5章8話
この章はこの話で終了です。
※注意
・アリアが好きな方にとっては不快な思いをされるかもしれません。その場合申し訳ありません。
―――ここに攻略は完了した。
久し振りだな。よく知っているだろう、和人だ。鬼畜で外道で屑な『クズ人』である、和人。そんな俺がリサを守るためにとった、……自己満足な方法は一つ。
彼女達を、海、美姫、春香達、そしてあのクソ野郎の恋人であるアリアをあの野郎から奪うこと。元より俺はそういうことしかできないのだ。女を最底辺まで堕とすことしか。その女たちを『俺に攻略された』という糞のような状態にもっていき、あいつから心を離す。そうすることで、あいつの精神を壊し、雄という牙を抜くことが、俺の唯一の目標だった。その目標を達成するのは簡単だった。いずるは言った、「全員を幸せにする」と。それは一人に割ける時間は少ないということとイコールだった。実際にあいつを少し観察してみたが、あいつは複数の女たちを攻略していることから、一人に割ける時間は少なかった。ひどいときは1週間も会わないほどだった。俺の調査以外にも、アリア、そして様々な情報をもっている春香からも聴き、原因を確実なものとした。このことより、狙い落とすチャンスは多かったのだ。海や美姫達を再度落とすのは容易い。何年あいつらと一緒にいたと思っている。思考も、嗜好も、全て把握している。そいつの好みに合うルートを選ぶだけで、思い出すだけなら簡単なのだ。
次に……あの、アリアを堕とした方法を述べよう。基本的には同じ、彼女が一人になる時を見計らって、接近。そしてアリアをじっくりと観察し、考えを理解し、あいつの好み通りの男を装う。それが最初の段階だった。調査した結果、アリアは、恋人が離れている寂しさと、彼氏が他の子と仲良くなっていないかという不安、そして妹にそれを悟られないようにするやせ我慢で確実に精神的に不安的になっていた。何よりこの家には親が不在でアリアとリサしかいない、自分がしっかりしなければどうするという気持ちだったのだろう。
そしてトドメに学校の問題、彼女は生徒会長でその仕事が大変だったらしい。それについて深く悩んでいた。
それはもはや、俺に『手を出してください』といっているようなものだったのだ。前も、そしてここでも、俺はそんなやつらを山ほどみていた。そのようなやつらを何度も崩してきた。
そこから導き出される最短ルート、それはそんな彼女の力になって、確実に信頼を得ていった。
生徒会に入るため、リサのためなどという理由で彼女と交流する毎日。学校で彼女と色々なことを話した。家のこと、学校のこと、そして彼氏のこと。相当ストレスが溜まっていたらしい、聞いてないことまで言ってきた。
その情報をまとめ、彼女がもっとも楽しくなるような会話を選択。そして彼女が抑えてきた心の闇を吐き出すことに専念した。彼女がその彼氏と一緒にいるより楽しいと思うくらい会話を盛り上げていき、次第に口を開かせた。その過程が一番大事なのだ。吐き出すことで相手と秘密を共存する関係になれるのだ。……姉さんもそう言っていた。女を楽しませることができない、肩を預けさせてもくれない男はモテないと思えと。愚痴が一番の効果の証なのだ。それに被せて『君は悪くない、正しいよ』と相手の承認欲求を満たすだけで、好感度は急速に上がると姉さんは俺に教えた。
着実に心の距離を縮める。そのためには会話以外も必要だった。二人の時間、思い出が。
『アリアさん、ちょっと一緒に買い物行きませんか?』
『え?』
『実はリサにプレゼントを贈りたいんですけど、俺女の子のこと何も知らないから、どんなものを買えばいいかわからなくて……』
『……わかったわ。普段お世話になってるものね。でも、いずるやリサには内緒よ?』
『はい! ありがとうございます! 凄く嬉しいですアリアさん!』
『っつ。……もう、そんなに喜んじゃって……』
次の段階へ上るために、デートに誘った。
あくまでリサのため、という理由。アリアにはその免罪符を持ってもらう。そして好青年を偽る。礼儀正しい男だと偽る。だがそれだけではない。都合の良い従う無害な男を装うだけでは距離を縮めることができない。それだけでは一定の距離のままの便利な男としか思われない。だから多少は弄り、相手を持て遊ぶ。俺はお前の都合の良い遊び道具ではないのだぞと。確実に二人の時間を多くし、周りの何気ない言葉を使い、距離を縮める。
そのような年下の男が年上の女を堕としていく会話の技術、誘い方など、前の世界と今までの時間軸で経験済みだ。むしろ得意分野とさえいえる。何年姉さんに教育されたと思っている? また、美姫達の攻略の過程を少々見せることで、俺が価値のある男だと信じさせる。そうでない男だと思われると、キープされ続け、結果的には長時間の攻略になってしまうからな。
そして、そこからデートを誘いまくる。一度誘えたらもう大丈夫なのだ。心のタガが外れるのだ。リサのためと言いながら。免罪符を使いながら。……今回は何度も必要がなかったが。
