夕焼け色の少女の話
ごちゃごちゃまとまらず切れが悪い。
神社がたくさんある街があった。
その中でも、一際古い神社には、白い着物を見に纏い、夕焼け色の帯を締めた、少女が住んでいた。
その少女は、短く切りそろえられた茶色の髪に、金色の大きな瞳に、白い肌。端正な造りの顔の、美しい少女だった。
両の耳には赤色の細い紐で結びあげられた菊結びの耳飾りをしている。
彼女の名は、あかね。
あかねは、かざぐるまが大好きで、様々な色や大きさのかざぐるまを集めていた。
桜色のかざぐるま、空色のかざぐるま……1番のお気に入りは、夕焼け色のかざぐるまだった。
いつも手にもっているのだ。
「わたしは、かざぐるまが大好きよ。からから音をたてて、まわるのだもの」
あかねの傍には、狐火が2つ、いつもついて回っていた。
狐火は、赤や、青や、金色のいろんな色が入り混じり、妖しく、美しく燃え盛って揺れていた。
1つの狐火の名前は、あさひ。
もう1つの狐火の名前は、よづき。
あかねがそう名づけたのだ。
「あさひ。わたし、新しいかざぐるまが欲しいの。捨てられたかざぐるまか
壊れたかざぐるま、見つけてきてくれない?」
人間の子のかざぐるまはとってきちゃだめよ、と、あかねは念を押した。
捨てられているかざぐるまが、欲しいのよ。
あさひと呼ばれた狐火は、火花をちらして白い狐の姿に代わった。
雪のように白く輝く毛波に、豊かな尾。
金色の目をした美しい狐はこの世のものとは思えないほど美しい。
あさひは、あかねの目を見て、1つ頷くと、連なった鳥居を目がけて駆け出した。
やがて、鳥居の向こうへと消えていった。
「あさひは、いつも、何処にかざぐるまを探しに行くのかしら?
ねえ、よづき。何か知らない?」
あかねはよづきに訪ねてみると、石段に腰を掛けて、お気に入りの、夕焼け色のかざぐるまを見つめる。
かざぐるまは風を受けてくるくると回っていた。
よづきは火花を散らして群青色の狼になり、あかねの近くまで行き、寄り添うように伏せる。
紺色の毛波は、まるで夕暮れ時の空のような色だった。
夕日を受けた紺色の毛波は、金色に輝いている。
あかねは、鳥居よりもさらに遠く彼方で沈む夕日を眺めていた。
また、太陽と月は入れ替わる。
手に持った夕焼け色のかざぐるまが、風を受けて、からから、と回った。
それは、小さな夕焼けにも見えた。
三日月が銀色のヴェールを、眠った街にかける午前2時頃、あさひは、壊れたかざぐるまを
口にくわえて戻ってきた。青色のかざぐるまだった。
あかねは、干し草や枯れた落ち葉を敷布団に眠っている。
よづきは、狐火の姿で、あかねの肩の近くで揺れていた。
あさひが帰ってきたことに気づいたのか、紺色の狼の姿になる。
火花がぱっと散り、小さな花火のようだった。
『どこまでいっていたのです?』
グルグルと喉を鳴らし、あさひに問いかける。
『港まで』
よづきも、同じように喉を鳴らしてあさひに返事をした。
『そう』
あさひは、あかねの肩のところまで行くと、口から壊れたかざぐるまを離した。
カサッと音を立ててかざぐるまは落ちる。
『人間に見つかったら、どうするのです? 白い狐がかさぐるまをくわえて
走っているなんて知られたら、ただじゃ済まないでしょう』
よづきは、紺色の瞳に厳しい色を浮かべる。
あさひは得意げに胸を張ってよづきに返事をした。
『見つかりはしないよ。私は姿を消すのが得意なのだから』
よづきは相変わらず厳しい光を度の瞳に浮かべる。
『霊感の強い人間には、あなたが見えているはずです。
あかねが、人間にさらされてもいいのですか?』
その厳しい言葉に、あさひは押し黙る。
自分の後をつけられて、もしも人間が入ってきたら……
そう考えるだけで、毛皮をはぎ取られるような痛みが胸の内側から広がった。
『気をつけてはいるわ。でも、私が表に出ないと、あかねに、何も持ってこれないでしょう』
あかねを守るために、よづきはいるんでしょう?
