7章41話(ハーレム編_クリスマスパーティ) 皆が求める王子様
他人が求める俺とは何か?
いつも考えてきたことだが、今なお一層考えてしまう。
昔の俺は、いわゆる「できる俺」を演じる必要があった。
…いや、演じたかった。
俺は姉さんの弟だ。最高の人間の弟である俺は、最高である必要があったのだ。頭のいい姉さん、運動ができる姉さん。なんでもできる姉さん。常人とは比べ物にならない程のスペック。それにふさわしい人物になりたかった。姉さんは俺に期待していたし、俺もそれになれると信じていた。
だが、……俺程度の凡人には到底無理だった。無理だとわかるのに時間がかかった。周りの失望も大きかったが、何より俺自身の失望が身に染みた。
だが、今それを強く求める人間がいる。
「かーずと♪」
「……はいはい」
目の前の、美姫だ。
姉さんと同じ、同じ人間とは思えないほどのスペックを持った人間。いや、海たちにもそう思っているが、美姫だとなおさらだった。
彼女の人間離れした容姿がそうさせた。そして、その在り方についてもだ。
その容姿は人を狂わす。妖精のように、人を惑わす。物語のお姫様のような現実感のない容姿。それが彼女だった。
だから、俺のように、その灯りに近寄った蛾が居るのは当然と言いたかった。
あの時の狂った俺は、彼女に近づいてしまった。正確には正気になろうとしていた時だが、その時期に出会うのはまずかった。
劇薬だったのだ。
彼女の容姿、それにあり方。孤独であっても損なわれない存在。いや、一人であっても、成立した美。それが彼女だった。
姉さんに依存していた俺には、彼女はまさに「姉さん」だった。
だから依存しようと、心ではなく体が動いてしまったのだろう。いや、……本当は違うのかもしれない。依存でなく、壊そうと思っていたのかもしれない。その在り方に嫉妬して。
だが、壊してしまった。俺のせいで。悪影響を与えるなと言われた傍から。
本当に近づくべきではなかった。出会うべきではなかった。彼女は一人で成立していたのだ。姉さんだった。姉さんは一人でよかったのだ。俺など必要じゃなかったのだ。俺という存在を認知した姉さんは、狂っていった。……いや、最初から狂っていたのかもしれない。だから、彼女も狂ってしまうと予想は容易かったはずだ。自分の蒙昧さにあきれて自殺したくなる。
美姫を見ていると、姉さんを思い出した。
姉さんを壊してしまった、自分を思い出してしまった。
自分の罪が目の前に具現化しているようだった。
だから、近づくだけでも俺は穏やかになれなかった。
「ふふっ、よんでみただけ。ほら、和人も早く歩きなさいよっ。時間がないのよ?」
「……店は逃げないはずだ」
彼女は俺に腕を絡ませてくる。
拒絶したかった。腕を振りほどきたかった。もうこれ以上俺に罪を自覚させないでくれと。
だが、それでも近づく必要がある。あの目的のために。自己満足だと誰よりもわかっている。それでも、あの子の笑顔をもう一度見るために。
「ばかっ、お店が混む時間大体わかるでしょ? いやよ、混んでいる中で並んで、無駄に時間を消費するのは。たくさん楽しみたいんだから」
「……そうか」
「そうよっ。ほら、早くいくわよ!」
今、クリスマスパーティー当日だった。
順調に準備は進んでいったのだ。これもアリアの尽力のおかげだ。普通の学生であったら、この膨大なタスク量をこなすことなどできない。それをアリアは実現させたのだ。
俺がやったことなど、些細な雑事だ。社会人になったものならばわかる手順を踏み、淡々と業務をこなしただけ。その業務の進め方さえわからない学生が、ただ自分の気持ちだけで目の前にあったその壁を越えていった。
わからないことがあれば素直にそれを認め、進め方を意識合わせし、スケジューリングして、課題を達成する。それを一つずつやっていたのだ。真面目に、丁寧に、素早く。ただそれだけ。だが、何もわからない学生に難しかったそれを、達成して見せたのだ。
それの成果が、このクリスマスパーティーの中での、生徒たちの笑顔だった。
「美姫……忘れていないとは思うが、これも生徒会の業務の一環だ。生徒間でトラブルが起きていないか見回る、その名目で俺たちは各クラスの出し物をパトロールしている。」
「わかってるわよ、そんなことっ! でも、それは建前でしょ? 会長も言ってたわ! 頑張った私たちのご褒美だって。各クラスの代表の人たちも言ってたでしょ、「ぜひ歓迎する」って!」
「……確かにそうだが」
「真面目に考え過ぎなのよ和人は。将来はげるわよ?」
「禿の人に謝れ」
「ちょ、ちょっと、何声のトーン落としているのよ…。冗談よ。でも、楽しむのは悪いことでじゃないし、それが周りに受け入れられているわ。だから、勝手に真面目に悩んで、楽しまないのは損よ。……ん?何?自分のクラスのこと、きにしているの? 何も手伝わなかったからって。そんなのは事前に承諾済みでしょ。生徒会で忙しいからって。華先輩からちゃんと聞いてるわよ。和人をよろしくお願いしますって。だからクラスのことなんて気にしなくていいわよ。そんなに気にするなら、後で回ったらいいじゃない」
「……そうだな」
「何そんな機嫌悪そうなのよ……。まだ何か悩んでるの?」
クリスマスパーティーは一緒に周ると美姫と約束していた。このパトロールがいい機会だと思い、つき合せていたのは俺だった。その俺がこんな不機嫌なのが気に食わないのだろう。美姫は頬を膨らませていた。
