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5章1話

「俺は先輩を壊し、奪った」


「何言ってるの、カズ君♪」


俺―――和人、あだ名は「クズ人」はこれまでもう数度も時間を巻き戻してしまっていた。

前回の時間では、B……、いや、その名で呼ぶ資格は俺にはない。

春香。その名の通り春を思わせる笑顔を浮かべる少女と、付き合っていた。

穏やかな日々だった。彼女が作る弁当はうまかった。ちょっとした冗談で拗ねる彼女を抱きしめたかった。屈託なく笑う彼女の笑顔は尊かった。あの映画を忘れることはできない。あの朝を忘れることはできない。

それを、過去の俺は壊したのだ。尊い日々も、大切な彼女も。

その壊れた彼女は海に危害を加えようとしていた。限界、だった。俺のせいで壊れてしまったのだ。そんな行いをした彼女を俺は耐えることができず、そして壊れた彼女がせめて、また俺を思い出さないことを祈って、世界を巻き戻してしまったのだ。


『えへへ、和人君だーいすき!』


あの笑顔を壊した自身を許せない。あの頃の自分に嫌悪感を抱かずにはいられない。

そもそも、春香を甘く、軽く見過ぎていたのだ。保険という存在にして、悦にいたっていた。記憶と理性が以前よりも戻ってきた俺にとって、それは烏滸がましく、恥ずべき行為。俺自身も誰かに軽くみられ、激怒した経験もあるくせに、何故そのような行為をしてしまったのだ。それは過去の自分を否定する行為だろうが。何をやっているのだ俺は。


……精神的に疲れた。罪悪感で自分を憎み、自分の無力さについても苛立ちを覚える。もうこの時間ではしばらく誰とも付き合わず、誰とも深い絆を結ばず、本当に一人でいたい、そう思っていた。美姫の時もそう思っていたのだが、今回はその想いが特に強かった。

だが……。


「なあ、お前がカズ君って呼ぶなって何回も言ったよな? 舐めているのか、俺を?」


「……ごめんなさい」


目の前の、美姫、春香、そして海に勝るとも劣らない程の美女に、苦渋の顔を作らせていた。




………

……




この時間軸での始まりの前に、春香についての考察を述べよう。

春香、それは以前まではBと呼び、保険で攻略していた相手である。海、そして攻略した時は後輩だった仲良し二人組を攻略していた時、密かに彼女も同時攻略していたのだ。

攻略のやり方だが、……特別なことはしていない。悪辣な手段をとったわけでもない。ただ本攻略対象だった海達とどうしても時間が会わなかったときに、彼女と交流しただけだ。二人で遊びにいったり、プレゼントしたり、彼女の悩みを聞いたり。その辺のカップルがやっていることを真似しただけだ。そして毎回向こうから告白され、陰ながら付き合っていた。


その彼女は今までとは違い、思い出してしまった。

そこで一つの考察を述べよう。それは、前回まで好感度が高い人物ほど、記憶を呼び覚ましやすいというものだ。春香の場合は連続で攻略していたから好感度が高かった。そして美姫。彼女もだ。俺と初めて会った同然にもかかわらず、俺のことを思い出そうとしていた。また、海も二回飛ばしてしまったが、当時は交流が深かったせいで思い出してしまった。


その考察から俺がとるべき選択。それは、……ここで、この時間軸で平穏に過ごすために大事なこと、それは『春香が思い出さない』ようにすることだ。

俺の持論、おそらく潜在的な好感度が溜まっていれば、次の時間軸でも記憶を引き継ぐというものは、好感度を毎回溜めておかなければ、思い出すのが難しくなるだろう。現にあの二人組は、美姫、春香の世界で交流が薄かったから思い出すことはなかった。……美姫と海の場合は危なかったが。おそらく美姫の場合は前回好感度を上げ過ぎたせいなのだ。海の場合はあの時、……おそらく、俺に惚れていたのだろう、思えばその節があった。そして、……おそらく、前回も好感度が溜まっていた春香は、この時間軸でも、何かの拍子に思い出してしまうだろう。


そして、次に大事なことは、その春香が『いつ』思い出すのかだ。

トリガーがわからない。俺を見ると思い出してしまうのか。それとも美姫のように少し話すだけで思い出してしまうのか。思いつくものを挙げたらキリがない。


今回、時間を戻して記憶が覚醒すると、俺は高校1年だった。……驚いた。毎回、時間を戻すたびに、遡ることができる年月が減っている。2回目の時間軸では小学校高学年、3回目の美姫の時は6年終わり、4回目は……中学。そして今回は高校。焦燥感が生まれた。もう何度もやり直すことができないかもしれないと。失敗が許されないと。


そうだ失敗だ。失敗とは人間関係での失敗。絆を深め過ぎなければいい。そもそも、俺は何も策略など練らなければ、特に女も寄ってくることは少ないだろう。だから家の中でひっそりと日常を過ごす。ルーチン化された日常。機械のような日常。それは草木といっても間違いではない。昼ごろに起床し、テレビで時間をつぶし、時々趣味の釣りに興じる。そんな日々。家には親がいないし、誰も注意しない。担任は時々心配して家に来たが、居留守を使ってやりすごしていた。卒業できるように最低限出席はする。適当に理由を作って保健室登校にしてもらう。これが最善だ。そのような日々で徐々に心が安定すると思っていた。だが、それは失敗だった。それは自分の内面を見つめ過ぎて毎日苛立っていたのだ。……自業自得。


