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3章4話

この話(3章4話)では、ちょっとある職業を例に出しています。

その職業の方々、もし不快な思いをされたら申し訳ありません。あくまで主人公の見解であり、物語の都合上例に出させていただきました。


2019.2.1 記載ミス修正

それから少し時間が経って、バレンタインデーになった。クラスメイトの男たちは心なしかそわそわしていた。一方俺はあまり期待していなかった。以前クラスの女子を泣かせたせいで孤立気味だし、もらう相手がいないと予想していたのだ。

しかし驚くべきことが起きた。目の前には自分の窓際の席に座り、教室の窓をいつものように眺めている美姫がいる。心なしかそわそわしているのは気のせいだろうか。……まあ教室の暖房がきいていないのかもな。心なしか顔が赤いのは気のせいだろうか。……まあ風邪引いているのかもな。そんな美姫が電光石火の勢いで引き出しの中からあるものを出して俺に渡してきた。窓を眺めながら。そんなに窓が気になるのかよ。


「はい、これ」


「……何これ?」


「今日バレンタインでしょ? だからよ。あんた私以外に女友達いなさそうだから」


「まぁ、そうだけど……。


「……ねえ、今ここで食べてみて」


「あ? ここで? ……じゃあ、食べるぞ? ……うん」


「……どう?」


不器用な形をしたチョコを頬張りながら考える。これまでの接し方からわかると思うが、彼女はめんどくさがりである。だから料理という面倒なことはあまりやってきたことはないと見える。どうせコンビニで買った方が早いとか思っているのだろう。横で彼女をみてきたからわかってきたことだ。そんな彼女が作ってきたチョコはお世辞にも美味いとは言えなかった。……どうしたらチョコをこんなにまずくできるんだ? 砂糖を入れ過ぎだ。

……でも、まぁ。


「顔と頭は良い癖に、チョコの形は悪くしか作れなかったんだな」


「べ、別にいいでしょ! 大きなお世話よ! ど、どうせ美味しくなかったんでしょう? いいわよ、これ以上食べなく「美姫」て……なによ」


「美味いよ。ありがとう、すごく嬉しい」


「……ねえ」


「ん?」


「あんたも鈍感じゃないでしょ? ……このチョコの意味、わかるわよね?」


「……ああ」


「な、なら返事を聴かせてもらってもいいかしら?」


正直、戸惑っている。そして迷っている。

戸惑っているのは彼女にそこまで好かれていた事実にだ。精々が男友達止まりだと思っていた。こんな攻略という特別な行為をしなければどこにでもいそうな男に、こんな女の子が好きになってくれるなんて。本当に俺は攻略をしようだなんて考えてもいなかった。そんな行為はこれまでで疲れていたから。それに彼女を横でみているだけでよかった。だから、今までの認識とズレていたことに驚いていた。

また、本当に迷っていた。こんな俺だ、こんな汚く、悪意を持った人間だ。彼女のように純粋で、綺麗な世界に影響を与えてしまう。それでもよいのだろうか? 少なくとも付き合うとはそういうことだ。今までと近い距離で時間を過ごすのだ。その時間が、思い出が、思春期という人格を形成する期間に影響を及ぼしてしまう。だから……、いや、……でも。それでも……。 


「……ごめんな」


「……っ! そう、そうよね……」


「俺から言い出すべきだった」


「……え?」


「美姫、俺と付き合ってくれないか?」


「……もうっ! 紛らわしいのよ! すぐにYESって答えなさいよね、面倒だわ! ……ねえ、和人って呼んでもいい?」


「ああ」


彼女から離れることが、どうしてもできなくなってしまっていた。それほどまでに俺は彼女に、彼女の窓を眺める横顔に、彼女の笑顔に、依存してしまっていた。蛾だ、まさしく俺は蛾だ。彼女に寄生する虫だ。苛立つ、無性に苛立つ。こんなすぐにでも壊れてしまいそうな女の子に、俺はどうしても離れるという選択肢がとれないでいるのだ。この輝いている美姫という世界を汚してしまう選択しかとれないのだ。

だが、俺は感情を表にださずにぎこちない笑顔を浮かべた。これは少しばかりの意地だ。今喜んでいる美姫の笑顔を壊したくはないのだ、俺なんかの汚い感情で。

そんな俺の心を知らないだろう美姫は、いつもより大きめな声で俺に言った。


「私の、お、男になったんだから、ちゃんと相応しくなれるよう頑張りなさいよ? いい? あんまり女の子と話したら駄目。特に前の小学校の時の先輩。絶対に和人に気があるわ。それに、私以外にあまり笑顔を浮かべたらダメよ? 特に女の子に! いい?」


