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4章2話

俺達の住んでいる街、それは特筆すべきことはない。

海もあり、山もある。田舎かと思えば、駅周辺は栄えてビルも多数建ち、ショッピングモールあるし、カラオケ屋や飲み屋街がある。住むのに苦労はしないところだった。しかも都心にも近い。だからある程度の人はこの街に居た。くたびれたサラリーマン、おしゃべりを楽しむ主婦達、走り回っている子供たち。平和な日常が目の前には広がっていた。おそらくその皆が、こんなありふれた日常が続くと思っているだろう。だが、その一方で俺は続くと思うことに少し疑問を抱いた。誰かと、とても大切な誰かと穏やかで大事な日々を過ごした感触、そして壊されたという想い。それが俺の中に何故かあった。その喪失感が少しだけ、……少しだけ、悲しかった。だから、日常は続くものではないのだ。どこかで変化があるのだ。だから、何かに日常を変化させられるよりも、俺は自分から……。


そんな風に駅前の広場で俺はボーっとしていると、視界が突然ふさがれた。


「えへへ、だーれだ?」


「あはは。まるわかりだよ」


「本当? なら当ててみて!」


暖かい彼女の手のひら、そして声。誰よりも知っていた。それは俺の日常の象徴なのだから。その暖かさは今の俺の日常を支えている。今度は絶対忘れてはならないのだ。


「お前がわからないわけないじゃないか、春香」


「……っ。せいかーい! すぐにわかる和人君、だーいすき!」


暗かった視界から解放され、彼女の笑顔が目の前に広がる。まさしく春のような笑みだった。彼女は嬉しそうな顔をしながら、俺に抱き着いてきた。


「おいおい春香、熱いって」


「いいじゃん、減るものじゃないし~! えへへ、和人君♪」


グリグリと頭を俺の胸に押し付けてくる彼女。今日はいつもにも増して彼女のスキンシップが激しく感じた。人通りが激しい中でこうするのは恥ずかしく、俺は少しいじわるを言ってみた。


「減ってる減ってる。サービスし過ぎだって」


「ん? 何のサービス?」


「春香の胸がさっきからすごく当たってるんだよ。ていうか前から思ってたんだけど、お前胸でかいな」


「……もぉー! 和人君のえっち! スケベ!」


彼女は恥ずかしがって少しだけ離れて頬を膨らませた。彼女はそういう面に弱いのだ。スキンシップの激しさと反して。そのギャップも春香の魅力の一つなんだけどな。そしてそんな彼女は俺を可愛く睨みながら愚痴を漏らした。


「和人君はいつもそう! いい雰囲気になると、いつもえっちなことばかり言って……」


「なんだよ、いつものことだろ」


「それはそうだけど……。……って! こんなこと慣れたくないよ! 恥ずかしいし」


「俺はそんな春香が見れて嬉しいし楽しいけどな」


「何それ! ふーんだ!」


また頬を膨らませてそっぽ向く彼女。少しばかり機嫌を損ねたようだ。俺は苦笑いをしながら、どうやって機嫌を取ろうか考えた。するとすぐに思いついた。俺は春香に手を差し伸べながら、こう言った。


「春香姫、……こんな俺でもデートしてくれませんか?」


「ぷんぷん! ……あっ。それって今日の映画のCMの……」


そう、今日の観る映画のCMであった、有名なシーンを俺は真似たのだ。少しばかりキザったらしくて恥ずかしいが。


「ごめんな、俺も今日が楽しみで少しはしゃぎ過ぎていた。映画、手を繋いで行こうぜ」


「か、和人君が自分から手を繋ごうだなんて珍しい……」


そう、俺は恥ずかしくてあまり人前で積極的に手を繋ごうとはしない。でも、彼女の機嫌を直したくて、我慢して提案した。だが、少し恥ずかし過ぎた。


「……手を繋がないだな。わかった。早く行こうか」


「わーっ! つなぐよ~。はい、ちゃんとエスコートしてね♪」


「はいはい、任せてくれ」


彼女と手を繋ぐ。彼女の手は結構な頻度で繋いでいたが、少し感触が違った。それは今日が特別なデートの日だからか。だからいつもと違った感覚を得るのだろうか。……いや、俺が恥ずかしくて、感覚が鈍くなっただけか。