あさひはそう言った。
そして、自分の役割は表にでて、人間の住む町から、壊れ、捨てられたかざぐるまを
持ってくることだと。
その言葉を聞き、よづきはため息を吐く。
『それもそうですね。けれど、見つからないように気をつけて下さい。
人間が立ち入るものなら、私はあなたのように優しくはありません。
喉に咬みついてでも、殺めます。それを忘れなきよう』
よづきが首筋の毛を逆立てて、鋭い目であさひの目を見ながら、言い捨てると、狐火に姿を変えた。
その姿をあさひはやれやれと言うように見届けた。
今日は、狐の姿のままでいよう。
尾を揺らしながら、あさひは、空を見上げた。
三日月の色が、微かに青かった。
次の日、あかねは、あさひが持ってきた青色のかざぐるまを直していた。
しかし、青色の折り紙がなかったことに、あかねは気づいた。
「あら? 青色がない…… 仕方ないわね」
手元にあった薄紅色の折り紙を使い
破れたところを丁寧に直し、仕上げにちゃんと回るようにとんぼ玉を模したピンで
真ん中を軽く留めた。
薄紅色と、青色の、少し不格好なかざぐるまが、あかねはとても気に入った。
「ちょっと色が混じってチカチカするけれど、可愛くできたわ!」
風を受けて、かざぐるまがくるくると回った。
回るかざぐるまを満足げに眺めていたあかねだったが、突然強い風が吹いた。
ビュウッと強く吹き、あかねの短い髪を揺らし、隣に置いてあった
お気に入りの夕焼け色のかざぐるまも吹き飛ばした。
「ああっ!」
気付いた時には、かざぐるまは、鳥居の外に飛んで行ってしまった。
残ったのは、先ほど手直しを終えた薄紅と青色のかざぐるまだけ。
「あ~あ…… お気に入りだったのに……」
あかねはひどく落ち込んだ。
がっくりと肩を落とし、石段に座って、膝を抱えた。
その隣で、狼の姿のよづきが、慰めるように手を舐めた。
狐火の姿のままだったあさひは、火花を散らして白い狐の姿になると
鳥居の外へと走って行った。
「あさひ! どこへ行くの?」
こーん…… と、あさひの吠えた声が境内に木霊した。
かざぐるまは、幸い、鳥居のすぐそばの石段の上に落ちていた。
口にくわえようとした途端、目の前が薄暗くなり、長い腕が伸びてきて
かざぐるまを拾い上げた。
あさひは、ひょい、と顔をあげてみると、あかねと同じ年頃の少年が自分を見下ろしていた。
大きな黒い瞳と目が合った。
この子は、自分が見えている。
ざわ、と首筋の毛が逆立つ。
どうしよう?
