3章5話
3章はこの話(3章5話)で終了です。
また、以下にこの話における注意点を記載します。
・流血描写があるのでご注意ください。
・ヒロインが特に理不尽な目にあう描写が多いのでご注意ください。
「ねえ和人、その……、きょ、今日、私の家に絶対に来なさい」
「え……?」
今は高等部3年となっていた。いつものように学校に通い、いつものように美姫に会う。繰り返しの日常。それは高等部を出た後も続く。この学校は中高大一貫なのだ。俺と美姫は面倒がってこのまま大学へ進む道を選んだ。まあ、「受験勉強で和人との時間が奪われるのが……、その、わかりなさいよ」と美姫が言ったからだ。そんな理由でと苦笑いしたが、俺は彼女の意志に従った。
先程、繰り返しの日常と述べた。それは俺が美姫との距離間を一定に保っているからだ。それは海のように急速に縮めず、C,Dのように突然壊さず。ただ彼女に悪影響を与えなくなかった。彼女の父親の言葉が頭にとどまっていた。悪影響を与えるなと。そこから俺は、彼女の理想の男を演じなければならないと常に心に誓っていた。彼女にとって模範となるべき男に。人を傷つけず、美姫を傷つけず、ただ真面目に、スポーツ、学業に勤しみ、美姫のために行動していた。もちろん彼女と体の関係を迫っていない。彼女から……、その、……そういうアピールを受けたことは何回かある。だが、それを全て俺はスルーした。彼女に俺のせいで穢れてほしくなかったから。
だから彼女のさっきの言葉が気になるのだ。
「和人、今日何の日かわかる? ま、どうせズボラなあんただから……」
ああ、なるほど……。そういうことか。
「知ってるよ。こんな大事な日を忘れるわけがない。美姫の、誕生日だろ?」
「そ、そうよ。まあ、私は和人が忘れるわけないってわかってたけど! 確認よ、確認」
そう言いながら安心したようにしている美姫に俺は苦笑いした。
「ふふ、和人はどんな素敵なプレゼントをくれるのかしら」
「あはは、あまりプレッシャーをかけないでくれ。……ああ、思い出した。少し野暮用があったから遅くなってしまうかもしれない。それでもいいか?」
「いいわよ。だけど、絶対に来てよ……。お父様とお母様、今日いないから」
「ああ、絶対に行くからそんな心配そうにしないでくれ」
「もう、そんな心配してないわよ! 早く済ませてきなさいよね、……待ってるから」
彼女は言った、両親がいないと。……わざわざ言うってことは、そういうことだよなぁ。彼女も俺との関係にそろそろ痺れを切らしたのだろう。キス以上の関係から進めようとしない俺だ。そんな俺に怒っているのかもな。いや、……心配しているのかもな。彼女の理想になろうと、俺は彼女の父親に言われたあの時から、人間関係構築と、学校の成績を上げることに努めてきた。彼女が自慢できるように、そして彼女が少しでも悪い影響を与えないように。そうすることで遠目に見てきた女の子たちも俺に話しかけてくる回数が増えた。顔だけは姉さんに似てよかったからなのだろうな。美姫は頬を膨らませ怒っていた、「和人は私だけしか見ないこと!」と。彼女の機嫌をなおすのに疲れたが、今では笑える話だ。
だが、彼女はそんな俺との関係を一気に進めようと、少し必死で家に呼んだのかもな。
そんな彼女は、恥ずかしそうにしながらも、何か清々しそうに、そして決意を固めたようにして、こう、笑いながら言った。
「今日ね、和人と色々なことを話したいの」
「色々なことって……?」
「私の事、私が今までどう過ごしてきたかとか、私がどんなこと考えているか、いっぱい、いっぱい……和人に聴いてほしいの」
彼女は笑った。俺は少し驚いた。彼女がこんなに素直に、こんなに晴れやかに笑うのは、そして自分からはめったにないのだから。
「和人、……、その……好きよ? だから、絶対、来て頂戴ね?」
だから俺は、そんな彼女に見惚れながら頷くことしか頭の中の選択肢はなかった。
それから学校を終え、俺達は一旦別れることとした。急いだ。彼女との約束を果たすため。そして彼女の笑顔を少しでも見たいため。俺は早く野暮用を済ませようと、自宅の玄関を開けた。そして思った。
「……あれ、野暮用ってなんだ?」
『22z』
……あれ?