そんな俺の様子が面白いのだろう、彼女は俺をニヤニヤと見つめてきた。


「あっー、和人君恥ずかしがっているの?」


「……うるせー」


「ふふっ、和人君可愛い! そんな和人君、だーいすき!」


そう言いながら俺の腕に抱き着いてくる春香。あー、さっきより恥ずかしいじゃねえか。俺は早く映画館に着きたくて、早歩きになった。


「もう、和人君歩くの早いよ~。あはは、恥ずかしがっているんだねー」


「……ふんっ」


俺は彼女に図星をつかれて反応しなかった。そんな俺の態度が面白かったのだろう、彼女は笑みを深めた。


「うふふ、……それにさっきの和人君、かっこよかったなぁ」


「……そうか?」


「うん、そうだよ。何だかね、王子様みたいだった!」


「……っ」


何でもない春香の一言。だが、俺はその時妙な感覚を得た。

『王子様』

頭の中で少し何かが弾けたような気がした。

『和人、私の王子様』

苛立ちが何故か胸に生まれた。何故だ? ただイラついた。自分の無力さを感じた。何故こんなにも自分に苛立つのだ? 俺は今の俺に満足していたはずだ。ただ俺は日常を謳歌していたはずだ。何も腹立つ必要がない。イラつきすぎて、そして平静になろうとして、春香の手を振り払おうとした。そんな時、一人の女の子が俺達に話し掛けてきた。


「あっ……春香先輩」


「うん……? あなたは……」


俺に面識はなかった。どうやら春香の知り合いだろう。その女の子を見る。彼女には悪いが、どこにでもいそうな普通の女の子だった。だが、一つだけ違った。それは彼女の様子だ。何故か、顔を青ざめていた。俺達を見ながら、……いや、春香を見ながら。何故だろう、……それが春香を怖がっているように見えた。おかしい、会ったときはびっくりした春香だったが、今はどうみても笑顔のはずなのに。


「ご、ごめんなさい……お邪魔してしまって」


「ううん、別にいいよぉ。そんな怖がらないで! ……うん、元気に元気に! 元気が一番だよ!」


「は、はい! ごめんなさい! わ、私、元気です!」


春香はいつもの調子だった。しかしその目の前の女の子は一挙一動が大げさで、……いや、怯えていているようだった。何故だろう、春香と前に喧嘩でもしたのかな?


「えっと、私に何かようかな?」


「い、いえ! 何でもありません、偶然です……」


「そっか。それじゃまた学校でね!」


「は、はい!」


彼女は大きな声で返事をすると、すぐに俺達とすれ違い離れていこうとした。俺はそんな彼女の様子が気になって見ていたのだが、彼女が春香の横を通り過ぎる時、何か春香と話していた。

「……大丈夫です」

「……そっか。お疲れ様」


声が小さくて聞き取れなかったが、何を話していたのだろう? だが、彼女は離れていってしまった。


「和人君! 何ボーっとしてるの? 早く行こうよ!」


「あ、ああ……」


春香は俺の手を引っ張り、歩き出した。いつもより力強く感じた。

先ほどの彼女の姿はもうどこにもなかった。




………

……




映画館の中に、俺と春香は手を繋ぎながら入った。恥ずかしかったが、「暗いから気にしなくていいよ!」という春香の押しに負けてしまった。映画館の中には女の子の友人同士、それと……、まぁ、カップルが多かった。まあ映画の内容からしてその層向けだ。

映画の内容、それは春香の好きな恋愛物だ。確か題名は……『ホンモノコイ』だったか? 内容はどこにでもありそうなものだった。主人公の女の子がクラスに好きな男(幼馴染の関係に近い)がいる。そんな中にイケメンの転校生が入ってきて、主人公にアタックする。そんな三角関係の中で誰と付き合うの? というのがテーマの映画だった。

まあ、こんな内容の映画だから、誰との恋愛を応援するというのが世間の話題になっていた。春香は『断然元から好きだった男の子だよ!』と言っていた。その春香だが……。


「……っ」


チラッと春香を横目で見る。主人公の女の子と転校生が急接近する場面、そこを心配そうに見つめていた。あまり二人の恋を応援していないのだろう。

そのシーンも終わり、やがてラストシーンに近づく。そしてやっと主人公と元から好きだったクラスメイトの男との恋愛シーンになった。春香が感極まったのか、俺の手を強く握ってきた。「頑張れ……頑張れ……」小さな独り言が聴こえてきた。その二人は結ばれた。深く、深くキスをしていた。春香が「やったぁ……」と喜ぶ声が聞こえた。ふと彼女の様子を横目で見てみる。ジッと顔を近づけている春香の様子が伺えた。心なしか、暗がりでよくわからなかったが、目が潤んでいるようにも見えたのは気のせいだろうか。俺は恥ずかしく、映画をただジッと見つめている選択肢をとった。「……和人君のヘタレ」。映画のせいで聴こえない振りをした。


