6章6話
「君、大丈夫か!? 痛くないか?」
「……あぁ、クソ。大丈夫大丈夫。ちょっと遊んでただけですよ。それじゃ」
「あ、待ちなさい!」
そうして、俺とナンパ男達は海達から離れて、人気がないところで喧嘩した。まあ、結果負けたんだけどな。相手はただの大学生と言っても、大の男でなおかつ数で俺を上回っている。いくら今までの経験がある俺でもちょっときつい。その辺のネット小説の転生者じゃないんだ、神様からもらった能力とか無いし、別に魔王やドラゴンの転生体とかでもない普通の人間だから勝てないって。ていうか、その辺の一般人だった転生者とかはなんでちょっと体を鍛えただけで多人数相手に勝てたりできるんだ? 設定とかで「今まで虐められてました」とかいうやつらは喧嘩もしらないくせに、ちょっと身体を鍛えただけじゃ無理だろ?
……まあ、負けた言い訳に過ぎないが。また新たな言い訳をさせてもらうなら、美姫の世界を思い出してしまった。俺の、初めての記憶。人を、×した記憶。あの記憶がどうしてか脳裏に浮かんだ。美姫の前だったからかな。どうも加減がわからなくなってしまう恐れがあった。そうだ、勝ってはいけなかったのだ。もし勝ってしまって、負け惜しみに通報でもされてしまったら、彼女達の活動が停止に追い込まれてしまう可能性が出てきてしまう。だから、傷は最小限に。頭と顔だけを守って、適度に負けた。どうやら相手は喧嘩慣れをしていなかったらしい。それが可能だった。喧嘩を早く切り上げられた理由………まぁ、一番の理由は『場所」を俺が指定できたからか。
移動するときに、人が喧嘩の途中でやって来そうな場所で俺が殴り始めた。そうするとそこで始めるしかないし、血が上って移動することが頭から消えるしね。喧嘩慣れしていない連中だったら余計そうだろう。実際に、今こうして途中で人が来て喧嘩は途中で終わった。顔が傷ついてなかったら、結構わからないもの。腕とか足のけがは長袖の上着を俺は着ているから誤魔化せる。彼女達のもとに帰る途中安いスーパーに寄って、安い薬を購入し、怪我や痣を隠す。
……あー、カッコ悪いなぁ俺。こんな時姉さんや妹だったら難なく対処できるんだろうな。俺が出来損ないだから、こんな無様な真似しかできない。自分の不器用さを恨む。そして、彼女達の元に戻った俺。
「ちょっと、和木谷! あんた大丈夫だったの!?」
「大丈夫、大丈夫だ。心配すんな。部長は早く9時に寝る準備をしろ」
「子供か! って、それどころじゃない! こら、勝手に自分の部屋に行こうとしない!」
「飯は作ってある。だからテキトーに温めて食ってくれ。俺はもう寝る。邪魔するなよ?」
「そういうことじゃない! ちょっと! 待ちなさいって!」
「……うぅ。」「……あいつ」
部長を始め、他の部員が心配してきたけど、テキトーに言葉を濁して逃げる。やることはやっているのだ。海にいるあいつらを呼ぶ頃には夕飯はできていた。だからさっさと自室に戻った。ふとしたことでぽろっとバレるかもしれないし、俺がいたら雰囲気が悪くなるからその方がいい。どうやら怪我のことを明確に指摘されなかったことから、バレてはなかったようだ。よかったよかった。
「……今いいー? 和人君」
「……副会長か。いいぞ」
副会長の声が俺の部屋の向こうから聞こえた。彼女が入る前に、上着を着る。……何で救急セットもってるんだ?
「失礼するよー? …………和人君、大丈夫だった?」
「……何がだ?」
「……ビーチでの件。ごめんね、私、トイレに行ってたから気付かなかった」
「それはもういい。仕方がない」
「……でも、ごめんね。私が皆を助けるべきだったのに」
「お前が責任を背負う必要はない。女のお前があんな奴らを一人で相手できるわけないだろうが。第一、お前は……、いや、いい」
お前がいたら、お前も美人だから余計に話がややこしくなるとは、面倒だから言わないでおいた。 こいつは美姫や海には及ばないが、相当の美人だ。ゆるふわ系のロングの髪から、一見可愛い系のやつに見えるが、よく顔を見てみると綺麗系の顔立ちをしている。背が小さいからあまり見ていなかったが、胸もあるしな。何だ、この部活? ハイスペックな奴しかいないのか?
