1章2話
目標が出来てしまった。
『この世界で女を壊して依存させよう』
うん、いい目標だ。この目標は別に女性自体を蔑視していたり、モノとして見ているわけでもない。ただ俺を見てくれ、認めてくれ、俺だけを必要としてくれる人が欲しかっただけだ。この世界に居ていい理由が欲しかっただけだ。そのような愛という熱が、俺の濁った心臓を溶かすだろうと考えたのだ。
思い立ったが吉日。手近にいい女の子がいないか探した。
どこか俺と同じように、寂しくて、でも一人ボッチの女の子(美少女)いないかなーっと。そんな恋愛ゲームみたいなことが都合よくあるわけないと思っていたが………それが、いたのだ。すぐ近くに、本当に都合よくいたのだ。『22z』
俺が地元公立の小学校3年に進級して、新しくクラス替えした時だ。ちょうど隣の席にいた。
いつも仲間に入れて欲しくて、陰からじっと俺達が遊んでいる様を見つめている女の子。寂しさに心を痛め、誰よりも人を求めている純粋な彼女。
その美少女の名前は海。
その女の子の黒い長髪は艶やかに輝き、同年代の少女の中でも群を抜くほどだった。顔の造形もそうだ。何故かわからないが、前の世界とは比べものにならないほどに顔の平均が上がっていたこの世界でも、彼女の美貌は俺の心臓の動悸を激しくさせた。俺は幼子には興味がなかったはずだが、それでもその震えは加速していった。
そして、壊したいと脳髄を刺激した。瞳孔がしばらく開いていたままだった。初めて見た時は何も考えることができなかった。何か根源的なものが心臓に芽生えていた。
話を彼女のことに戻そう。彼女はそのようにハイスペックながらも、それを活かせないでいた。彼女のその性格が台無しにしていたのだ。彼女は大の引っ込み思案であり、同級生が話しかけてもまともに応えられないほどだった。凄く悪く表現すると、コミュ障だったのだ。また、ちなみにだが調査(クラスの女の子から聴いた)してわかったのだが、彼女は名家の出身だった。少し詳しく彼女の家のことを説明すると、彼女の母親は日舞の家元だった。友達と遊ぶ時間などあるわけもなく、家に帰ってからも御稽古三昧。着付けや、舞い方を気が狂うほど繰り返す。習い事や親の都合や何やらで、俺達と放課後や休日に遊ぶ暇もない。
稽古で神経を磨り減らし、ストレスを溜める。遊ぶ時間もないから、発散する機会もない。そんな人間の結末は、『逃走』か『崩壊』である。ん? 何故親に反抗しないのかって? それは低学年の女の子、ましてや日常的に抑圧されている子が『闘う』というカードを持つわけがない。持てるわけがない。子供というのは、誰よりも親から認められたいという生き物である。誰よりも親の笑顔を眺め、愛されたいのである。刃向うなんてマネはできるわけがないのである。こんな小さな、すぐにでも折れてしまいそうな女の子がだ。
それに彼女は周囲の弟子たちが反抗している姿を見たことがないと思う。日本の伝統文化にたまに存在する風景であると思うが(ちなみに俺は武道を少しだけかじったことがある)、基本的に目上の者に絶対というルールがある。皆の前で師に反抗など、とてもできるわけがないという環境なのである。その環境に身を置き続け、それ以外とはあまりに周りとの関わりが薄い子だ。選択肢自体が少ないのだ。だから、抗うなんてカードが頭にあるわけがない。
そんな壊れゆくしかない恰好の獲物を見つけ、日々の生活に苛立ちを抱いていた俺は、行動するのは早かった。
「おーい和人、はやくサッカーしに行こうよ」
「違うよ! 和人君は私達と一緒に遊ぶの!」
これは何も考えていないような鼻水たれのクラスメイト達の声だ。彼らは俺の手をとりながら遊びに誘っていた。