「あはは、何を頑張るんだよ。てか、キャラ変わり過ぎだろ」


「うるさいわね、返事!」


「はいはい」


「もう……」


注意しよう。彼女をなるべく汚さないように。それに距離が近くなることは別に悪いことばかりではない。周りの俺のような虫どもから守ることが以前よりも容易くできるのだ。だから、……だから……。


『3gq0』


………

……



彼女と付き合い出してから、日々が輝いて見えた。

本当に心の底から惚れた……、いや、汚したくない女。そんな人と同じものを見て、同じものを感じる。それが幸せでなくて何が幸せなのか。


春は彼女と花見をしたりした。彼女の作る弁当は相変わらずまずかったが、それでも一生懸命作ってくれた彼女の料理の味は忘れることはない。彼女は言った、「また、和人と桜を見たい」と。

夏は彼女と海に行ったりした。彼女の家が所有する別荘。そこに二人で泊まりにいき、夕方まで泳ぎ、バーベキューをした。彼女の水着は本当に美しかった。二人でより添って日が沈むのを眺めた。幻想的な雰囲気に二人で酔った。彼女は言った、「また、和人とここで夕陽を見たい」と。

秋は彼女と俺の部屋でゆっくりと読書をした。二人で並んで座って、お互いに体重をかけながら文字を追った。途中で眠った彼女の顔は女神のようだった。彼女は言った、「こうして、和人とどうでもいい時間をたくさん過ごしたい」と。

冬は彼女とクリスマスを過ごした。あまり金がなくて盛大な食事はできなかったが、それは将来にとお互い苦笑した。彼女は俺の安いプレゼントを喜んでくれた。彼女は言った、「こうしてクリスマスには大切な物をもらったり、あげたりしたい」と。


そんなある日、彼女の父親と会う機会があった。

彼女の家に遊びにいったある日。俺は彼女を汚したくなかったから、普通に遊んでいたのだが、そんな時彼女の父親が帰ってきたのだ。


「君は美姫の友達か? 私は美姫の父だ」


「ちょっと、お父様……」


一目で上等とわかるスーツ、それに皺と適度に整えられた髭をした威圧感のある顔。美姫に親の職業は聴いたことはなかったが、この様子から考えると、どうやら社会的にも上位の人間であることが伺えた。その顔を厳しくしながら彼は俺に問うてきたのだ。気持ちはわかる。娘がどことも知らない男を連れてきたのだ。良い感情を持つ父親はいないだろう。


「はい、美姫さんの『友達』の和木谷和人と申します。美姫さんにはいつも良くしてもらっています。また、突然お邪魔して申し訳ありません。お疲れの時に騒がしくしてしまって……」


「いや、構わない。……それよりも聞きたいことがある。君は何を目指しているのかな?」


「ちょっと、何聴いてるのよ!」


とりあえずなるべく礼儀正しく対応した俺だが、少しだけその突然の質問に驚いてしまった。どうやら美姫も驚いているようだ。

……お父さんの気持ちを考えてみよう。

まず、娘が家に男を連れてきた。これは……彼氏を連れてきたと捉えられてもおかしくはない。そんな状況にあった父親が気にすることは、……娘が変な男に捕まっていないかだろう。変な男ではない、その定義は曖昧だ。だが、このような裕福な家を構えている男性であれば、昔からしっかりとした考え・行動理念をもって勉強し、結果を出してきたのだろう。だから、自分のように理念があるかどうか聴いているのか? ……ふむ。


「はい、公務員になりたいと考えています」


「ほう、何故かね? 親が決めたからか? それともただ安定していると思ったからか?」


「正直に言えば後者です」


「ふむ、……単純だな。そんな子と美姫は……」


「お父様! 失礼だわ!」


……きた。この反応が見たかった。


「安定して収入を得ている、それが一番の理由です」


「まあ、世間一般ではそうだろう。だが、IT企業やベンチャー企業の社長、それに大企業でサラリーマンをしても安定して多く稼げるのではないのか?」


「はい、そうかもしれません。そもそも、安定して収入を得ることができるのは、優秀な人間だと僕は考えています」


「ほう。というと?」


「そもそも、安定しているには他者から常に必要とされるのが条件です。他者からそう思われるのは、他者に常に多大なメリットを与えられること。そんな人物は常に周囲から求められ、仕事をもらうことができ、収入を得ることができると考えます。常にメリットを与えられる人間は、無能の中にはいません」