だが、この映画を観に来てよかった。春香も映画の内容に満足しているようだったし、そして何より俺も得るものがあった。それは映画の内容から得たものだった。映画の主人公は、転校生という日常を変化させるものが来た。だが、最後は自分で答えを見つけ、自分から動くことができた。それが少しだけ、自分の背中を後押ししてくるように見えた。




………

……




「あー、本当に映画面白かったね! ね、和人君!」


「ああ、そうだな」


映画も終わり日も暮れ、俺達は腕を組みながら(これも恥ずかしかったが)ディナーと洒落こんでいた。あまり学生のような者達が来そうにない、大人っぽいところ。店も普段のファミレスなどよりも少しお高めのところ。そんな非日常感を味わいたくてきていた。


「やっぱり、あの二人が結ばれて嬉しかったなぁ。お似合いだもん! あのラストのデートもね、こっちが二人のキスシーンみて恥ずかしかったよぉ」


春香は少し雰囲気に酔っているようだった。少し顔も赤らめて、朗らかに笑っている。……酒、頼んでないんだけどな。

だが、彼女が楽しんでくれていて何よりだ。だからもっと楽しんくれるように話題を深堀した。


「春香、あの二人好きだもんな。どんなところが好きなんだ?」


「え? あらためて言われると悩んじゃうなぁ……」


春香は少しだけ悩み、こう答えた。


「んー? 確かに俳優さん達の相性もあるけど、……そうだねぇ、やっぱり二人の関係性かなぁ」


「関係性……?」


春香は、いつもより自信たっぷりの笑顔でこう言った。


「あの娘はね、ずっとあの男の子が好きだったの。そして好かれた男の子もそうだった。だからそんな二人が結ばれるのは当たり前のことだし、嬉しいよ」


「……」


「あの娘達はね、自分たちの日常を守っただけだよ。あの子達の日常、大切な日常。ちょっぴり、まあ何ていうか『災害』? みたいなことが起きちゃったけど、それを乗り越えて二人の絆が深まったの。本来はあんな邪魔なもの、いらなかったのにね。必要がなかった。でもね、また大切な日常が戻ってきてくれたの。ねえ、和人君、あなたはどう思うの? 感想を聴かせてほしいな」


「……俺は」


春香の想いは確かにわかる。だけど俺は……。

『いや、いや! 助けて、助けて和人! 和人っー!!!』

……そうだな。


「……俺は、あの転校生が来ても、しょうがなかった、……いや、来るべきだったと思う」


「……そっか。まぁ、物語の都合上、そうだよね。」


春香は何とも言えない表情をしていた。笑っていて、怒っていそうで、それでいて悲しそうで、苦しそうで。何を想っているのだろう? 彼女の気持ちを聴かせてほしいと思った。だけど、俺は話を続けた。続けなければならないような気がしたのだ。


「違う、……物語なんて関係ない」


「……え?」


「何にでも、変化はくるんだ。友達と、親と、そしてその彼らとの日常でも。そして、そして……、お前との関係にでも。それは、逆らえないんだ。その変化は外から来ることが多い。……だけど、自分から、自分から流れを変えることができる、そう思いたい」


『悪影響を与えるな』

何故その言葉が頭に浮かんだのかはわからない。過去に言われた記憶はない。誰が言ったのかもわからない。だけど、一つ頭にしっくりくることがあった。

……ああ、そうだ。それは俺という『外』の穢れからただ大切な人を守りたかっただけの言葉なんだ。ただ、今も心が離れているその人が、より遠くに行ってしまうことを恐れただけなのだ。……だから俺は。俺は春香のことが好きだから、自分から……。


「だから、俺は春香を、春香に……「ダメだよ」……」


そう言葉を遮った春香の表情は伺うことはできない。それは彼女がじっと、テーブルを見つめているから。春香の笑顔が見たい、好きな彼女の。それは先ほどの彼女の言葉が、今まで聴いたことがないような冷たさをもっていたから。


「だーめ。日常は壊したら駄目。絶対に駄目。何でこんなにも暖かい日常を壊す必要があるの? 飽きることもないよ? だって大好きなんだもん。誰にもここは渡したりはしたくない」


