5章6話
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……
…
数々の女の子と会う。数々の女の子の顔は、俺に笑顔など向けてはいなかった。
目の前の女の子が怒りを抱いている。
「何で、何でいつも私を見ないの!?」
……すまない。
目の前の女の子がしがみついてくる。
「和人ぉ、何でそんなに冷たいの? 私のこと、嫌いになっちゃったの? 私、あなたに相応しくなれるよう、頑張るから、見てよぉ。私の髪、和人が褒めてくれた髪……」
……俺なんか、放っておいてくれ。
目の前の女の子が心配している。
「和人君、苦しそうですね。前みたいに、私が支えますから。何だってしますから。だから、言ってください。また命令してください。また、……ひどく、扱ってください」
……もう、許してくれ。
そして。
「なんで……、何でお姉ちゃんと!」
目の前の、幸せになるべき人を、俺は泣かせていた。
……ごめん。
俺には謝ることしかできなかった。
その訳は。
ただ、俺の自己満足を彼女達に付き合わせているだけなのだから。
そんな俺はきっと。
あのクソ野郎よりも、もっと屑なのだろう。
………
……
…
あの和人君との買い物の日から数日が経った。あの日は正直に言うと、凄く楽しかった。今まで男の子と遊んだことなんてほとんどなかったし、何よりあの人と比べてあんなに気を遣ってくれて、楽しませてくれて……。いや、私は何を言っているんだろう。何故比べてしまうのだろう。そんなこと、したらダメなのに……。
でも、楽しかったのは事実と認めなければならない。あの日、帰った後、和人君からメッセージが届いた。『付き合ってくださってありがとうございました。凄く楽しかったです』、と。買い物の後の喫茶店で撮った写真も送られてきた。私はその写真を、しばらく眺めてその日は眠りについた。……正直に言うと、ドキドキして眠れなかった。
次の日、彼は私にいつものように笑顔で挨拶してきた。でも私はまともに顔を見ることができなかった。恥ずかしさと、嬉しさと、……罪悪感で。そうだ、彼は妹の彼氏なのだ。何私はこんなにも彼との交流に幸せを感じているのだろうか。駄目、だめなことなのに……。
だから私はその日から、彼といつものように接しようとした。だけど……、駄目だった。あの幸せな時間をもっと過ごしたいと、私の心が訴えるのだから。どうしても耐えることができなかった。
それに……寂しかった。両親もいない、そして妹も最近元気がなさそうに見える。理由を聞いても苦笑して話を避けるだけ。そして私に前好きだと言ってくれた男の子、私に連絡をとらなくなっていた。私は、寂しかった。そしてきつかった。学校にいれば生徒会の山のような仕事。家に帰れば家事、そして長女だからしっかりしなくちゃという責任。誰も、私を助けてくれる人なんていなかった。
そんな時に和人君が私に微笑んでくれたのだ。そして私を認めてくれたのだ。あの買い物の日の前も、そして後でも、前から私のことを認めてくれた。頑張っているって。生徒会の仕事、家のこと、そしてそんな私を助けたいと。誰もいなかった、和人君しかいなかったのだ。
だから、そんな和人君にお返しをしたくて。
買い物の日の数日後、今度は和人君、私を遊園地に誘ってきてくれた。妹をしっかりとエスコートしたいからと。そして何より、疲れているだろう私に気分転換してほしいって。私はうれしかった。罪悪感を何とか心の中でギュッと小さくして、了承した。
そして遊園地の日。
「アリアさん今日は楽しんでくださいね」
「ええ、ありがとう。でも忘れちゃだめよ? あの子の練習なんだからね……?」
「あはは、忘れてないですよ。でも、せっかくきたんだから楽しんでほしいなって」
「……そうね。楽しまなくちゃ損、よね」
「そうですよ。じゃあ早速行きましょー! っていうか、この遊園地ジェットコースター有名なんですって! どうですか、いってみません?」
「わ、私はちょっと……」
「あー、怖いんですかー?」
「……わ、わかったわ! 行きましょう!」
「ははっ、そうこなくちゃ」
彼との遊園地は凄く楽しかった。かしこまり過ぎず、かといって礼儀を忘れない。そして何より、私が少し疲れたらそれを見逃さずに休憩を提案してくれたりと、気遣いを徹底してくれる。