……最近疲れていたのか? 気を張り詰め過ぎていたのかもしれない。俺は自分のしょうもないミスに腹が立ち、それから急いで美姫の家に急いで向かった。美姫を心配させないように、美姫が喜んでくれるように。彼女の家の前に着いた。チャイムを押す。だが反応がなかった。……おかしい。彼女とのSNSのメッセージを見てみる。彼女は家で待っているというメッセージを残していたはずだ。もう一度携帯を見てみると、『リビングまで勝手に入ってきて』というメッセージを残していた。何かサプライズでもあるのだろうか。まあいい。玄関が少し開いているのが気にはなったが、「……お邪魔しまーす」という断りを入れながら彼女の家の中に入っていった。
だが、少し様子がおかしかった。電気もついてないし、しかも以前訪問した彼女の家の空気とは何かが違った。……静かすぎるし、何より、空気が張りつめているような気がする。すると、今まで聴いたこともないような美姫の大きな声がどこからか聞こえた。
「か、和人! 逃げて!」
「え……?」
ゴンッ!!
後ろから強い衝撃が走った。本当に強い衝撃を受けた時は何も行動ができないんだなと、他人事のよう感心していた。誰かから殴られたのだろうか、そんなこともわからず気絶した。
しばらくしてそして目が覚める。隣には泣いている美姫。彼女と一緒に両手足を縛られていた。彼女から聴いた説明によると、どうやら強盗、数は1人らしい。美姫はお嬢様、この家は裕福だ。それに美姫の両親は忙しいからか、家に帰ることは滅多にない。恰好の強盗の獲物だ。
「ごめんね…ごめんね。私が無理矢理呼んだから……」
「いや、いいんだよ。あまり心配しないでくれ。俺がついているから」
「うん、うん。……和人、お願い、守って」
「ああ、もちろんだ」
彼女というお姫様を守る、それは俺にとって唯一できることだ。彼女の世界を守る。汚い害虫から彼女の世界を守る。汚い俺が唯一できることなのだ。
……おそらく、犯人は金目のものを盗って出ていくだろう。リスクをこれ以上犯す必要は犯人も感じていないだろう。だから頭の中で、この出来事が終わった後のことを想像した。彼女は傷ついているだろうから、彼女をどう慰めるかを。……そうだな、旅行とかにでもいくか。それとも前に行った彼女の別荘もいいかもしれない。もう一度彼女と夕陽を眺めたいな。
そんなことを考えながら美姫を慰めていると、突然強盗が入ってきた。
「ひっ」
「大丈夫だよ、美姫」
怖がる彼女を宥めつつ、俺は手足の縄を解こうとしていた。解ける理由は、昔姉さんにその方法を教わったからだ。和人がいつどのような状況でも対応できるようにと。あの時は姉さんもおかしくなったのかと少し疑ったが、それが今では役に立っていた。姉さんには感謝しかない。
そして解こうとしている理由は、いつでも美姫を守れるようにだ。強盗を積極的に捕まえようとする必要はない。もちろん彼女の家の財産を守ることを第一目的とするならば、捕まえる必要があるが、今の最重要目的は彼女を守ることなのだ。だから強盗が彼女に危害を加えようとしてきたときに対応できるようにしていた。だが、手間取っている。どうやら相当ひどく固く縛っているようだ。苛立ちながら顔を犯人の方に向ける。
「……」
犯人の様子を伺うと、先程から美姫の方をじっと見つめている。……少し嫌な予感がしてきた。美姫もその視線に気付くと、震えだした。美姫にこれ以上怖い思いをさせたくない。その一方でこれ以上犯人を刺激をしたくない。だから美姫に耐えてもらうしかないのだ。
だが……。
「えっ……?」
犯人は美姫に近づき、美姫の体に触り始めた。手は美姫の胸に、尻に。その様子を見て、俺は激しい怒りを抱いた。美姫を汚すな、お前のようなやつが美姫の綺麗な身体に触るな。美姫が腐ってしまう。ついには彼女の服を脱がし始めた。
