4章3話
冬の朝というのは綺麗でいて、それでいて理不尽だと思う。
綺麗というのは、空気も他の季節よりも澄んでいるように感じるし、何よりいつもの景色に雪という冬独特のものが加わるのだ。一方理不尽というのは他の季節では薄着でも風邪をひく心配はないのに油断するとひいてしまうこと、そして交通機関がとまりやすいところ。まぁ色々ある。
「……さむっ」
目をその冬の寒さで開いてしまった。いつも寒いが、今日は一段と寒い。だから窓からの風景を見渡した。……雪は降っていない。まぁ、天気予報では、今日の夕方からだと言っていたしな。それじゃあ寒い理由は何だ? 気温も昨日から特に低くなったわけではないはずだが……。
ふと、窓から視線を部屋に向けると、ベッドに何かいた。
「……お、おはよ」
俺のベッドの上で、毛布を奪い取っている春香の姿だった。ちょこんと女の子座りをして、何やら顔を赤らめている。そして視線を外していた。何でそんな顔しているんだ? 理由を考え始めると、答えがみつかった。
あっ……。昨日のあれだ。
昨日のデートが原因だろう。俺が暴走して店の中で『春香好きだ!』と叫んだ件。……何かラノベのタイトルっぽいな。まあいい。凄く恥ずかしく、後1年くらいは枕に頭を埋めそうな出来事だが、その事件の後にも恥ずかしいことが起きたのだ。
『和人君のばーか! 私の方がもっともっと好きだもん! じゃあね、また明日!』と、キスをした後に春香がそう叫んだのだ。
……かなり恥ずかしかった。された俺がこんなにも恥ずかしかったのだ。実行者の春香の方がより恥ずかしかっただろう。俺達はお互い、思い出すと体温が3度は上がりそうな出来事を昨日体験したのだ。
彼女の様子をもう一度見てみる。茶色で長さはミディアムの髪、特徴的な髪飾り。そして顔、スタイルは海にも、……海先輩にも勝るとも劣らない。まぁ、胸は春香の方が上か。そんな彼女は今、もじもじとしながら、俺からとった毛布で口元を隠している。そんな様子を見て俺はこういった。
「お、おはよう。その、き、昨日はありがとう……楽しかった」
「う、うん。私も、楽しかったよ」
「「……」」
そう言った後、二人してまた黙ってしまった。また春香はモジモジとしだした。というか早くベッドからどいてほしい。ちょっと距離が近いだけど、何か、いつもよりドキドキする。俺はそんな恥ずかしさから、こんなことを口走った。
「今更恥ずかしがるなよ、いつもくっついてくる癖に。てか、ぶりっ子止めろ」
「ひどっ! ムード台無し!?」
ガーンと擬音がでるような表情をした春香は、ベッドから降りた。
「もう、和人君のKY! 知らない!」
「やめろ、罵倒は傷つく」
昨日はテンションが壊れてたから何も感じなかったが、俺は本来メンタルが弱いのだ。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、春香はドタバタとドアに向かった。
「ふんっ、早く降りてきてね。朝ご飯できているから。……あっ」
春香は部屋から出ようとしたが、何かを思い出してベッドの上にいる俺の方に向かっていった。まだ寝起きでもあるからボーっとしていた俺は、ただ春香の様子を眺めるだけの隙だらけ。そんな俺に彼女はキスした。
「……私、昨日言ったこと嘘じゃないから。和人君が好きだからっ。それじゃっ」
そう言い残し、今度はドアを閉めて部屋から出て行った。部屋の外からは春香の呻き声が数分間聞こえた。俺は同じ時間、枕に顔を埋めた。
………
……
…
俺達はそのままぎこちなく朝食を食べ、学校に向かった。海、……海先輩にはこの雰囲気を不思議そうにされたが、テキトーに濁しておいた。彼女にカッコ悪いところを見せるのは無性に嫌だからな。すると、海は何か決意したのか、俺に小声で「昼休み、お時間くださいませんか?」と聴いてきた。俺だけにそのようなことをするということは、春香には聴かせたくはないことだろう。俺は特に断る理由もなかったから了承した。春香には「昼休み用事があるから今日はいい」と言った。春香は「うん、わかった」と答えた。
さて、学校に着く。学校に着くころにはあの羞恥心もさすがに消えていた。休み時間、俺は担任から頼まれた雑用をこなすため、職員室に向かっていた。今、俺は中学2年。職員室に向かうには春香達3年の教室の前を通る必要があった。
春香の教室を前を通る時、ふと春香の様子が気になって中をチラッと覗いた。そこの風景に俺は少し驚いた。
「あはは、何それ~。おもしろーい!」
「本当なんだよ春香ちゃん!」「うふふ」「嘘だろそれ!あはは」
春香の周りに人が集まっていた。いや、それだけでは驚くことではない。彼女は人気者だということは前から知っていた。明るい性格、空気を読むことができ、他人に気を遣うことができる。極めつけがその可愛い顔だ。人気がないという方がおかしい。
しかしの周りには人が『集まり過ぎていた』のだ。クラスの過半数くらいはいるんじゃないか? それくらいの人が、春香を囲み、そして笑顔を浮かべていた。
「あれはいつもの風景ですよ、和人君」
「あ、海。……海先輩」
後から彼女が急に話しかけてきて驚いた。そう言えばあの中にはいなかったと思い出す。
「和人君があの風景に驚いているようでしたので」
「まぁ、そうですけど……先輩は加わらないんですか?」
「私はその、人の中に加わるのは苦手で……。それより和人君、今日の昼休み」
「ああ、覚えていますよ」
「よかったぁ……ごめんなさい、私なんかにお時間とらせてしまって」
彼女は何やら申し訳なさそうにしていた。というか申し訳なさそうにし過ぎだった。どうして俺なんかにこんなに気を遣うのだろうか疑問だった。
「いいんですよ、気にしないでください」
「でも、私なんて……」
「海先輩にはいつもお世話になっています。だから今日くらいは力にならせてください」
「和人、君……。うん、ありがとうございます。和人君、いつも優しいですよね……」
「い、いえ……当然ですよ。だって尊敬して大好きな先輩ですから」
「だ、大好き……和人君……」
彼女の様子が少し変わったのを伺えた。先ほどのどんよりした雰囲気から、何かこう……。
うん……? これは……?
対応に困っていると、後ろから声をかけられた。
「和木谷君、休み時間終わっちゃうよ。先生の用事、済んだ?」
少し驚いた。その人はあまり話したことがないクラスメイトの女の子だったから。でもタイミングがよかったことに少しほっとした。
「あ、ああ。そうだった。ありがとう。それじゃ海先輩、行きますね」
「は、はい。それじゃまた……」
「はい、また!」
走る。あまり時間がなかったから。
……あれ?
どうして、あの子はこの3年の教室の前にいるのだろうか? どうしてあまり面識がない俺に話しかけてきたのだろうか?
「……」