6章1話
「……俺は、先輩から去る」
「……うそでしょ?」
俺―――和人、あだ名は『鬼畜、外道、クズ人』は世界を繰り返していた。
だが、すぐにもうこの時間軸を立ち去る。
この世界の『姉』になると言った、彼女を置いて。
「……ごめんな」
彼女と俺の関係は今までとは違う。
それは、彼女とは一般的な『恋愛関係』に発展していないからだ。
ただ、ただ……。
………
……
…
ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっつあああああああああああ!!!!!!!
リサ、リサァぁぁ!!!
前の時間軸。最後、俺がアリアから去るときだ。俺は今までの鬱憤をアリアにぶつけ、目の前から去り、時間を戻そうとした。今まで攻略していた海達の記憶を無理矢理にでも引き出したのだ。その結末は明確である。また俺への依存だ。そんな最悪な事態で、彼女達に何もメリットがないことを続ける必要はない。だから戻す必要があったのだ。
だが、想定外の事が起きてしまった。やってはいけないミスを犯してしまったのだ。それは、アリアからの殺意を伴った暴力である。
想定していなかった……、いや、油断……、見下していた。今までの海達が俺に優しかったのもある。彼女達は俺に尽くそうとしてくれていた。だからその感覚に慣れてしまったのだ。
また、……俺はアリアを自分と同一視していた。俺のような他人に依存するしかない人間。中途半端な知性、決断力、それらが全て昔の俺に似ていたのだ。昔、姉さんに依存し、何も考えず、何も決断せず、ただ他人に委ねる。その姿が、俺のように見えたのだ。だから、『俺』なんかが何もできないと思い見下していたのだ。
……それが、終いにはこういう結末を生み出すとは思いもしなかった。
俺が首を絞められて殺されそうになったとき、彼女が現れたのだ。最愛の彼女、平凡だけど、それでも元気に、優しく生きていた彼女、守るべき彼女、幸せになるべき彼女。リサは俺に笑顔をくれた。冷たく扱っても笑顔でいてくれた。
その彼女を、俺が、俺自身の失態が殺してしまったのだ!!!
リサの目の前で明らかな裏切る行為をした俺。加えて、彼女の姉にあんな卑劣で、下劣で、愚劣な行為をした俺。それを知っていてなお、……俺を、守ってくれた。
それは、今までの俺がただ欲しかった、愛の証明に他ならなかった。
彼女は俺を嫌いになったのかもしれない、俺の裏切りに心の傷を負ったのかもしれない。それでも、それでも! 彼女は俺を守ろうとしてくれたのだ! 正しい感情・行為をしている肉親を止め、それでも俺を助けようとしてくれていたのだ!
それは尊いものだったのだ。俺が欲してやまないものだったのだ。俺はみすみす、そのような女性を助けるためと遠ざけ、捨ててしまったのだ、彼女の心を無視してまで。
クソ、クソクソクソクソクソクソが!!! ふざけるなよ俺は何て醜い真似をやってしまったのだ? たかだかあいつを打倒しただけで何故達成感を得ていた? そのようなことをするくらいならリサにもっと優しくすればよかったのだ。彼女のそばで、彼女を信じ、そして隣で彼女を守ればよかったではないか。奪われようなら、守り通せばよかったのではないか。
彼女に謝りたい。だが俺がリサと会うことは許されない。俺は彼女を捨て、裏切ると同然の行為をしたのだ。どの面下げて彼女に会いに行けばいい? そもそも、この新しい時間軸で彼女も思い出すか定かではないのだ。もし思い出しても彼女にまた悲しい思いをさせてしまうだけなのだ。
だから、彼女の幸せを望むなら、このまま会ってはならず、俺という汚物は消え去るのみなのだ。
だから俺は、今回の世界では今まで以上に他人との触れ合いを拒んだ。孤独に過ごすことになった。この無気力さは前回の時間以上だった。もはや飯を食う回数も減ってしまった。外に出かける回数さえも。
今回もまた海、春香と同い年だった俺。また、気付いた時には高校2年だった。通っていた学校は前回と同じ学校。楽しい思いではなく、ただ思い出したくないものだけがある場所。最低限の出席回数をこなし、時々卒業のためにクラスに通うだけ。行事など一切参加しない。成績だけは良いから教師も困っている現状だった。一度、真面目に通うように強く言った教師に対して反抗の形として不登校になった(まあ学校をサボってゆっくりしただけだが)。その後は一度も無理に誘ってこなかった。そうやって、自分を守っていた。
俺は、一人になりたかった。友達も、恋人も、もうどうでもいい。ただ、一人で、この先も大学生になっても、社会人になっても、暮らしていきたかった。
孤独をルーチン化した。一人の空間をより求めて、授業もサボったりした。体育館裏や、駐輪場付近、部室棟の裏など。屋上も。全部俺の縄張りだった。することもないし、ボーっとしたかったから、タバコを吸ったりもした。……ふいに、姉さんの言葉を思い出す。『確かにタバコを吸う和人はかっこよく見えると思うけど、やめた方がいいわよ』