「ねぇ。白い狐さん。このかざぐるま、あんたの?」
困っていると、突然声をかけられる。
その少年は、夕焼け色のかざぐるまを空に掲げて眺める。
「あかねって書いてあるけど」
普段のあさひからは想像できないほどの動揺が見て取れた。
尾が落ち着きなく右に左に揺れている。
「狐にかざぐるまなんて、どこかのお時話のようだな!」
飛び掛かって首に咬みついてやろうと思ったが、それができなかった。
少年は純粋な瞳をしていた。
悪い人間では無いようだった。
だったら、と考えた。
面白いことをしてみよう。
尾をピンと立てると、あさひは、くるりと向きを変え、石段を駆け上がる。
「あっ! 狐さん! 待ってくれよ!」
少年はかざぐるまを手に握りしめて、あさひの後を追った。
石段が異様に長く感じられる。
いや、異様にではない。
本当に長いのだ。
紅い鳥居は幾重にも連なり、まるで染め上げられたトンネルのようだ。
タッタッタ。
靴の音が鳥居の中にこだました。
終わりの見えない鳥居のトンネルを、白い狐のあさひは駆け続けた。
少年は息切れしながらもあさひを追う。
「狐さん! どこまで行くんだよ」
もう限界だ。と言わんばかりに少年は掠れた声であさひに問いかける。
不意に、あさひは立ち止まり、一瞬だけこちらに振り向き姿を消した。
少年は転びそうになりながら立ち止まり、前に目を向ける。
とたんに、目の前に、紅色のまぶしい光が、はじけて広がった。
紅色の世界。
さやさやと揺れる木々。
その中に、人の影が見えた。
白い着物を身にまとった少女----------あかねは、少年をじっと見つめていた。
金色の瞳に見つめられ、少年の心臓は飛び跳ね、うるさいくらいに早鐘を打つ。
あかね と書かれたかざぐるまを握る手が無意識に震えた。
彼女は、少年の目に恐ろしく映り、そして美しくも映った。
2つの狐火があかねのそばでゆらゆらと揺れている。
怪しげな雰囲気を彼女はまとっている。
人間には出せない雰囲気だった。
恐い。けれど、彼女から目が離せない。
(ああ、なんて美しい)
恐怖が少年を襲う。けれど、手に持っているかざぐるまを渡さなければ
と、思い、自然とあかねに歩み寄った。
直感が、かざぐるまはあかねの物だと告げる。
「このかざぐるま、あなたの?」
あかねは、そのかざぐるまを受け取ると、嬉しそうに「わたしのよ。ありがとう」と
少年にお礼を言った。
よほど大事なものだったのか、どこか、ほっとした表情を浮かべる。
「見つかって、よかったね。あかねさん」
少年はその表情を見て、あの長い階段を上ってきてよかったと
心の底から思った。
自分の名前を初対面の少年から呼ばれて、目を丸くした。
「なんで、わたしの名前を知っているの?」
少年はふふっと笑ってから答える。
「そのかざぐるまに、名前が書いてあったから」
その微笑みを見て、あかねの心臓は高鳴る。
頬が熱い。
胸の奥底が、チリチリと焼かれているようで、落ち着かない。
「そうよ。わたしの名前はあかね。ここに住んでいるの。
あなたの名前は?」
少年は、あかねの瞳に見入りながら答えた。
「俺の名前は、浅黄。中学生」
自己紹介をしつつ、浅黄は、あかねの神秘的な雰囲気に見入った。
なんと美しい少女だろうか。
紅い夕日に照らされて、白い着物が、頬が、瞳が、髪が、紅く染まっていた。
金色の瞳と、夕日の色が混ざり合い、鮮やかで、けれど柔らかな色になっている瞳に見つめられ
あさぎの心は高鳴った。
この気持ちは初めてかもしれない。
「ねぇ。浅黄」
突然の声に現実に引き戻された。
現実? この紅い世界が、現実なのか? と頭が混乱する。
ひゅっ……と喉が鳴る。
「わたしね、かざぐるまをたくさん持ってるの。
あさぎにも、1つあげるわ」
彼女が手に持っているかざぐるまは、あかねのお気に入りの夕焼け色のかざぐるまだった。
浅黄は、戸惑いつつも、右手で受け取る。
手直しをした後が見受けられたので、一番古いかざぐるまなのだろう。
「わたしのお気に入りなの。だから、浅黄にあげる
わたしのかざぐるまを、拾って届けてくれたお礼」
あかねはそう言って微笑む。
笑うと、とてもかわいらしい。
かざぐるまが、風を受けてカラカラと音を立てて回る。
あかねの笑顔と、夕焼け色の、回るかざぐるまが重なって見えた。
ああ、かざぐるまが笑っている。
カラカラと笑っている。
あかねの背後には、狐火が2つ、ゆらゆらと揺れている。
どこからか、金木犀の甘い香りが漂ってきていた。
「君は……」
言いかけて、とん、とあかねに左肩を軽くたたかれた。
右手には、彼女に手渡しされた、夕焼け色のかざぐるまが。
「浅黄、また明日ね」
浅黄の意識は真っ白に塗りつぶされた。
気が付くと、かざぐるまを拾った場所-------自分が元に居た場所に戻っていたのだ。
「夢……? いや、違う。だって、俺の右手には……」
夕焼け色のかざぐるまがある。
『また明日ね』
彼女の声が、頭の中で響いた。
今日1日会っただけで、彼女に惹かれ始めている自分に気づいた。
金色の瞳に、澄んだ声。どこか幼い物言い。
彼女は、何者なのだろう?