「いや、いや! 助けて、助けて和人! 和人っー!!!」
彼女の泣き叫ぶその言葉、悲痛に歪んだ顔。俺はそれで俺の頭中の思いは一つになった。行動も速やかになった。今まで手間取っていた縄を全て解くことができた。
自由になった俺は。やるべきことは一つ。目の前の汚い男を排除すること。だから俺は渾身の力を込めて、こいつを殴ったのだが……。
「……あっ」
………
……
…
「えへへ、和人! かずと、かずとぉー」
「……」
「和人ったらぁ、ねぇ、かーずとっ♪ ふふっ」
「……っ」
白い、それでいておしゃれさをまったく意識してなく機能美だけ追い求めた服を着た美姫。彼女は俺に頬擦りしていた。俺の存在を確かめるように、笑顔で。俺はそんな彼女に強い罪悪感と、苛立ちを感じていた。
場所は病院。患者は、美姫。彼女は俺を想うあまりか、俺と食事に行かないかぎり、口に何もいれなかったらしい。点滴を打った生活だ。俺と一緒の空間以外で食事をしたくないと彼女は笑いながら話していた。俺は正気を疑った。彼女のその想いが、その結果が、今の栄養失調による病院行きだ。
そう、正気ではなくなってしまったのだ。変わってしまったのだ。
今の彼女はあの気高く、孤高の彼女ではない。……今の彼女は何だ? こんな、男に甘えた声など出したことは一度も聴いたことはない。こんな、男に媚びるような態度をとったことは一度も見たことはない。
彼女は、変わってしまった。俺が望んでいない方向へと。俺は彼女の孤高の美しさに惚れたのだ。今の彼女はそんなものを捨て去り、俺という存在に寄りかかっている。確かに付き合っていた時も孤高の美は消えようとしていた。だが、まだ『美しかった』。今の彼女を俺は到底認めることができなかった。
「……美姫、もうやめてくれ。俺が好きになった美姫は、こんな美姫じゃない」
口の中の鉄の味に顔を歪ませながら話しかける。その言葉を聞き、美姫は笑顔が消え、少し考えた。そして、少し恥ずかしそうに笑いながらこう言った。
「ありがとう和人、好きって言ってくれて。私も好きよ。でもね、……あれから、あの時から、私はやっと正直になれた。これが本当の私よ。本当の私は、誰かにずっと依存しなければならない弱い女なの」
「……違う。君はそんな人じゃなかったはずだ。君はもっと、一人でも、……」
「ううん、違うの。和人がいなくちゃ何もできない、それが私よ。和人、ずっとそばにいて、ずっと私を見ていてね。私も、ずっと和人のこと見てるから、愛しているから……だから……」
「……」
そう、彼女が言うように、彼女は『あの事件』から変わってしまったのだ。あの事件とは、彼女の家に強盗がきた日。あの日が決定的に彼女を変えてしまった。そして俺も変わってしまった。何故、何故俺はいつも……。
俺が心の中であの事件を悔やんでいると、美姫はこんなことを言い出した。
「ねぇ、和人。……もう、学校に行くのはやめましょう? 私の部屋にずっといて、一緒に過ごしましょう? 外は辛いことばかりだもの……」
「……は?」
彼女は何を言っているのだ? 一瞬理解できなくて、惚けた声を出してしまった。
「私達だけでこの世界はいいでしょ? ……ねぇ、久し振りに、キスして?」
「……冗談はやめてくれ。すぐ近くにお前の親がいるんだぞ? 何を言ってるんだ?」
あの彼女の父親に許可をもらって今俺は彼女を面会している。彼は俺が美姫と会うのに良い気がしなかった。その理由は……、すぐにわかる。だが、今こうして実際に会わせてくれた。それは美姫が異常な様子で俺を求めていたらしい。『和人、和人ぉ! 和人に早く会わせてよぉ!!』、と叫び続けたそうだ。その美姫の様子に疲れて、ついには折れたらしい。
そんな美姫はつまらなそうな顔でこう言ってきた。