……そうだな。これ以上、自分の感情を引きずるのはよくない。悪手だ。
「すまない、直前までクリスマスパーティーの準備があったから、ちょっと少し疲れていたようだ。だが、お前にそれを見せるのはよくないな…。今日は楽しむことにしよう」
「そ、そうよっ! 明日は休みなんだし、倒れるくらいはしゃぎなさい!」
ふと周りを見てみる。周囲はクリスマスの雰囲気にふさわしい飾りつけをしていた。ツリーも立っているし、クリスマスらしい仮装もしていた。
周りもクリスマスの雰囲気によっている。サンタの仮装をした女子が、男子を自分の店に誘っている。どうやらその男子生徒は買わされたようだ。
「きゃーっ、和人先輩っ!」
一つの出店でコスプレしている女の子が俺に手を振っている。少し仲良くさせてもらった女の子だ。というか、生徒会で色々指導した女の子だ。この前の予算の話の時だな。そのころから彼女は俺に指導してもらいにきていた。それから彼女は何かと俺を距離を詰めてようとしていた。まあ、美姫やアリア、それに華の前だから程々で済ませたが。
彼女に手を振り返し、美姫の方に振り返る。
「……何鼻の下伸ばしてるのよ」
「伸ばしていない。お前、嫉妬深過ぎだろう」
「私じゃなくて和人が悪いのよっ! すぐ女の子が周りに来て……。それに、みんな可愛いし。……今日くらい私をずっと見てくれてもいいでしょ。……優しくしてよっ。和人がエスコートしてよ……。いつも華先輩には王子様振るんだから、……わ、私にも、その、ちゃんとしなさいよ」
だから。
だからこいつが、俺に理想の『俺』を求めるのは嫌だった。
何が王子様だ。昔から散々言われてきた。それが嫌だった。皆俺に理想を押し付ける。なんだ? この顔がいけないのか? この頭がいけないのか? 運動ができるのがいけないのか? だが、…それも中途半端じゃないか。一流には勝てない。姉さんのように天才の領域には至れない。醜いじゃないか。何故それでも俺に構う?
「ほら、うじうじするな。店周るぞ」
「ちょっと、引っ張らないでよ!」
まず俺がやってきたのは、海のクラスの店だ。自分の教室で、喫茶店をやっているようだ。自分の泥沼のような思考から逃げるように。
「いらっしゃいませ!……和人、先輩っ!?」
最初に俺を店で応対したのは海だった。
海の衣装は何というか、少し露出が高いサンタのコスプレだった。生徒会が許すぎりぎりのラインをせめている。まあ、海が恥ずかしがるのが面白がって許可したのは俺だが。生徒会特権だ。まぁ、職権乱用だな。
「ああ。席に案内してくれないか?」
「はいっ! わかりました」
すぐに持ち直す海。以前の思い出す前の海だったら、恥ずかしがって対応できなかっただろう。だが、経験値が違う。海は問題なく俺たちを応対していた。
海の愛想笑いは、この店の男性客をすべて魅了しているようだった。俺をみんな羨ましそうに見ていた。
俺が席につくときに、そばにいた海に話かける。
「海。調子はどうだ?」
「はい。問題ありません」
この店にきた理由は、その確認をまずしたかったからだ。
第三者が聞けばなんともないことのように聞こえるだろう。だが、事前にこの言葉のやり取りの意味は海と意識合わせしておいた。
……そうか。まだ問題ないか。
「……和人、絶対今鼻の下伸ばしているでしょ?」
美姫がまた俺につっかかってきた。この思考は終わりだ。
苦笑しながら美姫の頭をガシガシと撫でる。
「お前、その言葉何度目だよ。疲れるだろ?」
「もう、セットが崩れるじゃないっ」
美姫はどうやら俺のその行為にご満悦のようだ。肉体的な接触にどうも弱いからな、こいつは。
俺と美姫が注文して海が厨房に戻ると、かわりに春香がやってきた。
「あれ? 和人先輩と美姫ちゃん? お疲れ! 来てくれたんだ!」
春香の衣装も海と同じ。だが、海とは違う魅力があった。海は清楚でおしとやかな印象を出していたが、春香は快活なイメージを抱かせる。美しさで言ったら、このクラスの2トップだった、海と春香は。
「ああ。何かサービスしてくれ」
「あはは。私の笑顔でいいです?」
「いつも笑いかけてくれてるだろうが。お腹いっぱいだよ。それより他のサービスを頼む」
「もうっ。そうですね……じゃあ、私が先輩の横でくっつきながらお酌でもしましょうか?」
俺たちの冗談の言い合いを聞いていたのか、隣の席の男子の視線が痛い。後ろの席の男子からは、「春香ちゃん、そんなこと俺にも他の客に言ったことないのに…。何だ? やっぱり顔なのか?」と悲しんでいる声が聞こえる。
「ばかっ、ここはこういう店じゃないだろう。他の客につけよ」
「ちぇっ、先輩のいじわるっ。…でも、私もう交代の時間なんですよね? これから一緒に周りません? あ、美姫ちゃんもいい?」
美姫の刺す視線が痛い。今日一番の視線だ。
……わかっているよ。
「生憎、今日は美姫が俺を予約してるんだ。他を当たってくれ」
「へー…。うらやましいなぁ。じゃあ、また今度お願いしますね! 時間見つけて連絡ください! あ、私からも連絡しますねっ」
「はいはい。」
春香が席を離れると、美姫はぼそぼそと話しかけてきた。
「……私を優先してくれるんだ」
「ああ、そういう約束だったからな。今日はお前だけを見る」
「そ、そう……」
顔が赤くなった美姫から視線を外し、教室の窓の外を見る。
コーヒーを飲みつつ、思考を落ち着かせようとする。
……まだ、クリスマスパーティーは始まったばかりだ。