何があってもいいようにクラスでは発言力を俺は持っていたのだ。『楽しませろ』という命令から、いつどのようなことが起きるかわからないからな。そもそもがあまりに奇天烈なことが実際に起きているのである。いきなりクラス毎異世界に転移したり、誰かが能力に目覚めたりするかもしれない。そいつらにはじめから好印象を持ってもらうためだ。……ちょっと中二病過ぎたな。しかしそういう物語の登場人物たちも、所詮は現代社会の奴隷である。人と人との群れ社会を破れるほど精神が破綻していたり、超越したりなどしていない。
「ごめんね、ちょっと用事あるんだ。また今度!」
「「えーっ!」」
クラスのみんなの誘いを後腐れなく断る。
今まで信頼関係を築いていたので、これくらいではマイナスにはならない。確かに人とのつながりが多いほど、一人で行動するのは難しいが、究極的にはそのつながりを絶ってもいい。こいつらなんてただの道具でしかないのだ。
そして俺は目当ての彼女の前に立った。
「いつも本読んでるね。その本なんていうの? 面白い?」
「…え?」
俺は昼休みになっても教室の隅でずっと本を読んでいる海に声をかけたのだ。
小学生の一人ボッチの子がクラスでどう過ごすかは想像が容易い。基本教室で本を読むか、図書室に行ったりするか。まあ違う行動の仕方はあるが、彼女はその例に漏れることはなかった。
「……ユニークです」
まずは相手が好きそうな話題から入り、警戒心をなくす。口調もできるだけ穏やかに、傷つけないように、包み込むように。
この年代の男の子達は、女の子達に対してどうしても強くて汚い言葉を使いがちだ。それは異性と遊ぶのに抵抗感がある年頃だからである。だから女の子を遠ざけるために荒々しい行動をとったりするのだ。こんな当たり前の習性を利用して、少し差別化を図る。
「へー、そうなんだ。ま、今度時間があったら読んでみるね」
「あ……はい。また……」
あんまりがっつきすぎても引かれるし、ここまで。
そしてその数日後、俺はおすすめされた本を読んできた。まあ小学生向けの本だから内容もそこまでだし、苦も無く読めた。
そして予定通り海に話しかけた。
「ああ、読んできたよ。結構おもしろかった」
「……本当ですか? 随分早いんですね」
「うん、この本面白くってさ。一気に読んじゃった。海ちゃんはどの場面が面白かった? 俺はやっぱり主人公がヒロインAをかばって、ヒロインBに刺されるシーンかなー。俺が主人公だったらもっと彼女達に優しくしてやりたいなーって」
「……! 本当に読んでいるんですね! 私もそのシーンが好きですよ、そのヒロインBに共感できました! ひどいですよね、あの主人公! あんなに思ってくれているヒロインBを、あんなひどい扱いして……。刺されて当然です!」
「そ、そう……(彼女ちょっとやばいんじゃないか……?)」
「後あれもひどいと思いました!~~とか、~~」
そのあとも海の話は続いた。
自分が興味がある分野では口が軽くなる。そして相槌・共感・深堀するような質問をすることで、女の子に時間を忘れさせるくらい話させるのがポイント。女の子に限らず、相手に自分が思っていることを自由に話すというのはとても気持ちが良い。彼女に俺が話に飽きていないとわかるように笑顔を絶やさず、頷きながら、どんどん話させる。これは姉さんに教えられた。あなたが社会に溶け込むには必須だと。
彼女が堰を切ったように話すのを見ながら、内心ほくそ笑む。どうやら推測は当たりのようだった。
彼女は日常的に抑圧されている。自分の思っていることを素直に話すことができないほどに。何度も言うが、それは一番心の距離が近い両親たちの影響だ。
本来、暖かく見守られるべきはずの女の子は抑圧されている。そんな子には温かく見守ってくれる『逃げ道』が必要なのだ。それがどんなに突然現れた怪しい道でも。
普通ならば誰でも少しは怪しむ。だが、彼女は本当に交流関係が少ない。だから怪しむという選択さえ採用することができないのだ。だから、こうして都合良く俺に笑顔を向けている。
また、俺はクラスでは人気があるということも加勢した。これ幸いに近づきたいと思っても不思議ではない。雌という生き物は本能的には『力』がある男を好きになるのだ。それは財力でもいい、筋力でもいい。魅力があって、誰からも好かれる優秀な雄を求めている。