そして遂には……。
「……んっ」「……和人君、大好き」
あの遊園地の日。アリアは何もかも耐えきれなくなり、俺にキスをしてきた。耐えきれなくなっていたのはもう明白だった。周りの環境を熟知し、何時間も隣に座って同じ時間を過ごし、言動を逐一確認する。様子も、堕とす算段も頭の中には明確な一本のルートもできていた。そこからはもう簡単だ。彼女は自分から俺との最低限の距離を縮めた、キスによって。もはや攻略したも同然だった。次の日はアリアも『何てことをしたのだろう』と思ったのだろう、距離を開こうとしたが、俺は逃がさなかった。俺も好きだと、アリアを支えたいと、強く迫った。彼女はもう、逃げることはできなかった。だからあいつの思考は溶け落ち、また自分から俺にキスをした。抱きしめあった。愛を囁きあった。
「このことは誰にも言ってはだめ? いい、私達だけの秘密」
「はい、わかってます」
「……私、和人君のこと、好き。大好き。諦めるなんてできない。もう、忘れられない。……あの子には悪いと思っている。でも……でもっ!」
「大丈夫です、俺も、アリアさんのこと、大好きです。俺も一緒ですよ。アリアさんと共犯者、です……」
「……和人君。……ううん。私も、カズ君って呼んでいい?」
「…っ。はい、いいですよ」
完璧に堕としていった。だが、忘れてはならないことだが、何も攻略していったのはアリアだけではない。海や、春香、美姫もだ。どうやら俺とこの世界で一定の交流をした奴は、過去の記憶を思い出す傾向があるらしいからな。攻略した時間が近いほど早く、そして記憶は鮮明に。だからアリアの攻略が完了する直前に最後の仕上げとして、彼女達の記憶を取り戻させ、偽主人公野郎から離させた。
記憶が戻る可能性がある彼女達と交流するのは危険性をともなった。それと、同じ過ちを繰り返す罪悪感が胸を締め付けた。だけど、それ以上にリサが、あの幸せになるべき彼女が、あいつに汚されることが嫌で、これより効果がある方法を知らないから。……だから俺はまた、罪を犯したのだ。
……そして、現在に至るのであった。
目の前のアリア、そして部屋の前にいるであろうクソ野郎の気配、それが俺に快楽の波を与えた。
ああ、これだ、これだ。この感情だ。
ああ、愉しい、愉快だ。こんな、こんな感情は楽し過ぎて、顔を歪ませぬことに必死になるくらい、愉し過ぎる。生物としての本能なのか? 快楽という麻薬が俺の全身を周り回る。血液が上半身だけでなく下半身まで高速に回り続け、熱を帯びる。
……ああ、だから物語の奴等や、過去の偉人達や武将は奪い、征服していったのか。今ならわかる。この快楽は中々味わえないから。その快楽はもう自分の意志で止めることはできなかった。
窓からあいつが肩を落としながら帰るのが見えた。今はもう、あいつに対して感情はない。やり遂げたのだからもうどうでも良い。もはや、牙を失ったあいつなど、興味がない。
俺はこの時間軸で色んな意味で『俺は先輩を壊し、奪った』。アリアを壊し、あいつからアリアを奪った。あのクソ野郎を壊し、アリアの尊厳を奪った。目標は達成したのだ。
だが……
「……ここが潮時か」
「え……?」
俺と極限まで近づき熱を伴った瞳で見つめるアリアを見て、強く痛みのように思い出す。……リサ。この段階まで行ったら、リサともう顔を合わせられなくなってしまった。俺はこの時間で罪を犯し過ぎた。こんな俺が、汚い俺が彼女と会うわけにはいかない。ここを去るしかない。俺の居場所なんて、ないのだ。こんな屑で、穢れた存在など必要ないのだ。
……ああ、その前に。
「アリア、言い忘れてたことがあった」
「え? 何?」
もはや敬語など必要がなかった。彼女には……いや、このバカな女には。
「実は、お前と付き合ってからも、本当はリサのことだけが好きだったんだ。お前のことなんて、どうでもよかった」
「え? うそ…うそ」
俺は顔を歪ませ、抑えることができない怒気を声に滲ませ、ゆっくりとあいつに伝える。あいつはその俺の想いを信じることができないでいた。
「リサしか目にない。リサのことしか頭にない。この世界ではリサしか考えられない。ただ、愛していたんだ彼女を。……それに比べ、お前を見ているとイラつくんだよ」
「うそ、……嘘よ」
そうだ、そうなのだ……お前を、お前如きを見ていると……。
「お前の感想なんてどうでもいい。それにお前の気持ちなんて本当にどうでもいい。俺の目の前にもう現れるな。消えろ。目障りだ。じゃあな、別れるわ。お前のこと、……本当に嫌いだった」
「冗談でしょ!? ねえ、カズ君! いかないで、カズ君!」
アリアを見ると、俺は腹が煮え繰り返りそうだった。
リサに似ている目、髪、口、声。そんな彼女を道具として扱う度に、俺は自身の存在の最低さを自覚しなければならなかった。リサの家族に最悪な行為をさせることに俺は勝手だが自殺したくなるくらいに怒りを抱いていた。
