこの時間軸までこいつの面倒を見る必要があるんだよ。
それにこいつのツンデレ、……ツンデレなのか? ま、どうでもいいわ。イライラするだけなんだよ。
「あー、はいはい。わかったよ。お前の今日の夕食はお前の嫌いな物な」
「何でよ!? ていうか知っているの?」
「……迂闊だった。……部長に聴いたんだよ。全員のアレルギーを気にする必要があるだろ? 安心しろ、お前はアレルギーないことは確認している。だから存分に嫌いなものを堪能させてやる」
「うぅ……」
さて、次に相手をしなければならない人物は……。
「……和人君」
「あー、すまんな海」
拗ねている海だ。俺と二人きりで買い物にいけるのを少し楽しみにしていたのだろう、彼女は拗ねている。さっきから俺の方をおち込みながらもじっと見つめてくるし。
海を攻略した世界なら、こいつの扱い方はわかるんだけど……。
今のこいつは中途半端に純情だ。だからいつものように接することができなくて少し困っている。『攻略』のみに注力すればいくらでも良い方法がある。アリアの時のように好青年風で攻めるか、それとも美姫の時のようにお茶目(別にいいだろ、お茶目で)な感じで攻めるか。だが、今回は攻略してはいけないという制約があり、なおかつこいつの機嫌を伺いつつ、こいつに思い出させてはいけないというのも。
だから、接し方に迷いが生じてこいつに少し優しくしてしまうのだ。べ、別にこいつのことなんて好きでもないんだからな!
「……今度は、二人だけで何かしましょうね?」
だから何でこいつはこんなにちょろいんだよ。どこの女性しか乗れない兵器のチョロインさんだよ。
「……気が向いたら、な」
「……えへへ」
あー、ムカつく。それになんでこいつにこんな甘くなるんだよ俺は。だから、今夜は早く飲んで寝よう。そうしよう。
「……和人君、何デレデレしてるのかなー?」
「……」
「こらー、無視するなー!」
………
……
…