様々な考えが交差して、霞んでいるようだ。
紺色の空に、三日月がぼんやりと光っていた。
まるで、今の自分の頭の中のようだ。と、あさぎは思った。
よづきが、唸り声をあげている。
群青色の美しい毛並みが逆立ち、鼻のあたりに皺を寄せ、牙をむいている。
今にも飛びつき咬み殺してしまいそうだ。
あさひは、観念したようにうつむいて座る。
『なぜ、人間をここに招き入れるような真似をしたのです!
ここに、生きている人間を招き入れるという真似を……!』
あさひは白い尾をゆらりと揺らし、うつむいたまま答える。
『人間の子供だったから……石段を登ってくる途中で、あきらめると思ったの。
でも彼は、ここまで登ってきた。
彼には霊感がある。私たちが見えているのが何よりの証拠』
よづきはあさひの言葉を聞いて、逆立てていた毛並みが、水が引いたように
さぁっと戻って行く。
『霊感がある……私たちが見えている……』
あかねと言葉をかわした。
そもそも、だれにも見つけることのできない神社を見つけ、足を踏み入れた。
彼の霊感は、間違いなく強い。
でも、と、あさひの声が響いた。
『彼は悪い人間ではない。これは断言できる』
その言葉によづきが顔をしかめる。
『なぜ、言い切れるのです?』
『わざわざあかねのかざぐるまを返しに石段を駆け上がってくると思う?
あんなボロボロなかざぐるまを。
恐いもの見たさだったかもしれない。興味本位かもしれない。
けれど、石段を駆け上がってきた』
よづきはあさひの言葉を黙って聞いた。
もうすぐ夜が明ける。
この世界は夕方と夜しかない。
かざぐるまを持ってきた少年の世界-------浅黄の住む世界とはちがう。
永遠の夕方の世界なのだ。
風が弱く吹きもみじが、さやさやと揺れて赤色の葉を散らせた。
もみじが赤ん坊の手のようだ、とよづきは思った。
そして、寝息を立てているあかねを見やる。
何も知らない真っ白な少女。
そのまま真っ白でいてほしいと思う反面、綺麗な色で真っ白な心を染め上げて
ほしいとも思った。
次の日、浅黄はあかねに会いにやってきた。
長い石段を登ってきて、息を切らせていた。
突然現れた浅黄にあかねは驚いたものの、石段にあさぎを座らせ
自分も隣に腰をおろす。
「あかねさん、あの階段長いよ~! もう少し短くできない?」
その言葉を聞いて、あかねはくすくすと笑った。
「あの石段が長いの? あさひはすぐに登ってきちゃうのよ」
「あさひ? ……って、だれ?」
あさぎは目を丸くしてきょとん、とする。
その言葉を聞いて、あかねは、目を丸くしてあらぁ、と声を上げた。
「昨日、浅黄が追いかけてきた白色の狐さんよ。 走るのがすごく早いの」
少しからかう調子で、彼女は続けた。
当のあさひは、のんきに毛づくろいをしている。
「あの狐さんねぇ! あさひって名前だったのかぁ…… 真っ白で綺麗な狐さんだね!」
あさひは、ちらりとあさぎを見る。尾の先をパタパタと揺らす。
そして、興味をなくしたかのように姿を狐火に変えて、その場から姿を消した。
「あかねさんも、すごく綺麗だよ」
あっけらかんと告げる。
彼の顔は少し赤い。夕焼けのせいだろうか?