そしてまた新たな失敗があった。失敗した原因はまた俺。人間関係を限りなく薄くすると、始めに誓ったはずが、それを守ることができなくなったのだ。

日々に明かり灯ったのだ。それは何というか、光って思えた人と出会ったから。

平凡な女の子だった。ただ髪色が金で他の人とは違う、それだけの人。顔も、スタイルも今までの美姫や海よりも特出すべきものもない。その人と出会った。だが、それは俺にとって救いとなった。

ある朝、高校に行くために電車に乗ろうとすると、券売機の前で困っている彼女を見つけた。そんな困っている姿を見た俺は、不意に感想が漏れてしまった。


「……何やってるんだ?」


彼女のおろおろしている顔。券売機の前でおそらく買い方がわからなくて悩んでいるのだろう。それを周りの奴等はイライラしてみているだけ。お前らが早く助ければいいだろうがと、俺の方が腹が立った。


「……え?」


きょとんとする彼女。俺は後悔した。面倒なこともの『人間関係』築こうとしているから。迂闊なことを口にしてしまった、そう思った俺は目を逸らそうとしたが、乗り出した船だから手助けしてやった。そうそう、彼女の名前はリサっていうらしい。少し彼女について話すと、彼女はハーフらしい。そして彼女は最近日本に来たと。後から知ったことだが。


「あ、ありがとうございます……」


「いや、いい。勝手にこっちがおせっかいしただけだ。それよりも電車、乗ったことがないのか?」


「はい、電車って一人で初めて使うんですけど、どうやって乗ればいいのかわからなくて……。今までお姉ちゃんと一緒だったから、お姉ちゃんが全部やってくれて……」


「ああ、なるほど。どこまで行きたいんだ?」


「えっと、○○中学ってところに行きたいんです。最寄駅は……」


「あぁ、わかった。俺もその学校の近くの高校に通ってるからわかる。まずは券売機で切符だな。……あの駅で降りるから、この200円の切符でいいよ。それを改札に通して乗るんだ」


「わかりました! ……えーと、ああして、こうして……。違う、こうしなきゃ……」


彼女は頭の中は覚えようと必死なのだろう。俺は力が抜ける思いをしながら、また彼女に教えることにした。


「え、何か私おかしなことしちゃいました?」


「ほら、こう通すんだよ。俺も同じの買ったから、真似しろ」


「え、でもあなたはピッってするカード持ってるんじゃ……」


「いいから行くぞ」


「あ、はい……」


そうして何とか改札を通り、目的地まで他愛もない話をしながら一緒の時間を過ごした。

これが彼女との出会いだった。

彼女とは学校の近くですぐに再会し、色々な場面で交流があって、親交を深めてしまった。例えば彼女が道端でキョロキョロしていた時に出くわしたり。


「うぅ、財布落としちゃった……あ、先輩!」


「……またかよ。ほら、探してやるから」


あるいは行きつけの図書館で再会したりした。


「あーもう! ここわかんないよぉ……あ、先輩!」


「……じゃ、俺面倒だから帰るから」


「そんなー助けてくださいよ~」


またある時は公園で暇つぶしをしているときに出くわした。


「あー暇だな……、あ、先輩! どこか遊びに連れて行ってくれませんか?」


「……何でいつも会うんだよ。知らん、じゃあな」


「あー、待ってくださいよ~」


運命的というように彼女と色々な場面で出くわし、順調に彼女と親しくなってしまった。彼女は一人でいる時が多かったから自然と仲を深めることができたのだ。一人なのは周りが彼女を奇異な目で見ていたためである。日本人離れしているから。そして文化の違いもあって時々変な行動をとっていた。彼女のクラスメイトはそれらもあって彼女の扱いに困っているようだった。まあそのせいで俺は彼女と仲良くなることになってしまったのだが。


結果。


「せ、先輩! す、すすすs……好きです! 付き合ってください!」


「……ああ、別にいいよ」


「や、やったー! ありがとうございます! ……あの、カズ君先輩って呼んでいいですか?」


「何だよその呼び方……まあいいよ」


そんなこんなでリサと付き合い始めた俺。

誰とも付き合わないと初めは決めていた。だが、始めは面倒がっていた俺は……徐々に惹かれてしまった。俺の自然体を見せても惚れてくれた大事な存在だったから付き合うことにした。海達の場合、彼女達には悪いが、多少は仮面をかぶっていた。元より俺は何かを演じることでしか攻略できない存在。海やあの二人組の場合は、頼りになる同級生や先輩を演じ、決して心の内を見せることはなかった。美姫の場合は彼女に気に入られたくて、多少は良い顔をしていた。春香の場合は……もう、彼女のことを思い出すのはやめよう。罪悪感で苦しくなる。今までの女性全員に言えることであるが。


そして、自然達で接し、それを惚れてくれたということは俺の存在そのままを認めてくれたということだから。少し嬉しく感じた。そんな彼女を好きになってしまった。どうしても、彼女くらいは幸せになってほしいと思ってしまった。どうしてもこれ以上自分を好きになってくれた人に泣いてほしくないと思ったから。だからOKしてしまった。振って、泣いてほしくはなかった。


黄金の日々。彼女がまだ見たことがないこの国の景色や文化を見せ、一緒に喜ぶ。それは平凡なこと。だがそれはどんな奇跡的なことよりも尊いもの。こんな俺が、楽しく過ごせるなんてありえない話だった。


だけど、夢は必ず覚めるもので。そして、夢とは悪夢もありえるもので。


この、この世界で『付き合う』という選択は、間違いであった。




………

……


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