「春香、聴いてくれ春香。ただの意見の食い違いなだけなんだ」


俺は咄嗟にその言葉を彼女にかけた。それは彼女の様子がいつもと違い過ぎたから。彼女の暖かい声を聴きたかった。


「こんなにも好きなんだよ? ずっと、ずっと昔から。あなた以外には考えられない。あなた以外のどの男にも触られたくない。気持ちが悪い。あなただけ、あなたの隣だけが心地いいの。今、誰よりも私のことを見てくれる。昔じゃ考えられなかった。いつもどこかに行ってしまったから。だけど今、こうしてやっと手に入れた。もう誰にも渡したくはない。それは許すことができない」


「春香、頼むから聴いてくれ……」


春香はただ言葉を続けた。それは自分を守るようにも見えた。彼女が自身の腕で自分を抱きしめているのを見て、そう感じた。

そんな彼女は、見ていられなかった。明るかった彼女。いつもドジな彼女。甘えたがりな彼女。そして、誰よりも暖かさを与えてくれた彼女。

そんな彼女だからこそ俺は、……元気付けたかった。


「春香っ! 聞け!!!」


「……へ?」


声が大きくなった。今まで出したことがないくらいに。おそらく店の誰もが俺達の注目しているだろう。だけど、そうしなければならなかった。そのくらいでなければ、彼女は気が付いてくれないのだから。

……ああ、そうか。

だから、そうしなければならない程に、春香は今まで、……そして今もあんなにも……。

「春香、お前が好きだ!!!」


「へ、え? ええええぇぇぇ!!! 今、このタイミングで?」


「タイミングなんて関係ねぇ! 好きだから好きって言う! それだけだ! 文句あるか!?」


「ちょっ、ありまくりだよぉ! もうちょっと場所とムードも考えてよ! 和人君のバカ! 鈍感! 変態!」


「馬鹿で鈍感で変態で悪いか!」


「あー、もうめちゃくちゃ……、あ」


何か、驚いたような顔をした彼女。今は彼女の顔を伺うことができた。その顔をただ、いつもよりも赤かった。


「和人君が、恥ずかしがって滅多に言ってくれない和人君が、好きって……ぁぁ」


春香は恥ずかしがって下を向いた。だが今度は表情は伺えた。それは恥ずかしがっているからか、中途半端に下を向いているから。恥ずかしがっているのがわかった理由? それは春香の顔全体が赤すぎるからだ。だが甘いな。俺はそれ以上に顔が赤いぞ。


「春香、足りなかったらもっと言うぞ! 好きだ春香! 今度はお前が言う番だ春香!」


「わかった、わかったからぁ! だからちょっとタイム! わ、私も和人君のことが……

、いや、言わないよ! ここで!」


「言わないのか春香!」


「言わないよ和人君! あー、もう! ちょっとお会計してすぐ出よう!」


「わかったぞ春香! そんな冷静な春香が好きだぞ!」


「わかった、わかったから! 店員さん、お会計お願いします!」


店員を呼び、すぐさま会計する俺達。店員は俺達を見て意味ありげにニヤニヤしていた。それに春香は一層恥ずかしそうにしていた。

店を出て、横並びになり早歩きで帰り道を歩く俺達。無言だった。一見すると誰が見ても喧嘩しているようにしか見えないだろう。だが、俺達はただ恥ずかしくて無言なのだ。お互いこれ以上ないくらい赤くなっているのだから。


「和人君!」


そんな雰囲気の中、人通りも少ない道。そこで春香は突然大きな声を上げた。


「何だ春香!!」


「まだそのテンション続いているの!? ……もう、続けるよ!」


明らかにテンションが壊れた俺。恥ずかし過ぎた。そして俺はこんな真似、今までしなかったはずだ。キャラ崩壊だ。海、……海先輩に絶対に見せたくない。そして、……いや、誰でもいい。


「私の顔を見て! さっきから赤くなってる! 和人君のせいだよ! それなのに和人君ばっかり平静で! ずるい!」


「俺も恥ずかしくて赤いぞ!」


「嘘!」


「本当だ!」


「嘘! だったら近くでもっと見せてよ!」


「わかった!」


彼女に近づく。近くで彼女の顔を見ると、赤くなっているのがわかった。何故彼女は俺の顔がわからないのだろう。だが、そんなことを思った瞬間、急接近で彼女の顔が近づいた。キスされたのだ。


「和人君のばーか! 私の方がもっともっと好きだもん! じゃあね、また明日!」


春香はそう言って走り去った。あんなに速く走っている春香を見るのは初めてだった。だが、『また明日』、その言葉を胸に抱いて、希望を抱いて、そして俺も帰り道を走って帰っていった。



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