だが、そのことをこいつに伝えない。変に褒めたら、それこそ何でこういうときに言うのかとなってしまう。俺は空気が読める男だ。……面倒だからだろと言うなよ。
俺が黙っていると、聖は話を続けようとした。
「みんな心配してたんだよー? すぐに帰ってきて大丈夫な感じだったから、みんな少し安心してたけどー……。いや、安心してないかー……」
「大丈夫だ、あいつらとは平和的に会話しておいた。お前らがここについた後、すぐに帰ってきただろう? それに現にピンピンしてるだろ?」
こいつらを安心させるため、喧嘩を早く終えてきた。あいつらがある程度まともでよかった。変に頭が飛んでいるやつがいると、ナイフでも持っていてもおかしくはないからな。そんな俺の言葉を、こいつは真顔で聴いてこう応えた。
「……うそだよー。じゃあ上着脱いで」
「……」
「ほら、やっぱり嘘ついてるー。何もなかったら、そうやって服を脱ごうとしないのはおかしいよー」
「……変態だな、二人だけの部屋で男に服を脱げって」
「えいっ」
「っつ」
「ほら、やっぱり痛がっているじゃんー」
やっぱこいつにはバレてるか……。副会長、……いや、こいつ、「聖」は結構鋭い女だ。俺がサボっている場所も高確率で当ててくることが多いし。こいつのそういうところに少し驚きを抱きつつも、面倒さを感じた。昔から気が利く女は嫌いだ。俺の無能さを実感させられるから。そして早く、体を休めたいからこの会話を終わらせたい。
「……ねぇ、和人君―」
「……」
「……私の前でくらい、気を抜いていいんだよー?」
「は……?」
こいつは突然何を言い出すんだ? 何考えているんだ? 顔を伏せているから表情もあまり見えないし。
「いつも、誰も寄せ付けない雰囲気出して……そして損して」
「……」
別に損なんてしていない。俺はしばらく一人でいたいだけなんだ。……っておい、自分で言っておいてなんだが、何だか高二病っぽいな。
俺の黙っている様子を見て、聖もその場で黙り始めた。静寂な時が少し流れる。……ていうか何か話せよ。お前、用があってきたんだろうが。
十数分黙り続けた後、聖は気まずくて背中を向けていた俺に体を預け、予想もしていないことを言い出し始めた。
「……そういうところ見て、女の子は好きになるんだよー」
「は? 何言ってるんだお前?」
本当に何言っているんだこいつ? それに背中が心なしか熱いが、気のせいか?
「……ねえ、私と付き合ってみないー?」
「……何でなんだよ? しかもどういうタイミングなんだ? 俺のどういうとこ好きになったんだよ……」
「タイミングとかどうでもいいんだよー! 好きになったのは、さっき言ったのと……何か目が離せないところー! 悪ぶってるところもかわいいー! 危ない雰囲気出しているけど、可愛いっていうギャップがいいー!」
「……うるせー。可愛いって言われて喜ぶ男なんていないだろ」
「ふふ、拗ねてる和人君は可愛いなー♪」
「……なぁ」
「んー? 何ー?」
「……俺は、彼女とか作らないようにしてるんだ。そんなめんどくせーこと、避けたい」
「何でー?」
「……きついんだ」
「へ?」
「もう、誰かと一緒になるのはきついんだ。疲れたんだ。誰とも、付き合いたくない。誰も、俺なんかに縛られて欲しくはないんだ」
「……」
そうだ、もうきついんだ。俺なんかのためにもう誰も傷ついてほしくはないのだ。俺と付き合うと、誰も幸せになれない。
『悪影響を与えるな』
そうだ、もう俺は周りを不幸にするだけの人間なんだ。だから、もう放っておいてほしいんだ。
そんな俺の言葉に何を想っているのか、少し聖は黙った後、こう答えた。
「……うーん、それじゃあ身体だけの関係とかどうー?」
「……冗談はやめろ」
「あはは、……じゃあ、お姉ちゃんとかどうかなー? こんな生意気な弟欲しかったんだー!」
「ダメだ、姉さんはもう嫌だ」
「え、もうってどういうこと?」
「……何でもない、忘れてくれ」
「えー? 何でー? 教えてよ~弟くんー!」
「おい、やめろ。抱き着くな、暑苦しいだろうが」
「だめー、OK出すまで離れないよー」
こいつ、何が何でも俺と何か関係を持ちたいのかよ。面倒だ。男なら殴って引き剥がすが、こいつは女だし。それに変に強く引き剥がしてこいつを傷つけたくはない。こいつはこの部のムードメーカーだ。頭が良いこいつは、部員一人一人を見てサポートしている。美姫についても、こいつはそれとなく他の部員と仲良くなれるように会話に混ぜたり、遊びに誘ったりしている。……こいつが早くいれば、美姫もあの学校で楽しく過ごせただろうな。そんなこいつを変に傷つけたりしたら、この合宿の空気も最悪になる。俺がとるべき選択肢は、……はぁ、しょうがないか。
「……わかったわかった、もうそれでいい。弟でも何でも呼んでくれ」