「だから言っているだろう、そのような人物が多い企業の社長、大企業のエリートはどうだと。そのような有能な人物になりたいと思わないのか?」


「なりたくないと言えば嘘になります。しかし、僕は自分の非才さを自覚しているつもりです。自分を過大評価し、夢を見て、大きな失敗をしたくはありません。だから今、学業に励み、社長になって安定して稼ぐ、大企業で多大な成果を出し出世するなどよりも、リスクが低い公務員などを目指しています」


「公務員もある程度有能でないとなれないと思うが? それに倍率が高いというリスクもある」


「はい、おっしゃる通りです。しかし社長になって安定的に多く稼ぐ、大企業で窓際に立たず出世し続けるよりも、よっぽど安定的に稼ぐリスクは低く、現実味があると考えます。雇うより雇われる方が。公務員を低く見ているつもりはありません。安定して食べていける人の母数が大きい職業を目指しているだけです。彼らを尊敬しています。ただ、こんな私ですが烏滸がましいですが目指したいと考えています」


「……ふむ」


俺は社長、公務員を尊敬している。もちろん他の職業の方々も尊敬している。そもそも社会人となり社会に貢献している人たち皆尊敬している。こんな社会に迷惑をかけることしかしていない俺よりもすばらしい人たちだ。

だが、先程のことを述べたのは理由がある。俺が感じた彼女の父親の特徴に従う方が事を穏やかに進めることができると考えたからだ。

彼女の父親はどうやらプライドが高く、他人を少々値踏みする性格にあると思う。そして娘に悪い影響が出ない男か判断したいらしい。『ふむ、……単純だな。そんな子と美姫は……』という言葉でそう考えた。娘に影響が出るとは、その思想に影響が出るということ。例えば彼にIT企業の社長になって稼ぎたいと言ってみよう。今確かな大金を稼ぐビジョンを持っていない俺がそんなことを述べたらすぐさまボロが出て、夢見がちの信用ならない男と思われる。娘に誇大妄想やリスクが高い道を選ばせようとすると考えるかもしれない(俺の被害妄想なだけかもしれないが)。だから、自分は無能であり、堅実に生きたいとアピールした。そう述べることで少なくとも娘と堅実に誠実に交流していると考えるだろうと。

こんな俺は、美姫に迷惑をかける俺は、ただ、美姫の周りを心配させたくなかっただけだ。


少しだけ考える素振りを見せ、彼は俺にこう言った。


「もう一度問おう、美姫とはどういう関係だ」


……うん、そうだな。


「……友人、です。いつもよくしてもらっています。勉強を教えてもらったり」


「美姫に特別な感情はないのか? 美姫とは付き合っていないのか?」


「……はい。彼女は、僕にはもったいないですから」


「……娘には悪影響を与えないように」


そう言い捨て去り、用は済んだと家を出て行った。どうやら正解だったらしい。肩の力が抜けた。美姫の方を見てみる。どうやら彼女はおち込んでいるようだった。


「ごめんね、和人。うちの父親が……」


「いや、構わない。俺でも気になるよ、娘が家に男を連れてきたって。美姫もあまり気にするなよ」


「うん、ありがとう……でも、私知らなかった。和人がそう考えていただなんて……」


「テキトーだよ、テキトー。堅実アピールして、美姫に変なこと教えないか伝えたかっただけだ」


「そっか……。それよりも……友達ってなに? 特別な感情がないってなに?」


「……穏便に済ませるためだ。わかってくれ」


「……ヘタレ」


少し落ち込んでいる美姫に苦笑いをしながら考える。考えることは先ほどの父親の言葉。『悪影響を与えるな』。以前の彼女は一人で完成されていた。一つの圧倒的な美。満たされた孤高のガラス世界。それを俺は壊してしまった。悪影響は既に与えてしまっているのだ。彼女と寄り添ってしまって、彼女の世界に一人加えてしまった。以前の美しさは少しだけ消えていた。


だが、自惚れかもしれないが、違う美しさを彼女は得たと思う。

彼女の微笑みに暖かみが宿った。彼女の声に明るさが籠っていた。彼女の行動に優しさが伴った。彼女が俺好みの髪と服に自分からしてくれた。それはまさしく、愛なのだろう。自惚れであってもいい。だが、そうであっても、彼女の美しさを隣で見れたことはかけがえのない生涯の宝物だ。


こんな日々が一生続くと思っていた。彼女も続くわよねと言ってくれた。俺達は若さ故か、幸せが永遠だと信じていた。世界が祝福していると妄信していた。


だが、少しだけ頭の中に離れない言葉がある。彼女の父親の言葉。悪影響を与えるなという言葉。俺は、確実に美姫に今……。


『zjoue!』




………

……


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