それにアリアの心の在り方が最も嫌いであった。こいつは……俺に似ているのだ。誰かに依存しなければ生きていけない存在。こいつの場合は家族に依存していた。いずるに依存していた。馬鹿な主人公野郎に依存していた。そして最後には俺なんていうクソ野郎に依存した。そんなこいつを見ると、過去の脆弱で、頭が悪く、依存することでしか自分を保てない自分を見ているようで本当に苛立ったのだ。
右手でアリアの胸倉をつかみ、壁に押しやる。左掌で、アリアの顔の横の壁に、ドンッと強く右の手のひらを押す。
「ああ、もう一つ…………お前がカズ君って呼ぶんじゃねぇよ。あれはリサだけのものだ」
「いや、いや……カズ君、カズ君……いやだよぉ……」
必死に自分の首元のネックレスを触り続けるアリア。その様子に俺の頭の中の血管が切れ、同時に怒鳴り始めてしまった。
「外せ、外せよ! そのネックレスを外せ! あいつにも、リサにも与えたことがなかったのに! お前なんかが身に着けるんじゃねえ!」
「……いや、いや」
「外しやがれって言ってるだろうが!!!」
「うぅ……あああぁぁ、……わかった、わかったから……」
ゆっくりと、名残り惜しそうにネックレスを外し始めるアリア。そして、やっと外し終えると、アリアは泣きながら、それでも請うように笑みを浮かべながら、俺にしがみついてきた。
「外したよ、外したよ。カズ君の言うように、嫌だったけど、外したよ? だから、だからカズ君、行かないで、……大好きなカズ君」
『カズ君先輩! 好きです!』
頭の中の最後の超えてはいけない線を、その言葉で超えてしまった。
「……ふざけるなァぁぁぁ!!! お前が俺に愛を囁くなァぁぁぁ!!! 何度も言っているだろうが! それに、それに! お前が、俺を、その名で呼ぶな!!! ブチ殺すぞ!」
女に出したことがないような力で、アリアをベッドに放り投げた。こいつの顔を、これ以上見たくはなかった。一生、見たくはなかった。
「あ……あああぁぁぁ」
「……本当にさよならだ。じゃあな」
涙を流し、叫び続けるアリア。無視し、部屋から出ようとする。アリアに背を向ける。ドアノブに手をかける。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――瞬間、嫌な予感がした。
「あ、あああああああああぁぁぁっぁっぁあぁー!!!!!」
首に急な圧迫感がせまってきた。細い、そして何より首を千切るくらいに強固なもの。これは……、ネックレスか?
「なんで、なんでなんで! どうしてそんなひどいこと言うのよ!? 私、がんばったのに! 頑張っているのに! こんなに愛してくれたのに! こんなに好きなのに! 全部ウソなの!? だましたの!? なんで、なんで!? ひどい、ひどいよ! 受け入れてよ! 認めてよ! 抱きしめてよ!!!」
耳元でアリアの泣き声で怒鳴り声が聞こえたような気がした。それよりも俺は息ができず、ただ苦しかった。引き剥がそうとするが、できなかった。本気になった人間は、こんなにも力がでるのものなのか。意識が朦朧としてきた。……俺は、終わりなのか?
……こんなものなんだろうな、俺って。
女を騙し、堕とし、不幸にする。そんな俺の結末は、こんなひどいものがあっているのだろう。
「あああァー!! 死んで、死んでよぉ!!! 私を嫌うなら、否定するなら、一人にするなら、……死んでよ!」
ただ、死ぬ前に一つだけやりたかったな。
『カズ君』『カズ君先輩!』
ごめんと、謝りたかったな。
「ごふっ!」
急に首の圧迫感がなくなり、息ができようになった。アリアから解放されたのだろう。あいつが倒れたような、大きな音がしたような気がした。それより息ができることに喜びを感じた。必死で息をしようとした。ただ息をした。意識が朦朧としているから、解放されたかった。
「あ、あなた! 何で邪魔するの? 離して、離してよぉ!」
「やめて、やめてよ! もう、やめてよぉ!!!」
女の子の声が聞こえた。でも息をした。
「離しなさい! 邪魔をしないで! 例えあなたでも、……――――――――――そうよ。邪魔、だったのよ。なんで、私より先にカズ君を好きになったの? 何でカズ君に愛されたの? 何で、……何でよ! ……もう、……もう誰もいらない、あなたが、……、ああああぁぁ!!!」
ドゴッと音がした。先ほどよりも大きな音だった。だが関係なかった。ただ息をする。ただ意識を回復したかった。その甲斐もあってか、段々と意識は明瞭になった。回復した視界で周りを確認する。すると、目の前には、理解できない光景が目に入った。
『あってはいけない光景』が起きていたのだ。『居てはいけない人物』が、俺達の部屋にいたのだ。
その人物は、俺が愛した人で、俺の罪の象徴で。
守るべき人で。
幸せになるべき人で。
「……リサ?」
「―――」
頭から血を流し、光がない虚ろな目をした、倒れたリサだった。
ああああぁぁぁぁあぁぁ………
あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっぁぁぁぁぁぁぁぁっぁああああ!!!!!!!!