ここに来て、何故こうも姉さんの言葉を思い出す。……今となっては、もうそれすら守る気力もなくなってきたが。自分の心を鈍感にしたかったのだ。何も、思い出したくはなかった。
……いや、ただ鈍感ではいられなかった。ふいに思い出す、俺の失態で殺した彼女を思い出すときがあった。その時は抑えきれない苛立ち、暴力衝動があった。それを発散するため、俺は喧嘩を売り続けた。俺を気に入らない同級生、学校の先輩方。そいつらは俺を痛めつけるため、からかうため、様々な方法で俺に接触してきた。何故こいつらの幼戯に我慢しなければならない? そんな堪忍袋の存在など置き去りにして、俺は喧嘩を起こしていった。相手の数は様々だった。一人の時もあれば、複数の時もある。勝ったり、負けたりしていた。ただ暴力衝動を発散させるだけなのだ、勝つために何の算段もなかったから、負けることがあったのだ。俺の体はいつも傷で溢れていた。
そのような生活をしていると、周りは厄介事に巻き込まれたくはないのか、近づいてはこなくなっていた。
しかし、そんなある日。
「ちょっと」
「……あぁ?」
「そこのあなた、授業サボって何やってるの? それに周りのタバコの吸い殻……校則違反よ」
……何だ、アリアか。
授業をサボり、校舎の目立たないところでタバコを吸いながらサボっていた時、このクソ女が話かけてきた。……そうだ、こいつは生徒会長だったな。俺もその仕事を前回の世界で間近で見させてもらったが、その仕事の中には校内の見回りも入っていた。だから俺に注意しているのだろう。説明はしていなかったが、この学校は少し前まで元は女子高だった。だから男子の数は少ないし、目立つ不良もいない。だから俺のこの存在が目立ってしまったのだろう。
……イラつく。自分勝手で、理不尽な怒り。それをアリアに抱いている。何も知らない顔をしやがって。イラつくんだよ、お前の顔を見ていると。何あの子と似た顔で俺の目の前に立っているんだ? 何あの子と似た声で俺に話しかけているんだ。お前が、お前なんかが俺の前に現れたりすんじゃねえ潰すぞ。
『……カズ君先輩、大好きです!』
………あー、くそ。だから思い出したじゃねえか。
イラつかせんじゃねえよ。お前の顔見たせいで本当に思い出しちまったじゃねえか、アリア。どうしてくれるんだよ?
「や、やめて……」
……あ。
何しようとしてたんだ俺? 気付いたらアリアを壁まで押しやり、アリアの身体に触ろうとしていた。……くそ、また俺は問題を起こそうとしているのか。迂闊な真似をするな。もう俺は孤独に暮らすと決めたじゃないか。
アリアを見て思い出す、あのクソ転生者野郎のことを。そう言えばあいつはこの時間で見いていないな。前の時間軸でそれほどショックだったのだろうか? まあいい、あいつが居ない方が、彼女達のためにも、そして俺の精神衛生上ためになる。
「……うぅ」
再度気が付くと、俺はへたり込んだアリアをじっと見つめていた。そのこいつの姿を見て少し冷静になれた。……そうだ、何故こいつなんかと接触しているんだ俺は。こいつと交流するということは……。
(カズ君先輩!)
……リサと少なからず接点を持ってしまう可能性があるいうことだ。それだけはあってはならない。絶対に。
腰が抜けているこいつをスルーしてここから立ち去ろう。俺が何かしたって思われてもめんどくさいし。とりあえず、今後はアリアには何もしないことを誓おう。何か話しかけられても無視するか、すぐに済まそう。もうリサの悲しむ顔は見たくないし。
それに、いちいちこいつに付き合ってると本当にリサを思い出す。精神衛生上勘弁願いたい。
じゃあな、生徒会長さん。精々学校のために励んでくれ。また疲れて変な男に捕まるなよ。
「……じゃ、俺いくわ。邪魔したな、生徒会長」
「……うぅ」
どこかほかにサボるにはいいところを探す必要があるなと、そんなことを考えながらこの場を去ろうとすると、一人の女が走り寄ってきた。
「こらー! 会長が怖がってるでしょー?」
……誰だこいつ?
……待てよ、確か……ああ、思い出した。前の世界では確か、アリアのクラスで隅っこにいたやつだったな。何度か生徒会の仕事でアリアの教室に行ったときに見かけた気がする。そいつが今回は生徒会副会長になったのを思い出した。名前は確か……。
「……聖、副会長」
「あ、下の名前。そうだよー副会長さんだよー。もう、会長をこんなに怖がらせちゃだめでしょー?」
あー、面倒なことになりそうだ。
こいつがやってきて辺りを見渡したが、何故か続々と人が集まってきている。何だよ、もう授業終わっていたのか。いつもは数分オーバーするだろうが。もっと真面目に授業しろ。というか何でアリアは授業があるのに俺の方に来れたんだ? 生徒会特権か何かか?
「今度から気を付ける。それじゃ」
「うん、ちゃんと授業に出るんだよー? ……会長、大丈夫?」
「……ご、ごめん少し腰砕けた…それと」
「……地面が少し濡れてるけど………もしかしてー」
「も、元からよ! さっきまで雨だったでしょ!」
「……そうしとくねー」
こいつらの茶番とかどうでもいい。俺にもう触れないでくれ。俺を少しでも、……休ませてくれ。
………
……
…