あかねは、一瞬何を言われたのかがわからなかった。
だが、少しずつ自分の中に、言葉がじんわりと染み込んでいくことがわかった。
「きれい? わたしが?」
あかねは、自分がきれいだと言われたのだと分かると、少し驚いた表情をした。
「うん。綺麗。夕焼けの色にも染まれて、綺麗だと思う。」
ニコニコと浅黄は続けたが、あかねは、綺麗だと言われたことがうれしくて、その後の言葉が
よく聞こえなかった。
けれど、嘘の見えない、浅黄の言葉があかねにとっては何よりうれしかった。
あかねは、浅黄に抱き着く。
「浅黄! わたし、うれしい!」
抱き着かれた浅黄は驚いた。
異性に抱き着かれるなんて、今まで無かった。
そして、これからもないと思っていた。
けれど、抱き着かれた。
しかも、おそらく人間ではない存在に。
浅黄の頭の中がぐるぐると回転する感覚に陥る。
―――――やっぱり、人間じゃないのかな
抱き着かれたのに、体温を感じなかった。
それがひどく、悲しかった。
悲しくなる浅黄とは裏腹に、あかねは、うれしげだった。
浅黄の心は青く霞み、そして、ばらばらに砕け散りそうになる。
「あかねさん、ちょっと苦しいよ」
そんな心は無視して、あかねをなだめた。
夜が来た。
よづきは、浅黄のことについて考えを巡らす。
人間は、自分勝手で、それでいて、誰かを愛することを願う。
よづきにとって人間は、なんとも不可解な生き物だった。
よづきは立ち上がり、落ち葉を踏みしめた。
『自分勝手で』
言葉をぽつぽつと、落としてゆく。
歩むたびにカサカサと足元から葉を踏みしめる音が鳴る。
『どうしようもない生き物なのに』
立ち止まり、空を見上げる。
摩訶不思議だ。
『なぜ彼は悲しいと思ったのでしょう』
あかねが、人間ではないと分かったようだった。
喉を鳴らしながらあかねを見る。
人間は、好意を持った誰かとともに添い遂げる。
『彼は、あかねと添い遂げたいと思ったのでしょうか』
人間と妖怪の混ざり者のあかねと、人間の浅黄が一緒になることなどできない。
くだらない。と思った。
おとぎ話ではない。
この世界を出て、一緒になったところで、あかねはあと200年は生きていく。
人間と妖怪が混ざり合い、長い寿命の血が勝ってしまった。
『いいじゃない。あかねの好きにさせれば』
よづきの目の前に、白色の狐が現れた。
ゆらゆらと影が揺れ、さやさやと風は吹く。
『よづきが深く考える必要なんて、ないと思うんだよね』
よづきの近くに寄り、尾を揺らした。
金色の瞳は、浅黄の想いを見つめて語るようだ。
『あの子は、何があってもあかねを手放さないと思うんだ。
まずね、目が違うんだよ。本当に純粋な目をしているのは、よづきも分かることでしょ?』
その言葉には、よづきは何も返さなかった。
頭の中が絡まった糸のようで、考えても考えても、答えが出なかった。
たしかに、浅黄は優しい人間なのだろう。それは事実だ。
あかねも、浅黄が好きなのだろう。
200年の命と、80年ほどの人間の命。お互いに悲しい思いしかしないのではないのだろうか?