「……別にいいって言ってるじゃない。誰がいても関係ないわ。それに私の和人のことをあんな風に悪く言う人たちは嫌い。あの人は、あの人たちは私に何をしてくれたっていうの? あの時の和人のように『守って』くれた? それどころか私から和人を取り上げようとしているのよ? そんなこと認められるわけないじゃない!! ……もういいわよ、大嫌い。……この世界は和人と私だけで十分なの」
彼女の親の言い分は正しい。あんなことをしでかした俺は、人から批難されても仕方がないのだ。彼は、そして周りの人たちは俺と美姫を離そうとしている。前に彼女の父親は言った、『悪影響を与えるな』と。そう、俺は与えてしまった。だから彼女から離れるべきなのだ。彼女の将来を想えば、離れた方が正解なのだ。
だから……そうだ、だから。
「……もう、別れよう」
別れを切り出す。俺は、もう彼女の将来を想えば隣にいることはできない。これ以上、綺麗な彼女を汚すことなどできないのだ。それは俺自身が許せないのだ。それに……もう耐えられないのだ。
そんな俺の言葉を信じられずか、彼女は慌てた様子でこう言った。
「……も、もう、いつもそんな冗談ばかり言って。本当は私のこと大好きなんでしょう? 別れたくないんでしょう? いいのよ、本当の気持ちを出して。和人も前に言ったじゃない、ツンデレって言うんですっけ? そんなのはもう流行らないって。だから私のこと好きって正直に言ってよ」
「……」
「うそでしょ……? わ、わかったわ。もう我が儘言わない。それになんでも買ってあげるわ! 和人の望むことを言って。だから……だから別れるなんて……」
「……」
無言を貫く。俺は言葉を紡いではいけない。紡いでは、その言葉には必ず彼女への愛情が滲んでしまうのだから。汚してしまうのだから。だから、何も言うな。その冷たい態度で興味がないことを知らせろ。それくらいはできるだろう。
数分の静寂。その後、彼女は何かを決意し、尋常ではない行動をとってしまった。
「……わかったわ。 ……っつ」
「……ッ! 美姫! やめろ!!!!」
彼女は、刺した。
美姫自身の腹を、俺が来るまで誰かがリンゴを切っていたであろう果物ナイフで。
「えへへ……痛いなぁ。これで別れるなんて言わないでしょ? 心配してくれるでしょ? 見て、私の血。私の髪の色と同じでしょ? 和人が綺麗って言ってくれた……。」
「美姫! 美姫! 誰か……誰か来てくれ! 美姫が! 美姫が!! 誰でもいいんだ!早くきてください!!!」
「いやぁ……いやぁ! 見てよッ和人。和人のために大事にしたんだよ、この髪。ねぇ和人、……和人ぉ……、いや、いやよ! 誰も、見ないで! 私だけみてよぉ……!!!」
…………
………
……
…
そして、少しばかりの日が経った。
俺は病院の屋上で、街の景色を眺めていた。左手にはコーヒー缶。そして右手には……タバコ。前の時間軸でも吸っていた銘柄。手を出した、頭を空にしたくて。荒ぶる感情を抑えたくて。そして、……決心したくて。
俺がここにいる理由。それは美姫の手術も終わり、面会できるようになったからだ。俺はもちろん会わないと決めていた。もう彼女と会ったらいけないと。だが、彼女の父親が俺に会ってほしいと、意外なことを言ってきたのだ。その顔は疲れ、恐怖、そして怒り。どうも、『誰かさん』に弱みを握られたらしい。……その誰かさんは頭は良かったんだけどな、まさか親を脅すようになるとは。そして彼女の父親は怒っていた。そう、俺が彼女を汚してしまったんだから。悪影響を与えてしまったのだから。
外は雪が降っていた。綺麗だと思った。純粋な白。白雪の姫。俺は昔の彼女を思い出した。純粋な世界を。だが、その雪は地面に落ちると白くなくなってしまった。地面と同化した。それが彼女に見えた。
俺は彼に罪悪感を抱きつつ、そしてこれから決着をつけるために、こうしてまた、美姫の病室のドアを開けた。