……だからだろうか。だから、和人君の周りに人が、……いや、女の子が多いのだろうか。和人君の様子を私は良く見るようになっていた。彼は一目のつくところではあまり機会がないが、女の子と会っていた。どれも綺麗な子ばかり。元気そうな子。大人しそうな子。お嬢様のような子。どの子もこの地区で、いや、テレビでも見ないようなトップクラスの可愛さだった。そんな子達といることに私は納得する。だって、和人君は顔も美形だし、何より気遣いもできるのだ。モテないはずがない。……でも、何でだろうか。少し、様子がおかしいような気がした。女の子の様子が普通じゃないような気がしたのだ。……まあいい。私は、和人君に人気があるというその事実に……嫉妬した。和人君が彼女達に奪われるかもしれなくて、不安で仕方がなかった。それと同時に若干の優越感があった。だって、そんなに慕われる和人君を、私はいつも独占できていたのだから。
そんな彼との時間は安らぎだった。だから私もいつもの苦しい日常から離れることができた。
でも。
「はーい、カップルさんもっと近く寄って~」
「あはは、わかりました……」
遊園地で記念撮影するとき、いつもカップルに間違われるのは恥ずかしかった。横を通り過ぎる人の話し声で、「何あのカップル、美男美女過ぎない?」という声が聞こえてきたこともあった。私と和人君は苦笑いするしかなかった。
本当にこの日は楽しかった。この時間が永遠に近づけばいいと思っていた。私は明日からの生活を予想した。もうこの時間がやってこないかもしれないと思っただけで怖かった。だから心の底から楽しもうとした。……だから。だから、和人君と、いつのまにか手を繋いでいた。
そして遊園地も終盤になってきた。私は観覧車にのってみたいと和人君に提案した。和人君もそこに行きたかったようだ。そして二人で乗ってみた。その風景は雄大で、綺麗だった。夕焼けが私たちの街を照らす。凄く幸せだった。でも、……寂しかった。この日が、この幸せが、もう終わってしまうことに。だから、少し涙が出てしまった。
「……アリアさん? 泣いているんですか?」
「……えっと、何でかしらね? ご、ごめんなさい」
涙を止めようとした。でも、とまらなかった。そんな私を和人君は黙って、優しくそのままにしてくれた。
観覧車が頂上付近になろうとしたとき。
「アリアさん……よければ、これ」
「え……?」
和人君は私に何か渡した。包装された小さな箱。何だろう、これは?
「開けても、いいかしら?」
「はい、どうぞ」
中身を開くと、それは綺麗なネックレスだった。それは私が買い物の日、服屋ふと見かけたネックレス。綺麗だなと、これをつければ和人君との買い物も華やかになるだろうなと思っていたものだった。……思い出した。あの時、私は独り言でいいなと呟いていたのだった。まさか和人君はそれを憶えていたのだろうか。
「アリアさん、前にネックレスが欲しいって言ってましたよね? だから、よければと思って……」
「こ、こんな高そうなものもらえないわ……それに、私あなたにこんなものもらえるようなこと、してないわ……」
「いいえ、そんなことないです」
「え……?」
和人君が私の手を握ってきた。大きな手。しっかりした男の人の手。私は今日一番ドキドキした。いつのまにか涙は止まっていた。涙よりも、和人君との距離に心は偏った。
「アリアさんに俺、いつもお世話になっています。この前の買い物や、今日の遊園地だって。だから俺、こんなものだけど、お礼したくって」
「……そんな大層なこと、私……」
「アリアさんのこと、見れるだけで俺嬉しいんです」
突然のその言葉で心臓が飛び出そうだった。幸せが心の中を一色に染めた
「アリアさんと話ができるだけで俺、幸せです。アリアさんと一緒に仕事ができるだけで俺、嬉しいです。アリアさんとこうして手を繋げるだけで俺、笑顔が出ちゃうんです。だから、アリアさん……」
幸せだった。幸せだった。幸せだった。
もう、何も明日への心配はなかった。周りのものなど、視界に存在しなかった。頭に存在しなかった。
ただ私はこの手を、この幸せを離したくはなかった。
だから私は。
「……んっ」
私は、彼の唇にキスをした。ずっと、キスをした。離したくなくて、腕を回して。和人君は何も言わず、私を受け入れてくれた。私はまた涙を流した。和人君はただ、優しく受け入れてくれた。幸せだった。幸せだった。幸せだった。頭の中に一つの言葉が浮かんだ。
私は、何て弱い女なのだろう……。
もう明日なんて、いらなかった。だって私には、私の心にはもう……。
彼しかいないのだから。
「……和人君、大好き」