それは別に女性に限ったことでない。男だってそうだろ? 男がアイドルを神聖視しているのも一つの例だ。顔や仕草に魅力を感じてファンになった者も確かにいる。だが、多くのものは、『人気』がある女性を自分のものにしたいと心の底では思い描いているのではないか? だから漫画のヒロインに『学園のアイドル』というジャンルは鉄板なのだ。
「~~ですよね! …あ、すみません私ばかり話してて…」
「いいよ、俺も海ちゃんのお話聞いてて楽しかったし。それにね、話してるときの海ちゃんの顔とっても可愛かった」
「~~! 何言ってるんですか!! 冗談は…」
顔が赤くなる海ちゃん。これは恥ずかしさを抱くと同時に、嬉しさを感じているな。
ナルシスト染みているが、俺の顔は美形といってもいい。元の自分と顔が同じだったことが幸いした。前は絶世の美女である姉と似ていて色々なメリットを享受できていた。実際それを利用して……。これは後で話そう。
恥ずかしがって視線を逸らした彼女に、俺はさらに笑みを深めた。
「冗談じゃないよ、本当にかわいいと思っている。大きな声では言えないけど、このクラスの誰よりもね。そんな海ちゃんと話せて、正直うれしい」
「~っ! あ、ありがとうございます……」
「美男美女、きっと周りから見たら絵になっていると思うんだ、あはは」
「うふふ、なんですかそれ。自分のこと美男だって言っちゃうなんて。……まぁ、和人くんは確かにかっこいいですけど……」
そんな俺のナルシストな冗談に笑ってくれる海ちゃんが、徐々に警戒心を解くのを実感する。それから俺達は他愛もない話を続けた。普段どんな本を読んでいるのか。どんな傾向の本が好きなのか。学校の勉強はどうか。
それが面白いほど海ちゃんは口を開いた。本当に鬱憤が溜まっていたのだろうな。だが、話し過ぎて満足させるのはここでは悪手だ。会話の打ち切るタイミングを悟る。
「他に面白い本とかないかな? 結構俺ら、趣向が似ていると思うから、1つ紹介してもらえると嬉しいな」
「はい! 『孤独を救ってくれた彼のために』や、『あの人があの子と一緒にいるのは大きな間違いだ』とか……」
「うん、わかったよ。今度読んでみる(1つって言っただろクソアマが手間取らせるな)」
「……和木谷君、いいんですか? わたしとこんなに話してて?」
「ん? どういう意味だい?」
「だって、和木谷くんはクラスの人気者だし……」
ああ、そんなことを気にしているのか。
ここで説明しておこう。クラスの中心になるのはそれほど難しくはない。それが小学生ならなおさら。たかだか小学生だ。男は声が大きく、気が強く、足が速く、喧嘩が強ければ従う。女は男子がしない分優しくすればいい。
権力というのは女に依存されるものだと俺は思っている。これは俺の持論だが、今の世の中は女性が強い発言力を持った社会でもあるからな。普通の学校でもそうだが、女性に支持がある団体とそうでない団体、どっちが権力が強いかというと、圧倒的に前者だ。それは中高生の間でもそうだ。女性にモテるグループは大概、クラス内でも権力がある。
そして後はちょっと工夫をすれば……小学生の中なら簡単だ。これも小さいときに姉さんに教えてもらった。
「別にいいよ、彼らとはちゃんと時間を作って遊んでいる。それに正直こうして海ちゃんと話している方が楽しいし、安心できる」
「そ、そうですか。……う、嬉しいです」
「そろそろ時間だし行くね。じゃあまた時間があったら読むね」
「は、はい。……あの!!」
「うん?」
「また……また話してもいいですか?」
……まぁ、とりあえずは第一段階成功か。
ここで踏み出してこなかったら正直こいつはキープ扱いにしていた。こういつやつは攻略するのに時間がかかるからな。それだと面倒だし。
「うん、全然いいよ! それじゃあね!」
「はい!」