「えへへ、ちゃんとまた来てくれたぁ。和人、何だかんだ優しいんだから」
久しぶりに会った彼女の顔は、以前のことがなかったように朗らかだった。そして今までよりも媚びた笑みを浮かべていた。
……異常だ。彼女はもう、だめだ。
何故あんなことをしていてそのような笑顔を俺に向けることができる? 何故何事もなかったかのように平静を保つことができる。
せっかく、せっかく俺は……俺は、何でいつも……。……いや、何を泣き言を言っている。そんな泣き言を言う権利など、俺にはない。何人の女性をどん底に俺は落としてきたと思っているのだ。だから、しっかりとしろ。いつものように、機械みたいに冷静な俺を演じろ。演じることだけが得意だろうが。
「……病人にこういうのはだめだと思った。だけど、もう一度はっきりと言うよ」
「え……?」
「別れよう」
「……もう、またぁ? それなら……」
「もう自殺紛いのことをしようとしても無駄だ。そういうことができるものは取り除いた。あったとしても、何もさせない。俺が必ず止める」
「……ねぇ、何で、何で前みたいに優しくしてくれないの? 見てくれないの? 和人ぉ……私の王子様。私だけの、王子様。好き、こんなにも好きなのに」
……使うしかないか。
彼女は今、視野がとても狭くなっている。これでは、このままでは生きてはいけない。
だから、だから俺は彼女を『壊す』。異常から正常へと。取り戻すために。
……いや、本来は壊す必要はないのかもしれないな。そうだ、壊す必要はない。
俺は、……『去る』ことを決めたのだから。『戻す』ことを決めたのだから。
だが、言わせてもらおう。もう止められない。俺が耐えられないのだ。俺の感情を、激情という俺が嫌う感情を。
「俺は、君をもう好きでなくなったからだ」
「……うそよ」
「本当に、君のことが好きだった。綺麗だと思っていた。汚したくないと思った。だけど、君は変わってしまった。俺が好きだった君とは変わってしまった。……あの時から。」
「……」
「あの事件から、君のことが……好きじゃなくなった。それどころか、怒りを感じていた!」
「やめてよ!!! 何でそんなこと今更言うの? 聴きたくないわ! やめて……本当に」
弱弱しく、震えながら、彼女は叫ぶ。だが、続ける。
「あの時はしょうがなかった。俺も君も正常な環境や状況ではなかった。あの『事件』の場では、皆いつものようにいかないのはわかっている。だけど、君は……」
「やめて! 私は、あなたのためならなんだってするから! 私にはあなたが必要なの……。私達は二人で一つ……あなたを、愛しているのよぉ……」
「それは本当に愛情だけか? 違うだろう! 君は、君は罪悪感、そして責任を感じているがだけだろうが! そんな『義務感』はいらない! そんな気持ちの悪いもの、いらない! 押し付けるなっ!」
「っ………ああぁ」
彼女は震えだした。彼女は瞳から涙を流し出した。愛していた彼女の様子に一瞬、決意が揺らぐ。だが、だが俺は……。そうだ、やりきるのだ。
「俺は、もう普通じゃなくなった。壊れてしまったんだ。あのときから! そして美姫も!君は俺から離れることができないぐらい弱くなってしまった」
「やめてよぉ……これ以上は、やめて」
「あのとき君は……」
「違うの、違う違うの!!!」
俺は彼女を壊す。彼女をまた、孤高の姫にするため。
「君は俺を拒否した!!」
「違うのぉ!」
………
……
…
あの日、強盗が来た日。
美姫は大事な人だ。彼女を傷つけることなどあってはならない。そして汚してはならない。それは俺のクソみたいな意地。そして、愛情。俺は確かに美姫を愛しているのだ。理想を押し付けているのも自覚しているが、愛しているのだ。そんな愛している者が汚されようとしている事実を、認めることができるか? いや、そんなことを認めるようでは、何のためにここに存在しているのだ?