『あかねは、別れを経験したことがないのはわかっていますか』
よづきの厳しい声が響いて溶けた。
『だから経験させるの』
あさひの明るくも、含みを持った声がふわん。と溶けて消えた。
『厳しいことを、してくれますね』
『あかねの、お母さんみたいじゃないか』
妖怪と添い遂げた、彼女の母もまた、恋に落ちた1人の人間だった。
三日月は、いつの間にか半月にかわっていた。
次の日、浅黄はまたしても息を切らせながらあかねに会いに来た。
「あかねさん!」
その声を聞いて、座っていたあかねは飛ぶように立ち上がると
浅黄に駆け寄っていく。
「浅黄! 来てくれたのね!」
あかねは、浅黄に抱き着いた。
浅黄もしっかりとあかねを抱きとめる。
体温は感じなかった。
しかし、あたたかい何かが、浅黄の手を伝い、心に流れ込んでくる。
体温とは違う、じんわりと広がるあたたかさ。
このあたたかい何かの名前は……
「うん。今日も来たよ」
あかねさんに会いにね。
そっと、今の言葉に付け足した。
夕焼けは、2人をオレンジ色に照らす。
「浅黄、わたしね、浅黄が好きなの」
浅黄の頬に、自分の頬を寄せて、あかねは言う。
うん。と優しく浅黄はうなずいた。
あのね、ほんとうはね。
「浅黄が、わたしのかざぐるまを届けに来てくれたときから、好きなのよ」
その言葉は、浅黄の心に刻み込まれた。
「うん」
相槌を打つ。
少しずつではあるが、何を言わんとしているのかが、わかる気がした。
陰に隠れて、あさひとよづきが様子をうかがう。
「浅黄の命は、わたしよりも短いって、わたしは知ってるの」
声が少し震えて、浅黄の着ている制服をあかねが握りしめる。
「だけどね、浅黄がここに来ると、夕焼けの色がいつもより柔らかくてきれいだし
浅黄が帰った後も、夜の月の光が優しく感じるの。
そして、胸の中があたたかくなるの」
「だからね」
そっと息を吐いて、また吸う。
「本当は、ここにいてほしいの。ずっと浅黄と一緒にいたいの」
あかねは震える声でそう告げた。
まるで、私を離さないでと言うように。
「うん。俺も、あかねさんが好きだよ。
だから、ずっと、一緒にいよう
俺を、好きになってくれてありがとう」
そう言ってあかねをぎゅっと抱きしめた。
浅黄の口から告げられた言葉は、あかねを驚かせた。
そして、あさひとよづきも驚いた。
「初めてあかねさんを見たとき、俺ね。すごい驚いた。
綺麗で、怖くて。
でもね、真っ白な人だって知ったから。
だって、かざぐるまを、1つ1つ大切にしてる姿を見たとき。
あのかざぐるま、壊れたところを丁寧に直しているのわかったから。
すごく、優しい人なんだって、わかったんだ」
その言葉は、あかねの心にしみこんで広がった。
うれしくて涙を流すあかねを、2匹の狐は見つめる。
「俺は、きっと、あかねさんよりも早く死ぬんだろうけれど、そうしたら
あかねさん。おれはね、夕焼けになって、あかねさんを照らすから」
「いいわ。夕焼けの光の中で、わたしを待っててね」
幼い大人のようなふたりを、白い狐と紺色の狐は、いつまでも
見つめていた。
『いつもまでも、ふたり、ともにあらんことを』
そう心に祈って。
話無理やりでまとまっていなくてすいません。
多分もう、話自体もつながっていない部分が多いと思います。
無理やり終わらせた感満載なうえに、似たり寄ったりな話でごめんなさい。
この小説は、和風ファンタジーがモチーフになっています。
はじめは、二次創作としてツイッターにイラストを上げていたのですが
そのイラストから、あかねと浅黄が生まれました。
あかねの出生については深く書いていません。
鮮やかなオレンジ色と、深い赤色のイメージがこの物語の中にありました。
真っ赤な鳥居の中にたたずむ、白い着物をまとった目が金色の少女。
その背後には、鮮やかすぎるほどの夕焼け。
恐ろしいのに目が離せなくて、呆然と立ち尽くす少年。
そのイメージからこの物語が生まれました。