そのまた数日後……。
「…あの、和木谷君。本読んできました?」
耐えきれなくなった海ちゃんはついに自分から話しかけてきた。
人と会話をしなくなった人間がつい実際会話をしてみると、その甘みを離したくないと考える傾向がある。顕著になったのがこの前の本についての会話。自分が思っていることを聞いてほしい、その欲求で彼女は頭の中がいっぱいだった。それが今の彼女だ。
……でも、まだ甘い。
「ごめんね、最近忙しくまだなんだ……読んだら絶対話すから!」
「…はい!」
こうやって間隔を開けていく。
……その2日後。
「海ちゃんお待たせ! やっと読んできたよ!」
「はい! 私ももう一度読んできました! どのシーンが好きですか?」
「俺はやっぱりあのシーンかなー。主人公が相手から逃げようとしたあの……」
間隔を開けることが大事だ。この俺との会話が特別だということを意識させることが。
そして彼女に会話を、クラスの中心と話す快楽を味わってもらって……
「やっぱり私達趣味が合いますね! 今度はこれがおすすめですよ!」
「そ、そう……(まだ何も言ってねぇだろうが)。読んでくるね!」
今度の会話の流れを彼女からもってこさせる。
よく、『俺、○○と知り合いなんだ~』と有名人と知り合いだということを自慢してくる人がいる。俺が思うにそれは、その有名人と話している俺は誰よりも特別な存在なんだと知らせているようなものだと考えている。そうやって自分の承認欲、優越感を満たすため。
彼女も少なからずそういう気持ちがあるのだろう。そのような麻薬が彼女に浸食している。
「はい!」
「そうそう、本とは関係ないけど、~~」
「ふふ、そうなんですか」
だんだんと話題の中心を本から、ただの雑談に移していく。
こんな感じのことを、1、2か月くらいかけてやった。
すると……
「はぁ…」
「どうしたんだい?」
「ごめんなさい、ちょっと疲れてて」
「……日舞の稽古かい?」
「……はい、そうです」
2~3週間後くらいで、心を開き愚痴も言ってくれるようになり、そのころにはもう俺と話すのが普通になっていた。
俺以外とは話さないのか?
そう、話さない、『話させない』のである。
男子は女を意識するような時期、積極的に話しかけようとするやつなんかいない。
女子には俺から言っておいた。『海ちゃんは、ちょっと人と話すのが怖いらしいんだ。だからとりあえず彼女をしばらく俺に任せてくれないか?』っと。
もちろん了承。俺の頼みを断ることなんてできない。ていうか俺といつも話す海ちゃんに嫉妬しているくらい。自ら話しかけたりはしなかった。
だから海ちゃんの孤独は加速した。今まで俺との交流で調子に乗った彼女はちょくちょくクラスメイトに話しかけようとしていたのだが、彼らはほぼ海ちゃんを遠ざけた。その時点で話すのは俺と親御さんくらいになっていた。
彼女は教室の中では俺と話すときくらいだけ笑顔。それ以外は暗く沈んでいる。休み時間の度に俺のところにきて、話す。それの繰り返し。
そして先ほどの稽古の話題だが、明らかに不満を持っているのがわかった。
今までは自覚していなかった不満だったのだろう。だが、俺が話題で提供するクラスメイトとの楽しい日常、また、放課後に遊ぶ姿。それを羨ましいと感じる彼女。
加えて俺が『海ちゃんと遊べないのが残念だな』ということを毎回言うのを真に受け、それが彼女の心にしこりを残していた。
彼女の稽古は小学生にしては度が過ぎていることを、彼女との会話で本格的に察した。毎日毎日、体罰ありのスパルタをやっているみたいだった。
枯れ木となって意志を消去し、耐えていた海ちゃん。それが俺という水が施されたことによって、『成長』してしまったのだ。
親に対する不満の種。味方は俺しかいない。芽を出すのは近い。
「……そろそろ、か」
「え? 何がですか?」
「いや、こっちの話だよ。それよりさっきの続き聞かせて!」
「はい! えっと……」
………
……
…