『和人、守って』
美姫の言葉を思い出す。俺は、彼女を守るのだ。彼女の理想なのだ。
俺は美姫の敵を殴った。力一杯。
「……あ」
予想できないことが起きてしまった。その犯人は、体勢を崩し、後頭部を角にぶつけ、血を流していた。酷く血を流していた。「……脈がない」……おそらく、亡くなったのかもしれない。急いで犯人の脈をとったが、……脈がないのだ。それよりも俺は美姫が気になった。彼女が傷ついていないか。それが心配だった。
「美姫! だいじょう……ぶか?」
犯人の血が少し付いた俺は、彼女に話しかけた。本気で心配していた。守ることができて少し安心していた。でも、彼女は……。
「ひッ……いや…」
人を…■したであろう俺を、怖がった。恐慌していた。そんな彼女の畏れた顔で俺は壊れた。確かに俺は、人を……■した。しかし、俺は彼女、彼女のために、ために! 俺は人を■した途方もなく大きな罪悪感、そして美姫の反応に感情を爆発させ、壊れてしまった。そして思い出してしまった。俺の過去を。俺の忌み嫌う過去を。だから、今までの俺は砕け散ってしまった。
………
……
…
「俺が少年院から帰った時、君は俺をちゃんと迎え入れてくれた。だけど、あの目を忘れたことはない」
「いや、いや!」
「お前は今俺に依存している。そして、その依存は罪悪感からくるものだろう。当然だ、そのことを責めないさ。だけど、それが本当に嫌なんだ……気持ち、悪いんだ」
「いやぁ……」
「私を見てだと? 私はあなたを愛しているから、だと? お前は自身の失態だと思っていることをカバーしたいだけだろう? もういい、俺を捨ててくれ。君の人生に俺はもう汚点でしかないんだ。だから捨てろ」
「あなたは汚点なんかじゃない! あなたがひつようなの……あなたなしじゃ……」
「ギブアンドテイクだよ、お前が求めているのは。君の罪悪感をなくすために、俺の望みをかなえようとしているだけ。だからお前は俺を横に置きたいだけだ。もう君は俺をただ愛してなんかいないんだ。……そんな感情で俺は、お前に見られたくはない。どうせなら、……どうせなら、俺なんかをただ純粋に愛してほしかったんだ」
「違う! 私はあなたを……!! ……じゃあ、どうすればいいの!? しょうがないじゃない! あんなことがあったんだもの! そんな感情を抱かずにはいられないじゃない! 全部忘れろって言うの!?」
話は平行線をたどった。終わりがないのが見えた。お互いの感情をただぶつけ合うだけ。それは二人が納得いく正解など導けるはずがないのだ。
……そろそろ、潮時か。でも、俺は、一人でも生きていけるような、孤高な彼女が好きだったんだ。こんな、こんなただ俺に都合のよい愛だけを囁く『人形』など、欲してはならないのだ。……だから、俺は。
彼女に背を向ける。振り向かないと誓って。そして、もう彼女と、この黄金の時間に別れを告げるために。
「じゃあな、……好き、だったよ。……前の君を、心の底から。だから、その時に戻ってくれるなら、本当にうれしい。これからも、元気でな」
「ちょっとうそでしょ……? 別れるっていうなら……絶対見つけ出すから。……絶対に、忘れないから。離さないから! 一生かけても……和人を!!」
ただ、後悔しかなかった。
彼女との日々はただ俺を満たしてくれた。かけがえのない日々だった。だが、それを俺は壊してしまった。俺があんなことをしたせいで。
世界をやり直す。後悔を込めて。視界が暗転する。罪悪感とともに。
……美姫はこうして生まれ変われる。無垢な、美しい姫へと戻ることができる。そして俺はこのまま続く。黒い屑として。
……さあ、次は。
その時、一瞬一人の少女の顔が見えた。
『3fffffffffffff!!!!!!!!!』
口元を歪ませ、嘲笑っている、俺と似た汚物のような笑み。それが俺の脳をパンクさせた。