「ほんと!? やったー! 他の子と付き合ったらだめだよー? お姉ちゃんとの約束ー!」
「あはは、どんだけブラコンな姉貴なんだよ。……言っただろ、誰とも付き合う気はねぇって」
「……でもなぁ、ここ最近何人か和人君のこと気になってるっぽい子がいるしなー」
「おいおい、マジか……」
……やべえな。
ということは、もしかして『思い出して』しまう可能性も高いということだ。もっと気を引き締める必要があるな……。
「嘘じゃないよー? 会長も昔は和人君の文句ばっかりだったんだけど、今は『ちょっとかっこいいかも………』って言ってたんだよー」
……あいつはドMなのか? いや、あいつの好感度が今回にも引き継がれているということにしておこう、そうしよう。その方があいつ的にも俺の精神的にもいい。
……そうだ、あいつのことは今は、どうでもいい。それよりもこいつに確かめないといけないことがある。
「なあ、聖。聴きたいことがあるんだけど、……いいか?」
「……あ、呼び捨て」
「何だよ、悪いかよ?」
「ううん、……何かキュンときた」
「何だそれ。まあ、話を続けるぞ? ……お前は、いいのか?」
「え? 何がー?」
「俺は誰とも付き合いたくない。だけど、お前は俺と距離を詰めるために……、自分で言っていて恥ずかしいな、……こうして、姉という距離で納得してくれた。だが、俺はお前に縛られるつもりもない。縛ろうとするなら、俺はお前から離れる。それでもいいのか?」
そうだ、俺は誰にも縛られたくはない。もう、縛られて、縛って、誰も悲しませたくない。悲しみたくない。疲れたくはない。涙をみたくない。だから、もう距離を……。
「うん、いいよー」
「……ははっ、即答かよ」
振り返り、聖の顔を見る。満面の笑み。それに疑問を感じた。何故、何故そんな顔ができるのか?
「私は、和人君が笑顔でいてくれればいいだけだからー」
「……嘘をつくな。そんな聖人みたいなこと、現実にあるわけがないだろうが」
「うーん、嘘じゃないんだけどなー」
「じゃあ理由を言ってみろよ」
こいつは悩みだした。だが、すぐに思い至ったのか、恥ずかしそうに笑顔を浮かべてこう言った。
「大好き、だからかな?」
「は……?」
「おかしいことかなー? だって、大好きな人が笑顔でいてくれたらそれだけで嬉しいよー?笑ってくれるなら、何でもやりたいなって、思っちゃうよー。それって、自然なことかなって思うんだけどなー」
「……」
こいつは……。いや、この人は。
……そうだな、俺が間違っていたな。俺が、あまりにも性根がねじ曲がっていた。自然と、久し振りに笑顔を浮かべてしまった。
体中の力が抜ける。そうだ、こいつの前では何も気を遣う必要がない。もう、安心して話すことができる。そして、何も気にせず、こいつと親交を深めることができる。それが何よりも嬉しいし、俺の救いになる。
「だから、和人君ー。何でも言ってね~。何でも、お姉ちゃんが叶えちゃうからー」
「ああ……。……なぁ、聖」
「うん、何かなー?」
「……ありがとう、な」
「……え? 今、何て言ったのー?」
「うるせぇ……何でもねぇ」
「……うわぁ、何だろう、凄く何かきゅんときたぁー。うわぁ、やばいよやばいよ~」
何だかこいつはニヤニヤしだした。俺は恥ずかしさで顔を赤らめて、こいつの顔を見ないようにした。何だか敗北感が出た。……まぁ、いい。もういいか。こいつの前では気を張る必要がないのだから。
「和人君、何でも言ってねー! 何でもいいよー。お姉ちゃんが何でも聞くよ~」
だから、久し振りに気が抜けて、こんなことを言ってしまった。
「あぁ、……じゃあさ、……笑うなよ?」
「うん、うん! 何でも言ってー!」
「……甘えて、いいか?」
「……え?」
「いや、……何でもねぇ。忘れてくれ」
やばい、……俺は何てこと言ったんだ。こんなこと、末代までの恥だぞ。姉さんに笑われる。
……うん? 何で聖は黙っているんだ? ふと聖の方を見返す。すると、とんでもないものが目に入った。
「……もう我慢できないー。何でこんな琴線を刺激することばかり言うかなぁー。反則だよー」
「待て待て、お前は何を考えいるんだ?」
「和人君、いや、『弟』君が悪いんだよ? そんなずるくて、嬉しいことばかり言うから。……そうだよー、私は姉なんだからー、弟君の体のお世話をするのは当たり前なんだよー。だから、一杯甘えてねー」
そう言って自分の服を脱ぎ、俺の服を脱がそうとする聖。女特有の甘くて良い香りが俺の理性を徐々に崩壊させる。だからやめろって、禁欲が続いてたから最近やばいんだって。それに昼に発散しようとしていたのにアリアが途中で止めやがったから……。
「本当は塗り薬を塗ろうとしたからここに来たんだけど……もういいやー」
「ちょっとまて。え……?」
「んっ……ん……あん……」
「ちょっ……ん」
………
……
…




